隻腕の狼、玄界に降り立つ   作:丸米

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炎上×星の杖×剣聖

 かつて、ここにもあった。

 幾千の死者。幾千の嘆き。

 異界から現れた怪物共。それらに簒奪された諸々諸々。

 それは、我が子を連れ去られた母親の嘆きかもしれぬ。己が無力に打ちひしがれた父の慟哭かもしれぬ。

 家々を潰された。愛した街並みが破壊された。思い出の品が炎に沈んだ。恐怖に打ち震え心に傷を負った。

 それら全ての怨嗟が。

 ――修羅に堕ちた者へ、降りかかる。

 

「――う....ああああああぁぁ」

 

 那須玲から、堪えきれぬ声が漏れ出る。

 突如豹変した人型近界民から吹き荒れる炎。

 それは――トリオン体にすらダメージを与えると共に。その焼けつく感覚が、己が皮膚を通して流れ込んでくる。

 

 トリオン体には――己が身に降りかかる痛覚を、ある程度緩和する機能が付けられている。

 戦闘に影響しない程度の、微弱な衝撃は感じられるものの。痛みとは無縁であるはずの肉体である。

 

 で、あるが。

 この炎は――それらの機能を貫き、痛みを走らせる性質が兼ね備えられていた。

 

「那須!緊急脱出しろ」

 

 当然――これまでトリオン体以外で戦闘など行った事のない者には、味わわされた事のない感覚。

 皮膚が焼けつき、激痛が走る。

 怨嗟の鬼と化したエネドラが巻き上げた炎に直撃した那須は、軽いパニックに陥っていた。

 仕方ない、と太刀川は呟き。完全にその身体が燃え上がるよりも前に那須玲の首を落とした。

 

「くま!お前もすぐにそこから離れろ!この炎に巻かれたら、もう戦えねぇぞ!」

 

 現場近くにいた熊谷にも、すぐさま指示を出す。

 

 

「――こいつを、市街地に向かわせるわけにはいかねぇな」

 

 豹変の際に最も近くにいた狼は生身のまま吹き飛ばされた。

 恐らくは意識を失っているのだろう。トリガーの反応場所に動きがみられない。

 

「しっかし....こんな所で、あの爺さんとの戦いが活きるとはな」

 

 肌身が焦げ行くこの感覚を前にしても、太刀川は冷静であれた。

 それは――以前仏と対座を果たし。葦名一心との戦いの中で、死痛を味わわされたから。

 

「万が一アレが市街地に向かったら....想像もしたくねぇな」

 

 眼前に。

 泥色の鬼がいる。

 歪んだ形の角に、全身から毛のように生え出た炎を纏う男。泥色の皮膚に包まれたその肉体の中で――泥の王を纏った左腕が渦巻く炎を纏っている。

 

 おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお‼

 

 怨嗟に咽び泣くような声が聞こえ来る。

 その声へ、太刀川は刀を構える。

 

「――さあ、来やがれ」

 

 

「――あれは」

 

 エネドラが鬼と化し。アフトクラトルの船内では、動揺が走っている。

 それは――常に冷静沈着であるはずのハイレインの感情が伝播したからであろう。

 

「何が、どうなっている....!」

「わかり...ませ、ん。何故....エネドラが....」

 

 エネドラの豹変による攻撃を受けたミラが、息も絶え絶えに言葉を返す。

 その痛々しい有り様に「それ以上喋るな」とハイレインは言う。

 

 あり得ない事が、あまりにも巻き起こっている。

 生身のはずのエネドラが怪物に成り代わり。

 トリオン器官が潰されたはずのエネドラが、トリオン体であるミラを傷つけ。

 そして――痛覚が極限まで鈍くなっているはずのトリオン体に、確かな『痛み』が与えられている。

 

 如何なる道理をもって、このような事態が巻き起こっているのか。

 

「....今動かせる戦力は、私とハイレイン殿しかおりませぬな」

 

 現在――アフトクラトルの戦力は大きく削れている。

 ランバネインは囮の役目を果たし討ち取られ。ヒュースもまた迎撃され玄界に囚われた。ミラはエネドラの襲撃を受け、トリオンも枯渇間近。

 動かせる駒は――ヴィザか、ハイレインしか存在しない。

 

「ハイレイン殿の『卵の冠(アレクトール)』と、あの炎は相性が悪いでしょう。それに――トリオン体の痛覚遮断効果がない時代で戦っていたのは、私しかおりませぬ」

「....勝算はあるか」

「解りません。なにせ....あのような怪物と戦った経験は、私とてありませぬ故」

 

 しかし、と。

 同時にヴィザは呟く。

 

「だからこそ――歳甲斐なく、心躍っております」

「.....」

「久々に――勝算があるのかすら解らない、戦いに赴けるのですから」

 

 ヴィザはただそう呟き。

 変わらぬ笑みを、湛えていた。

 

