隻腕の狼、玄界に降り立つ   作:丸米

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決着×太刀川×一心

「――く」

 

 歌川が落とされた事で、一気にA級部隊側は戦況が悪くなった。

 迅と狼。そのどちらかを単独で押さえなければならない状況となったが故に。

 

「風間さん。――あの忍者を暫く任せていいか?」

「仕方がないな」

 

 歌川が落ちた後の振り分けとして――太刀川・出水の二人が迅に張り付き。風間が狼を分断する役割を負ったようだ。

「………彼奴等の思惑に、わざわざ乗る必要はあるまい」

「だな。――分断する側はこっちだ」

 

 その意図を見咎め、狼は敢えて迅より離れる動きを見せ風間を誘導すると共に。視界より、己が姿を消す。

 

「――カメレオンか!」

 

 この戦いではじめて切った手札を見、三者は一気に狼への警戒を強める。

 カメレオン。使用者の姿を視認できなくなるトリガーである。

 使用中は他のトリガーは使えず。その位置もレーダーで捕捉は可能だ。だが――視界から消えた事で、彼等はレーダー上で狼の位置を把握する他ない。

 そうして。ここで狼は風間とも、太刀川・出水の二人とも、それぞれと同じだけの距離にある位置取りを行いカメレオンを解除。

 その距離は、十五メートル程。

 韋駄天での急襲も。旋空での斬撃も。双方ともに想定できる位置である。

 

 ――黒トリガーを持つ迅への対処を行いたいが。狼を分断する事が難しくなった。

 

「んにゃろ………!」

 と、なれば。

 射撃手段を持つ出水が、狼へ迎撃する他なくなる。

 迅も、狼も。双方を迎え撃つべく――アステロイドと、ハウンドの双方のキューブを生成する。

 

「――射手は、生成の間隙を突くべし」

 

 射手は、キューブを生成し、分割し、射出する三つの工程を必要とする。

 ならば。生成する間隙を狙う。

 

「おお!」

 迅の”風刃”のブレードが、出水の足下より生え出る瞬間。

 狼は”韋駄天”を発動する。

 風間と太刀川の双方の動き出しを見、その外側をぐるり回り込む道を構築し――出水の背後に回り、供給器官を弧月にて突く。

 

「………ただじゃ死なねぇぞ、忍者」

 

 出水のトリオン体が崩壊する刹那――キューブの分割と、撃ち出しが完了する。

 

 アステロイドは狼に。ハウンドは迅の頭上へ向けて。それぞれ放たれる。

 己に放たれたアステロイドを、即座に展開したレイガストにて防御する。

 

「………む」

 

 防御の後。即座に迅の援護に向かわんと動き出すが――。

 己が頭上より、降りかかる弾雨を見咎めた。

 

「………!」

 すぐさま横へのステップを踏み回避行動をとるが、腹部と左足が削られる。

 ――どういう事だ?あの追尾する弾は、迅悠一の方へと向かっていたはずだ。

 

「ナイスだ、出水」

 そう呟くと共に――風間蒼也が、削られし狼に肉薄する。

 

 ――そうか。あの出水公平は、迅へと弾丸を放ったと見せかけ。実の所はこちらの頭上に振り落ちるよう追尾させていたのか。

 

 ハウンド。それは追尾する弾である。

 追尾、という機能は。曖昧である。

 追尾する対象と、追尾する弾丸。その間にある空間を弾丸がどう動くか。どう追尾するのか。その機構も含めて”追尾”は成立する。

 真っすぐ直線に追おうとも、それは追尾。一度高所へ向け放ち、その頭上へ落とす。それもまた追尾。

 もしくは。――一度迅の頭上へ放った後に、旋回させ狼の頭上へ落とすもまた、追尾なり。

 

 出水はアステロイドで狼の鉄壁の防御手段であるレイガストの手札を正面に切らせ。迅に向かっていたハウンドの弾丸を狼の頭上より落とす。そういう連携を、死に際のあの一瞬で作り出したのだ。

