隻腕の狼、玄界に降り立つ   作:丸米

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空閑×隠密×狼

「――ここで、薄井は退くか」

 序盤での、狼と村上との戦いは。

 別役による狙撃と、来馬が合流した事を機に狼側が引く事で一旦仕切り直しとなった。

 目まぐるしい攻防の果て。好機を掴んだ狼は堅牢な村上の防護に穴をあけ猛攻を続け追い詰めるも。すぐさま退く判断を下した。

 

「成程....」

 

 一連の攻防を見て、東は何かに納得したのだろうか。一つ頷いた。

 

「あそこで退く選択をする辺りで、落水隊は部隊としての性質がかなり浮き彫りになったように思えますね」

「....その心は?」

「薄井は、凄まじい腕を持っていますが。どちらかと言えば、攻撃面より防御面に優れた隊員であると思います。太刀川や影浦のように、圧倒的な攻撃を通すセンスを持っているのではなく。我慢強く相手の攻撃を弾き返しながら、隙を見つけ仕留め切るのが基本のスタイルとなります。――攻め込む、というより。凌ぎ切る、というのが正しい」

「....恐らく、マスターランク以上の使い手となれば。正面から戦う以上は、この戦い方から逃れられないだろうな....」

「そう。――凌ぎ切る戦い故に、多人数との戦いはかなり苦手とするタイプのはずです」

 

 狼は、これまでの戦いの中。

 己以上の体躯や膂力を持つ者との戦いを乗り越えてきた。

 一撃、二撃喰らわば死ぬであろう怪物の如き者共の攻勢を弾きにて凌ぎ。凌ぎ。凌ぎ切る。

 体幹を奪い致命を与える。その時まで、鍔競り、斬り合い、弾き合い、凌ぐ。

 その戦いこそが狼の本領であるが。

 そうであるが故に、囲まれるのを非常に嫌う。

 

「正面から戦うと、時間がかかる。だから隠密からの暗殺に頼る。暗殺に失敗したら相手の攻撃を凌ぎながら倒す事を目指す。仲間が集まってきたら退却して再度隠れる。機動力と隠密能力に長けているからこそ、取れる戦い方ですね」

 

 狼自身もそこを理解しているのか。下位ランク戦であろうとも、可能な限り暗殺によるポイントの取得を目指していた。

 基本的に――終盤にならなければ正面からの戦いをしたくないのだろう。その意図が、よく見える。

 

「ここからですね。上層の狙撃手である太一が一発撃ちましたから。一気に戦況が動きます」

 

 

「――千佳。今のタイミングだ。上に上がって来てくれ」

「うん」

「空閑は、鈴鳴の狙撃手を追ってくれ。千佳との合流にはぼくが行く」

「了解」

 

 ここはスピード勝負だ、と。三雲は判断していた。

 狼と村上が交戦している間に雨取をマップ上層に運び。

 空閑に、太一を狩らせる。

 

 恐らく狼は姿をくらませた後に、真っ先に太一を殺しにかかるであろう。居所を割った狙撃手は、即座に追って仕留めるのが定石。特に、機動力が高い人間ならば猶更だ。

 一度交戦し、退却した後。その姿を完璧に隠せる辺り凄まじい隠形の技巧であるが。

 ”姿をくらます”という過程を一度挟んでいる分――狼よりも先に、空閑が太一を獲れる勝算があると判断した。

 

 よって。真っ先に空閑にまず一点を取らせる。

 

 

 空閑は三雲の指示を聞くと共に。バッグワームを解除し、グラスホッパーを展開。

 鳴り響いた銃声の方向へ空中から向かい、索敵を行う。

 

 ――更なる銃声が響くと共に。己が視界に、建物の屋上に立つ別役の姿が映る。

 

 別役は、足跡から狼の姿を捕捉し。銃撃をしている。

 

「――そこか」

 

 空閑は、その姿を一瞥した瞬間から別役の首を獲らんと襲い掛かる。

 その首目掛け、スコーピオンの凶刃を叩き込まんとした瞬間。

 

「――遊真くん、気を付けて!多分薄井さんのトリオン反応がこっちに来ている」

 

 レーダー上。空閑と別役の間に――凄まじい勢いで駆けるトリオン反応がある。

 その瞬間――空閑のスコーピオンは弾かれる。

 

「.....」

 

 カメレオンを解除し、弧月にて弾きを行使した――狼の姿があった。

 

「成程....意地でも点をやらないつもりか」

 

 狼の弧月が別役の首を狩り取らんと振り上げられるが。

 そうはさせぬと空閑は果敢に狼に斬りかかる。

 

「わ....わわわ!」

 

 点の取り合いの的にされた別役は、焦りながらもその場から飛び降りる。

 

