隻腕の狼、玄界に降り立つ   作:丸米

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大規模侵攻編
漆間×狼×エネドラ


 絡繰り兵が、振り落ちていく。

 暗い穴倉が空を満たし、日の光すらも遮る。血も通わぬ絡繰りの兵士が、落ちていく。

 

 空を飛び、地を這う。トリオン兵が、蛆の如く湧き、蟻の如く行進をしていく。

 さあ。斬るべきものは数え切れぬ程にあるぞ。

 残骸を積み上げよ――。

 

「さあて」

 

 そして。

 現在――狼は、この男と共にいる。

 黒コートをなびかせ、二刀を持つ男。

 

「ぶった斬っていこうか――」

 

 太刀川慶。

 山の如きトリオン兵の死骸を作り上げ、あらかた片付けば次なる戦地へ赴く。

 

 葦名流の伝書を伝えるうち。狼と太刀川は互いの戦い方を、自然と心得るようになっていった。

 太刀川隊は、主力隊員である出水公平が警戒区域から離れた学校におり不在。もう一方は足手纏いの上、万一捕らえられても困る故に本部在中。現在隊長の太刀川だけが戦地にいる。

 自爆機能が付いた巨大トリオン兵をその二刀にて斬り裂き。トリオン兵の掃討を命ぜられた太刀川慶。

 

 ならば、と。狼は、単独で動く太刀川と共に遊撃をするよう指示を受け。その通りに動いている。

 

 太刀川が斬り込み散らした敵兵の山を、狼が機動力を活かし一体ずつ仕留めていく。

 共に攻撃手。共に同じ刀使い。攻撃手同士の連携は非常に難しい、と言われているが。実に自然と、両者は連携を組み。呼吸を合わせていた。

 

 トリオン兵の残骸。

 太刀川と狼の双方により積みあがりしそれを眼前に。二人は動かず、そこにいた。

 残骸の奥。そこから、確かな気配がしている。

 

「成程。――こいつが、報告にあった新型ってわけか」

 

 巨大なトリオン兵の腹の奥。

 何かが、這い出る。

 

 それは――今まで見た事はなく。そしてついぞ、報告が上げられし『新型』であった。

 二足歩行する、トリオン兵にしては小柄な体躯を持つそれは――甲殻のような首周りに置かれた頭部からは長い耳と一つ目が付随している。

 長い腕。折り曲げられた膝。見目は小さくとも――そのフォルムに、狼はこのトリオン兵は速度があるのだろうと感じ取った。

 

 残骸を押しのけ、出てきた『新型』。それは三体。

 

「それじゃあ――試し斬りといこうかァ!」

 

 

 

 ラービット。

 それは、こちらからすれば――はじめて対峙する、新型のトリオン兵である。

 小型であるが、高性能。他のトリオン兵とは比較できぬ程の速度と耐久性をほこる、兵。

 

 硬く、速い。つまりは死に難く、捉え難い。

 単純故に強い。

 

『狼殿。西地区での戦闘データです』

 

 送られてきたデータから、B級部隊員がこのトリオン兵に捕まっている映像が流れる。

 B級香取隊攻撃手、三浦雄太。

 隊長である香取を庇い新型の前に出た三浦を、その腕にて掴み己が眼前まで持ち上げると――胸元の装甲が開かれる。

 開かれた胸襟から三本の刃のようなものが突き出ると、それが三浦のトリオン体へ突き出され。絵具に水分を含ませるように、その輪郭が曖昧となっていく。

 形が崩れていく先。人としての形は消えていき――その形が、キューブとなって新型の体内へと消えていく。

 

 ――このトリオン兵は、戦闘員を捕らえる事を目的とした兵であるらしい。

 

 三浦が捉えられるよりも前。当然、捕らえられた三浦を助けんと他の隊員が攻撃を仕掛けたものの――新型の両腕は特別硬く作られているようで。そのほとんどを弾いてしまっていた。

 

 狼は、新型の一体と対峙する。

 

「このトリオン兵の仕様を知りたい。――ひとまず、受ける」

「りょーうかい。ピンチになったらぶった斬るぞ」

「ああ」

 

