一人、一人。消えていく。
モールの吹き抜けから叩き落され、茶野隊は序盤で姿を消し。
そして――狼は、その後吉里隊の月見を張り付きの忍殺により仕留めた事により。その位置を、吉里隊に知られる事となった。
「――ここで勝負を仕掛けるしかない。行くぞ....!」
モールは、完全な膠着状態に陥っていた。
狼による忍殺により茶野隊が壊滅された後。残された吉里隊・間宮隊は”固まって動く”方針を立て。吉里隊はフロア二階。間宮隊は五階に陣取っている。
とはいえ。吉里隊は残り二人。片方が落とされれば、一対一で狼と立ち向かわなければならない。
――ブースで確認できる範囲でも、米屋や黒江といったA級に圧勝できる腕前の持ち主。タイマンで勝てる道理もなく、その分移動すらも制限されてしまう。
もしこの場が、視界を多く担保できる市街地ならば。移動ルートを定めてくれる狙撃手がいるならば。ここまで窮屈な戦いとはならなかったであろうに。無い故に、動く事すらままならぬ。
だが。
フロア二階にて月見が仕留められた事で――二階に狼が存在する事が確定的となった。
二人で勝てるかどうかは不透明だが、相手はどれだけ凄腕でも攻撃手。中距離で囲い、二人分の火力を用いて迎撃すれば勝機はあるかもしれない。
そう思考を巡らせ、吉里・北添の二人は頷き合う。
互いに突撃銃を手に、その後を追う。
その瞬間――。
新たなトリオン反応が、一つ現れる。
この状況下でバッグワームを解ける立ち位置の人間は一人しかいない。
――狼が、己が位置を晒した。
その方向へ目を向けると、狼が二階フロアより飛び降りている光景が見えた。
「逃がすか....!」
二人はすぐさまその後を追い。飛び降りていく狼の背中に向け、突撃銃を掃射する。
狼がその様を振り返り、銃口を一瞥した瞬間――狼の身体がトリオンにより発光していく。
銃弾の軌道から逃れるように、空中にて己が身体を高速機動にて逃す。
「....韋駄天!」
事前に定めたルート上へ高速移動するトリガーである韋駄天を用い、突撃銃の掃射から逃れた後。狼はまたバッグワームを着込み、その姿を消す。
「逃げられたか....!」
ふと、思った。
何故わざわざ、狼は――このタイミングで、姿を晒したのだろうか、と。
その疑問への答えは――頭上より降ってくる。
「あ」
モールのフロア五階より。
今吹き抜けから身を乗り出し、姿を晒して銃撃を行った自分たちに――三人分のハウンドのフルアタックが叩き込まれた。
〇
間宮隊。
彼等には、隊として固有の特徴と戦術がある。
隊員全員が射手であり、ハウンドを入れている部隊であり。三人総員がハウンドのフルアタックを行使する”ハウンドストーム”という固有の戦術を持っている。
総員機動力が低く、寄られれば弱く、合流がそもそもしにくいという致命的な弱点を抱えてはいるものの。一度合流さえしてしまえば、圧倒的な火力を一方的に叩きつけられる強みを得る事が出来る。
ハウンドの雨に打たれ、万能手の北添は緊急脱出。一足早くハウンドに気付いた吉里はシールドの防護が間に合い、何とか致命傷は逃れる。
――が。
「....」
頭上より――弧月の刀身が落とされる。
そこには。何の感情もない、機械のような眼をした男がいた。
「――後は、間宮隊のみか」
吉里の緊急脱出を見届けた後。
狼は静かに五階フロアを一瞥し、走り出した。
〇
「――来たな」
狼は、今までと違い。堂々と間宮隊の前に立った。
バッグワームを解き。弧月一本にて――間宮隊三人の眼前に立つ。
「ここまでくれば、犠牲が出るのは仕方がない。なんとしても討ち取って、生存点を狙う....!」
たとえ一人を斬り殺されようと。その隙に全員分のハウンドを叩きつける。
そう事前に作戦を決め――彼等は、三者共にハウンドのフルアタックの用意を行う。
瞬間。
狼は――己が眼前に、同じようにトリオンキューブを撒く。
「....な!」
それは。細かく分割されたメテオラキューブであった。
ふらふらと浮くそれらは、一切微動だにせず空中に浮いている。
射手である間宮隊はすぐさまその正体に気付いた。
――射程も速度も限界まで切り詰め、威力を限界まで高めたメテオラであろうと。
狼はそれらを撒くと同時にバックステップし、効果範囲から逃れる。
