隻腕の狼、玄界に降り立つ   作:丸米

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泥の王×那須隊×危機

 眼前に、質量の暴力が生まれ来る。

 

「....これは」

 

 渦は変幻し、刃となる。

 液状のトリオンが接敵すると共に刃となり、眼前に迫りくる質量として顕現する。

 

「――刃を飛ばして攻撃する、ってより。こっちまでギリギリまで液体で追わせて、そこから刃で斬らせる、って感じだな」

「横回転の渦を作って液体の動きそのものもスピードを上げている感じですね。――こっちの足を動かす算段みたいですね」

 

 渦を作り横の慣性を生み、エネドラはこちらに泥の王の液状トリオンを飛ばしていく。

 泥の王は変幻のトリガー。故に、攻撃を行うに当たり変幻の手順を踏まねばならない。

 ダメージを生み出せない液状・気化トリオンから、固体化させてはじめて攻撃が成立する。

 固体化させるタイミングが早く、また固体化させた刃を射出する距離が遠ければ遠い程。避けられる可能性が高まる。

 

 故に、渦巻かせる。

 渦を作り横慣性を生み出し。『刃を射出する』という工程を省く。

 

『狼殿、お気を付けください。あの渦は刃の射出と同時に、気化トリオンも同時に周囲に撒いております』

『渦を作って軽い風を生んでいる感じだね。体内に入れなければ致命傷にはならないだろうけど、回避が甘いと削られちゃう』

 

 目に見える液状トリオンの渦とは別に、その周囲に漂う空気にも泥の王の範囲内。

 目に見える以上に、攻撃範囲がある。

 

 視界に映る攻撃と、映らない攻撃。双方を使い分け、エネドラは攻める。

 

「――それじゃあ、京介。やるぜ」

「はい」

 

 渦を囲むような壁がせり上がると共に、弾丸が空へ舞い上がる。

 烏丸京介のエスクードの射出に合わせ、出水公平のハウンドが打ちあがる。

 己が頭上から降り注ぐ弾雨をエネドラが一瞥すると、頭上に手を掲ぐ。

 瞬間。その手より生み出された液状トリオンが硬質化し、弾雨を防ぐ。

 

 同時に。烏丸が射出したエスクードの陰より、狼と太刀川が動き出す。

 敢えて狼はエネドラの視界に映るように動き――エネドラの攻撃を誘発させる。

 渦巻く液状トリオンが狼に放たれ、横慣性が乗ったブレードが眼前に現れる。

 狼は弧月にてそれを弾くと同時、韋駄天をセット。エネドラの懐に潜り込むルートを構築すると共に、高速移動。

 

「速く動く敵に対しては、絡めとるのが鉄則だ」

 

 そうエネドラが呟くと同時。

 

「....ぐ!」

 

 移動の果て。地面よりひりだされた泥の王のブレードが、狼の左腕を斬り飛ばす。

 ――ルートを決め、それになぞって高速移動を行うトリガーである韋駄天は。高速移動の中途にて、そのルートを踏み外せないという欠点を持っている。

 その欠点を知っているが故に。狼は、高速移動のルートを惑わすよう蛇行を取り入れ、移動中の『置き』の攻撃に対する対策を講じていた。

 しかし。移動中での攻撃への対策が出来ているといえども。――エネドラは最終的に何処に狼が韋駄天で移動してくるか、という部分に対しては完全に読み切っていた。

 

 いや。読んでいたというより――誘導していた。

 己が行使する攻撃と、ひり出された壁を一瞥し狼に攻勢をかけた瞬間。――己の懐へ誘い込んでいたのだ。

 そこに、罠を置いて。

 

 誘い込めるほどの思惟を挟んでいるが故。狼の行動の裏にある計もまた、エネドラの脳裏にある。

 己が死角。そこから伸びてくる剣先の軌道上に――エネドラはブレードを放出する。

 

「....読まれていたか」

 

 狼の高速移動による視線誘導に合わせた。死角側からの太刀川の旋空の一閃。

 エネドラの首を狙ったそれは、射出したブレードに押しのけられ、不発。

 