 弧月を構え。一先ず、この新型のトリオン兵に己を攻めさせる。

 ボーダーの強みは、情報の共有機能の強力さにある。

 こちらが集めし情報が、間を置かず全員に転送される。即座の情報収集と。即応で対応が打ち出せる。

 

 この強みは――奇しくも、かつて葦名を攻め滅ぼせし内府軍。その強さの遥か先の延長線上にあると狼は感じている。

 

 ならば。ここは己に攻めさせ、情報を集める。

 

 

 新型トリオン兵、ラービット。

 基本的には、硬い両腕を用いた徒手での格闘戦を主体とした戦い方をしている。

 恐らく、徹底的に『捕獲』を目的としたデザインをしているのだろう。トリオン体をキューブに変換する機構と、両腕が届きにくい頭上には雷を用いてトリオン体を麻痺させる機構がある。

 

 速く、硬い。この特性を活かした格闘戦をひたすら行ってくる。

 捕獲目的の為に作られた為か。格闘戦でも、掴み行動を多用してくる。

 

「.....」

 

 かつて落ち谷で対峙した獅子猿に似ているように狼は思った。

 猿の身のこなしと巨体を生かした格闘。そして掴みによる攻撃をその中で挟み込んでくる異形の大猿。

 

 この新型は小型故、獅子猿ほどのリーチの長さはないが。その分的が小さく、また機械兵故の硬さも併せ持っている。

 これが――量産され、運用されている。つくづく、近界国家の技術力の高さは凄まじいものだと狼は思う。

 

 されど。

 暫しの果し合いの後――傷つき、窮地に落とされるは新型の方であった。

 

 素早さを生かした徒手戦。――弾きの達人である狼に、通用する道理はない。

 硬い両腕を弾きつつ足先を弧月にて削り。体幹を崩しつつ腹部を斬りつける。硬い両腕は、肩先の付け根より旋空で斬り裂き片方を斬り落としている。

 

 ――情報は集まった。

 

 新型の動きに関しては十分に情報が集まり。己もおおよその動きは把握できた。

 このまま――急所の眼球へ斬撃を浴びせんと振りかぶった瞬間。

 

 その眼球に――弾丸が突き刺さった。

 

「――新型一体、まいど」

 

 その銃弾の先。

 両耳を覆う波打つような髪を持つ人物がいた。

 

「....」

 

 その人物を、狼は一方的に知っていた。

 B級漆間隊、隊長。漆間恒。

 ボーダーでも極めて珍しい――戦闘員一人の部隊の隊長であった。

 

 

 現在のボーダー本部の対応としては。

 区画内部の新型の掃討を精鋭であるA級部隊が行い。B級部隊を固め合同部隊とし、市民の避難区画の中で危険度の高い場所を順繰りに回っている。

 新型の対応と、市民の避難。双方を満たすべく、このような用兵を行っていた。

 

「おお、漆間。こんな所で何やってんだ?B級は合同で任務にあたってんじゃなかったのか?」

 

 新型二体を斬り伏せた太刀川は、唐突に現れた漆間恒へ笑いかける。

 

「合同部隊と合流する為の経路が丁度激戦区なんすよ。そんな場所を通って単独で行くほどオレは馬鹿じゃないっす」

「ああ、成程な」

「B級が合同で動いてんのは、B級が単独で動いていると新型に捕獲される危険性もあるからでもあるんすよね?なら――太刀川さんと一緒に動いた方が安全だと。そう判断しただけっす。こっちは戦闘員オレ一人ですから」

 

 そして。

 ニヤリ、と笑みもまた浮かべる。

 

「それに――アンタ方を援護するだけで。オレの戦功も伸びそうだしな」

「やっぱり主目的はそっちか」

 

 漆間恒。

 彼は、守銭奴である。

 

 B級隊員は歩合により給料が支払われる故、銭を稼ぐには一体でも多くのトリオン兵を狩るのが望ましい。

 彼は他部隊が追い詰めたトリオン兵を横手から仕留める行動も躊躇なく行う。要は、漁夫の利を得る事に迷いがない性格をしているのだ。

 その分他者から厭われる事も多いのだが。そんな事も何処吹く風と言った風情。

 トリガーも、主たる武装である突撃銃を除けば。カメレオンにダミービーコン、サイレンサーと隠密戦闘に特化したトリガーを積んでいる。

 

