隻腕の狼、玄界に降り立つ   作:丸米

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修羅×狼×九郎

「.....」

 

 沈黙のまま、狼は――太刀川隊作戦室の前にいた。

 個人戦ブースで出会った太刀川慶より頼みごとがある、と。そう伝えられ向かった先。

 狼は、その扉の前にてジッと待っていた。

 

「――君、何用だね?」

 

 待つ狼の傍ら。

 男が一人、近付いてくる。

 

「ここは――A級1位、太刀川隊の作戦室だ。君のような不愛想な不審人物が何故こんな所にいるのだ?」

 男は、狼にとっては形容しがたい人物であった。

 首元まで流した黒髪を気障に指をかけ、後方に流す仕草を見せつけているかの如く行っている。

 これが美貌の花魁の仕草であらば様になっているであろうが。その流した黒髪から見える姿は吊り上がった眉が特徴的な男の姿。

 何をしているのだろうか――特段の興味はないが、ただただ眼前の男を不思議そうに狼は見つめていた。

 

「....」

 その狼の視線をどう解釈したのか。眼前の男は吊り上がった眉を更に歪め、狼により近づいていく。

 

「君――この僕をなんと心得る!A級1位、太刀川隊所属の唯我尊だぞ!何故無視する⁉」

「.....」

 

 太刀川隊――?

 成程。確かに、この男もまた特徴的な彼等の隊服を着込んでいる。膝丈にまでかかる黒の外套を。

 とはいえ、無意識の内に彼を太刀川隊の一人である可能性を除外していたのは。葦名にて対峙した際にも、黒トリガーの争奪に係り対峙した際にも、その双方でこの者がいなかった故もあるが。

 何より。彼からは、太刀川慶や出水公平から感じられた剣気を明らかに感じられないからだ。

 オペレーターであろうか、と一瞬思考するが。身に纏っているのは、オペレーターが一般的に来ているスーツではなく隊服。恐らく、戦闘員なのであろう。

 ますます訝し気な視線を向ける狼に――次第に、涙目になっていく。

 

「と・に・か・く!君のような木っ端隊員は、この場から去りたまえ――!」

「.....」

「ぐ...おおおお!う、動かない...!」

 

 ただ無言で佇む狼の視線のみで謎の敗北感を味わわされた唯我尊隊員。無理矢理に作戦室から狼を立ち退かせんと狼の両肩を掴み、渾身の力を籠める。

 が――狼。唯我の全力をもってしてもビクとも動かぬ。根を張った大木が如し。

 互いがトリオン体故、互いの膂力に差異はなし。体躯に関しては、双方とも同じ程度。しかし狼は己が体幹を維持し、体勢を持久させる術を知っていた。故に不動。

 唯我尊。肩ではどうにもならぬと、狼の腰に手をやり、体幹を下げ己が体重全てをかけて狼を押す。タックル姿勢まで取ったものの――されど、狼。変わらず不動のまま。

 無言のまま。そよ風が吹く程度の圧力を腰先から感じながら。唯我を一瞥もせずただ佇んでいた。

 まあ。他の者が来るまで待てばよかろう。そう判断し。ただ待つ。

 

「――お」

 すると。待ち人来る。

 作戦室に向かい歩いてきた出水公平は――狼と唯我の姿を一瞥するや否や走り出す。

 

「あ、出水先輩!丁度いい所に!手伝ってください、不審人物が――」

「そりゃあァ!」

 

 涙目で振り返り、助力を求めた唯我の顔面。

 そこに、飛び込みからの前蹴りが炸裂していた。

 

「ぐげぁ‼」

 

 蹴りと共に唯我はその身体を廊下に投げ出し。

 蹴りと共に狼は体軸を逸らし、その威力を唯我に全て逃がしていた。

 

「いやぁ、すみません狼さん。この馬鹿が馬鹿な事やらかしてしまったようで」

「そんな!出水先輩!僕は、A級1位部隊の人間として、不審者を排除しようと――」

「やかましい。――そんで、重ねてすみません。太刀川さん、ちょっと忍田さんに捕まってしまったみたいで。すぐ戻ってくると思うので、作戦室で待っててもらってもいいですか」