 狼もまた、斬りかかる空閑を蹴り飛ばしその背を追おうとするが。

 空閑は、追わなかった。

 

 このままであれば確実に狼が別役を仕留める事になるにも係わらず、である。

 その空閑の待ちに対する意図について思考するよりも前。

 

 ――己が眼前より、巨大な砲撃が迫ってくるのを感じた。

 

 それは光線のようであった。

 瞬く光に包まれたトリオンエネルギーの塊が、筒状の砲撃となり迫って来る。

 軌跡上の建造物を軒並み破壊しながら――狼の足場を、破壊する。

 足場を破壊され、着地の為韋駄天を発動し着地を優先させた狼の頭上に――空閑遊真が飛び込む。

 

「....悪いね」

 

 その来訪を事前に知っていた空閑は、グラスホッパーを展開する。

 己が足場を確保しつつ、砕けた瓦礫の煙の中に紛れた別役の位置までやって来ると――その首を、刈り取った。

 

 試合が、動く。

 玉狛第二が一ポイントを、先取。

 

 

 ――成程、と狼は心中呟いた。

 雨取千佳。

 彼女の存在は、気をつけていた。

 

 彼女は玉狛のデビュー戦にて、圧倒的な力を示していた。

 トリオン能力の高さに比例し、その威力を跳ね上げる狙撃銃トリガー、アイビス。

 彼女が操るそれは、一種の火砲であった。

 人を撃ち抜くではなく。その地形や建造物すらも吹き飛ばす。

 

 その力を持って彼女は初戦にて地形破壊をもたらし、空閑遊真の大量得点を援護していた。

 

 今もまた。

 空閑の得点機逸失を厭い、建造物を破壊しその援護を行った。

 

 ――ならば。

 

 これにて、おおよそこの場にいる敵員の位置を暴いた。

 ここからは。忍びの戦いだ。

 

 アイビスの一撃による建造物の破壊。それに伴う土煙の合間。

 狼は敢えてその中に踏み込む。

 

「――む」

 

 土煙の中、互いに曖昧な輪郭のみが映し出される。

 狼と空閑が、曖昧な視界の中向かい合う。

 

 先に動いたのは、空閑遊真であった。

 ゆらめく姿を捉え、踏み込んだ先。

 

 その姿は――消える。

 

「――カメレオンか」

 

 ただでさえ、互いの姿が見えにくい土煙の中。

 曖昧な輪郭を頼りに斬り込んだ空閑遊真の視界から――それすらも消え去っていた。

 

 背後に回る、微かな足音を頼りに――己が正面にスコーピオンをクロスさせ。防護を行う。

 が。

 その空閑遊真の足下に、狼の刃先がなぞる。

 

 左足の脛を斬られた空閑の足下から、トリオンの黒煙が噴き出る。

 

 土煙に敢えて踏み込み。カメレオンにより己が身を隠し背後を取り。そこで足元を削る選択。

 狼は――ここで空閑と戦うのではなく、機動力を削る選択を行った。

 

「....あ、そうか」

 

 その意図に空閑遊真が察知すると。一つ、苦笑いを浮かべる。

 

「――すまん、オサム」

「どうした空閑」

「多分――おおかみさんがそっちに向かうけど」

 

 土煙が晴れ渡ると共に。

 見えたのは――己が頭上に降り注ぐ、ハウンドの弾雨。

 

「....助けにいけそうにない」

 

 ハウンドの弾雨をシールドで防ぐと共に。

 眼前に現れるは――弧月を引き抜いた、武士然とした姿の男。

 

 ――狙われている別役と合流せんと、上層に向かってきた村上と来馬。二人が、空閑遊真の前に現れる。

 

 狼の姿は、もう無かった。

 自分に追い縋れるだけの機動力を持つ空閑の足を削り、この場にて縫い合わせ。鈴鳴の二人と食い合わせ。

 己はその隙に――先程の砲撃で位置を暴いた雨取を狩りに向かう。

 

 この絵図まで、読み切っていたのだろう。

 

「仕方ない――何とかここで一点は取らないと」

 

 

 ――出来れば、別役の点は取りたかったが。

 

 狼は――敢えて己が足跡を狙撃手の太一に見せ、銃撃を誘発させていた。

 その音を以て、誰が別役を仕留めに来ているのかを第一に暴きたかったのだ。

 可能性があるのは、射手である三雲か、攻撃手の空閑か。もしくはその双方か

 

 三雲がやって来たのならば、三雲を仕留めてから別役を仕留める。

 空閑がやって来たのならば、別役を仕留めた後鈴鳴と食い合わせる。

 双方ともに来るのであらば、別役は諦め、浮いた駒であろう雨取を仕留める。

 そういう策であった。

 

 結果としては空閑が単独でやって来たため。別役を仕留めた後に鈴鳴と食い合わせる策を取った訳だが。

 予想以上の反撃を喰らい、点を取られる事となった。

 

