隻腕の狼、玄界に降り立つ   作:丸米

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感想欄。巴流....というか雷への言及が多くて笑ってしまう。
なんもかんも自室に雷返しの掛け軸を親切につけていた居合のおじさんが悪い。



雷×那須隊×中位戦

 かつて。竜胤の御子である九郎と、その忍びであった狼。彼等が御子と従者であった時よりも以前、同じ関係であった者がいた。

 丈と、巴である。

 竜胤の御子として生を受けた丈と、巴。

 彼等もまた、己が肉体に巡る竜胤を断ち切らんとしていた。

 

 仙境より葦名の地に降り立ち。葦名一心より客人として迎えられた二人は、その手立てを探し続けてきたが。

 竜胤の御子たる丈は咳が止まらぬ病に罹り。

 竜胤を断つ方法も見つからず。

 

 彼等のその後を、知る者は少ない。

 ただ一つだけ確実な事は。――二人は、己が本願を果たす事は出来なかったのだ。

 

 

 

「ぐ....あああああ」

 

 苦悶が漏れ行く。

 己が肉体より、血が溢れ出す。

 それは普段漏れるトリオンの光ではない。温く、迸る、鮮血。

 その斬撃は、舞いと共に行使される。

 踏み込み、腕を上げ、行使する斬撃ではない。

 足捌き、腰の回旋、腕の動き。全てが一致した、横薙ぎの剣戟。

 

 それらがくるり、くるりと。花が舞うような軽やかさで、鋭い剣戟として襲い来る。

 戦闘という極限状態であれど目を奪われる程、その舞いは美しかった。

 

 一撃一撃は、軽い。

 弧月使いの中でも、特に斬り合いでの防護が得意な熊谷である。十分に弾き返せる程の軽さ。

 

 だが。

 どれだけ弾き返そうとも。舞いは終わらぬ。

 防ぎ切れぬ斬撃が熊谷の頬を。腕を。足を。なぞるように斬り裂いていく。

 はじめから骨を斬るつもりもないのだろう。骨ではなく、肉を削る斬撃。

 

「――熊谷先輩!」

 

 肉を斬られる痛みの中、必死に防護する熊谷を援護せんと。日浦は狙撃トリガー”ライトニング”を巴に向ける。

 巴を狙いをつけ、照準をつけるよりも前。

 

 巴が、飛ぶ。

 

 空に嘶くような雷の音が響き、光が巴の頭上を照らすと共に――天へ突き出した刀へ、雷が降り落ちる。

 

「――桜舞い」

 

 ふわり、海に泳ぐ魚のように自然な所作で。巴は空へ向かう。

 雷を受け取り、明滅する刀身ごと――空中にて、巴は舞う。

 

 空を舞う三連撃。

 それと共に――雷撃が、熊谷と日浦の頭上に振り落ちる。

 

「あ....ああああああああ!」

 

 叩きつけられた雷撃が頭上へ落ち、それらが足先まで流れ地へ着くと共に。

 熊谷と日浦は、全身が焼ける激痛と共に、その場に倒れ伏した。

 

「――それではご客人。源の舞いは、これにて仕舞いでございます」

 

 舞台の上。

 ゆらゆら揺れる女の影が消えゆくと共に――熊谷と日浦の視界が揺らめくと共に。彼女の姿もまた、消えゆく。

 

「さらば。また舞える日を、楽しみにしております」

 

 

「....」

 

 激痛の記憶と共に意識を失い――それと共に、目が覚めた。

 

「あ....あたし...」

 生きてる――と。そんな事を呟いた。

 間違いなく、あちら側では死んでいた。死に値する痛みと、死を如実に感ぜられる意識の喪失を味わわされ。今ここで、生きている事があまりにも

 

「.....」

 

 雷を打たれ、全身の血が沸騰するかの如き激痛を受け。あの時――間違いなく、二人は”死”の痛みを感じていた。

 特に、巴との斬り合いの中で徐々に追い詰められていった熊谷は、恐怖に身を震わせていた。

 殺し合いの果て、殺される。

 これまでの戦いとは根本的に異なるそれを味わわされ。熊谷の全身は打ち震えていた。

 

「――大丈夫か?」

 狼は、作戦室に供えている毛布を熊谷の背にかけ。その背より、御子が肩に手を乗せていた。

 

「――ごめんなさい。あんな事を言っておいて、本当に情けない....!」

 

 ――あの時、玲が味わわされた痛みなら。あたしだって....!