「………ああ」

「ちょ、ちょっと!出水先輩、こんな木っ端隊員を誉れ高いA級1位の作戦室に招き入れるなんて――」

「やかましい。そこまで言うなら狼さんと100本勝負やるか?太刀川さんが来るまでの暇つぶしにもならないだろうけど」

「ひどい!」

 

「.....」

 

 まあ。

 根は悪い奴ではないのだろうな、と。何となしに狼は判断した。

 

 

 唯我尊。

 天上天下唯我独尊。釈迦が誕生と共に唱えた言葉である。

 天の上であろうとも天の下にあろうとも。我が存在は代えのない唯独り。故に尊い。己というものは、この世にただ一つであるが故に天下の隔てすらもないのだと。

 そんなありがたき言霊から拝借したであろう名前を冠したこの男に狼は、自由を見出した。このような名前をつけたとあらば、狼が生きた時代であらば打首ものであろう。この世界の度量というものは山より高く海より深い。

 さてこの男。存外に肝が据わっているのやもしれぬ。

 唯我尊。この男、ボーダーの大手スポンサーの一族である身分を嵩にA級1位部隊に所属する事を要求したという――。

 

「だからこいつは――弱い!」

「なんでそんな事言うんですか!」

 

 愉快そうにそう唯我を紹介した出水は実に楽しげな表情であった。

 存外、隊との関係は悪くないらしい。

 

「おー、悪い悪い。遅れちまった」

「おーおー、何を騒いでいるのだね~。お、噂の忍者さんだ~」

 

 暫しの時間を置いて、二人が入って来る。

 一人は太刀川慶。

 もう一人は、――太刀川隊オペレーターの国近柚宇であった。

 遠征艇で後ろ姿だけは見た事はあるが、直接対峙するは初めてであった。

 その様は、実に柔和。垂れ目が特徴的な顔立ちも。身に纏う雰囲気も。緩い口調も。その全てが柔らかい。

 何処か飼い猫のような印象を、狼は持っていた。

 

「いやぁ。狼――お前に頼み事があって来てもらった」

「………何だ?」

「これになんて書かれているのか――教えてくれ!」

 

 そう言うと。太刀川は狼の前に、伝書を見せる。

 開かれた巻物の上。書かれた代物を見て――狼は、珍しく驚いたようにその目を見開いていた。

 

「………太刀川。お主、これを何処で」

「こいつは………あ」

「………?」

 

 太刀川は――思い出したように唯我尊の姿を見、その視線に唯我は軽く首を傾げていた。

 その視線の動きを察知し。――出水は唯我の首根っこを掴み、作戦室の外へ引き摺っていく。

 

「ちょっと先輩!何で僕が作戦室から追い出されているんですか!」

「客人に無礼働いた馬鹿への制裁だ。何か菓子でも買ってこい」

「唐突!何で正規の部隊員である僕が追い出されなくちゃいけないんですかぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

 ぎゃあぎゃあと騒ぐ唯我をポイ、と作戦室の外に放りだし。出水はいい笑顔を浮かべて戻って来る。

 どんどん、と扉を叩く音が鳴り響くが。誰も気にしてはいなかった。

 

「邪魔者の排除は終わりました、隊長」

「おう。ご苦労出水。――遠征に参加していない奴に聞かせるわけにはいかないからな」

 

 キラーン、と擬音が鳴り響きそうな笑みを太刀川も浮かべ。狼を見る。

 

「――葦名一心っていうとんでもねぇ爺さんがさ。あの仏にアンタの刀を供えて祈ったら出てきたんだよ」

「.....」

「まあ手も足も出ないくらい強くてさ。その爺さんがくれた。――あ、そうだ」

「………?」

「セキロ、って誰か知っているか?」

 

