隻腕の狼、玄界に降り立つ   作:丸米

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烏丸×エネドラ×太刀川隊

「隊長。――ラービットを二体、こっちにくれ」

「.....交戦時に、幾つかトリオン兵を貸し出す手筈であったはずだが。このタイミングで渡して何をするつもりだ?」

「市街地方向に俺が向かう事で、多少なりとも練度が甘い連中が来てくれる可能性がある。だったら捕獲要員の――雛鳥以外で捕らえられるなら捕らえておきたいだろ?」

 

 市街地方向へ走るエネドラは、そう――己が隊長であるハイレインへ進言する。

 

 その後。暫しの間が空き。

 ミラによる黒い孔から――ラービットが二体。

 

「ありがとよ。――その分。ちゃんと役割は果たすぜ」

 

 落とされたラービットに、”泥の王”による液状化トリオンを全身に纏わせる。

 液状化トリオンは――ラービットの腹部から頭部、脚部に纏わりつく。

 

「あちら側から攻めさせる分には――この”泥の王”は最強だ」

 

 

 丁度、そのタイミングであった。

 

「次の相手は――」

 

 目前には、刀を構えた渋い面構えの男。

 睨みつけるような鋭い眼光を浴びせるその男を眼前に、エネドラは一つ頷く。

 

「.....二人か」

 

 エネドラはその男と。

 その男とは別の場に、潜んでいる何者かの気配を察知し――その双方に攻撃を仕掛ける。

 

「――おっと」

 

 ――狼に意識を集中させ。己は隠れながら情報を集めんとしていた漆間に、潜んでいた建造物の壁を貫くブレードの奔流が襲い来る。

 

「お前等、報告にあったラービット狩りの三人組か。――お前等二人はまずは捨て駒ってことかね?」

 エネドラは。三人いたはずの者が、二人となって襲い掛かってきた理由をある程度察した。

 ――恐らくは情報を集めたいんだろうな。

 ここで戦いのサンプルを集め、情報を分析し、こちらを打倒する為の方策を拵える。

 つまりは。この二人は、――こちらと交戦して長く生存できるだけの能力があるのだと。そう判断され、送り込まれた者。

 

 ならば、己がやるべき事は?

 

「――そんな甘くはないって事を、教えてやるよ」

 

 簡単な事だ。

 ――情報など与える間もなく、殺してやることだ。

 

「.....一つ、尋ねる」

「なんだ?」

「お主等....変若水を、何処から手に入れた」

 

 変若水――その言葉を聞いた瞬間。

 へぇ、とエネドラは呟いた。

 

「お前――知っているのか」

「.....」

「まあ、だが。答える義理はねぇ。――知りたけりゃ、俺を倒して捕まえてみろ」

「....承知」

 

 ――然らば。

 

「....参る」

 

 ここからは、問答は無用の長物。

 ――エネドラ。神なる国の、人魂宿りし得物を操りし精鋭。

 相手にとって不足はなし。――己が全霊を、叩きつける。

 

 

 己が正面より迫りくる、ブレードの奔流。

 それを捉え弧月にて弾くと共に――横手より、エネドラが引き連れたラービットが襲い来る。

 

 差し出される拳に合わせ、体軸を逸らし。

 逸らした体軸から腰を回旋させ、――その腹部へと斬撃を走らせる。

 見える。

 見えている。

 

 先程相手にした時は見えていなかった、新型トリオン兵に纏わりつく黒のスライム状のトリオン。

 敢えて。ここに刃を通す。

 刀身が触れた瞬間。

 液状のトリオンは刃を形成し弧月を跳ね飛ばしていた――。

 

「ぐ....!」

 

 して。

 液状トリオンはうねうねとラービットの身体を這いずり、その右腕に移動する。

 同じように刃を形成しながら――ラービットの右腕より刃が形成される。

 弧月を跳ね飛ばされた狼は、即座に韋駄天をセット。高速移動。

 

「――やるな。あの状況でも、周りは見えていたか」

 

 移動先は、――漆間恒の近く。

 エネドラに付き従いし、ラービット二体。その片方は狼へ。そしてもう片方は――漆間へ向かっていた。

 

 刃が形成された殴打が漆間へ振るわれるよりも前。狼はその腕を韋駄天の勢いをもって蹴り飛ばし、その軌道を変える。

 

「――助かったぜ、おっさん」

「まずは一体を片付ける。――漆間、メテオラをあの液体に」

「了解」

 

 漆間はメテオラを形成し、ラービットへ放つ。

 爆炎はラービットに纏わりつく液状トリオンを払いのけ、――急所を晒す。

 

 狼は、ラービットの懐に入り。その腹を裂くべく弧月を振るう。

 だが。その瞬間――忍びの目は、眼前のラービットから黒い靄が噴出する瞬間を捉え――即座に刀を引っ込め、右方向へ回避。

 

 ラービットの体内より――ブレードが生み出される。

 あのまま斬りかかっていれば――己が腹を斬り裂かれていたであろう。

 

 ――敢えてあの液状トリオンを目に見える形で纏わせ。本命は、トリオン兵内部に仕込んだ方か。

 

