こんにちは!
私の名前は、B級海老名隊オペレーターの武富桜子です!
年末から、今日にいたるまで、本当に様々な事がありました――。
誘導装置を貫通し、市街地へ出没するようになったトリオン兵の事件や。大量のトリオン兵・人型近界民による二度目の大規模侵攻。
本当に、本当に、苦しくて辛い時期でした.....。
三門市の市民を守る為日夜問わず戦い続けた皆々様。我等ボーダーの隊員だけではありません。戦いの最中に巻き起こった大規模火災に対応してくれた消防職員の方。今も尚被災地の救助活動を行っている方々。
傷痕は未だ深く。まだ完全に癒えたとは言えません。
以前に、記者会見にて三雲修隊長が言った通り。まだまだ、この先も戦いは続きます。連れ去られたC級隊員達を取り戻す為に――。
ですが!
それでも我々はこの日を迎えられました!
何の日かって?
当然、この日です。
2月1日!
――ランク戦の、開幕戦です!
今年からは、なんと。新たな部隊が二つも、このランク戦に加わるというのです!
実況にも熱が入るというものです!
うう....この武富桜子。感無量であります。
ランク戦。それは、ボーダーの全部隊による集団戦であり。互いの意地やプライドをかけた勝負の場でもあり。そして何よりも、ボーダー全部隊にとっての研鑽の場であります!
この武富桜子。その勝負をただ行使するだけでは勿体ないとずっと上層部に訴えてきたのです。戦略に明るく、言語化が出来る人に。その一戦に如何なる戦術が持ち込まれたのか。その戦いの一つ一つの場面に、如何なる意図があったのか――。それを語らせる場を設けた方が、戦術・戦略の理解度が跳ね上がるはずであると!
その甲斐あり。今は、オペレーターの実況員が一人。戦闘員の解説がだいたい二人。充実の実況と解説をもとに部隊戦が出来る事になりました。
大規模侵攻という危機を乗り越え、また迎えられたこの場。この開幕に、実況員としてこの場にいられる喜び。まさに望外!
しかも。話題の新部隊のデビュー戦の実況を任される事になるとは。この武富桜子、本当に本当に嬉しい限りです!
その新部隊とは――落水隊。
戦闘員が一人。オペレーターが一人。漆間隊に続くソロ部隊です。
攻撃手の薄井狼隊員は、C級の時より新人離れした成績を残し、数々の強者達との個人戦で圧倒的勝率を誇ると共に。その雰囲気の物々しさと、暗殺者の如き戦闘方法で個人戦の観戦者を恐怖に陥らせていたとも耳に届いております。大規模侵攻においても、その能力をもって特級戦功を捥ぎ取っている実力者。
隊長の落水オペレーターは、情報分析能力と並列処理能力の評価が新人の時より高く評価されていたオペレーター。彼女の正式オペレーターの昇格と共に、二人は部隊を組み――今日デビューを迎える事となりました。わー、パチパチ~。
解説にも、冬島隊の当真隊員と三輪隊の古寺隊員の二人に来て頂いております。
どうぞ――よろしくお願いします!
で、なんですけど。
落水隊の、デビュー戦、なんですけどぉ.....。
――実況ブースの観戦席。完全にお通夜です。
「いったい.....これは....」
実況のマイクにも乗らぬ程の小声で、思わず声が漏れ出る。
眼前の画面には――モール内の曲がり角に潜んだ薄井隊員が、吉里隊の月見隊員の首を掴み。瞬時に体勢を崩し顔面から地面に叩きつけ。声も上げられぬ状況を作ると共に、背後より心臓を一突き。
その瞬間。C級からは賞賛の声ではなく――恐怖交じりのざわめきが響き始めておりました。
ど....どうして、こんな事になったのでしょう....?