「とはいえ。頭の攻撃には防御行動をとってんな」

「....フェイクの可能性もありますけど。一先ず、首に狙いをつけていった方がいいかもしれないですね」

 

 現在、エネドラに対しボーダー側は攻めあぐねている。 

 というのも。トリガーの性質に関して情報は集まってきているが。肝心な「何をすればエネドラを倒せるか」という部分は未だ不透明なのだ。

 泥の王の変幻性を前に供給器官は見つからず。ならば、頭部の伝達脳を断ち切れば――つまりは首を狩り取れば、倒せるのではないかという推測に基づき動かざるを得ない。

 事実。空から落とした出水のハウンドに対しても。懐に潜り込んだ狼にも。また死角側から襲い掛かった太刀川に対しても。エネドラは、己が首を守るような行動を一貫して続けている。

 一貫して続けている行為に関して、どうしてもそれを打破したくなるような心理が働く。そこに致命の鍵があるのではないか――と、どうしても推測してしまうが故に。

 

 ――しかし。実の所、首や頭部に関しても、”泥の王”の変幻性の対象である。

 たとえ首を斬られ頭部が転げ落ちようとも。エネドラにダメージはない。

 だがそれでもエネドラが一貫して首や頭部を守るよう動いているのは。彼が泥の王の性質を誰よりも深く理解しているが故である。

 

 ――俺を殺しきれるタネは、実の所頭ではなくこの身体の中にある。

 ――だが。そこにあえて攻撃を通させて、首を守る行動をとっておけば。奴等は、筋違いの首を狙う行動をとらざるを得ない。

 

 泥の王は変幻性による情報の煩雑性がなによりの強み。

 情報が明かされれば明かされる程、エネドラは不利になる。

 故に、相手の思考に錯誤を起こさせる。

 首を守るよう動けば、そこに攻撃を集中させられる。己が心臓部の位置を、誤魔化しきれる。

 だから、エネドラは致命に至らない首への攻撃を防ぎ続けている。

 あくまでエネドラの役割は、金の雛鳥を奪取する為の囮であり時間稼ぎ。戦いが長引けば長引くほどに、こちらが有利となる。

 

 今、この状況において――ペースを握り続けているのは、エネドラの方であった。

 

 

 エネドラとの戦いは、次第に警戒区域の内へと入り込んでいく。

 当初、市街地へ向かおうとした動きに対し。十分な精鋭を集め終え囮の役割を果たしたと見るや――ならばとB級が合同でトリオン兵の排除を行っている区画へと移動し始めた。

 

 ――片方は潰されたが。もう一体ラービットが生きている。

 

 先程まで、狼と漆間を追い詰めていたラービットを、現在エネドラは表に出さずにいる。

 

 ――泥の王の情報があちらに流れるまでは、死ぬ危険性が薄いエネドラが攻撃を引き受ける。

 

「――進行方向にB級がいるのか」

『一番近い部隊は那須隊と影浦隊です。狙撃手の日浦殿と絵馬殿には退避要請をしております』

 

 ――出来ればB級は巻き込みたくはなかったが、こうなっては仕方がない。

 那須隊と影浦隊に状況を伝え。狙撃手の位置の移動を行わせる。

 警戒区域内へと入り込んでいる状況下。――周辺で暴れ回っているトリオン兵の姿も見える。

 

「どうにか――連中を巻き込む前に仕留め切れたらいいが。さすがにそれは望み薄だな」

「狙撃手だけじゃなくて、部隊も退避させますか?」

 

『――影浦隊には、人型近界民の討伐に協力してもらう。那須隊は周囲のトリオン兵の討伐に集中してもらう』

 もしエネドラに接敵されたならば、元A級の影浦隊には迎撃してもらい。那須隊は周囲のトリオン兵を討伐してもらう。忍田本部長の判断であった。

 

「その役割分担になるなら、オレも那須隊と一緒にトリオン兵の迎撃に入る。――流石にアレの相手はもう無理だ」

『解った。ここまで黒トリガー使いを相手によくやってくれた、漆間』

 

