三輪隊が本部へ撤収したのを確認し、狼は御子と連絡を取る。
「·····そうですか。ありがとうございました、狼殿」
「·····常時監視がついているとなれば、暴かれるのは時間の問題であろうな」
今回の一件にて、本部が三雲修と空閑遊真に目星をつけているのは解った。
そうとなれば、秘密が暴かれるのは時間の問題であろう。
とはいえ。己にやれることはここまでだ。可能な限りの手助けは行った。後々の事は、彼等自身でどうにかする他ないだろう。
「.....」
そして。
己が背後から気配を感じ、背後へ振り返る。
そこには――
「よ、忍者さん。ぼんち揚げ食う?」
飄々とした風情を纏いし、一人の人物。
赤黒い眼鏡を額に当て、髪を背後に流した男。
軽々とした雰囲気を感じる、が。恐らくこれは仮初の空気であろう。狼はこの男に、凄まじい剣気を感じ取っていた。
「·····何者だ?」
「玉狛支部の実力派エリート、迅悠一だ。よろしく。――さっきはあいつ等を助けてくれてありがとう」
「·····む」
狼は、訝しむ。先程の三雲修とのやり取りを見ている者の気配は、三輪隊の者以外に感じ取れなかった。
まさか、忍びである自分から気配を隠し、こちらをみていたというのか――。
その訝しむ感情を読み取ったのか。迅は「ああ」と呟く。
「おれはアンタを監視していたわけではないよ。ただ、未来が見えただけだ」
「 ·····未来」
「そ。未来。それがおれの
「.....」
副作用、という事象に関しては。狼はボーダー側から説明を受けていた。
多数のトリオンを持つ人間に現れる、超常的な能力――という事であるらしい。
ある者は他者の感情を皮膚で感じ取り。ある者は異様なまでに耳が利くようになる。
己が持つ”回生”の力もまたその一つではないか、と。現在でもボーダーにて調査が行われている。
この者は、未来が見えるという。
「ボーダーにも派閥があるって話、聞いた事あるか?」
「·····詳細は知らぬ」
「なら、ざっくり説明すると。――遠征推進派の城戸司令の派閥。三門市と、その市民の防衛が最優先だよね派の忍田本部長派。そして――近界民にもいい奴はいるから仲良くしようぜ派の、我等玉狛支部派」
「 ·····」
「当然。近界民とも仲良くしようぜ派の俺としては遊真についての問題は何とかしたい、が。――やっぱり一筋縄にはいかない」
「·····あの者が近界民だから、か?」
「それも大きいけど、一番大きいのはアイツが”黒トリガー”を持っているからだな」
「 ·····黒トリガー」
「そう。――今、狼さんに支給されてるノーマルトリガーとは異なるトリガーで。そいつは俺も持っている。優れたトリオン能力者がその命を代償に作ったトリガーで――ノーマルトリガーとは比べ物にならない性能をしたトリガーだ」
「.....」
優れたトリオン能力者の命を代償に作り出される、武具。
それを聞いた瞬間。――竜胤と持ち主の命を代償に黄泉返りを行わせる不死斬り『開門』が、狼の脳裏に浮かび上がる。
どの世界においても――命を代償とした術理や武具というものは、存在するものなのかと。
「恐らく、本部はこの黒トリガーを遊真から奪おうとしてくると思う。もうそろそろ、城戸司令肝いりの遠征部隊が戻ってくる頃だ。彼等が、近々玉狛に襲撃をかける」
「あの者達が·····」
狼の脳裏に、未だ深く刻み付けられている。
隠密戦で狼と渡り合い、一度死なねばならぬまで追い詰められた風間隊と。
凄まじい剣気を持ち、最後に斬り合ったあの男の事を。
あの手練れが――敵として襲い来る。その脅威を推し量れぬ狼ではなかった。
「大丈夫、大丈夫。手は考えている。――それでだけど。狼さんにも少しだけ手を貸してほしいんだ」
「.....謀りか」
「そう、謀り。――忍者ならお手のものでしょ?」
「……」
このやり取りの中。狼は――今は亡き義父の姿を思い浮かべ、少々苦々しく思った。
己が野心を果たすべく、己が死を偽装してまで暗躍をしていた大忍び・梟。その類の影を、この迅悠一なる男にも感じ取っていた。