 この中で一番狼が望まぬ展開は、雨取との合流を放置し双方が別役を仕留めにかかる事であったが。その可能性は低いと、狼は考えていた。

 その場その場で取る策には、策を練るものの性格が如実に表れる。

 

 ――恐らく。あの三雲修は、雨取を放置できる性質ではないと思っていた。

 

 自身か。もしくは空閑か。どちらかは必ず雨取との合流に向かわせると。

 鈴鳴の村上と交戦した際にあの砲撃が飛んでこなかった事で。雨取が単独で動いている事を狼は理解できていた。だからこそ、こうなるであろう――とそれとなしに推測していたのだ。

 

 だからこそ。空閑の出現を見た瞬間に――隊長である三雲の優秀さと、同時に存在する脆さの双方が見えた。

 

 取れる点を中途半端に取りに行くのではなく。最大戦力である空閑を向かわせる判断。

 だが――雨取との合流という線を捨てられない脆さ。

 

 

 砲撃が、叩き込まれる。

 射撃位置さえ理解していれば、狼にはこの高威力の砲撃も怖くはない。

 

 ステップを踏むように。砲撃の光が見える度、左右に己が位置を変える。

 砕かれていく建造物を蹴り飛ばし。猛スピードで狼は雨取の位置まで迫りくる。

 

 そこで――雨取千佳も覚悟を決めたのであろうか。

 

 狼ではなく。現在鈴鳴と戦い続けている空閑遊真への援護の一撃を与える。

 

 その瞬間――玉狛に更なる一ポイントが加算され。鈴鳴の来馬がベイルアウトしたとの報告が入る。

 

「.....」

 

 雨取のいる建造物へ足を踏み入れた瞬間。弾丸が背後より走りくる。

 微弱な弾丸であった。

 体捌きのみでそれを避けると共に――雨取千佳の眼前に立つ。

 

 雨取は――怯えや焦りのような感情を表情に浮かべ、アイビスを狼に向けるが。

 それよりも早く、狼は雨取の首を掴み、その胸に弧月を突き込んだ。

 

 

 ――ようやく一点か。

 

 雨取千佳を仕留め。振り返ると――三雲修がこちらの視界に映り込むように逃げていく。

 

「釣りだと思うか?」

『間違いなく釣りだと思います』

 

 かなり....素人くさい動きに見える。

 一見するだけで”ただ逃げているわけではないな”と看破できるほどに。

 

 ....空閑遊真の鮮やかさに忘れそうになるが。玉狛は新興部隊なのだ。

 だが――この素人臭い動きにも、間違いなく意味がある。

 

『釣りは、我々に対してのみ行っているものではありませぬ』

 

 その意図を看破せんと、狼はあくまで見に徹する。

 バッグワームを展開し、隠密を行い、潜伏を行う

 釣り上げられたのは――鈴鳴の村上鋼であった。

 

 三雲を仕留めた村上は――周囲を警戒しながら、待ちに徹する。

 

「.....」

 

 三雲の狙いは、恐らく――狼に三雲を取らせ、村上と食い合わせる事であろう。

 先程別役を餌に空閑と鈴鳴を食い合わせたように。

 

 ――釣りにはかからぬ。

 

 恐らくここで村上と狼を食い合わせ、生き残った空閑が漁夫の利を得られるよう立ち回らせるつもりであったのだろう。

 現在、玉狛が2点。鈴鳴が1点。落水隊が1点。

 玉狛が優勢である。

 優勢であるが、2得点は上位進出にはあまりにも頼りない数字。

 

 当然――鈴鳴と落水隊は点を取らねばならない立場となる。

 

 村上は、待ちに徹し己が身を襲撃するよう誘っている。

 空閑は、2得点の有利を活かし。村上に狼が襲い来るのを待ち、漁夫を狙っている。

 

「御子殿。残り時間はどれほど残っている?」

『残り三十分ほどとなります』

「そうか。――ならばこのまま、待ちに徹する」

 

 こういう時。焦ってはならぬ。

 動き出すのは、相手が焦れ始めてからでよい。

 残り三十分。――特に待ちで襲撃を誘っている村上の集中力が続くかどうか。

 どの部隊も、得点を重ね生存点を得たい意図がある。

 

 自ずから動くのは、最後の最後。

 それまでの合間。――必ず空閑か村上か。動き始めるはずだ。

 

 己は。この三者の中で最も隠れる力はある。

 ならば――いつ戦いをはじめるかを決めるのは。己の手にあるのだ。

 

 ――この程度。焦る事など無い。

 

 漁夫を得る権利は、焦らぬ者の手にある。

 狼は焦りはしない。

 

 ひたすらに、このまま待ち続けよう――。

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