 味わわされた痛みを前にして、今震えている自分は何だ。

 どうしようもない程の恐怖を前に、ただ打ち震えている己は。

 

「.....」

 

 狼は無言のまま、快復の御守りを手に取ると。それを供え。手を拝む。

 

「....!薄井さん、何を⁉」

 その様にいち早く気付いた熊谷は、震える己を叱咤し。すぐさま狼に近寄る。

 ――まさか。自分たちの代わりに、あの女剣士と戦うつもりなのか。

 

「....そうか。無理か」

 

 狼は、少し落胆した様子で、そう呟いた。

 代わりに自分が行く事が出来たら、と思ったが。どうやら、この御守りによってあちら側に行けるのは、この者達だけであるらしい。

 

「何とか....俺が代わりに出来ぬものか。探ってみよう」

「なんで....?」

「....病に罹る友を憂う心持ちは、俺とて理解できる」

 

 狼の言葉に――熊谷は、己が両拳に力が入るのを、感じた。

 狼は、

 寡黙であり、不愛想であり、冷徹にも見える。

 だが。その根底にある優しさが、随所から垣間見える。

 そういう人なのだ。

 

「――いえ、薄井さん」

 

 全身の震えは消えてくれない。

 それでも、拳に力は入る。

 ――玲は、あたしの友達だ。

 

 ずっとずっと。病弱な身の上に苦しんできた。

 トリオンの研究で自分の身体を治せるかもしれないと希望を持ち、ボーダーにも入った。

 それでも。満足に外出も出来ず。試合後はいつも苦しそうにしていて。

 そんな身の上でも。――那須玲は、この世を儚む事も呪う事もしなかった。

 病弱故に、己が手が届く範囲は狭い。それでも、その狭い範囲にあるものを、とても大切に扱える人だった。

 

 だから思う。

 治してあげたい。

 その可能性が一縷でもあるのならば、縋りついてみせる。

 

 そう思う己の心が、偽でありたくない。この思いは、恐怖なぞに負けるような代物ではない。そう確信したい。

 故に――逃げては、ならぬのだ。

 

「これはあたしが――いや」

 

 そして。

 ――あの子が、どれだけ自分を除け者にされて傷つくのも理解できているから。

 

「あたし達が――成すべき事です」

 

 この先に、本当に那須の身体を治す方法があるかどうかは、解らない。

 それでも――しがみ付いて見せる。

 

 そう、彼女は言った。

 

 

 その後、熊谷と日浦は狼と幾つかの話をしたのち、仏様を借り受け落水隊の作戦室より帰っていった。

 

「.....」

「巴流、と言っておりましたね」

「ああ....」

 

 熊谷から剣技の特徴や、雷を操る異端の力の話を聞き。

 恐らく相手は、巴流に係る者であろうと推測していた。

 

「あの舞の剣技は弾きの技量が無くば凌げず。雷は、返す方法を知らねばどうにもならぬ。――後日、これらの技巧を熊谷に教えるつもりだ」

「それは良い事ですね」

 

 あの者達だけで、必ず成し遂げると心に決めたのならば。もう狼に何かできる事はなかった。

 後は――せめて手助けをする位しか出来る事はない。

 

 

「それで、です。狼殿」

「む?」

 

「ランク戦の夜の部が終わりまして――次の対戦相手が決まりました」

 

 御子は手慣れた手つきでスマホを操ると、画面を狼に見せる。

 

「次からは、中位戦となります。――お相手は、玉狛第二と鈴鳴第一の三つ巴戦です」

「鈴鳴第一か....」

 

 まだ御子が正式なオペレーターになる前、狼も御子も含め随分と世話になった部隊である。

 特にオペレーターの今には、未だ御子は頭が上がらないだろう。オペレーターとして、そして学業面でも非常に世話になった御仁である。

 