迅悠一。
趣味・暗躍。
奇しくも――己が師と同じ特技を持っていたようであった。
〇
「·····」
その後。
ボーダー上層部へ、空閑遊真についての報告が迅悠一と三雲修により行われたという。
――調査されて、秘密が暴かれて、というより。こっちから情報提供した方が心象はいいでしょ。いつまでも遊真の正体と黒トリガーを隠しておけるわけでもないしね。
「――最終的には、ウチは遊真をボーダーに入れるつもりだ」
「 ·····出来るのか?」
「出来るさ。この実力派エリートの力をもってすれば」
狼もまた、近界民の一人であるが。その時とは条件がまるで違う。
葦名の地に足を踏み入れたボーダーと交渉を行った自分と。自ら玄界に足を踏み入れた空閑遊真。どちらが交渉の難度が高いかといえば、後者であろう。
「今日、遠征部隊が帰ってくる。恐らく今夜にも極秘任務として城戸司令は遠征部隊をそのまま送り込んでくると思う。――では、手筈通りよろしくね」
「·····承知」
如何なる方法を以てかの少年を入隊させるつもりなのか。それは知らない。
だが――こちらとしては、借りを返すのみだ。
「あの時、三輪隊から調査が行っていたらこの極秘任務にあいつ等もいただろうから。止めてくれてありがとうな。――これで、俺としても随分楽が出来る」
●
影が、動いていく。
六人。
かつて――葦名に遠征に来ていた七人のうち、六人。
後に、狼は――彼等がボーダーの中において、上澄みの中の上澄みである事を知った。
A級1位、太刀川隊。太刀川慶、出水公平
A級2位、冬島隊。当真勇
A級3位、風間隊。風間蒼也、菊地原士郎、歌川遼
後々。己は遠征に帯同せねばならない。
つまりは――彼等を超える結果を出さねばならない。
これは、その試金石。
音もなく弧月を鞘から引き抜き、狼は気配を殺しその動きを追っていく。
しかし。
「冬島殿は、何故いないのだ......?」
狼は、首を傾げながらその様を見ていた。
●
「やあやあ皆さん方。遠征から帰ってきたばかりだというのに――随分忙しそうだね。冬島さんはどうしたの?」
「よぉ、迅。冬島さんは船酔いでダウンだ。――お前は随分と暇そうだな。こんな夜道に突っ立っててどうしたんだ?」
「そりゃあ――太刀川さんたちがここに来ることが見えていたからね。おれの大事な後輩を守らせてもらうよ」
「後輩?」
「そう、後輩。――アンタ方が襲おうとしているのは、玉狛の隊員に内定してんだよね。帰ってもらっていいかな?」
――玉狛支部を急襲し、人型近界民から黒トリガーを奪取せよ。
遠征部隊が帰ってきたと共に、出された命令である。
様々な理由がある。易々と近界民をボーダーに所属させるわけにはいかない、という理由もあるが。――何より黒トリガーを支部に二つも所有させるわけにはいかないのだ。
現在玉狛は、迅悠一が一つ黒トリガーを所持している。
それに加えもう一つ黒トリガーを所持させるというのならば――本部と支部との力の均衡が崩れ去る。
支部に対し、本部は優位でなくばならない。
ならば――その力を削らねばならない。
――なら。作戦の決行は今夜にしましょう。
相手の準備が整う前に、襲撃をかける。
その目的の為、指揮官である太刀川が決めた日時は。遠征から戻ってきたその日の夜に急襲をかける事。
そうして、密やかに玉狛へと向かうその道中に――いた。
迅悠一。
玉狛支部所属の、S級隊員。
黒トリガー、『風刃』の使い手であり――ボーダー屈指の実力をほこる、手練れであった。
蛇のようにゆらめく光の層を纏った刃。黒い柄と、光を纏った刃。非常に簡素な見目をした黒トリガー『風刃』を握り――迅は、そこに立っていた。
近界民は、既に玉狛の隊員。
その迅の言葉を聞き、「いいや」と太刀川は言い返す。
「正式な入隊日である1月8日までは、ウチの隊員じゃねぇ。ただの近界民だ。――殺すのに不足はないな」
「あらら。成程、そう来るか」