「ど~する、狼?お前の獲物が掻っ攫われちまったが」

「.....構わぬ」

「お。度量が深い」

「――俺は、横取りは厭わぬ。抜け目があった方が悪いのだ」

「.....」

 

 横合いから掻っ攫われるは、己に抜け目がある故だ。

 忍びならば抜け目があってはならぬ。

 むしろ――狼の目を掻い潜り獲物を狩り取ったこの男に、狼は感心すらしていた。

 その様子を見て。漆間は少し面食らったように黙っていた。

 

『ご、ごめんなさい。――B級部隊への合流路が、激戦区になっているのは本当なんです。だから、暫くの間一緒に行動させて下さい....!』

 

 脳内に、あたふたとした声が聞こえてくる。

 漆間隊オペレーター、六田梨香の声であった。

 

「本当は単独で行動してトリオン兵狩れたらそれが一番いいんだけど。――さすがにあの『新型』の性能をみて一人でどうにかできると思える程オレは己惚れていない」

「ま、妥当な判断だな。お前とあの新型は相性が悪いだろう」

 そう太刀川が言うと、漆間は首を軽く竦めた。

 隠密戦闘を得意とする漆間は、直接の攻撃手段が突撃銃しかない。

 全体的に硬めの装甲に身を包んだラービットは、相手にしにくいだろう。純粋に、倒しきるにあたって火力が足りない。

 

「だったら。新型を引き付けてくれるアンタ方の後ろから雑魚を狩っていく方がいい。――頼んだぜ、お二方」

「そりゃありがたい。鬱陶しい雑魚を始末してくれるなら、こっちとしても楽しい新型との戦いに集中できる」

 

 と、いう訳で。

 成り行きも成り行きであるが――太刀川・狼・漆間、という。別々の部隊の三人が固まる事となった。

 

「だが、まあ――覚悟しとけよ、漆間」

「.....?」

「この戦い――人型近界民が来る可能性が高い。新型をぶった斬ってる俺達は、さぞ連中にしてみりゃ邪魔だろうな」

 

 人型近界民。

 その単語を聞いた瞬間、少しだけ漆間の表情が歪む。

 

「精々、瞬殺されねぇように励むこった。――戦功を稼ぎたきゃな」

 

 はっはっは。

 太刀川の笑い声が、トリオン兵の残骸の最中響いていた。

 

 

「さて――ここまでは、手筈通りですな」

「....ああ」

「では。先遣隊のお二方。そろそろ出番です」

 

 遠征艇の中。

 角付き二人が、立ち上がる。

 

「·······再度、目標の確認だ。作戦の主目的は”雛鳥”及び、”金の雛鳥”の奪取。その為、新型の投入により雛鳥から離した玄界の精鋭を、更にお前たちには引き付けてもらう」

「うむ」

「玄界は、正規兵の多くを固めると共に。精鋭をラービットの双方に当てるという二極的な用兵を行っている。――ランバネインは固まった正規兵へ。エネドラは精鋭へ。それぞれ敵を引き付けてもらう」

「·······了解だ」

 

 角付きの女は、己がトリガーにより――空間上に、”穴”を開ける。

 その穴は、空間と空間を繋げる。

 その間にある過程を排除し――対象を、送り届ける。

 

「·······」

 

 エネドラは。

 赤く変色した目を歪め、その穴を通っていった。

 

 ――ああ。

 ――漸く、戦場に行ける。

 

 己が心の平穏は、最早平生に非ず。

 戦の中。闘争の最中だけが――己の中にあるものが、満たされる。

 

「·······楽しめれば、いいさ」

 

 アフトクラトルの黒トリガー使い、エネドラ。

 次なる闘争へ向け――その赤目を細め、戦へと飛び込んでいく。

 

 

 

 

 

 アフトクラトル。

 近界国家屈指の軍事国家である彼等の精鋭は、角付きと呼ばれる。

 