 目に見える脅威で相手の行動を制限させ。そうした脅威を隠れ蓑にした一撃にて仕留める。

 

 メテオラの爆撃に合わせた、この攻防。

 ラービットと狼。双方ともに仕留め切れなかったこの状況下。

 ――狼の脳内に”危”の文字が浮かび上がる。

 周囲に、目に見えるような脅威はない。

 だが、感じる。

 

「――空気か!」

 

 狼は即座に、韋駄天を用いてその場を離れる。

 高速移動をしながら、即座に己が口腔にある空気を全て吐き出す――が。

 体内から幾つかの刃が生まれ、狼のトリオン体を破壊しにかかる。

 

 奇跡的に供給器官は貫かれず済んだが――狼のトリオン体は大きな傷跡が残り。トリオンはごっそりと削られる事となる。

 

 ――今、確かにあの攻撃が来た。

 嵐山と時枝を屠ったあの技だ。体内から生み出された刃にて、貫く。

 

 あの時。確かに狼は、危機を感じ取った。忍びの本能にて、アレを感じ取った。

 それは何を機先としたものなのか?

 

 狼は――空気である、と感じた。

 

「――頼む。アイツの周辺にある、データ解析をしてくれ」

 

 それは恐らく漆間も感じ取ったのだろう。

 オペレーターの六田に、エネドラ周囲のトリオンの解析を依頼している。

 

 されど。

 思索に耽る余裕はなし。

 

 すぐさま――己が足元よりブレードが生成され、こちらを貫かんと生え出。

 そのタイミングに合わせ、二体のラービットが襲い来る。

 

 ――手練れだ。この者の強さは、黒トリガーのみに依存していない。

 

 あの黒トリガーは、非常に複雑な絡繰りが仕込まれている。

 しかし複雑な絡繰りが強さの源泉であるが故に。その本質を捉えられれば、こちらの勝機が生まれる。

 

 この特性を読んだが故に、本部長は先遣隊として狼と漆間を派遣し。

 それを理解しているが故に――眼前の使い手は、トリオン兵という数の暴力をそこに併せ、攻勢を仕掛けている。

 

「――俺は追わないぜ。追うのは、お前等の方だ」

 

 エネドラは、更に二体のモールモッドを己が手勢に追加し。そして己は――市街地方向へとゆっくり向かっていく。

 退却し態勢を整えたいが――この状況がそれを許さない。

 エネドラはあくまで手勢のトリオン兵に攻めさせ。それに乗じて己が援護を行うという方法にて戦闘を行う。

 これは。己が手を可能な限り隠す為。

 

 ――この状況。漆間と俺だけで切り抜けられるものではない。

 

「――忍田本部長殿」

「――ああ。こちらの想定が甘かった。申し訳ない」

 

 瞬間。

 

「――既に、増援は送っている」

 

 

 

 

 

 

 瞬間。

 弾雨が、振り落ちてきた。

 

 その弾丸は空を舞い、折れ曲がり、振り落ち、地面へ叩きつけられる。

 爆撃。

 着弾と共に白煙が舞い上がる。

 

 ――誘導炸裂弾(サラマンダー)

 

 その弾丸は、そう呼ばれている。

 追尾する性質と、爆裂する性質。

 その性質を合成し、併せ持たせた弾丸が――。

 

 

「――ご機嫌なプルプル野郎がいやがるな」

 

 黒コートを着込みし射手が一人。爆炎と共に駆け出す。

 

 白煙の中。

 エネドラは冷静に、爆炎により散っていく風の流れを読み――気化トリオンを流し込む。

 が。

 

 爆炎を囲むような、二つの壁がせり上がる。

 

「....む」

 

 その肉厚の壁は、気流の動きを遮り。爆炎により発生した風を押し留める。

 

 

「――市街地へは行かせない」

 

 壁を作り出すは、端正な顔立ちの男。

 細められた目つきに確かな意思を宿し――市街地へ向かわんとするエネドラを睨みつける。

 

「さあて」

 

 爆炎を押し留める壁の裏側。

 黒い軌跡が走り去る。

 

「――新鮮な人型近界民が出てきたなぁ!」

 

 白煙の最中、ラービットが倒れ伏す。

 泥の王の液状トリオンを纏ったそれは、されど――反射的に防護した腕を弾き飛ばされ、瞬時に腹を裂かれその機能を停止させた。

 その死骸の先。

 黒コートを翻らせた男――太刀川慶がいる。

 

 ラービットに刻み込まれた斬撃は、二つ。

 横薙ぎの斬撃にて両腕を弾き、縦の一撃にて仕留める。

 刻み込まれたその傷痕は――あまりに見事で綺麗な、十字を描いていた。

 

 

 ――太刀川慶、出水公平、そして。

 

「――おお。京介も揃ったか」

「ご無沙汰です、太刀川さん」

「いいねぇ。黒トリガー相手にするに、お誂え向きじゃねぇか」

 

 現、玉狛第一。そして――元、太刀川隊。万能手、烏丸京介。

 

「あの唯我(バカ)にゃ悪いが――やっぱりこっちのがしっくりくるな」

 