「――鈴鳴の村上は、俺の手を随分と知っている。対策は間違いなく立ててくるであろうし、何より”忍殺”が決めにくいであろう。――こちらも、考えねばならぬな」

 

 対戦相手は、本日終わらせた下位戦とは練度が異なってくるであろう。

 十分に対策が出来ねば。取れる点を取れずじまいとなる可能性が高い。

 

「玉狛は――あの空閑遊真が所属している部隊か」

「はい。こちらも、この空閑隊員単独で点を奪取しまして。中位にまで上がっています」

「....」

 

 手の内の奥を暴かれている部隊と、逆に手の内がほとんど明かされていない新興部隊。

 次は、本日と比較にならぬ程の苦労をしそうだ、と。狼は思った。

 

 

「え~!何この組み合わせ!」

 

 所変わって、玉狛支部内。

 その中にて、少女は――次の玉狛第二の対戦組み合わせを見て、絶叫を上げていた。

 

「こっちは点とらなきゃいけないってのに!ソロ部隊入りの三つ巴って!ひどくない?」

「仕方ないだろう。中位には漆間隊もいる。単独部隊が二つ入っているのが今の中位だ」

「....不公平!」

 

 ぶーぶーと文句を言うは、小南桐絵である。

 腰までかかる長い髪に、一つ羽根のように横合いに立った髪が特徴の少女であった。

 

「――修はどうしている?」

「さっきの試合の記録をずっと見ていますね。――落水隊に関しては、これが唯一の情報ですからね」

 

 筋肉質の短髪の偉丈夫の問いに、癖毛の色男が答える。

 偉丈夫も、色男も。小南桐絵と対照的に、共に落ち着いていた。

 

「....レイジさんは、あの薄井狼って人の噂は聞いていましたか?」

「噂はな。――だが正直アレは、噂以上だったな。京介も、太刀川から何か聞いていたか?」

「――本気で斬り合える相手が出来た、って喜んでいたくらいですね。だから、正面から斬り込むタイプかと想像していたんですが....まさかああいうタイプだとは」

 

 あの下位ランク戦の試合は、――二人。木崎レイジも、烏丸京介も、双方とも見ていた。

 三人を暗殺にて仕留め。そして間宮隊を正面より斬り伏せたあの手練れを。

 隠形も、正面からの斬り合いにも強い。

 

「――今回の試合、修たちが最大で取れる点数は生存点含めて6点です。二人撃破できれば御の字、って感じですから生存点の確保が肝要になる。....しかし。そうなると、あの人を仕留めなければいけない」

 

 さて、と呟き。

 レイジの視線は――支部の片隅にて、カピバラのような動物と共にお子ちゃまのお相手をしている白髪の少年へ向かう。

 

「どうだ、遊真。――今回相手する攻撃手二人に、勝てそうか?」

 

 レイジが問いかけると。

 遊真はお子ちゃまの相手を中断し、ふるふると首を横に振る。

 

「まともにやりあったら、二人とも勝ちにくいと思う。特に――あのおおかみ、っておじさん」

 

 遊真は――真剣な目で、呟く。

 

「多分この人――おれと同じ、戦場を知っている人だと思う」

「.....」

「隠密が上手い人だけど。狙撃手の上手い人とはまたなんか違う感じがする。足音とか、気配とかを殺す技術を持っていて。相手の視線を感じ取る能力にも秀でていて。技術で見つからない人って感じ。周りの動きを予測して見つからない様に立ち回る狙撃手の人とは、根本的に違う」

 

 狙撃手は、立ち回りにて見つからぬよう動く。

 彼方より敵の位置を知り。射線を図り。”敵のいない位置に行く”事で隠密を図る狙撃手と。

 敵がいる位置へ忍び込みながら、その視線から逃れ、足音を消し、気配を殺す。技術をもって、隠密を成している狼。

 

 同じ隠形でも。それを成す為の根本が異なっている、と遊真は言う。

 

「でも―ーおれはそういう手合いとの戦いは慣れている」

 

 ニッ、と。遊真は笑う。

 

「少なくともおれは――簡単に後ろから刺されるつもりはない」

 

 そう、確信をもって言った。

 

 

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