 那須隊と同じく、B級部隊員である漆間も、そろそろ限界が近かった。

 銃撃でのダメージが期待できないエネドラを相手に、ほぼメテオラのみで立ち回っていた影響か。トリオンの限界が差し迫っている。漆間は一つ溜息をつくと、エネドラとの戦闘区画より離れ始めた。

 

「――影浦隊を引き込むにせよ。勝ち筋を見つけてから戦わせてやりてぇな。首が弱点かどうかも、まだ解っちゃいない」

「防御がかってぇな。どうしたもんか」

 

 攻めあぐねる。

 斬撃も、射撃も、液状化トリオンをただ貫いていくのみ。エネドラが可能な限り、今まで見せた手札を駆使して戦っているが故に。

 追い詰めていかねばならない。これまで切っていない手札を切らせなければならない。

 そうボーダー側が思考すると共に。エネドラもまた――同じことを考えていた。

 

 余裕をなくさせる。

 

 その為――エネドラは、ここで既知のカードを切った。

 

「取り敢えず――逃げている連中の背中を刺すか」

 

 エネドラは、旧太刀川隊と狼による猛攻を振り切ると――今まで表に出さずにいた、もう一体のラービットを呼び寄せる。

 

「――じゃあな。また後で遊ぼうぜ」

 

 エネドラをその手に乗せると共に、ラービットは――猛然とその場を離れていく。

 

「あ?アイツなにをするつもりだ?」

 

 奴の役割は、”ボーダー側の精鋭への囮&足止め”であるとこちらは判断していた。

 だからこそ奴は市街地へ単独向かっていて。こうしてここで戦っていたはずなのに。

 突如として、ラービットに乗って何処ぞへ向かっているのはどういう事だ、と。一瞬判断に迷う。

 

 が。狼は即座にその意図に気付いたのか――ラービットを追う。

 

「――あの者の狙いは、那須隊だ」

 

 冷静であるが。普段よりも語気を強めて、狼は言う。

 その声音が――差し迫る危機を、如実に伝えていた。

 

「更に言えば――現在、狙撃位置の変更の為に移動を始めている日浦だ」

 

 

『本部長から退避命令が出されました。現在A級と交戦中の人型近界民が接敵中との事です』

「了解。――茜ちゃん、ちょっと状況が慌ただしくなりそうだから。迎えに行くわね」

 女は、オペレーターの報告にそう返す。

 日光に透く様な、蒼さもある白い肌をした女性が、踵を返し走り出した。

 

「あたしは退路のトリオン兵を仕留めておく。はやくこっちに逃げておいで」

 その背中を見守る、優し気でありながらも鋭い目つきの女性が、眼前のトリオン兵を斬り捨てる。

 

「はい!ありがとうございます、那須先輩、熊谷先輩!」

 真剣味を帯びながらも、何処か無邪気さを感じさせる狙撃手の女性が、はきはきとそう言葉を返す。

 

 B級那須隊は、女子のみで構成された部隊である。

 隊長の那須玲。攻撃手の熊谷友子と狙撃手の日浦茜。そしてオペレーターの志岐小夜子。

 黒トリガー使いの人型近界民、エネドラの急襲。それに応じ、B級部隊である那須隊は交戦区域を変える必要が生じていた。

 

 まずは、接敵された状態での交戦能力に乏しい狙撃手である日浦と合流し、移動を始める心積もりであったが――。

 

『茜!すぐにそこから離れて!』

 

「――まずは一人」

 

 日浦茜が潜伏していた廃ビルの一角。

 もはやその用途を果たせなくなったであろう天井の配管が破裂し――そこから人間の顔面を携え、泥土の如きトリオンが流れてくる。

 泥の王の機能により、流動体となりビルに侵入していた――エネドラがそこにいた。

 

「――人型近界民!」

 

 即座に己が危機を悟った日浦茜は、ビルより飛び降りる。

 接敵された状態から敵に背を向け、がむしゃらに走り出す。

 窓ガラスを割り外に逃げ行く日浦を――エネドラは、攻撃しなかった。

 それは。

 

