天性の才覚というものがある。
ボーダーの正規隊員となり、部隊に組み込まれ、戦い続けている者達。彼等には確かな才覚がある。
才覚とは、理屈に非ず。
その者の感覚の内に流る尋常ならざる代物。理を通さずともある物事を把握し、その本質を掴み取る力を以て――人は、才覚と呼ぶ。
「――よぉ、忍者。アンタと戦ってみたかったのは太刀川さんだけじゃないんだぜ」
才覚というものをそのように定義するならば。
ボーダー隊員の中で最も才気に溢れている人物は、――太刀川隊の射手である出水公平という事になるだろう。
瞬時にキューブを生み出すと共に分割し空に放つ。
「.....」
射手、という。これまで狼が相対した事のなかった戦い方をする者共。その探求をするに当たり、村上鋼が狼に薦めたのはこの男――出水公平の戦闘記録であった。
溢れる才覚。
豊富なトリオン。特殊な弾丸を即座に作り出せる特殊な感覚。そういった部分とは別に。
この男が真に優れている部分。それは――。
「む……・」
放たれた弾丸に、狼を囲むように軌道を変化させ襲い来る。
それは弾丸一つ一つが異なる軌道を描き、またその速度や到達する間すらも異なる。
囲う弾丸の狭間。微かに見える穴に潜り込み、狼は弾雨から逃れる。
しかし。この穴は、敢えて出水公平が作り出した代物。
穴を潜りしその瞬間。その穴を形成し弾雨が――大蛇の如く狼の背後へと潜り込んでいく。
――バイパー。
数ある射手トリガーの一つ。事前に軌道を設定した弾丸を放つトリガーである。
基本的にこの弾丸の使い手は。複数のパターンの弾道を事前に決めた弾丸を、状況に応じて使い分けるという方法にて扱う事が多い。
しかしこの男は――状況に応じて、己で即席の軌道を拵え放つという神業じみたバイパーの使い方を行使する。
キューブを分割し、放つあの瞬時の間にて。己が脳内で弾丸の軌道を決め、放っている。
囲う弾丸。その間隙に身を潜らせ回避せども――その間隙すらもこの男が敢えて作りし罠。
己が背後から束ね追ってくるそれを、狼はレイガストを発動し防ぐ。
出水公平。
この男は、悩まぬ能力こそが何よりの才覚。そう狼は、実際に相対したこの場にて判断した。
己が持つ能力の全てを、余計な思考を挟まず自在に操る。状況を把握し、切るべき手を打つ。この過程を踏む速度が、あまりにも段違い。尋常であらば、手札が増えれば増えるごと、どれを切るべきか思考が増え、悩むもの。射手という多くの手札を持つ身でありながら――この男はその思考を挟まない。感覚で正答を引き出し、即断で手を打つ。
――思考よりも感覚で戦っているが故。一切悩むことがない。悩まぬが故、迷わない。
迷えば、敗れる。かつて剣聖と呼ばれし傑物が狼に残した言葉である。悩まず、迷わぬ力こそ――敗北を排除する何よりの才覚。
「はい。防御を切らせましたよ」
「了解。――ここで仕留めるぞ」
レイガストによる防護を行うと共に――歌川遼と風間蒼也が左右から挟み込み襲い来る。
歌川が先行し狼の足を止め。風間が仕留める。そういう連携だろう。
恐らく――レイガストの札を切らせ、韋駄天を封じ込める為。
狼は――その意図を汲み取り、レイガストを剣モードに切り替え二刀となる。
先行し襲い来る歌川にレイガストによる縦斬り。
感覚としては、以前使っていた仕込み斧に近い。
斬撃を浴びせるというよりかは、その重みで相手を叩き潰す。
その斬撃にて歌川の足を止め。狼はレイガストを持つ左手を曲げ、肘鉄を打つ。