 その角は、様々な恩恵を彼等に与える。トリオン量の増大に始まり、使用トリガーの操作性の向上も見込まれるという。

 特に――黒トリガーと適合した者には、それに応じた角を移植される。

 

 エネドラの頭部にも、それがついている。

 

 彼が扱う黒トリガー、『泥の王(ボルボロス)』。その性能を十全に発揮させるべく、幼い頃より彼の頭部には角が移植されていた。

 

 しかし。

 角が与えるは恩恵ばかりではなかった。

 移植された角は、その恩恵を受けるごと深く根を張り。遂には脳へと突き込んでいく。

 角が脳へと至る時。おおよそ人格とよべるものは崩壊していき。最終的には死に至る。

 

 エネドラもまた――角が脳へと接触した瞬間より。その崩壊の果てにある死を、覚悟していた。

 

 

 その時――アフトクラトルに、あるものが持ち込まれた。

 

 

 それは、『変若水』と呼ばれる代物であるらしい。

 

 ――他の近界国家に支配された、『葦名』に流る、異形の澱み。

 それを受け入れた者は、尋常ならざる肉体を得る。尋常の方法では死ねぬ、強靭な肉体が。

 飲めば。角の進行を止められる程の、力が手に入るやもしれぬ。

 

 ――だが。この澱みに身体が適応できねば。醜く、理性を失った鬼と化す。

 

「·······如何なされますかな?」

 

 老人が――エネドラに問いかけた。

 このまま、角に殺されるか。

 異なる力に、命を懸けるか。

 

 答えは、一つであった。

 

「――このまま死ぬわけにはいかねぇ。受け入れる」

「·······そうですか」

「化物になっちまったら·······介錯は、頼む」

「·······承知いたしました」

 

 彼は――『変若水』を受け入れた。

 その目を烈火の如き赤に染めようとも。

 

 彼は聡明で、優秀なアフトクラトルの軍人。

 たとえこの身が異形となろうとも。――より長く、この身で戦い続ける為。

 

 

 静かに、エネドラは戦場に降り立った。

 

 異形の力を受け入れ変わったのは、その肉体ばかりではない。

 角はエネドラの脳へそれ以上突き進むことは無くなったが。その形が、明らかに変わっている。

 長く、蛇の如くうねり。その色が炎の如き紅に染まっている。

 

 そして――彼の中に、何かが溜まりゆく。

 

 呪詛のような。末魔のような。不幸の最中に消えていった、地の底から響くような。声ならぬ声が。

 それは異形となった己が角から、響く。

 響く声が澱みと成り。己が内側に降り積もり。

 それは、己が肚の中で燻ぶっている。

 

 それを忘れられる時。

 己が、戦場に立ち。闘争の最中にある――その時のみ。

 

 故に。彼は戦場に立つと、心の平穏を得られる。

 

「――楽しませてくれ、玄界の戦士」

 

 彼は地面に降り立ったその時。一握、地面に振り落ちる砂を周囲に撒く。

 撒いた砂の方向を見物し――風向きを確認する。

 

 泥の王は、外で戦うにあたり風向きの把握が肝要となる。

 周囲の建造物や地形も、また確認。

 風は、河川と変わらぬ。その通り道によって流れは変わり、別な向きに向かう。常に己は風上に居らねばならぬ。

 己が戦いは、風取りである。長きに渡りこの得物と共に過ごしたエネドラは、そのように思っている。

 

「俺の中にあるものを·····忘れさせてくれ·······」

 

 ――己が全力を叩きつけるその時。

 ――生を、実感する。

 もはや、戦いの最中でしか生きられなくなっているのを、如実に感じている。

 

 だから己は、全力で、全霊で、戦う。そうでなければ――己の中にあるものを、抑えられぬ。

 慢心はしない。

 

 己が肉体が、ごぼごぼと、液体へ変わりゆく。

 

 ――神なる国、アフトクラトル。その戦の神髄を見せてやろう――

 

 異形の、黒トリガー使い。エネドラが、玄界へと降り立った――。




今回の大規模侵攻を書く目的の一つが『真面目に扱われた泥の王を書く』です。なのでもうエネドラ半ばオリキャラになってますけど許して。
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