隻腕の狼、玄界に降り立つ   作:丸米

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那須×村上×ラウンド2

 那須玲は。人に頼らざるをえない人間であった。

 病弱の身の上。己の時間の大半が、寝床の上で過ごしてきた。

 自ずから何かをしよう、とする時。人の力に頼らざるを得ない。

 外出する事一つとっても。体調の悪化に備えて、必ず誰かに連れ添ってもらわなければならない。

 ボーダーの一員となった後も。満足に本部に顔を出す事も出来ない。

 

 ――それでも。自分は何かを呪った事はない。

 己は、他者よりも不自由で狭い世界を生きているのだと思う。

 それでも。自分は間違いなく恵まれている。

 

 己よりも自由でありながら。それでもこの不自由たる自分に関わってくれる人たちは。どうしようもなく、いい人ばかりだった。

 その価値を知っているからこそ。己が狭い世界は、呪うようなものではなくなった。

 ここにあるものは、全て温かなものであったから。

 だから。大切にしてきた。己に関わってくれる人を。

 

 ―ーだからこそ。

 

「.....」

 

 那須の家。

 そこには、那須の前でぽつぽつと事情を話す熊谷と日浦の姿がある。

 

「そう....」

 

 ――那須の身体を治すものが、あるかもしれない。

 薄井狼と落水御子の助力をもって、異界に一時的に入る事ができる力が手に入った。

 落水御子のお米を食べた瞬間に、漲るような力が入り込んできたような感覚があった。

 アレは――この異界の力を主とした代物であるかもしれない、と。

 

「――最初は、玲に話すべきかどうか悩んだけど。でも、ここで玲を除けて何かをするのは違うと思ったんだ」

「私達四人で、那須隊ですもんね」

「嬉しいわ」

『にわかには信じがたいですけど。....でも、那須先輩の身体がよくなるかもしれないんですよね』

 

 熊谷友子と日浦茜は、後日那須の家を訪れ。オペレーターの志岐も含め、これまでの経緯を説明していた。

 確かに、にわかには信じがたい話であろう。

 だが――この二人の話に疑う余地は、那須には無い。

 

「....玲は、どうする?この中での戦いは――トリオン体での戦いとは違う」

「この前みたいな、痛覚遮断が効かない攻撃を操る敵を相手にする事になります」

 

 以前、那須玲は怨嗟の鬼へ堕ちたエネドラと戦っている。

 今でもまだ覚えている。

 全身が焼け、皮膚も、喉奥も燃えて。激痛に苛まれるあの感覚を。

 あの時は太刀川により助けられたが。――全身に走る痛みにパニックになり、自ずから緊急脱出する事すら出来なかった。

 

 あの痛みを、もう一度受ける可能性がある。

 

「無理はしないでね。....たとえ、あたしだけでやるとしても。絶対に諦めないから」

「....ううん」

 

 あの時の恐怖を忘れた訳ではない。

 そして。あの時と同じ恐怖を、熊谷も日浦も刻み込まれている。

 

 ――その恐怖を知って尚、進むことを選択したというのなら。

 ――無理を承知で突き進もうとしているというのなら。

 ――己もまた。その隣で歩いていたい。

 

「こういう時くらい....一緒に無理をしよう?」

 

 何故ならば。――同じチームであるから。

 

「私は大丈夫だから」

 

 

 

 

「.....立派になったわね、御子ちゃん」

 

 さて。

 落水隊の、次なる相手である鈴鳴第一であるが。

 そこでは――何処か感傷に耽るような、今結花の姿があった。

 

「....今先輩、何があったんですか?」

「そっとしておいてやれ。自分が手に掛けた後輩が、部隊のオペレーターとしてデビューしたんだ。歓びもひとしおだろう」

「落水ちゃんの事、ずっと気にかけていたもんね。よかったねぇ、今ちゃん....」

 

 落水隊として部隊を発足し。デビュー戦を果たした姿を見て、今は確かな達成感を得ていた。

 ――大病で満足に機器の動かし方も解らなかった彼女が。不断の努力の果てに、立派にオペレーターとして成長し。部隊の一員として働いている。

 その事実だけで涙が出そうになっていた。

 

 教えれば教えるだけ、打てば打つだけ、吸収し、響く。

 今までこちらが押し付けられた馬鹿共は。教えても教えても、その知識はざるより叩き落ち。打てどゴム板の如く響かぬ。さながら苦行の一種であった。ざるに残りし水を必死に掬い、たとえ己が拳が砕けようとも響くまで殴りつける。誰かに教えたり、世話を焼いたりするという行為は彼女にとって苦行そのものであった。

 はじめて。そう――はじめて彼女は、己が行為が報われ、花開く瞬間を目の当たりにできたかもしれない。

 やれ赤点を回避だ。やれ補習の課題が解らないだ。怠惰のツケ払いばかり背負わされ。結局払いきれず決壊し泣きつかれ。更なる借金を背負いてやって来るこの不毛な債務活動を続けてきた今にとって。