 ああ、と狼は呟く。

 当然知っている。隻腕の狼。故に、隻狼。その名を呼びし者は、――葦名一心。その人だけであった。

 

「――俺の事だろう」

「そっか。――爺さんが言っていたぜ。”此度の戦も勝て”ってな」

「………そうか」

 

 それで、と狼は続ける。

 

「………そうか。読めぬのか」

 葦名流の伝書。

 その技の粋が書かれし文書であるが。――どうやらこの時代とは随分と文書の仕組みが違っているという。

「読めん!」

「………」

 

 伝書に書かれた文書を伝えるだけならば簡単であろう。

 だが――。

 

「………少し、仮想空間を借りるぞ」

「む?」

「俺は、この伝書の技ならば修めている。直接動きを見た方が、お主もやりやすかろう」

 

 そう狼が言うと――太刀川の笑みがより深くなった。

 

 恐らくこの男は言葉で伝えるよりも、技を直接見せた方がやりやすかろう。

 己が師――義父や、お蝶がそうだったように。

 

 手取り教えるわけでもなし。

 その姿を見せ、後は戦いの中で学ばせればよい。

 それが、忍びの技の伝授というもの。

 

 

「いやぁ、助かったわ。――後は、実戦で鍛え上げていくわ」

 

 葦名流の技。および構えによる常在の技巧を狼より伝授されし太刀川は――満足気に笑みを浮かべた。

 既に太刀川は――葦名流の一文字二連まで習得していた。

 奥義である十文字まで習得するのも、もうじき。

 ――やはり。この男が携えし剣才は底が知れぬ。

 

「あの爺さんにリベンジする条件が、この伝書に書かれた技を極める事だったからな。――斬って参れと言われたからには。こっから斬って斬って斬りまくるぞ」

「それはいいけど、隊長。単位の方は大丈夫~?」

「………斬りまくるぞ!」

「忍田さんからさっききつ~くお灸を据えられたばっかだったのではないのかね~」

「うおお!気合入って来たぜ~!」

「………太刀川よ」

「ん?」

 

 狼は――太刀川隊作戦室に置かれた、仏に目をやる。

 

「また、お主が一心様に挑むその時まで。この仏様を借り受けてもよいか?」

「お、了解。元々、アンタの所の世界のものだ。持って行ってくれ」

「感謝する」

 

 そう告げると。狼は仏を丁寧に抱きかかえ、己が作戦室へと持って行った。

 

 

「狼殿、戻られたのですね」

「………ああ」

 

 作戦室へ戻ると。御子は座布団の上座を正し、柿を食べていた。

 

「狼殿。その仏様は………?」

「………ボーダーが、葦名より回収した仏様の一つだと」

「まあ。――とても、優しい顔をされていますね」

「………ああ」

 

 狼は、壁際に仏を備える。

 

「御子殿。暫しの間、瞑想に入る」

「………了解致しました」

 

 その仏に内在する力を、恐らく御子も感じ取ったのであろうか。

 それと対峙せんとする狼に、何かしらの意図を感じ取ったのであろうか――。

 

 狼は――死し、回生を果たした後も。手放さずにいた遺物を、そっと仏の前に備える。

 それは。一つのお守り。

 かつて己が仕えた、竜胤の御子。九郎より賜りしそれを――。

 

 備えた遺物の心残りが仏に流れ込み。

 目を閉じた狼の視界に、別な世界を流し込んでいく――。

 

 

 

●▼●

 

 

 それは――葦名城の天守であった。

 かつて。この城に幽閉されし己が主を救い出さんと、狼は単身葦名の城下より忍び、その道を踏破していった。

 そして。この場所にて――九郎を連れ去った葦名弦一郎と。その力を欲した己が義父・梟と死闘を演じた。

 

 その場所にて。

 ――かつての、主がいた。

 

「………久しいな、狼」

「………九郎様」

 

 ――九郎。竜胤の呪いを受け、死なずの運命を背負いし者。

 そして。その運命を乗り越え、人返りを果たしたかつての狼の主。

 主は――かつてのままの姿。少年の姿を象り、狼と対峙していた。

 