「あ....!」

 

 ビルの外に飛び出した先。

 ――ラービットの姿がある。

 

「うぐ....!」

 

 飛び込んできた日浦を迎えるようにラービットはその両椀にて捕らえると、その身体を己が眼前まで持っていく。

 そうして――胸部のパーツが開かれると共に、三対のカマが日浦に迫っていく。

 この絵図を作り出す為に。エネドラは敢えて、攻撃しなかったのだ。

 仕留めるより、捕らえる。その為に――。

 

「――茜ちゃん!」

 

 日浦の危機に、血相を変え走ってきた那須玲は――即座にバイパーを放つ。

 しかし。その弾丸は――ラービットの腕払いにより、防がれる。

 

 ――しまった!

 那須玲は即座に、己が最善を選べなかった事を認識した。

 狙うべきは、硬い腕を持つラービットではなく。――日浦の方であった。

 

 既に新型トリオン兵のデータは届いていた。

 戦闘員すらも捕獲できるトリオン兵。硬い両腕に慮外の速度を持つ高性能なそれは――己のトリガーでは打倒は難しい。

 捕まった時点で。トリオン兵を倒し救出するのではなく。即断で日浦を撃ち、脱出させねばならなかった。

 何故そう出来なかったのか。それは――無意識の内に、那須の中でチームメイトを撃ち抜く判断に忌避感を覚えてしまったからであろう。

 その所為で。

 

「――那須先輩!」

 

 鎌に突き刺され。日浦の表情が確かな恐怖に歪むと共に。そのトリオン体が崩壊していく。

 

「やめて....!」

 

 自分よりもずっと大事に思えるチームメイトを救いきれなかった悔恨に歪んだ、その瞬間。

 那須のバイパーを払った腕先の間隙を突くように。

 真っすぐに飛んできた弧月がラービットの横側を通り過ぎ――その腕に掴まれた日浦の首元を斬り裂いた。

 

 ラービットに囚われるよりも前に首を両断された日浦は、無事緊急脱出を果たせた。

 

「....」

 

 弧月を投げたのは、ラービットの後を追っていた狼であった。

 間一髪。ギリギリの判断であったが――日浦を助け出せた。

 

「――ようやく。判断ミスをしたな」

 

 弧月を投げ、丸腰となった狼に――ビルより射出されたブレードが迫る。

 韋駄天をセットすると共にそれらを避け、急ぎ弧月を再生成するその一瞬の間に――狼の眼前に、エネドラが現れた。

 

「――お前は手練れだったよ。ノーマルトリガーでここまでよくやったな。だが、終わりだ.....!」

 

 韋駄天による回避先に先回りしたエネドラの一撃が――狼の首を、斬り飛ばす。

 ここまでが、エネドラの計であった。

 B級の狙撃手に狙いをつけ餌にし、釣り出された精鋭のうち一人を仕留める。

 ラービットでB級で捕らえれば、それをもとに相手の動きを制限できる。ラービットを追い、その救助を行うならば、横槍にて仕留める。

 

 ――ここの兵は、上から下まで友軍を見捨てる事を忌避している。

 忌避するが故の強さとして、緊急脱出がある。緊急脱出を基にした、死を恐れぬ連携や作戦を随行できる力がある。

 だがその反面。いざ緊急脱出が使えぬ状況下に陥った友軍を斬り捨てる事が出来ない。

 だから――日浦というB級の駒で、狼を仕留められた。

 エネドラは。玄界の兵の性質を見極めていた。

 

 ――だが。だからこそ。

 ――慢心せず、こちらを知っている相手であるからこそ。

 

 これが、使えるのだ。

 

「――否。俺は、誤ってなどいない」

 

 トリガーオフと共に。

 狼は――生身にて、エネドラの前に立つ。

 

 その背に括られし、黒の刃を引き抜く。

 

「な....!」

「――御免!」

 

 奥義、不死斬り。

 墨汁が散るような黒の軌跡を描きながら――横薙ぎの刃がエネドラの首を斬り飛ばしていた。

 

 

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