●
ランク戦――。
それはA・B級にまず分かたれ。そこから更に上位・中位・下位に分かたれた後。それぞれのランク帯にて三つ巴、もしくは四つ巴の戦いを行う。
一人殺めるごとに、一ポイント。そして、己が部隊以外を全滅させ生き残る事が出来れば、生存点の二ポイントを得られる。
そうして得たポイントを重ね、上へ向かうか。ポイントを得られず下に落ち行くか。それぞれ競い合う。
前期のランク戦での順位に応じて、各部隊は最初からポイントを得ている。
今回、落水隊は新造部隊故、当然最下位からのスタート。
当該ランク戦における最下位部隊は、マップ選択を行う自由を得る。
最下位と同時に、ソロ部隊である薄井隊がマップ選択権を得た。
落水隊が選びしは、市街地Dであった――。
「この選択を、解説のお二人はどう見ますか?」
「妥当な所だな。狼さんの性質を考えたら、ここが一番いい」
「市街地Dは、基本的にマップ中央にある巨大なモールに、各部隊が集結しやすくなる特徴があります。隠形が得意でかつ、斬り合いも強力な薄井隊員にとっては。モールのような複雑な構造の中で潜みながら戦えるのは大きなメリットとなります」
「そういうこったな。ソロ部隊でこえーのは、初動で偶然狙撃手に見つかって殺される事だが。そのリスクもここじゃあ最小限に抑えられる。基本的に狙撃手はモールの外に出ている事が多いからな」
「ふむふむ。攻撃手であり、隠密行動に長けた薄井隊員にとっては、階層が分かれたモールが存在する市街地Dは大きな優位を取れるという事ですね」
市街地Dは、大きく開かれた大通りと建造物。そしてマップ中央にそびえ立つ巨大なモールが特徴的なマップである。
大きく開かれたマップ故、狙撃や射撃が通りやすく。それ故攻撃手が中央のモールに集まる事が多い。
階層が分かれた巨大な建造物であるモールの中での戦闘になると、バッグワームの隠れ合いになる事も多く。接近された後に不利になる射手や銃手はそれだけで不利になる。
今回、落水隊が戦う相手は。間宮隊・茶野隊・吉里隊との四つ巴戦。
間宮隊は全員射手であり、茶野隊は両者拳銃を扱う銃手。吉里隊は三人のうち二人が銃手と万能手。射撃手段を中心とした部隊が多い。
相対的に、攻撃手一人である落水隊が大きく有利を取れるマップであるという。
「バッグワームの隠れ合いでジリジリした展開は、人によっちゃあ嫌な展開だろうが。狼さんにとっちゃ大歓迎だろ。――どうなるか楽しみだねぇ」
そう、解説の当真が呟くと共に。ゲーム開始のアナウンスが流れ。
各員は、それぞれ市街地Dへと転送された――。
〇
狼が転送されたのは、モールの屋上であった。
「――よい場所に転送されましたね、狼殿」
「ああ。これより潜伏を開始する」
足音一つすらも立てぬ、音殺しの歩み。腰を落としつつも素早く動きながら――狼はモールに潜伏した。
バッグワームに身を包んだ狼は。潜伏場所を見つけ、留まる。
己の所作を最小限に留め、他者の視界から逃れる。
気配を殺し。狼は、ただ目を凝らし耳を澄ましていた――。
モールに、足音が響き始める。
「行くか」
その一言と共に、狼は腰を落としたまま。あり得ざる速度で走り出す。
――忍殺の戦いの、始まりである。
〇
え、という一言と共に。
茶野隊、藤沢樹は――足を掴まれた。
モールは吹き抜け構造となっており、それぞれの階層を貫く空間が存在している。
藤沢はモール入口付近から階段を昇り、拳銃片手に索敵を行っていた。
最大六階層あるモールの四階側に着いた。
吹き抜けの空間から向かい側。そこから足音が聞こえてきたのを見咎めるよう――近付いた瞬間。
吹き抜け前にある、墜落防止用の壁がスッと斬り裂かれ。ヌッと現れた弧月より、足元から腹部にかけて弧月により斬り裂かれる。
「うわ.....あああああああああああ!」
突如として足元から襲い来る斬撃に驚愕の声を上げながら足元へ銃撃を放たんとするが。
それよりも、藤沢の身を貫く弧月に引っ張り込まれる方が早い。
腹部を斬り裂かれ、弧月により引っ張り込まれた藤沢は。そのままモールの四階より叩き落される。
悲鳴を上げながら地面へと落ちる藤沢が地面へ墜落する直前。旋空による一撃でその首を断たれた。
地面へ落ちていく悲鳴と衝突音。そしてそこから首を斬り裂かれ緊急脱出した光景。
それら全ての音を聞きとがめ――モールの足音が慌ただしくなる。
――狼の、ぶら下がり忍殺。
藤沢の居所を先回りした狼は。モールの吹き抜けに何者もいない事を確認した後。その足元へ片手でぶら下がり。弧月を手に待機。
このままモールを駆けていくならば背後に回り忍殺する。吹き抜けの様子を見んと近付けば、ぶら下がりのまま忍殺。