肘鉄を胸元に食らわし、軽く後方へ歌川の身体を飛ばし、くるり踵を返し風間へと向き直る。
風間は足元を狙い身を潜らせている。
狼はレイガストを投げ捨て飛び上がり、サブトリガーを韋駄天に切り替える。
歌川と風間に挟まれし状況から逃れるべく、高速移動にて距離を取る。
迅の方向へ目線を向けると。あちらは太刀川慶と斬り結んでいる最中であった。
太刀川は迅が引き受けてくれている。ならばこちらがやるべきことは――出水・歌川・風間のうち、一人でも仕留める事。
韋駄天での高速移動の果て。
止まる足先に――こちらを追尾せし弾丸が眼前に現れる。
出水公平の、ハウンドである。
高速移動する狼を追う、ではなく。狼が到達する場所であろう場所に”置かれた”弾丸。
狼のトリオンを追わせるのではなく。出水の視線誘導でその場に放ったのであろう。
狼は軽くバックステップすると共に、弾丸を全て正面に置き。――その弾丸全てを、弧月にて弾く。
「――マジかよ」
話に聞く、狼の防御術。
刀一本にて己に降りかかるあらゆる攻撃を弾き返す。それが斬撃であれ、――弾丸であれ。
正面にて捉えた攻撃は――あの男にとって、全て弾き返せる対象なのだ。
再びレイガストにて確実に防御するではなく、弧月による弾きを選択するは。
韋駄天を、残しておくため。
――韋駄天があれば、可能なはずだ。
上腕を己が頭の横手に置き、剣先を向ける。
高速移動の、軌道を設定する。
今出水のハウンドと合わせ、こちらに斬りかからんとする歌川に狙いを定める。
スコーピオンを諸手に、走り出さんとするその刹那。
狼は――韋駄天を発動する。
「.....!」
高速移動に合わせた、弧月による突き。
動き出しと共にその突きは、歌川の虚をつく。
しかし――歌川もまた手練れ。
その攻撃を見た瞬間、その身を捩る。
捩りはその突きにてトリオン供給器官を貫かれるを防ぎ、肩口へ逃す。
だが――ここで致命へ至らずとも、この技にはまだその先がある。
韋駄天にて作り上げる軌道は、三つ。
歌川へ向け突進する軌道。そして――その後、上方へ己を飛ばす軌道。これにて二つ。
歌川の眼前より狼の姿が消え――上方からその身を捩る姿が歌川に映る。
「·····ぐ」
突きからの飛び上がり。そこから――弧月による一撃を放つ。
上空より一撃。その後、更に韋駄天を用いて地面に降り立つ。これにて、韋駄天の軌道は三つ。
高速の上空飛びから、高速の着地。そこから――更なる斬撃。
秘伝・大忍び落とし。
突き、舞い、そしてまた飛び掛かる。
己が義父が編み出せし、忍びの秘伝。
――韋駄天の足を用いて、梟となる。
瞬時の動きを可能とする韋駄天と、弧月による斬りかかり。忍びの秘伝は、別な武装と合わせるとも――再現は、成された。
「.....」
頭上からの一撃にて左手を落とし。
残る一撃にて首を落とさんと斬りかかるが――それは、風間の襲撃により不発となる。
追わんとする足を、風間の横手からの斬撃に阻まれる。
横手からの風間の斬撃を弾き、一歩後退すると共に縦への回転斬りを狼は行使。無理をせず、風間はここで狼と距離を取るべく大きく飛びずさる。
「面白い技だ」
敵の技であるが――思わず風間も感心してしまう程、それは洗練されていた。
韋駄天。それは使用難度の高さ故、これまで全ボーダー隊員で使用している者はA級の黒江双葉のみであった。
未だ試作トリガーの枠より離れていないそれを。難なく操り、己が技にまで昇華した眼前の男。
間違いなく――この男もまた、才覚の塊。
あらゆる技術を呑み込み。研鑽し。極め尽くした、忍びの極致。