「――狼よ。私は、人として生きたぞ」

「………」

「人として生き、人として死ねた。私には過ぎし幸福を、手に入れる事が出来た」

「………」

 

 その言葉に。狼の胸中は締め付けられていく。

 己が本願を――主は、叶えてくれたのだ。

 人としての生を、謳歌する。その願いを。

 

「そして………また巡りし、竜胤の呪いを解くために。また奔走している事も」

「………」

「狼よ。――我が願いを、聞いてはくれぬか」

「………はっ」

 

 九郎は神仏へ祈るように両手を合わせ、瞑目し――また目を見開き、狼と向き合う。

 

「――お主もまた。人として生きてくれ」

「………」

「きっと、あるはずじゃ。『開門』により不死と成ったそなたを、人に返す方法が」

「九郎様………」

「あの、別な世にて。様々な者と関わるそなたを、私はもっと見たい。――だからこそ。あの葦名の状況を打破せねばならぬ」

 

 狼よ、と。九郎は続ける。

 

「近い未来――お主は、”修羅”に落ちかけ、鬼と成りかけた者と出会う」

「………修羅に、鬼」

「そう。修羅。そして鬼。かつて仏師殿が堕ちかけ、成ってしまったもの。人斬りの愉悦に身を堕とし。降り積もる怨嗟の積もり先と成り――業火を振りまく鬼と化す」

「.....」

「――それは、かつてそなたの中にもあったという」

 

 九郎は、真っすぐに狼を見る。

 

「今。この仏の中にいる間だけでも良い。――私の、ただ一人の忍びに戻ってはくれぬか?」

「………御意」

「ならば………頼む。かつて、あったかもしれぬそなたを超えてくれ。その先に――降り積もる怨嗟より身を守る代物がある」

「………それは」

「仏師殿が、ついぞ抑えきれなかったもの。――未来に出会いし、鬼と成りかけた者を。どうか………!」

 

 

 九郎がそう最後に呟くと。

 天守が、炎に包まれ――九郎の姿が炎の中、消えゆく。

 

 煤の匂い。血の匂い。

 その炎の中――己が足元に転がりし、一つの生首と死骸。

 

 それは。葦名弦一郎の首と、白装束に身を包みし葦名一心の亡骸であった。

 

 天守の先を見る

 そこには――死し、炎に巻かれし義父・梟の姿が見える。

 

 

 火に巻かれる天守。

 死した一心。そして、義父。

 

 

 

 

 その炎の最中。揺らめく陽炎がある。

 

 

 

 焼け爛れ、荒れ果てた装束。左目に眼帯代わりの衣を身につけ、その肉体からも――溶岩の如き赤色を身に宿す男。

 男に表情はない。

 ただ――その視線の向く先は。ただただ斬れる者を。命を宿す者をひたすらに探し続けている。

 

 その両手には、炎を纏いし――不死斬りが、二本。

 そして炎に包まれし左腕の忍び義手。

 

 

「………そうか」

 

 

 狼は――その者の正体を察する。

 

 

 

「――修羅に落ちた、俺か」

 

 

 狼の手にも、またかつての得物が握られる。

 楔丸。かつての主、九郎より賜りし得物。

 

 その背には――赤の不死斬り、『拝涙』を背負い。

 

 

 斬れる者をみつけた修羅が、狼を見る。

 かつての己を目に映せど。ただ、死闘への愉悦以外の感情を持たぬ。持てぬ。修羅の形相。

 

「………参る!」

 

 

 この死闘を決した先に。――未来に出会う修羅に成りかけし者を救う手立てがある。

 ならば負けられはしない。

 

 ――業火の最中。修羅と成った己へ、狼は斬りかかっていった。

 

  

 

 




※恐らく。次か、次の次の話から大規模侵攻編に入るかと思われます。

ごめんなさい嘘を吐きました。もう少しかかります。許して。
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