 サブトリガーにシールドが無い故の弱点。レイガストという、己が腕の可動範囲内でのみでしか成立せぬ防御手段の穴を突きし、出水公平の見事なる射手の技。

 

 命からがら回避した先。狼の行動を読み切った風間の刃が、己が首に放たれる。

 一撃を弾き、弧月を振るう。

 だが。――弾き、振るう刹那。風間の右腕の肘先より、鎌の如き刃が突き込まれる。

 

 己が首に、斬撃が走る。

 人体で言うならば、頸動脈。トリオン供給器官と繋がる神経部が斬り裂かれ――狼のトリオンが急激に減少していく。

 

「――ただでは、死なぬ………か」

 

 死の寸前。先程、出水が放った言葉が狼の脳裏によぎる。

 己もまた。死の寸前――火花が散るように、やるべき事が見えた。

 

 レイガストを捨て、韋駄天をセットする。

 ものの数秒で、緊急脱出するであろう己が肉体。

 ならば。この刹那にて――眼前の男を仕留められる技を。

 

 首を斬り裂かれながらも――穿たれた足を起点に、狼は跳躍。

 己が体幹をぐるり空中にて廻り、頭上より斬撃。

 

 弧月の一撃を、風間は交差したスコーピオンにて防ぐ。

 恐らくは、斬撃の方向へ流しているのであろうか。耐久性の低いスコーピオンにて防いでいるにも関わらず、ヒビの一つも見えない。

 ならば。あと二度――その身に斬撃を味わわせる。

 

 己が身体を宙にて回転しながら、韋駄天にて更なる空中移動。

 更なる高所より――旋空弧月を用いた二撃目の回転斬り。

 旋空は防げぬと、その身を捩り避けた風間の動きを見咎め。

 空中より墜落する己が肉体を更に捩じりて――更なる斬撃を一つ。

 

 秘伝、桜舞い。

 己が心中にて対峙した、仇敵より学びし巴流の秘伝。

 それは剣術を伴いし、舞いの技巧。舞うように飛び、舞いと共に斬る。

 死の狭間。狼の肉体は、本能のまま――空を舞っていた。

 

「.....」

 

 肩口より、胸元へ――ざっくりと斬り裂かれた風間蒼也は静かに目を瞑り、己がトリオン体が崩壊するを待った。

 そして。狼もまた。舞いを終えると共に、空中にて緊急脱出を果たした。

 

 

「.....」

「.....」

 

 一瞬。

 その舞に、魅入る――太刀川と迅の姿があった。

 

「………忍者、ってのはとんでもねぇんだな」

「………忍者がってよりかは。あの人がとんでもない」

 

 互いが互いに、目を合わせ――笑う。

 残るは迅悠一と、太刀川慶の二人のみ。

 

「ねぇ太刀川さん」

「ん?」

「――この勝負が終わったらさ。勝っても負けても、ちょっとだけ話をしない?面白いものがあるんだけど」

「ほほぅ。そりゃあ楽しそうだな。まあ、まずは」

 

 風刃と、弧月。

 それぞれの得物を突き合わせ――駆け出す。

 

「ぶった斬らせてもらうぜ、迅」

「そりゃあ無理だ太刀川さん」

 

 かつての好敵手が、更なる力を得た姿。

 それと戦える法悦を感じながら――太刀川は二刀を構え、走り出した――。

 

 

 

 

「………良かったのか?」

「ん?何が?」

「お主の、黒トリガーを渡した事だ」

 

 その後の事だ。

 無事。迅悠一が太刀川慶を倒したことで、A級部隊による玉狛の急襲任務はご破算となったが。

 当然、城戸が諦めるはずもなく。本部所有の黒トリガーを用いた総力戦まで始まろうとしていたが――。

 

 迅悠一が、黒トリガー”風刃”を本部に渡したことで手打ちとしたという。

 元より、本部に一つしかない黒トリガーを支部が二つ所持しているという不均衡が争いの原因であったが故に。本部に多くの適合者がいる事が確定している風刃が返却されるのならば、あちらとしても文句はないだろう。

 