 苦手を前にしても逃げず。怠惰の欠片も見せず。必死に取り組んできた彼女の努力が報われる瞬間こそ――何よりの褒美であった。

 

「....しかし。とんでもないね、狼さん」

「本当ですよ!両手斬り落として投げ落とすなんて.....なんて残酷....!」

「――自分の位置を隠す為だろうけど。本当に容赦ないですね」

 

 あの第一試合での容赦のなさを見る限り。

 恐らく――鈴鳴の特性を事前に把握したうえで戦術を作ってくると予想できる。

 

「恐らく....狼さんは、まず俺達を狙って来ると思います」

「ん?何でですか、鋼さん」

「俺達は基本、隊長を中心として合流を目指す。狼さんがやりたい事は、合流前に暗殺で潰す事。――玉狛の基本戦術がどういう所にあるか解らない分、まず俺達を狙って来ると思う」

「そうなると....狙われるのは、僕や太一になるだろうね....」

 

 村上鋼の特性や力を考えると。そう易々と暗殺をさせてくれるとは考えぬはずである。

 ならば。まずは銃手の来馬や、狙撃手の太一と言った。近接戦闘では大きな不利を背負う相手から狙いに来るのは必定であろう。

 

「.....玉狛の空閑も相当な腕を持っている。あちらもあちらで、今回のような取れる点が限られてくる中だと、積極的にこちらを狙いに来るだろうな」

「とはいえ。生存点まで取らないと得点が望めないとなると。あっちは積極的に狼さんを狙って来るでしょうね.....」

「今回、マップ選択権を持っているのは玉狛なのよね。チーム構成的には玉狛はウチと似通っているから、やっぱり落水隊への対策を仕掛けてくるのでしょうね....」

 

 ソロの攻撃手による部隊。漆間隊ともまた違う唯一無二の特殊性を持つ落水隊の参画により、戦術部分への対応が問われる事になりそうだ。

 

 ――恐らく。何処かのタイミングで俺と狼さんが刃を交えるタイミングが出来るだろう。

 

 鋼は、チームメイトに断り。デバイスを持って、初戦の狼の動きを集中して見る。

 そして。

 これまで己が模擬戦を通して得た狼への記憶を思い浮かべ――目を閉じた。

 

 これが、彼が勝負を行う際に行う儀式であり。

 彼自身が強くなるために行う、唯一無二の術である。

 

 眠るごと、彼は強くなる。

 ――強化睡眠記憶。

 

 彼が持つ、副作用の名であった。

 

 

 天才と呼ばれるものは、幾つかの種別があるが。

 そう呼ばれるものに共通して言えるのは。一つの分野における定着が、早い事だ。

 

 人が三日かけて覚える動きを一瞥にて覚える。あらゆる物事への対応策を瞬時に編み出す。

 それが可能となる感覚を持つ者こそが天才と呼べる。

 

 ――村上鋼は、その感覚に明確な因果が存在している。

 人は睡眠により記憶を肉体に定着させる。

 その機能が、恐ろしい程高まる能力である。

 

 

 人が三日かけて覚える出来事を一瞥で覚えるのが天才ならば。

 彼は、一睡すれば覚える。

 刃を交えた相手の記憶を、一睡すれば己が肉体へ定着する。

 

 ――村上鋼は自己鍛錬を好む。

 だからこそ、思う。

 自分は、自分が出す結果に胸を張れない。

 己が生み出した成果は、不断の努力により積み重ねた結果であると。そう堂々と言えない。

 自己鍛錬が好きなのは、己が真面目な性分の証明。

 その真面目な性分は、この特別な因果の存在を受け入れきれずにいる。

 

 

 ――だからこそ、思う。

 ――この特別を挟み込んで尚、勝てぬ相手と対峙する事は特別なのだと。

 

 この特別により下駄をはいて尚、勝てぬ相手。

 更なる努力を重ねねばならない相手。

 

 そういうものと対峙するたび。己が未熟さを思い知る。

 特別を挟み込んで尚勝てぬ相手を乗り越えた時こそ。

 己が出した、その成果こそ――きっと胸を張れるものであろうから。

 

 

 薄井狼。

 村上の中で、そういう者が一人増えた。

 

 狼が――この定義における天才であるかは、解らない。

 ただ一つ解る事は。この男は凄まじく膨大な経験を積んできている、という事だけ。

 自分が経験と睡眠のサイクルにて積み上げてきた代物より。遥かに分厚い記憶をその脳内と無意識に沈め、その全てを肉体に定着させてきたのだろうと。

 その膨大さと対峙した瞬間。村上は、巨大な樹木と対峙したかのような感覚を受けた。

 

 何をしようと弾き返される。何をしようと対応される。

 それは――自分が持つ強さの、延長線にあるもの。

 

 ならば、乗り越えねばならぬ。

 不断の努力によって。幾度となき挑戦の中で。彼が、彼自身の性分が、何よりも好む方法で。

 ――このランク戦で彼を超えられるのならば。それこそ、胸を張れる成果となる。

 

「.....」

 

 目を開く。

 捻じ込んだ記憶が、肉体に染み渡る。

 