もしこのままハウンドを放てば――爆撃に巻き込まれ死ぬのは自分たちの方。
「撃つな!」
間宮隊も、一歩遅れてバックステップを行う。
瞬間――狼の旋空がメテオラの弾体に触れ、大爆発を引き起こす。
双方ともにバックステップで避けられたため。そのメテオラは誰を仕留める事も無かったが。
双方の視界を、塞いでいく。
狼は着地と共に、刃先に指をやり刀身を敵へ向け――韋駄天を発動。
爆炎に紛れた高速移動の最中――間宮隊の鯉沼の心臓を弧月にて貫く。
義父が扱っていた爆竹斬りの応用である。
メテオラの爆撃にて相手の視界を塞ぎ。その間に韋駄天を用いて、敵を仕留める。
鯉沼を仕留めども、斬撃は止まらない。
ぐるり体幹を回しながら、右手側でハウンドを射出しようとした間宮隊・秦の首を斬り落とし。
実際に射出した間宮のハウンドを、返すレイガストの防護により防ぎ。
返す刃にて――間宮の頭部から弧月を振り降ろす。
メテオラの爆炎に紛れた瞬殺劇により――狼以外の隊員全てが消え去った。
『試合終了!生存点含み、落水隊が9ポイントを取り、勝利です!』
〇
「――序盤戦をつつがなく終わらせる事が出来ましたね」
「ああ」
序盤の下位戦を、無事大勝できた薄井隊。
初試合を終えた御子は、一つ溜息をつく。
「大丈夫か?」
「はい。初のランク戦でしたが。あの大規模侵攻に比べれば、まだまだ大丈夫です」
「そうか」
――そうか。御子にとっては、あの大規模侵攻が初陣となったのか。
途中より狼は生身となってしまったが。その後も本部まで赴き別の業務を手伝っていたという。
狼は無言のまま立ち上がると。作戦室に付属してある小型冷蔵庫より柿を手に取り、切り分けていく。
「あ。ありがとうございます、狼殿」
「....食え」
切り分けたそれを小皿に移し。御子に差し出す。
好物を前に御子の顔が綻ぶ。
『下位部隊はまあご愁傷様、って感じだな。――とはいえ、中位以上まで行くとここまで簡単に点が入るとは限らねぇ。もう少し工夫が必要になるだろうな』
『結局の所、最後は間宮隊の三人の前に正面から行く必要が生じていましたからね。あれが中位・上位の隊が固まっている所に同じようにやれるかというと....』
『隠れて殺す能力も正面きっての斬り合いの能力も高いのは解るが....。太刀川隊の出水や、生駒隊の水上みたいなポジションの隊員が追加できればもっと強いんだろうがな....』
「.....」
試合後の講評が行われている。
やはり。狼単独でB級上位まで行けるかどうか、という部分に関しては。かなり厳しめな評価が下されている。
己自身が、この新たな”トリガー”を使っての探求を行う事も必要であろうが。
単独での戦いで、新たな戦い方を模索する必要も――やはり生じているように感じる。
●●
「.....」
那須隊は、ランク戦での作戦会議を那須玲の家で行う事が多い。
それは、身体が弱く本部に中々顔を出せない那須を気遣ってのもの。
ランク戦の作戦会議を終え。――部隊員の熊谷と日浦は、何処かとぼとぼとした歩みで、帰路をなぞっていた。
「....ね、茜」
「はい?」
「何か食べていく?奢るよ」
「ありがとうございます....!」
――どこか流れる、暗い雰囲気を消し飛ばそうと。熊谷は日浦にそう言った。
帰路から少し逸れ、熊谷は商店街にあったコロッケを二人で買い、その後ソフトクリームを食べた。
こうして寄り道するのも珍しくはない。
しかし――二人には、何処かこの時間を噛み締めるような風情がある。
もう少しで終わってしまうもの。失われてしまうものを、繋ぎとめるような。必死さを孕んだ、空気が。
「....こういう事。もっと那須先輩も一緒にやりたかったな」
「だね。――玲が元気になったら、アンタもこっちに来な。引っ越したって、遊びに来ることはいつだって出来るんだよ」
「....はい!」
――このランク戦を終え、三月が終わり、中学を卒業したら。
――日浦茜は、三門を去る。
それは同時に――ボーダーからも脱退する事も、同時に意味している。
大規模侵攻による傷痕は、市井に住まう多くの者に深い衝撃を与えた。
日浦茜の両親もまた、その一つ。
「――だから。今期のランク戦は、本当に頑張ろうと。そう思っています。だけど....」
「....」