そういう策を籠め、彼はここにいた。
どちらにせよ――彼はこのモールの四階から藤沢を落とすつもりでいた。
落とした場所で物音を上げる事と。墜落してから緊急脱出した事実をもって、どの場所で狼が藤沢を始末したのかを誤魔化す為である。
このランク戦。他部隊の者を始末しポイントを稼ぐと緊急脱出の軌跡が見られる上、どの部隊がどの部隊の隊員を始末しポイントを上げたのかが全部隊に通知される。
始末した場所と、始末した者がおおよそ暴かれる仕組みになっている為――隠密戦を主とする落水隊には、中々辛い仕様となっている。
と、なれば。そのうち――”始末した場所”を誤魔化せるときは、誤魔化した方がよい。
だが、誤魔化せぬ相手もいる。
それは、藤沢と同じ部隊である茶野である。
この者だけは、藤沢より正確な狼の位置と、始末した際の詳細な情報を得ている。
だが。そこまでも狼の策であった。
「何処だ....!」
藤沢の報告を受け、四階までやって来た茶野。
彼は藤沢の報告を受け。吹き抜け部分に決して近付かぬよう慎重な歩みで辺りを見渡している。
始末した場所に、単独で来てくれるならば、重畳。
狼は――転じて天井の装飾部分にぶら下がると共に。扉から現れた茶野へ落下し、首投げを行う。
狼の両足により、首を蟹挟みされ、茶野の首が捻転。そのまま首がねじれたまま顔面より地面へ叩きつけられ、視界に狼が映らぬまま倒れ伏す羽目となる。
その身体に、狼の身体を乗せながら。
「ぐ....ああ」
その後。
敢えて致命傷は与えず。馬乗りのまま弧月を手に茶野の両腕を斬り落とし。得物を奪うと共に――藤沢と同じく、吹き抜けより投げ飛ばしその身体を落とす。
「なにを....あああ!」
投げると共に腹部を斬り。地面へ叩きつけられると共に、トリオン不足により茶野もまた緊急脱出。
落水隊は――こうして二点を手に入れた。
〇
「....お、落水隊が二点を取りリードしました」
「.....おおー。成程なぁ....」
「.....」
――あの。
――あのあのあのあの。
――これが、ランク戦開幕の試合の雰囲気なのでしょうか.....!
「まあ――これに関しちゃ、藤沢がやられるところまでは仕方ねぇが。茶野が藤沢がやられた場所に無策で向かったところは良くねぇな。隠密上手相手に単独で突っ込んで行っちゃダメだろ」
「薄井隊員の意図もはっきりしていますね。モールは階層が分かれているので。墜落させて仕留める、という過程を得る事で。どの階層に自分がいるのかを誤魔化したのでしょう。――まだまだ潜伏する旨味を逃したくない」
ぶら下がりからの奇襲。そして、天井からの首投げ。
その後――吹き抜けにその身体を落とすという過程を経て仕留める、という工程でポイントを得る事で。まだ潜伏が出来るように図ったのだ――。
その意図は解説がしっかり説明したものの。その絵面のあまりの残虐さに、観客が若干引き気味にざわついている。
――こ、こんな事が....こんな事があってもいいのですか.....!
「....」
「どうしたの、双葉?」
「どうして――狼さんは、わざわざあんな回りくどい事をするんですか?」
加古と共に試合の観戦に来ていた黒江は、不思議そうにそう呟く。
「正面から戦っても、確実に勝てる相手に。隠れる意味はあるんですか?」
「そうねぇ」
黒江の考えからすると、勝てる相手に隠れるという発想の部分があまり解らないのだろう。
それで自分の居所が判明したところで、その追跡をかけた者をまた仕留めればいい。そもそも狼と正面から斬り結べる攻撃手の駒が、吉里隊の月見と北添しかおらず。その他が射撃手段しか持たぬ相手。
むしろ居所を明かし、堂々と戦っていった方がよいのではないか、と思う。
「多分、狼さんは――”勝てるから”こう動く、という思考より。”負ける可能性があるから”こう動く。――というのを中心に物事を考える人なんだと思う」
「....?」
「この下位ランク戦での狼さんの唯一の負け筋は。射撃手段を持つ人たちに居所を暴かれて。集中砲火を受ける事よ。その展開にだけは絶対にならない様に、作戦を立てている。リスクを極力減らしているのよ」
故に、落水隊は。射撃手段が機能しにくい市街地Dを選び。
故に、可能な限り自らの居所を暴かれぬよう立ち回る。
――今まで、幾度となく死を味わわされてきた狼は。己がどうあれば死ぬのか、という部分を突き詰めて考える性分を得た。
その結果が。この動きとなっている。
たとえ正面から打倒できる相手であろうとも。より確実に殺せる方法があるならば、そちらを選択する。
「下位戦が終わった後も楽しみねぇ」
そう言って――加古望は、笑った。