「いいよ。――アレは、おれの師匠の形見でさ」

「………」

「師匠も、おれが手放す事で未来がいい方に向かうなら。それを良しとするはず」

 

 そうか、と。狼は言う。

 

「と、いう訳で。おれもノーマルトリガーに復帰だ。――狼さんも個人戦やりたきゃ遠慮せず声をかけてくれ。アンタとはいい勝負になりそうだ」

「………ああ」

 

 未来を読みながら戦う男。

 狼としても、直接対峙したならばどのように戦うのか興味があった。

 

「――あ、あと。狼さん」

「………?」

「狼さんは――葦名にあった仏様について、何か知っている?」

「………仏、か。あちらにはありすぎる程仏があった」

「なんか、こう。――優しい顔した仏様」

「………ああ。知っているが」

 

 知っている。

 かつて己に助力をしてくれた仏師が、大事に荒れ寺に備えていた仏様。

 狼は、それと対峙する事で。過去の記憶と向き合い、己が心中に宿る義父との対峙を果たせた。

 

「おれはアレと対峙して――ず――っと仏を彫り続けている爺さんと会った」

「………」

「もしよければ、だけどさ。――あの仏様、対峙させたい人がいるんだよね」

「………そうか」

「いいか?」

「好きにしろ。………アレは、誰のものでもない。それが一助となるならば」

「ありがとう。――なら、ちょっと借りるね」

 

 ――恐らくは、迅の目に何かが見えたのだろう。

 それがどういうものかは解らないが。

 

「――修羅」

「………!」

「そういう存在がいると、その爺様から聞いた。――どうやら、おれ等はじき、そいつと向き合わなきゃならないみたいだ」

 

 それじゃあ、と。迅は手を振り別の方へと向かっていった。

 

 

 

 

「何だ、こりゃ?」

 

 太刀川隊作戦室――。

 黒トリガーを持つ迅悠一と、異境の忍びである狼。

 強者二人との戦いを思う存分味わった太刀川慶は、ほくほく顔で炭火を焚き、餅を焼いていた。

 

 そこにやって来るは、迅悠一。

 

「――お、迅?何だ、早速個人戦の誘いか?」

「いやぁ。ちょっと太刀川さんに見せたいものがあってね」

 

 そう言って迅が持ってきたのは、仏であった。

 優しい顔をした、仏様。

 

「優しい顔しているだろ?」

「そうだなぁ。来馬みてぇな顔しているな。――で、それがどうした」

「太刀川さん。――戦うの、好きだろ」

「そりゃ当然よ」

「もしも――。あの狼さんが育った葦名にかつていた強者と戦える、ってなったら。太刀川さんはやる?」

「.....マジ?」

「マジ」

 

 コトリ、と。太刀川の前にもう一つ何かを置く。

 それは――葦名の地にて、狼が操っていた”不死斬り”の一刀。

 

「ただ、太刀川さん。あっちでの戦いでは。トリオン体の特性の一つである痛覚の軽減は行えない」

「.....」

「斬られれば普通に血も流すし痛いし。死ぬ時はその感覚も味わう事になる。――その覚悟を持ってやってほしい」

「.....マジか」

 

 太刀川は――全身がぶるり震えた。

 トリオン体同士の戦いでは味わえない、血肉を賭けた戦い。そんなものを――。

 

「――やる」

「そっか」

 

 迷いはない。

 未知に恐れる感覚は、己には無い。

 ただ――その果てにある死闘を求める。

 

「それじゃあ――その不死斬りを前に供えて。その仏様に手を合わせて拝んで」

「おお。了解」

 

 不死斬り、”開門”。

 太刀川の祈りに合わせ――この得物にまつわる記憶が、仏の中に宿っていく。

 

 

 国盗り戦の、葦名衆。

 葦名に流る源の水と、そこに宿る小さな神々を祀りし葦名の民は。弱き故に服従を強いられていた。

 

 追い出された後、奪い返しは――ある傑物が率いた国盗り衆であった。

 