「もっと....何か、返せるものがあったら。よかったのに、って。そう思うんです」
日浦茜はそう呟いた。
――自分を迎え入れてくれて。ずっと一緒に頑張ってきた人に。
――病弱でも弱音一つ吐かずに、ずっと自分を見守ってくれた先輩に。
何かを。
「....そう言えば、熊谷先輩」
「うん?」
「あの....落水さんから貰ったお米を食べたら、那須先輩の体調が一時的に戻ったって言っていましたよね」
「あ....うん」
そう。
あの落水御子が与えたお米を炊いて、食べてみたという。
米は尋常でない程の旨味があり。食べれば食べるだけ、腹の底から活力が湧いてきたという。
その効果は一日足らずで切れたというが。――それでも、非常に不思議な力を感じたという。
「落水さんって....あの、大規模侵攻で生身のまま戦っていた人と同じ部隊の人ですよね」
「.....」
あの大規模侵攻の時。
那須玲は、――トリオン体を戻し、生身の肉体のまま黒トリガー使いと戦う狼の姿を見たという。
その事については、上層部から箝口令が敷かれ。他の者に打ち明かす事を禁じられている。
「....熊谷先輩」
「....うん」
恐らく。二人の考えは、この瞬間一致したのだろう。
両者は共に頷き合い。――ボーダー本部へ向かった。
〇
「....成程」
落水隊の作戦室内。
熊谷友子と日浦茜は、土産品を持参し、その場を訪れていた。
運が良い事に。狼も御子も双方とも作戦室にいた。
二人は唐突の来訪にも嫌な顔一つすることなく迎え入れた。
その後――茶を飲みながら、熊谷と日浦は事情を話した。
「....我々の事を知りたいのですね」
「はい。――箝口令が出ているので、この事を周りに吹聴する事はしません。でも、知りえる所まで、知りたいのです」
「....何故だ?」
「――もし。玲を元気に出来るようなものが、お二人にあるのではないかと」
「.....」
「落水さんのお米を食べて....玲は、不思議な程、力が湧いたのだと。そう言っていました」
「.....」
もし、と熊谷は言う。
「もし。お二人の秘密の中に、玲の身体を治せるものがあるなら、と。そうダメ元で来ました」
「....そうか」
こちらの秘密の一端を知り。
その上で、御子から賜った米により己が部隊の隊長が食した時に体調が一時的に戻った事も重なり。
那須玲の身体を治せる何かがあるのではないか、と。一縷の願いを込めて来たのだろう。
「.....」
話すべきであろうか、と狼は迷うが。
落水御子は迷うことなく、狼に言う。
「狼殿。――箝口令が敷かれている者に秘密を洩らしたところで、大事にはなり得ません」
「....む」
「全てを話す訳にはいきませんが。――ですが、問いかけに答える程度の事は、してあげたく思います」
御子はそう言うと――熊谷の目を、真っすぐに見る。
「恐らく勘付かれているものと思われますが。我等は、別の場所より参りました」
「.....」
「我等が住む世は、この世界とも。近界と呼ばれるものとも違う。――尋常ならざる力の理が存在する場でありました」
そう言うと。
御子は大きめの茶碗を己が眼前に置き。そこに――己が両手を差し出す。
そこから――つやつやとした、お米がさらさらと流れ出す。
「な....!」
「え....ええええええええ!」
その衝撃的な光景に、熊谷も、日浦も共に叫んでいた。
「――私もまた。尋常ならざる理によって生まれた存在。故に、このような力が宿っております」
そして、と。続ける。
「私の力によって、那須隊長の病状が一時的にもよくなるならば。その病は、こちらの理で快復する可能性はあります」
「....本当ですか!」
「ですが――我等二人は、その世界より離れた身。今すぐにどうこうできるものは、持ち合わせておりません」
「.....」
隠しきれぬ落胆の色を見せる熊谷と、日浦の姿を見て。
狼は、己の心が揺れ動くのを感じる。
――言うべきで、あるだろうか。
この者は、太刀川とは違う。
狂気的なまでに戦いを求める者とは。
与えられる痛みや苦しみを享受しようと耐えられるような者達ではない。
だが。――たとえその先に苦難が待ち受けようとも。友の為に無理を承知で突き進める、強い意思の持ち主でもある。
「....今すぐじゃなくても。何か、私達に出来る事はありませんか....?」
