黒江×狼×韋駄天
「.....」
「玲、大丈夫?」
「うん」
那須玲は――大規模侵攻の後、少々塞ぎ込んでいた。
己の判断ミスでチームメイトをあわや近界へ連れ去られたかもしれない状況の中。――あの炎を撒き散らす怪物との戦いの中、炎に巻かれ激痛を味わわされた事も。
激痛を味わわされたのは、いい。
ただその所為でパニックに陥り、――己を太刀川に介錯を受けた。その部分に、情けなさを感じてしまっていた。
あの時。パニックに陥らなければ、まだ戦えた。
実際太刀川は。あの炎による激痛を受けながらも、限界まで戦い続けていたのだ。
諸々のショックと、体調不良が重なり。ここ数日、那須玲は塞ぎ込んでいた。
現在。日浦茜は家族との話し合いが数日にわたって行われているとの事で、中々那須の家に来れない日が続いている。
そういう訳で。今日も熊谷友子は那須の家にいる。
「――この前、あの人に会ったよ。狼って人」
「そうなんだ」
「うん。無口だけど、いい人そうだった。あと――そこのオペレーターの人から、こんなのも貰ったんだよね」
バッグから、口が結ばれた『お好み焼き屋 かげうら』のビニール袋を開けると――純白の米が、そこにあった。
「これは....お米?」
「うん。狼さんの連れの、オペレーターの子....確か、落水御子ちゃんだったかな。その人がくれたんだ。”食べれば元気になります”だって」
「ふふ。なにそれ。――でも、つやつやしてて美味しそうだわ。今日はこれでおにぎり作ってもらおう」
そうして二人して笑いあい。――話題に狼が出た瞬間から。少しだけ声のトーンが落ちる。
「それにしても.....あの人は何者なんだろうね」
「.....解らないわ。なにせ、わざわざ上層部から箝口令が敷かれたものの」
「あれ....生身、だったよね」
「うん」
あの時。
狼は己が得物である弧月を捨てて茜を助け。
その隙をついた人型近界民に仕留められた、その後――トリガーオフを行い、生身にて攻撃を行っていた。
あの様を見届けていたB級隊員――漆間恒も含めて、箝口令が敷かれた。
「でも――正体については解らなくても。一つ確実な事がある」
那須玲は、また視線を俯かせる。
「あの人は....上層部が箝口令を敷くほどの秘密を守るよりも。私達を優先したのよ」
「.....」
「本当に感謝しかないわ。体調が戻ったら、私もお礼に向かおうと思うわ」
●
「.....」
「.....」
無言のまま見つめ合う男女がいた。
それは如何なる雰囲気か。
色の一つもない、虚しい雰囲気である。
片や。後ろに流した長髪と口元の黒子が印象的な、微笑みを浮かべる女。
片や。忍び装束をあしらった隊服を着込み。寡黙を貫く男。
二人は。食堂にて無言のまま見つめ合っていた。
好奇心をその目に宿した女と。その目を、疑念と共に見つめる男。
色っぽい空気などそこには欠片もなく。狼は食堂で最安値のかけうどんを啜り始めていた。
「....ねぇ」
「....なんだ」
「貴方、忍者なの?」
「....明かせぬ」
最早幾度聞かれ、幾度答えたであろうか。
お前は忍者であるかと問われるたび。明かせぬと応える。そうして「ああ忍者なら自分の身分を明かせんわなすまんなぁ」と処理される。このやり取り。
ようやくこれらのやり取りを、この玄界に来て解放されたのかと思うたが。またも繰り返されねばならぬのか。
「ウチの隊の子もねぇ、忍者って言われてるの」
「....そうか」
「強くて才能もあって唯一無二の個性もあるんだけどねぇ」
「.....」
「ただ....やっぱり、韋駄天のトリガーは使い手が少なくて。先達がいるかいないか、って。トリガーの習熟に大きく関わると思わない?」
「ああ....そうだな」
「私、加古望というの。A級部隊を率いさせてもらっているわ」
「そうか」
「そして。ウチの子の名前が、黒江双葉って子なんだけど。――同じ、弧月と韋駄天使いの隊員がいるって聞いて。澄ました顔しているけど、内心色々と燃え上がっているわ」
「そうか。より励めばよいな」
「――十本勝負、してくれない?」