迅の言葉に、太刀川は屁理屈じみた言葉を返す。
されど。屁理屈と言えども理である。その屁理屈は――どう理屈をこねまわしてでも、この任を果たすという意思の表明でもある。
瞬間。迅は剣気を纏い始める。
戦いは避けられぬ――そう理解した瞬間より、溢れ出るそれは、類稀な手練れの気配を孕んでいる。
だが――それと相対する者共も、また手練れ。
臆することなく。むしろ太刀川は恐ろしく楽し気に、それと相対する。
「引け、迅。――お前ひとりで、こちら側全員を相手できると思っているのか」
風間蒼也は、冷たい声音にてそう迅に問いかける。
「お前も知っている事だろう。――俺達は、黒トリガーに対抗できうる部隊であるからこそ、遠征に向かう事が許されているのだと。たとえお前であろうと、負ける俺達ではない」
――遠征部隊に帯同できる部隊は、敵方が持つであろう最大戦力である”黒トリガー”に対抗できると見なされた者達である。
たとえ黒トリガーを持つ男が相手であるとしても。数の利があるこちらが負ける道理はない。
「そうだね。このまま戦って勝てるかどうかはまあ五分だね。――まあ、この状況ならね」
迅の口元が、更なる笑みが形成される。
「何を――」
その笑みを見咎め、その意図を問い質そうとした瞬間――。
――戦闘体、活動限界。緊急脱出。
その音声と共に、
「おぉ·····!」
ビルの上より、迅に照準を合わせていた当真勇の背後。
その口元と目元に手が覆いかぶさると共に、その胸元に刃が突き立てられる。
「·····当真!」
一瞬にて、虚を突かれた。
その突かれた虚を見出した瞬間。迅は、己が手の内にある風刃を振るう。
瞬間。風間隊、菊地原に隣接する壁から――刃が”生え出る”。
生え出たそれは、菊地原の首元を斬り裂き。――また一人、緊急脱出によりこの場から消え去っていった。
一瞬の出来事により、二名を失った遠征部隊の、上。
もう廃屋となった家々の天井に。――刀を握る、忍びの姿がある。
「.....狼!貴様、何故ここにいる」
風間が、狼にそう尋ねれば。
狼は一つ瞠目し――滔々と、言葉を返す。
「――部隊員同士の、模擬戦以外の実戦は法度であると。そう俺は聞いた。故に」
狼は刀を構え、戦場全体を見渡す。
「法度を犯した者を止め、捕らえるもまたボーダー隊員が役割。――まずは、迅悠一よりも前に。数で勝るお主等を片付けさせてもらおう」
これが、狼の理屈であった。
あくまで己は――部隊員同士で争おうとしている者共を止めるべくここに参上したのだと。事前に己が直属の上司である忍田へ根回しも済ませ、狼はここにいた。
「·····狼さん!これは城戸司令より受けた命令を受けてのものです!」
「ならば。その勅令を証明できるものはあるか?」
「.....ッ!」
極秘任務故に、命令を証明できるものもない。
そこまで解った上で、狼はこの場にいる。
屁理屈を超えた屁理屈。とはいえ、――先に屁理屈を押し通さんとしたのは、あちら側。
屁をこねくるを、躊躇う理屈はこちら側には無い。
何も迷うことなく、――狼は剣を振るう理由を得た。
「法度を犯した者がいるならば、実力を行使してもよい、と。そう忍田本部長殿より許可も受けた。――お主等を止めるべく、俺は刃を振るおう」
「なーるほど、ね」
その姿を見て。
太刀川慶の笑みは――更に深まっていく。
遠征から帰ってきて、尚。まだまだ楽しい事が続いていく。
S級に上がり、もう手合わせも中々出来なくなってしまったかつての好敵手と。
葦名なる異境の果てにて黄泉帰った、不死身の忍び。
この二人と――まとめて斬り結べる歓喜に、太刀川の全身は打ち震えていた。
「上等だぜ忍者。――あの時の続き、果たさせてもらおうか」
「·····参る」
夜の、警戒区域の中。
狼は飛び上がると共に――戦場へと駆けだしていった。
原作の争奪戦から三輪隊が削られる代わりに、味方側の嵐山隊も削り、代わりに狼をIN。
色々悩みましたがこうなりました。よろしくお願いします~。