エネドラッド君移植手術よりも、こちらのエネドラの意識が戻るのが早かったからという事でなんとかご理解を頂ければ....。
「よぉ、不死身のおっさん。久方ぶりだな」
ボーダー本部指令室。
上層部の面々が集まる中。エネドラは彼等と向かい合う形で席に座っていた。
あの大規模侵攻にて死力を尽くし戦った人型近界民は――憑き物が落ちたような表情で、狼を出迎えた。
エネドラの容姿は、著しく変化していた。
顔面に大きな火傷跡が残り、かつて真っすぐな黒色だった髪はチリチリに焦げ付いている。
左腕には――マグマのような火が宿る、黒色の義手を嵌め込んでいる。
「....無事であったか」
「おかげさまでな。死に損なったぜ」
エネドラは特に身体拘束はされていなかった。
意識が戻った後から特に何か抵抗もしなかったのだろう。実に大人しく、司令部の椅子に腰かけていた。
そして。その隣には。
「....」
エネドラの様相に反し、鋭い視線を向け、明らかに警戒している人物がいる。
端正な顔立ちをした男。その側頭部から、後頭部へ向かい――角が生えた男であった。
「ヒュース。――ああ、そうか。金の雛鳥の拿捕が出来なかったって事はお前もここに置いていかれたのか」
「エネドラ....死んでいたとばかり思っていたが」
「お互い、見捨てられたのか。――まあ俺はどうでもいいとしても。お前は仕えている主がいるってのに。災難だったな」
ヒュースの隣には――先程刃を交えた三雲修と、空閑遊真がいた。
「あ、薄井さんも呼ばれていたんですね。――以前、ぼく達を助けていただきありがとうございました」
「おお。おおかみさんですな。先程はこっぴどくやられました」
「....お主等も、呼ばれていたか」
事情を聞くと――どうもこの男もまた、玉狛支部にて捕らえられた人型近界民の一人であるらしい。
「こいつはヒュース。迅さんに負けて、捕虜になった奴だ」
「.....」
迅の名前を耳にした瞬間、――ヒュースは実に嫌そうな顔をしていた。
「そして、お主....風間の」
「.....」
そして。風間隊の隊員である菊地原もまたいた。
彼は狼の視線にぷい、と顔を横に向けていた。.....随分と嫌われてしまったらしい。
「さて。呼び出したのは他でもない。この二人の人型近界民の尋問を行う為だ」
「尋問か」
指令室の真正面に座る、顔面に傷痕が残る男。城戸司令が――尋問、という言葉を用いた瞬間。
エネドラは”やはりな”という表情を浮かべ。
ヒュースの表情には、確かな緊張が走る。
「――本国に関する情報は、決して漏らしはしない」
その言葉に相応しい程に、強い剣幕でヒュースはそう呟く。
――狼は、その姿に確かな忠義を見た。
この”尋問”に対し。恐らくその延長線上に当たる”拷問”までも見据えているのだろう。最悪の事態を見据え、尚――己が忠義は揺らがぬという、信念。
その信念を。彼は間違いなくこの瞬間に示したのだ。
「無駄だぜお歴々。こいつは、紛う事なき忠犬だ。――拾われた主に死ぬまで尽くす為なら。死ぬより辛い目に遭っても、折れはしない」
エネドラは――そんなヒュースの姿を、眩しそうに見ていた。
きっと。己もまたこういう風に生きられたならば、ああはならなかったのだろう、と。
「なら――君はどうだ、エネドラ君」
ボーダー本部長、忍田がエネドラに視線を向け、語り掛ける。
その言葉を耳に入れると――エネドラは、はっきりと応える。
「条件さえ聞いてくれるなら。俺の頭の中にある情報は、全部ゲロってやるよ」
「な.....!」
エネドラの言葉に――憤りを見せたのは、ヒュースであった。
「貴様....!本国を裏切るつもりか.....!」
「.....」
ヒュースの言葉を聞き。スッと、エネドラは目を細める。
「....よいのか?」
「いいも悪いもない。これは俺の意思だ。――なあヒュース」
エネドラは。
その目に――ただ、哀しみを湛えて。呟く。
「俺は、まあ――アフトクラトルの軍への忠誠はもう死んじまったが。故郷を想う心は、消えちゃいねぇぜ」
「嘘を吐くな....!」
「本当だ。俺は、この玄界への侵攻も。これまで支配してきた国々との戦いだって、一つたりとも後悔しちゃいない。――戦は戦だ。戦は勝たなきゃならねぇ。勝つためにやって来た事に後悔を残す程、俺は甘くはない。だがな――」
エネドラは。
己の左腕に装着された義手に触れる。
「俺は....この力に触れて確信した。これは、あっちゃならねぇ力だ」
熱い。
それに触れる度、エネドラはあの怨嗟に呑まれた記憶がぶり返す。
「これは――アフトクラトルの在り方を歪める。そして最終的には滅ぼす。それが理解できた。絶対に、取り入れてはならねぇんだよ....!」