 奇しくも――唯我尊が入隊するよりも以前の、太刀川隊の総員が揃った。

 

 

 

 

 烏丸京介は苦学生である。

 ボーダーにてA級隊員としての務めを果たしつつ。市街地でも複数のアルバイトを掛け持ちし、銭を稼いでいる。

 それは、――恐らくは彼の愛情深さ故。

 五人兄妹の長男として生まれ。家計にも恵まれぬ身の上。彼は日々の生活と、家族の為に身を粉にしていた。

 

 だからこそ。

 

 ――市街地方向。それも、家族の住居の方角へ黒トリガーが向かっていった、という報告は無視できるものではなかった。

 

「....京介、行け」

「....すみません」

 

 玉狛第一、隊長木崎レイジは――即座に烏丸の不安を察し。別行動を許した。

 

「小南先輩も、すみません....」

「いいから!さっさと行きなさい!」

 普段は憎まれ口ばかりの玉狛第一のエースも、真っすぐに背中を押す。

 

 ――彼等は知っているのだ。

 ――家族を喪う事。その重さを。

 

 市街地へ向かっているからといって実際に攻め込まれるとは限らない。というより、ただの陽動である可能性の方が高いだろう。

 それでも無視できない。

 万が一の一。いや、これが億の一だろうが。兆の一だろうが。

 その一を引いてしまった瞬間から。己の人生に凄まじいまでの傷が生まれるのだと。

 

 ――木崎も。そして小南も。一を引いてしまった側の人間だから。

 その重みで、二人は烏丸の背中を押したのだ。

 

 

 その果てに。

 

 

「よぉ、京介」

 

 かつて己も着込んでいた隊服を見かけた瞬間――運命を感じた気がした。

 

「お前も、あっちの黒トリガーと()りにきたのか?――ああ、そっか。お前の家、こっち側か....」

「はい」

「だったら丁度いいや。――太刀川さんも、ここらの新型あらかた狩り尽くしたから、こっちに来てる。久々に、この三人で大暴れしようぜ――」

 

 導かれている、と感じた。

 今の部隊に背中を押され来た先に。かつての部隊がある。

 

 たかが、万が一。

 されど、万が一。

 

 ――己が家族を脅かすというのなら。排除するのみ。

 

 

 

 

「――キツイ役割押し付けてすまなかったな。狼、漆間」

 

 かくして。

 かつての太刀川隊が揃った。

 

「あいつの攻撃に関するタネはおおよそ、六田と本部のオペレーター陣が暴いてくれた」

「――あの黒トリガーは。液体→固体の形状変化とは別に、気体→固体の形状変化も行えるようです。要は、空気中にトリオン反応があったらその場を離れてください」

「ソロ部隊の隊員二人がいるのは、不幸中の幸いだな。――六田ちゃんと落水ちゃんは、あの黒トリガーの周辺のトリオン反応をしっかり見張ってて」

 エネドラとの攻防の最中。彼が操る攻撃の絡繰りが判明した。

 黒トリガー、泥の王。その本質は変幻。物質が持つ三つの形態を行き来するトリオンを作出し形成す得物。

 気体から液体。液体から固体。泥の王は、変幻をもって敵を打ち滅ぼす。

 

 ――絡繰りは暴き。態勢は整った。

 狼と漆間のみで、凌いできた戦いから。

 攻勢を仕掛けるに足る戦力が。

 

「ようやくか」

 

 しかし。エネドラとしてもこれでよいのだ。

 彼の役割は、囮。市街地への攻撃をほのめかし、精鋭を呼び寄せる為にこの場に配置された餌。

 ここまで来たのなら――わざわざ戦場から遠い市街地へ向かう必要はない。

 十分な程の精鋭をおびき寄せた。後はただ暴れるのみ。

 

 もっと広く。

 もっと苛烈に。

 もっともっと、全てを巻き込んで。

 

 ――要は、全力で。

 

「.....」

 

 目が変わった。

 エネドラの赤く染まった眼がより深く睨みつけるように歪んだ瞬間。

 

 ――周囲の建造物から、黒が噴出した。

 

「――ここからだ」

 

 液体が暴れ狂い建物を崩し、粉微塵の最中より夥しいブレードが生成される。

 雨の如く降り注ぐそれから逃れるように散開した動きを見咎め。エネドラは息を吐いて走り出す。

 

 渦を作れ。

 泥の渦を。

 

 ――エネドラの肉体の周囲には、バケツの水を撒いたかのような回旋状のトリオンが振りまかれ。夥しい数のブレードが生み出される。

 それは、まるで渦のように。

 

 

 

 ――剣聖、ヴィザ。

 ――剣の道を行き。剣と共に戦を駆け。最強となり。最強のまま老境に至りし者がいた。

 

 

 研鑽を重ね強さを得るは、剣のみに非ず。

 己もまた――この黒トリガーの変幻をもって研鑽を、重ねた。

 

「――努力したんだろうな」

 

 解る。

 眼前の敵がどれだけの研鑽を重ねてきたのか。

 理解しているからこそ、

 

「――残念だったな。オレの方が上だ」

 

 

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