「――私は、お前が負けるなどと微塵も考えていない」

「勿体ないお言葉でございます」

「そして――泥の王を奪われたまま、国に帰るわけにはいかない」

「そうでございましょう」

 そう言葉を交わすと。

 ハイレインはヴィザの目を真っすぐ見て、頷いた。

「行ってこい」

「かしこまりました」

 

 そう言うと、無言のままヴィザはミラを見た。

 ミラは――苦痛に顔を歪めながらも、ヴィザを敵地へと送り込んだ。

 

「――何とか、貴方を呼び戻すだけのトリオンは確保しております。ご健闘を、ヴィザ翁」

「留守を頼みます」

 

 空間に現れた黒の穴倉へ潜り込むと共に――ヴィザは、転移した。

 

 

 怨嗟の鬼と化したエネドラは、左腕を前に突き出し。太刀川と相対する。

 炎で視界が揺らぐ中。――己が左右より吹き荒れる炎を、太刀川は感じ取っていた。

 

 鮮やかな紅蓮をシールドで押し留め、その狭間よりグラスホッパーを用いて脱出する。

 展開したシールドが炎に包まれると共に――溶けるように消失していく。

 

 宙へ逃げた太刀川はトリガーを切り替え、旋空を放つ。

 刀は――エネドラの肉には埋まるものの、その骨まで断てない。

 

「....硬ぇ」

 

 太刀川は、旋空の達人である。

 トリオンにより弧月の刀身を延ばすこのトリガーは、先端になればなるほど威力が増す。

 最大威力の旋空は――ノーマルトリガーの中で間違いなく最も威力のある攻撃の一つであろう。

 

 されど――先端にてエネドラの胸部を斬り裂こうにも。その肉体を斬り裂く事、叶わず。

 

 不発に終わった攻撃に、戒めの一撃が襲い来る。

 吹き荒れる炎が、エネドラの左腕の中で幾つかの形に拵えられる。

 炎を纏った、ブレードであった。

 

「成程ね。――あのトリガーの性質は、受け継がれている訳だ」

 

 黒トリガー、泥の王。

 トリオンに変幻性を持たせるこのトリガーは――怨嗟の炎にまで、その性質を受け継がせている。

 ブレードの一つ一つに炎が纏わりつき。完全に回避する事叶わぬ。

 

 太刀川は旋空にてブレードを弾き飛ばし、地面へ着地する時間を稼ぐ。

 が――着地場所からもまた炎が吹き荒れる。

 

「あっちぃ....!」

 

 熱に巻かれ、己が身体が焼ける感覚。

 激痛と共に襲い来るそれを奥歯で噛み砕き、それでも身体を動かす事は止められぬ。

 熱気が気管から入り込み、喉が焼ける。

 襲い来る炎のブレードに、肉が焼ける。

 ただ炎の内側にいるだけで、己が身にダメージが蓄積され、炎上していく。

 

 それでも――太刀川慶は、剣を振るい続ける。

 炎の最中、動き始めたエネドラはあまりにも速い。

 こちらが足を踏み入れられぬ炎の中に紛れ、炎の刃を射出していく。

 

 が。

 その刃は――彼方より打ち上げられたハウンドの弾丸にて、弾き飛ばされる。

 

『太刀川さん。無事ですかい?』

「おお、助かったぞ出水」

『炎の外側から援護できる遠距離持ちの隊員と、あと玉狛の黒トリガーを呼んでいます。あと、最悪の場合は忍田本部長が来ます』

「天羽は来れないか?」

『市街地が微妙に近いので、天羽まで連れてくると被害が一般市民に及ぶ可能性があるから警戒区域の内側で待機しているみたいっす』

「了解――おお!」

 

 エネドラの左腕より、炎が渦巻いていく。

 同時に。己が左右に火柱が上がったのを確認し――回避は出来ぬと、太刀川も覚悟を決める。

 

「――まあ、布石くらいは打っとかねぇとな」

 

 渦巻く炎の中を、迷いなく太刀川は踏み込んでいく。

 全身が燃え、そして己が体内から炎上を起こす激痛。炎に目が眩む中――緊急脱出直前、太刀川は抜刀する。

 

 葦名十文字。

 

 炎に巻かれ炎上せし剣士の、最後の二撃。

 

「こいつが――旋空での、十文字だ」

 

 炎を斬り裂くような横一文字からの縦軌道の振り切り。

 それは、紛れもない旋空弧月であり。

 葦名十文字であった。

 

 エネドラの左腕の付け根に十字のダメージを与え――太刀川は炎の最中、緊急脱出。

 

 炎の中。

 太刀川は揺らめく人影を捉え――薄く、微笑んだ。

 

「それじゃあ――後は頼んだぜ、狼」

 

「ああ」

 

 影は、紅蓮の傘を前方に差し出し、炎の最中を突き進む。

 炎に紛れたエネドラを見出し――紙吹雪が舞う不死斬りを振り上げる。

 

「――二度、鬼と対峙する事になろうとはな」

 