だから、と。エネドラは呟き。
「こいつを止める為に――俺は動く。もう、今更許されようが本国におめおめ帰るつもりはねぇ。裏切者の汚名だろうが背負ってやる。異界の連中に跪いて便所の底を舐めたっていい。この力によってもたらされる歪みを....絶対に消してやる.....!それが、今俺がここで成すべき事だ....!」
エネドラのその言葉に――ヒュースは、憤りの色を少し引っ込める。
彼のその言葉には。己が放った言葉と同等の意思が、忠義が、もしくは信念が感じられたから――。
「....空閑君。彼の言葉に、嘘はないかね」
「ない」
きっぱりと、空閑遊真は言い切った。
「ならばエネドラ君。――君が出す条件とは、何だ」
「こいつだ」
そう言うと。
エネドラは――狼を指差した。
「俺をこいつの下につけてくれ。それだけが望みだ」
そう。
エネドラは呟いていた――。
〇
「....」
狼は、無言のままエネドラを見やる。
その言葉の意図を聞きたい、と。そう無言にて聞いていた。
「まず一つ。――もう俺は、尋常の方法じゃあ、死ねない」
エネドラは――静かに呟く。
「死ねない身体を背負っちまっているのに。――いつまたあの化物になるか、解ったもんじゃねぇ」
だから、と呟く。
「もしあの時の化物に成り代わっちまったら――ちゃんと殺してくれる奴の近くにいたいんだよ」
「.....」
「なぁ。――不死身のおっさん。お前、”今度こそは”って言ってただろ」
「....ああ」
「俺と同じ奴を....斬ったんだろ?」
「....ああ」
「なら――また今この義手が抑え込んでいるこれが耐えられなくなったら。今度はちゃんとあの世に送ってくれ。――ここの兵士に頼むには、忍びないからな」
そして、「二つ」と呟く。
「俺と。そしてこのおっさんの力の源は同じだ。――こいつに付いていけば、この俺の中にある力を消し去る方法が見つかるかもしれない」
「.....」
「不死身のおっさん。――あんたはその死なずの身体のままいたいか?」
「....いや」
「だろうな。――俺も、アンタも、目的は同じだ。なら、お互いの目的が噛み合うなら損はないだろう?俺はアンタに縋りつくしかねぇんだ」
エネドラは――本当に、吹っ切れたような顔をしていた。
己の中にある修羅を抑え。怨嗟に呑まれながらも生き残ったその果て。
彼は、目的を見つけた。
「――アフトが手遅れになる前に。この力を俺は消したい」
それは――奇しくも、狼と御子がボーダーに入った理由と重なる。
もっと言えば――かつて己が身に巡る竜胤を厭いた、かつての主とも。
「それが条件だ」
エネドラはそう呟き。後は、口を閉じた。
「成程....。君の要望は解った。ひとまず、我々がその条件を認めるかどうかは置いておいて」
城戸の目線は。
狼と、御子へ向く。
「――君等は、よいのか?」
「....」
トリオン体での戦いを経て。生身でも戦い。
その果てに、二度の死を味わわされた相手。
そんな者を、己が下に付けても良いのか――と。
「――こちらからも、お願い申し上げます」
ここまでの話をただ黙したまま聞いていた御子は、城戸に頭を下げる。
「――尋常ならざる力を身に宿し。それを消し去りたいと願うは、我等とて同じ事。彼の者の願いを、聞き届けたく思います」
御子の言葉に――狼もまた、頷いた。
●
「さあて。じゃあ....何処から話したもんかな....」
結局。
上層部は、エネドラの交渉を受け入れた。
エネドラは近々C級隊員としての身分を得て、B級の昇格を目指すという。
――上層部としても、エネドラの扱いをどうするかは悩みの種であったという。
従順であるが、いつまた怪物になるか解らない。しかしその身は不死身に近く、尋常の方法では傷一つ付かない。アフトクラトルから棄てられた身であるため、元の国に戻す事も出来なければ、本人にも戻る意思はない。
このまま、不発弾を常に抱え続けるリスクを取り続けるのは、あまりにも馬鹿らしい。
それならば――その不発弾たりうる要素を消す事を目指す事は歓迎すべき事なのだろう。
その為に、同じ力を所以として存在している狼の下に置く事も。判断としては正しいだろう。
その代償として――エネドラは、己が知りうる近界の情報を話す。
前回の大規模侵攻における指揮系統や、投入された軍勢の詳細。エネドラ自身が担った作戦面での意図など――余すところなく。
そして。
大規模侵攻における目的の、主要部分。それは――C級を連れ去る事ともう一つ。別な意図もまた見えてくる。
それは、金の雛鳥――雨取千佳を連れ去る事。
雨取千佳は、特別優れたトリオン能力を持つ者である。
だが。一つの軍事作戦の主目的となるほどに、重要な存在なのであろうか――?