「――おさらいは、バッチリ?」

「ああ」

 

 ――胸を借ります、狼さん。

 

 

 

 

「B級ランク戦ラウンド3、夜の部。もうじきお時間となります」

 

 そして――この日を迎える事となった。

 

「本日の実況を務めさせていただきます。王子隊所属の橘高です。どうぞよろしく」

 

 ランク戦観戦ブース、実況席に座るは。後ろに流した長髪に巻くように髪を結った女性であった。

 端正な顔立ちの上、真っすぐで堂々とした目をしている。如何にも、仕事が出来る女の風情がそこにある。

 彼女の名は、橘高羽矢。

 B級王子隊に所属する、オペレーターであった。

 

「そして、本日の解説はこのお二方となります」

「B級東隊、東春秋。よろしくお願いします」

「A級風間隊、風間蒼也だ。よろしく頼む」

 

 解説席には、風間蒼也と。

 肩にまでかかる髪をそのまま流した、眠たげな眼をした男であった。

 B級東隊、隊長。東春秋であった。

 

「この試合。新興部隊が二つ入り乱れてのランク戦となりますが。お二人はどのような部分に注目していますか?」

「落水隊も、玉狛第二も、それぞれ強烈な個性を持っている部隊ですから。今回、互いにはじめての中位戦とあって。何を持ってきているのかが非常に気になりますね」

「三部隊とも、エースを張れる攻撃手がそれぞれ存在している。薄井、空閑、そして村上。特にソロ隊員である狼は、この二人から生存点狙いで付け狙われる立場になるだろうから。どう対応していくのかを注目したい」

 

 落水隊の、狼。

 その言葉を聞いた瞬間。橘高が少しだけ。ほんの少しだけ――何かに頷いたような一瞬があった気がした。

 

「....どうした?」

「いえ」

 

 橘高は、前回のランク戦の映像が流れるモニターの中。ジッと、狼の姿を見ていた。

 いや。

 より正確に言うなら――彼が纏う、忍びをあしらった隊服を。

 

「.....」

 

 柿色の忍び装束をあしらったそれは、狼の静謐な雰囲気と見事に調和している。

 忍者の姿。一歩間違えればコスプレ感により浮いた存在にもなり得るであろうに。あれ程までに自然に調和された意匠を成立させるとは――。

 ひとえに。それを纏う狼が纏う雰囲気と。このデザインを作り上げし何者かの腕があってこそ。誰だ?誰がデザインしたのだ?燃え上がるような心中が、冷静な表情の奥底にて燃え上がっていた――。

 

 橘高羽矢。

 漫画家志望の大学生。高校時代には、デザイン科に所属していた人物であった――。

 

「――こほん。今回、玉狛第二が選んだマップは、市街地Cとなります」

「市街地Cか....」

 

 ふむん、と。風間は呟く。

 

「お二人は、この選択にどのような意図があると?」

「恐らくは、落水隊の対策だろう。市街地Cの特徴は何よりも上下で分断された高低差のある地形にある。狙撃手が上を取れば、射線が通りやすく一気に有利になる」

「その条件部分は、同じく太一がいる鈴鳴にも適応できるだろうが....それよりも、落水隊の薄井の方を優先させた形だろうか」

 

 市街地Cは、山岳に面した地帯である。

 山々の傾斜を切り開き、建造物が立ち並ぶその地形は。中央の道路を挟み、上下に分断されている。

 上から、下に射線は通りやすく。

 下から、上に射線は通りにくい。

 

 と、なれば。狙撃手が上を取るという解りやすく有利を取れる条件が揃っている――という事になる。

 

 攻撃手一人のみの部隊である落水隊には、大きく不利を背負わされる形となるであろう。

 

「――もうそろそろお時間となります。各員は、転送の準備をお願いいたします」

 

 

「.....」

 

 狼は、知らされたマップの情報を頭に入れ。瞑目する。

 

「――今回は、一筋縄ではいかなそうですね」

「ああ」

 

 ――だが。この状況。

 落水隊だけは、仕留められる駒が6体いるが。

 相手は、最大で4体までしか仕留められぬ。

 

 点を稼ぐ、という条件だけで考えれば――こちらが大いに有利だ。

 

「――せめて。転送位置が上になる事を祈るばかりだ」

 

 そう呟くと共に、試合開始の時刻となる。

 

 仮想空間に転送されし狼は、そう祈った。

 

 

 

 

 

 

 転送されると共に。

 眼前は――懐かしい景色に覆われていた。

 

「....雪か」

 

 

 しんしんと降り積もる雪の上。

 己が視界の上には――こちらを見下ろすような、斜面からの建造物が見える。

 

 己が祈りは、届かず。

 そして――雪が己が足を捉える。

 

 上下で分断された道の上に。

 機動力を大きく阻害する雪の上。

 

 

 ――成程。

 その意図を理解し。己に降りかかる不利を、自覚する。

 

 されどやる事は変わらない。

 

「――行くか」

 

 音も気配も消し、狼は走り出す。

 

 ――ランク戦、第二陣。開始。

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