その様子に。
狼は、口を開く。
「....我等の世界と、繋がれる方法はある」
そう、呟くと。――狼は、己が懐より、何かを取り出す。
それは、御守りであった。
「これは....」
「以前いた世にて、世話になった薬師より貰ったものだ。快復の御守り、と呼んでいた。――俺がいた場所では、”竜咳”なる病が流行っていた」
狼は思い出す。
かつて。竜胤の御子と契りを交わし、不死と成った果てに。
繰り返す回生の最中生み出された地獄の様相を。
不死は、周囲の生の力を奪い成立する。
生の力を奪われた果て。不死の者の周囲の者は、いずれ体調を悪化させ、止まぬ咳を吐くようになる。
それが、竜咳。
「この御守りと。”竜胤の雫”をもって――竜咳は、治った」
故に、と。狼は続ける。
「那須隊長が、竜咳と同じものであるとは限らない。だが――竜胤の雫が手に入れば、治る可能性はある」
「....手に入れるためには、どうすればいいのですか?」
「あの仏様にこの御守りを捧げ、拝めば――それにまつわる世界に赴ける可能性はある」
狼は――作戦室の端に祀ってある、優し気な顔つきの仏に目線をやり。そう言った。
だが、と狼は続ける。
「この仏様から向かった先は。トリオン体の、痛覚遮断機能はなくなる。もし戦いになれば――下手すれば、死痛を味わわされる可能性すらもある」
それでも、やるか。
そう狼が問うと。
一瞬、熊谷も日浦も躊躇する。
そうか、と。二人共に納得する。
あの時、那須が敗れた、炎を撒き散らす化物は――この狼たちの理をもった代物であったのだと。
炎に巻かれ、痛みに苦しむ那須の悲鳴は、今でもこちらの耳に焼き付いている。
アレを、こちらも味わう可能性が――。
「....上等よ!」
熊谷は、そう言った。
「――あの時、玲が味わわされた痛みなら。あたしだって....!」
「そうか...」
その答えを聞き、もう狼は口を閉じた。
その目は、煌々とした光が灯っている。
不安げな闇を、押し殺す程の光が。
この眼をした者は、止める事は出来ない。それは、狼自身が重々承知している事であった。
無言のまま、熊谷に御守りを手渡す。
「熊谷先輩....私も行きます!」
「茜は、こっちで待っていて」
「嫌です....!わたしだって、わたしだって....最後に!先輩の為に、力を尽くしたいんです!」
日浦の目もまた、真剣に熊谷を見ていた。
――最後。その言葉が、どうしても尾を引いてしまう。
「――後悔しないようにね」
「――合点承知、です!」
二人は御守りを仏様に供え。
共に、手を合わせ瞑目した――。
●●▼●●
瞑目の黒が、目蓋が開くと共に光が差し込む。
そこは、あまりにも美しい光景があった。
水に浮かぶ、赤を基調とした屋敷の群れと枝垂桜。
巨大な湖であろうか。恐ろしい程に澄んだ水が流れゆき、岸壁の滝へと流れゆく。
水面に映る桜の花びらが揺らぐと、雅な楽器の音もまた、揺れる。
ここは、仙境。
竜を奉りし、異境の場である。
「....ここが」
「う、うわぁ....。本当に、別世界だ....」
熊谷と日浦は、双方ともに目を見開いた。
二人は――仙境の外舞台にいた。
水面に建てられた屋敷の上。桜舞い、湖が一望できる花見舞台の上。
美しい眼をした女がいた。
女は、舞っていた。
その手には刀を持ち。流れるように、舞っていた。
この光景そのものの、舞い。
水面に流る水のように。空に舞い、水面に落ちる桜のように。流れ、舞う。
淀みの一つもなく。剣先は桜のように頼りなく、儚く――。
舞うと共に、女は――熊谷と茜を見た。
舞を止め、見られたと自覚した瞬間――熊谷も、茜も、はっと息を吐いた。
その舞いに、無意識の内に目を奪われていたのだ。
「――成程。此度は、私が、冥府より呼び起こされたのですね」
二人を見て、女は――ただ笑った。
「如何なる願いが籠められているものか。それは後々解る事....では、お二方」
晴天の桜景色。
くるり舞うと、――女の頭上に、雷が、空を割るように現れる。
「巴の舞いと、雷。――ご照覧あれ」
「来るよ、茜!」
「はい!」
くるりくるり。
舞うような足取りで――女は、二人へ斬りかかった。
女の名は、巴。
かつての竜胤の御子、丈。彼と契りを結びし、従者の名である。