 跳躍と共に己が眼前に斬撃を放つ狼に、エネドラは炎に巻かれた左腕にて掴もうとする。

 その左腕は、風を切るような音と共に弾かれる。

 

「――星の杖(オルガノン)でも、切断できませぬか」

 

 それは、視認すら出来ぬ高速の斬撃であった。

 剣聖は――斬撃にて風を発生させ己が周囲の炎をどかし、斬撃にてエネドラの左腕を弾き飛ばしていた。

 

 左腕を弾き飛ばし、がら空きとなったエネドラの肉体に――狼は、不死斬りの一撃を浴びせた。

 

 

 不死斬りの斬撃は――エネドラの左肩の付け根へ叩きつけられる。

 先程、太刀川が十文字を叩き込んだ場所である。

 不死斬りの斬撃をまともに叩きこめど――未だその骨は軋み一つ上げない。

 

「成程――この力の根源部分は、泥の王にある。故に左腕を斬り落とそう、という目論見ですな」

 

 ヴィザはそう呟くと。――己が周囲を回転する刃を一瞥する。

 

 星の杖。

 それは、幾重にも回転する刃である。

 巡る星の如く使い手を中心に回転する、幾つもの刃。

 

 速く、重い。視認不可能な程速く、防護が不能な程重い。絡繰りとしてはあまりにも単純であるが。単純故に、恐ろしく強力。

 

 回転の向きを変え、袈裟上に回転させ――ヴィザはエネドラへ斬撃を浴びせる。

 その刃が違いなくエネドラを通り過ぎた時――エネドラは炎の最中、その姿を消す。

 

「ほう」

 

 炎に紛れ、姿を消すと――ヴィザの死角側にある火柱より姿を現し、ブレードを射出する。

 この、鬼と化したエネドラは。”火”を泥の王の液状トリガーと見立てているらしい。

 故に、その火に紛れ、姿を消し、また現れる――といった手法が可能となっているのだろう。

 

 初見の技法による、死角からの攻撃。

 されど――難なくヴィザは射出されたブレードに対し、重ねた”星の杖”のブレードにて防ぐ。

 

「姿を紛らわすならば。最も注視すべきは死角側。――解っておりますとも」

 

 積み上げてきた膨大な経験が、正答を引き当てる。

 射出されたブレードと星の杖のブレード。二つがぶつかり合った瞬間――更なる炎上が巻き起こる。

 

「む」

 

 ヴィザの周囲に撒き散らされる炎の渦。その上側から、巨大な火の玉が舞い落ちていく。

 ブレードを防護させた後、周囲に炎を巻く。そうしてヴィザの周囲を炎で満たし――とどめに、頭上から強力な火の玉を落とす。

 されど。

 

「――助かりました」

 

 狼が炎の最中よりヴィザの下へ辿り着くと。その傘にて、頭上の火の玉を防ぐ。

 凄まじい爆音が響き渡り、巨大な火柱が上がる。されど――炎を遮断せし紅蓮の傘は、何とかその下の二人を護り抜いた。

 

 だが。一連の攻防の最中――互いの体内に、炎が蓄積されていくのを感じていた。

 炎の最中、炎を撒き散らす相手との戦い。ただそこで戦うだけで、己が身に炎は蓄積されていく。

 

 狼は――赤色の曲がり瓢箪を取り出すと。その中にある薬水を飲む。

 

「――お主も飲め」

「これは....?」

「炎上の蓄積を流す薬水だ。トリオン体に効くかどうかは定かではないが。試してみる価値はある」

 

 かつて、葦名にて手に入れた薬水が湧く瓢箪。

 この赤枯れの曲がり瓢箪は、炎への耐性を高めると共にその身に蓄積された炎を鎮める効果がある。

 

 受け取ったそれを飲んでみると――凄まじい濃度の苦味と共に、己が内より入り込んできた炎が静まるのを感じた。

 

「ありがとうございます。――さて」

 

 瓢箪を狼に返すと。

 鬼が、眼前にいた。

 

「まだまだ――決着には至らぬようですな」

 

 防護に使いし星の杖をまた周囲に展開し。

 笑みを浮かべ、――剣聖は、鬼と対峙する。

 

 ――このような理外の戦い。戦をひたすらに続けてきた己の人生でも、例のない事。

 怨嗟とやらに身を堕とした者。無限とも思える程に撒かれていく炎。そして、生身にてトリオンとは異なる道理にて戦う者。

 

 この力を、ヴィザは本能的に危険であると感じ取っていた。

 そして。いざその危機を眼前にした時。理外の代物を突きつけられて。

 

 ヴィザは、笑った。

 

「――これだから、戦いはやめられない」

 

 己が理の範疇を超えた危機を前にしてこそ、昂りは止められぬ。

 彼もまた、剣聖である。

 ――己が全霊を掛けた死闘を求めし、ただ一人の剣士であった。




私のsekiroではエンディング後も仏師殿は大手門の前で暴れ回ったままです。合掌。
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