「.....」
さて、どうするか――。
勝負を挑まれたとあらば、こちらとしても可能な限り受けてやりたいとは思う。
しかし、現在。――落水隊は数日後にランク戦デビューを控えている。現在、隊長である御子は他部隊の情報・戦略分析に奔走している最中である。
それをほっぽりだして、勝負をするというのも。
「ああ。それじゃあ。勝負を受けてくれたら、私が知る限りのB級部隊の情報を教えるってのはどう?自分たちで映像を見て分析するのもいいけど、他者の視点からそこら辺を知るのも大切じゃない?」
「....む」
「ね?」
〇
「....薄井狼だ」
「....黒江双葉です」
眼前には、小柄な少女がいた。
黒の隊服に、鋭い目つき。左右に束ねた二つの髪を揺らしながら、――黒江双葉は狼に一礼する。
互いに、あまり言葉を費やす類の者ではなく。故に言葉は少なげであった。
だが――その目を一瞥した瞬間に。狼は、この少女の本質を見ていた。
負けず嫌いなのだろう。
燃えるような闘志が。絶対に打破してやらんとする意思が見える。
――彼女の事は、狼も知っていた。
韋駄天。このトリガーの使い手は、狼を除けばこの少女しかいない。
戦闘記録も幾つか見た。戦闘での立ち回りの部分には粗が見えるが、その動きには天性の素質が垣間見える。
使用難度故、未だ使い手が増えない韋駄天を、その若さで使える点を見ても。彼女は間違いなく、天才なのだろう。
互いにブースに入り。市街地の仮想空間の中に入りある程度の距離を取る。
「――じゃあ。私が合図を出すわね。....スタート」
加古望のアナウンスと共に。互いの弧月が抜刀される。
その一瞬にて、一本目は終わった。
〇
一瞬。
全てが一瞬の出来事であった。
互いが韋駄天を発動し、その身を交錯させた瞬間。
黒江の斬撃が狼へ辿り着く前に――機先を制した突き込みからの、空中への跳躍。そこからの、回旋しての二連撃。
忍びの技巧を前に。一瞬にて黒江は斬られた。
「おいおい。許されていいのかよアレ」
「何がだ?」
ブースの観戦席にて。二人の男がいた。
一人は風間蒼也であった。一見して少年と見紛えそうな、鋭い目つきと雰囲気を纏った男。
その隣にいるもう一人は、咥え煙草の明るい髪をした男であった。
火のついていない煙草を咥え。気だるげな雰囲気。良いと言えぬ目つきのままブースを見る。一見すればチンピラとも捉えかれぬ風情であった。
風間の隣にいるこの男の名は、諏訪洸太郎。
B級部隊、諏訪隊の隊長である。
「絵面がヤバすぎんだろ。おっさんがあの年代の女を斬り殺してんぞ」
「仕方ないだろう。模擬戦とはそういうものだ」
「まあ仮にお前が黒江を削り殺している絵面もそれはそれでやべーだろうがなぁ~」
「咥え煙草で散弾銃持ったチンピラにだけは言われたくはないな」
「おう誰がチンピラだコラ。――あ、二本目終わった。またあの忍者が勝ってるわ」
二本目は、韋駄天の使用を控えた両者の戦い。
旋空にて機先を得ようとした黒江であったが。狼の弾きにより大きな隙を晒し、返す旋空にてその首を斬り裂かれた。
「で、お前は何をしに来たんだ。諏訪」
「そりゃそろそろランク戦だからな。情報が腐るほどねぇ新造部隊の様子見よ」
「どうだ?様子見した結果」
「クソほど嫌われるだろうなありゃ。最初に当たる下位部隊はご愁傷様だ。――あれで逃げ隠れが上手いんだろ?」
「ああ」
「お前の評価としては、隠密行動はどのレベルだ?」
「.....東さんと同等の評価を下してもいいと、俺は思っている」
「は?マジ?」
三本目。
積極的な攻めからの二つを弾き返され討たれた黒江は、狼から攻め込むよう待ちの姿勢を取る。
狼から斬りかかり、それを刀身で受けた瞬間。韋駄天により頭上を取った狼が、振り下ろすような蹴りにより黒江の頭部と利き腕を蹴り落とす。
体勢を崩し、武器も叩き落とされた黒江は。そこから更なる蹴りの二連撃を受け、完全に体勢を崩し尻餅をつく。
狼は――視界を塞ぐべく黒江の両目の上を左手にて掴み、その首に弧月を突き込む忍殺の一撃。