その才覚を。幾百、幾千の死と回生の中研ぎ澄ませていった怪物。
狼。この男もまた――人斬りの才覚に溢れし、忍びであった。
〇
「……・は!」
大忍び落としにより歌川の左腕が落とされた瞬間。
迅と太刀川の戦いにも、変化が訪れる。
斬り合いの最中、足元から襲い来るブレードを避ける為――太刀川はグラスホッパーによりその場を離れたのだ。
迅と太刀川の距離が離れ。
太刀川慶は――今まさに鉄火場の最中である狼と、風間・出水・歌川の戦いの最中に乱入する事となる。
「よぉ。――今度はお前を味わいに来たぜ、忍者」
グラスホッパー。それは韋駄天と同じく、使用者を高速移動させるトリガーである。
事前に軌道を定め、その通りに移動する韋駄天と異なり。それは己を推進させる陣を作り、そこに己が身体を触れさせることにより発動させる。
高速移動と合わせ、狼に居合を喰らわせんとする太刀川。
それを捉えると、狼もまたそれに合わせる。
弧月を納刀し、腰を落とす。
居合が放たれるは、お互いが交差する瞬間。
太刀川の二刀と、狼の一刀。
されど。
狼の一刀が、二つとなる瞬間が、交差の瞬間太刀川の目に映る。
「.....」
抜刀の軌道から十字を切る、二つの斬撃。
それは二振りの弧月を用いた太刀川の斬撃の双方を叩き落す。
――奥義、葦名十文字。
抜刀からの瞬時の斬撃。振り切るよりも前に十字を作る。葦名流の奥義。
虚を突いたと思ったが――まだまだ、この忍者の底は見えていない。
そればかりか――。
太刀川の胸元から、腹部に掛けて。
ぶしゅり、と。トリオンの煙が吹く。
虚を突かれしは、太刀川の方であった。
見たことのない、居合の技巧。一撃だけでなく、二撃目もまた疾し。瞬時に二刀を顕現せしこの居合の技巧こそが――あまりにも凄まじい、狼の、そして葦名流の極みであった。
「……・」
意識すらしていなかったダメージを受け。
それでも太刀川の笑みは――より深くなっていく。
「……・滾ってきた」
二刀を構え、太刀川は狼へと更に斬りかかる。
「行くぞ.....忍者!」
その笑みには、記憶がある。
それは、黄泉帰る前の最後の記憶。
最後まで死闘を求め散った、かの剣聖と対峙した際のもの。
斬られるとも。斬ろうとも。死の間際にて行う斬り合いの中――ただひたすらに、思うが儘剣を振るいし剣聖。
その気配が、太刀川慶の中にもあった。
――だが。流石にこの中に太刀川まで含まれてしまえば、もう持ちこたえられぬ。
あの時、太刀川との一騎打ちにおいても仕留め切れなかった。そこに、別の類稀な強者三名。己が力を以てしても限界が近い。
だが。
太刀川の手が離れた事により。
この瞬間のみであるが――迅が自由となる。
地面へ斬りつけられた剣先から、何かが地中へ潜り込んでいく。
それは――先程狼との交戦にて大ダメージを負った、歌川遼へと向かう。
「ぐ……・!」
足元から生え出る刃を、飛びずさり避けると共に。
狼は――太刀川の剣戟を弾き返すと共にその身を翻し、歌川に合わせ、己もまた飛ぶ。
距離がある、が。この状況であらば問題はなし。
狼は――歌川の身体目掛け旋空を放つ。
あの時。あの葦名の地では――歌川の自爆により追い詰められ、一度死んだ。
なればこそ。この距離にてとどめを刺す。
放たれた旋空は歌川の身体を斬り裂き――緊急脱出となった。
「さーて。ようやく一人沈んだ」
迅悠一は、トントン、と風刃を肩に叩き、不敵なる笑みを浮かべる。
「それじゃあ――さっさと負けて、帰ってもらうよ」