 国盗りの英傑は葦名の長となり。戦が終わろうとも己が強さをひたすらに追い求めた。

 されど――英傑は老い。病に罹った。

 英傑の力をもって保っていた葦名は、その老いと共に斜陽が差し、病と共に破滅へと向かう。

 

 市井より拾われし英傑の孫は、葦名の窮状を救う手立てを探し求めていた。

 竜胤――その力を求め。竜胤の御子を奪い。そして御子の忍びと対峙を果たす。

 

 英傑と共に滅びゆく運命を背負いし葦名の地。

 ならば、英傑を死なずとさせればこの運命も逃れうる。

 そう結論付けた孫は――葦名の夜を明かすべく。己が命を代償に英傑を黄泉帰らせた。

 

 ――英傑は、異端の力を。死なずの力を否定していた。その力が生み出す歪みを、己が生涯で見続けてきたが故に

 されど。その力をもってしても葦名を生かさんとした孫の思いもまた、理解できていた。

 己が信念か。孫の願いか。二つの天秤の最中、彼もまた迷いの最中に会った。

 

 哀れな孫の最後の願いよ。

 ――故に、隻狼。貴様を――

 

 強きを求め。死闘を求め。国盗りを果たした。――剣聖の名を冠する、傑物が一人。

 最後の戦い。幾度もの死を乗り越えし忍びと対峙せし彼の手には――孫より受け取りし黒の不死斬りがあった。

 

 

 

 眼前に、一面のすすき野があった。

 風になびく風景の最中に、雷がごうごうと鳴り響いている。

 この光景を――太刀川慶は知っている。

 

 遠征で向かいし、葦名の地。

 彼方より戦が行われている

 火薬のにおい。死者のにおい。剣戟の音。つんざく怒号と悲鳴。末魔の金切り声。

 

 その全てが背景と化し。すすき野にはひたすらな強風と雷が吹き荒れる。

 

「――くかか。黄泉へ送られども、またこうして呼び起こされるとはな」

 

 隻眼の老人がすすき野に佇む。

 黒の不死斬りを手に。藍色の羽織と兜を着込んでいる。

 

「さて。そこなわっぱよ。――何故に、儂を呼び出した?」

 

 笑みと共に、老人は――眼前の男に向け、言葉をかける。

 老人の問いかけに――冷や汗をかきながらも。それでも堪え切れぬ笑みと共に、太刀川は答える。

 

「強い奴と斬り合えると聞いたからだ」

 

 その返答を聞くと。

 老人の笑みは、更に深くなる。

 

「く………かかかかかかか!いいのぅ、わっぱ。良い意気じゃあ!」

 

 その時。はじめて老人は――太刀川の目を見た。

 ジッと。その目の奥から、全身を見るように。もしくは、その内側に在るものを見透かすように――。

 

「………お主、中々不思議な剣気をしておるの。人斬りの気配はないが、確かに積み上げた闘争の気配がある。ただ稽古を繰り返しただけの者ではあるまい」

「………」

「我が名は、葦名一心。――かつての、葦名の城主よ」

 

 老人は――不死斬りを前に掲げ、スッと斬り下げる。

 

「名乗れぃ!」

「……いいねぇ。本気でワクワクしてきた」

 

 敗れれば死ぬ。

 その恐怖を覚える。その恐怖が、燃え上がる炎となる。

 もっと。もっと――この戦いに、自分を賭ける事が出来る。その実感が、あまりにも――。

 

「俺は――太刀川慶だ」

「そうか。太刀川か。――二刀流の剣客と果たし合うは、久々よ。黄泉に向かいて、まだ戦いに興じれるとは。まっこと、この世とは愉快なものじゃ」

 

 互いが互いに向かい合い。

 老人は言う。

 

「参れ、太刀川!」

 

 これは、不死斬りに宿りし何者かの記憶。

 国盗りと共にその没落を目の当たりにし。最期に全盛の姿を象り黄泉帰りし、一人の英傑。

 

 剣聖、葦名一心。

 一代にて国を成した希代の傑物。太刀川慶の前にて、その全盛をもって迎え撃つ――。

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