三本目も、狼が勝利した。
「.....」
「どうした?」
「ドン引きだわ!何だあの殺し方!本職じゃねーか!あんなのとこの先当たるのかよふざけんな!」
「.....」
「黙るんじゃねーよ風間ァ!アレお前がスカウトしてきたんだろが!」
「知らん。勝手な噂だ」
四本目。
あからさまに、黒江はどう立ち回るか困っていた。
韋駄天で機先を取る事も出来ず。さりとて防御を固め待ちに徹しようとも瞬時に崩される。
その迷いを見透かしたのか。カメレオンを用いて視界から消えると同時に、旋空で首を斬り飛ばす。
「で。どうだ?アレがこれからランク戦に現れる訳だが」
「いやまあ強いがな。アレ一人で上位で安定するとは思えんな」
「ほぅ」
「多分太刀川と真正面から戦っても十分やりあえる腕があるんだろうけどよ。太刀川みてぇに集団戦で安定してバカスカ点を取れるタイプかというとそれは違う。――基本的には隠れて暗殺が中心になるが、そうなると人数がネックになる」
「.....」
「それに――今期は二宮隊と影浦隊とかいうペナルティ落ち迷惑二人衆が上位二つを蓋してる状況でもある。単独であいつ等ぶっ殺せるかと言えば、まあ無理だろな....」
現在。B級に二つの元A級部隊あり。
二宮隊と、影浦隊である。
隊務規定違反者を出した二宮隊と。暴力事件によりA級を剥奪された影浦隊。
A級に遜色ないどころか、A級そのものの部隊が二つある。これが、現在のB級の環境である。それが、恐ろしく大きな壁となり蓋となり存在している。
「成程な」
「で逃げ隠れが上手いとなると殺しきるのも面倒。でも殺そうとしてもソロ部隊で腕前はあるから旨味は少ねぇ。――こんなもん中位に留まってほしくね~んだけどな〜ざけんじゃねーよ〜」
結論。
――ペナルティ落ち二人衆が上を引き落としている状況下で、その上更なるヘイト部隊が生まれそうで。今期のB級ランク戦は、クソ!
と。諏訪洸太郎はぶつくさ文句を言うのでした――。
●
「.....」
惨敗であった。
最後の一本のみ取ることが出来たものの、全ての面で上回られた。
「....ありがとうございました」
そう、悔しさを噛み殺しながら狼に言う。
「ありがとうね、狼君」
「....ああ」
ブース内に加古望が入り、二言三言話し。そのまま狼は去ろうとする。
――いいのか?
このまま、あの男とここで別れて。いいのか。
同じような戦い方をする人間がようやく目の前に現れたのに。ただ戦って終わりで、いいのか。
そう思うと同時に。
ただ黒江の中にも葛藤がある。
――でも、もし仮に自分が逆の立場だったら。ライバルをわざわざ強くしようだなんて思えない。
助言が欲しい。教えて欲しい。
でも――もし自分がそう言われても。きっと拒否する。
今までやって来た己の態度が、去ろうとする狼を引き留めようとする動きを阻害していく。
「双葉」
加古が、黒江に耳打ちする。
「――このままでいいの?」
その言葉に。グッと、拳を握り込み。
背を向けた狼の服の袖を掴んだ。
「――お願いします。どうか、アドバイスを頂けませんか.....?」
服の袖口を掴み、頭を下げる黒江に狼が振り返る。
その姿を視界に収めた時。
狼は――かつての自分を思い浮かべていた。
葦名衆の国盗り戦。
あの戦場にて、己は何をしていたであろうか。
その時。己は戦場にて、屍を漁る、ただの子どもの野良犬であった。
兵共の刀を奪い。よろめくように戦場を彷徨う中――己は、義父と出会った。
――野良犬が、心すらも失くしたか。
義父は戯れに、幼子だった己が頬を斬りつけ。
己は――本能のまま、その刃を握った。
――ほぉ。共に来るか、飢えた狼よ。
何故だか。
己が師であり義父であった、梟の姿と。その刃を握った己が姿を――黒江と重ねてしまった。
飢えたような、貪欲に力を求める色が。そこにあったから。
あの時。しがみついた手を振り払わず拾ってくれたが故の己がある。
巡ってきたのだと。そう思った。
「――承知した」
己は己のやり方で。あの時の義父となろう。
眼前の黒江双葉を見て、狼はそう決めた。