「近界の国々は、トリオンによって作られた大地の上で過ごしている。その力の根源となる存在が――マザートリガーと呼ばれている」
「マザートリガー.....」
「そう。星を維持する為の、馬鹿みたいにデカいトリガーだ。こいつが機能停止したら、自然現象が止まり、大地は死ぬ。――まあ比喩じゃなく、星の心臓部だ」
それで、と。エネドラは続ける。
「マザートリガーは、その出力を維持するのに”神”がいる」
「神....」
「要するに生贄だ。マザートリガーと同一化して、一生をかけてその世話をする。神の持つトリオン能力が高ければ高い程、マザートリガーはその出力を上げ、豊かで広大な大地が作れる....という寸法だ。アフトクラトルは、出来ればその神を別の所から引っ張ってきたかったんだよ。だから、金の雛鳥――あの女を狙ったってこったな。もうじき、ウチの神は寿命を迎える。それに備えて、だ」
「ふむ....」
近界は――星にすらも”心臓”が存在する国なのか、と。狼は思った
心臓が送る血流。それが全身に行き渡らねば、死する星。
それが、彼等が生きる大地なのだと。
「ウチは神の国と呼ばれている。代々、このマザートリガーを捧げる生贄を厳選して星の規模を拡張させて、繁栄してきた歴史があるからだな。――で、ここからが本題だぜ。おっさん」
エネドラは、狼に目を向ける。
ここまでは、近界におけるアフトクラトルでのお話。
これからは――お前等の”力”に関する話だ、と。
「これまで神を用意しては、寿命が尽きるまでこき使い、寿命が尽きるたび新たな神を探し出す。今までは上手くいっていたが。寿命が尽きるタイミングで、常に神になり得るトリオン能力を持つ者が現れるとも限らねぇ。だから――神を”死なず”にして融合させるのが、都合がいい」
「.....」
「だから――お前等に巡っている力に興味を持ったんだぜ、おっさん」
「....そうか」
成程、と。狼は納得する。
ただ所以の異なる力ゆえに興味を持ったのではない。あの葦名を巡る竜胤と、竜胤がもたらす死なずの力を、より具体的に使える方法があるが故に――あの者共は、興味を持っていたのか。
「俺も....それが正しいと思っていたがな」
エネドラは、自嘲気に笑う。
「これはただの直感だがな。俺の中で間違いなく正しいと確信している直感だ。この力の本質は死なずをもたらすものじゃねぇ。周りから奪って、死なずを成立させているだけだ――」
だから、と。エネドラは言う。
「恐らくマザートリガーにその死なずの人間を捧げちまったら。恐らく、マザートリガーは――星そのものを奪い、自身を肥大化させるんだろう。そうなりゃあ――終わりだ」
狼も、御子も――エネドラの直感の正しさに、深く感心していた。
怨嗟に呑まれた男故であろうか。その力の一端に触れ、彼はこの力を巡る”歪み”に触れられたのだ。
――西方から根付いた、桜竜。
葦名に根付いたそれは。葦名に竜胤をもたらしたが。それは――葦名にもとより根付いていた小さな神々から力の所以を奪い成立させていたものであった。
葦名の大地から奪い続け、竜はその力を蓄え。それは竜胤として流れ出す。
この桜竜が、マザートリガーに成り代わるだけである、と。そうエネドラは考えているのだろう。
「俺が赤目になっちまったのは間違いなく俺自身の意思だ。後悔はしていない。――だが、それはそれとして。この力は消し去りてぇ」
だから、と。エネドラは続け――。
「頼むぜ、おっさん」
そう呟き、狼の肩を拳で叩いた。
――異界にて生まれ。異界の軍人となり、葦名の澱みを受け入れた男は。
――修羅に堕ちかけ、鬼と成り。そして、今に至った。
歪みを厭い。その力を消し去らんとする者が一人に。
エネドラ、ボーダーに入隊す。