隻腕の狼、玄界に降り立つ   作:丸米

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エネドラ×トリガー×那須隊

「と、言う訳で。――頼むぜ。取り敢えず、ちゃちゃっとC級からは抜けてくるからよ」

「.....ああ」

「次のランク戦は多分参加できねぇだろうから。――ま、あと一回一人で頑張ってくれ」

 

 じゃあな、とエネドラは言い。狼と別れた。

 

「....良かったですね、狼殿」

「ああ」

 

 ――正直な所。最後まで足掻くつもりではいたが。ソロ部隊で上位の戦いでトップを取るのはかなり厳しいと考えていた。

 己が積み上げてきた隠密と戦闘技術は。

 集団での戦いを研鑽してきたボーダーの軍勢とは、趣が異なる。

 以前の戦い。中位であっても、生存点で上回ってようやく勝利が出来たものの――ソロ部隊故の脆さで、得点機をかなり逃している。

 集団で戦う、という心得を。皆が皆持っているのだ。

 

 そして――己は、このボーダーの土俵にて戦い抜かなければならない。

 薄々気づいてはいた。

 己が手法を押し付けるだけで勝ち続けられる程、甘い世界ではないのだと。

 されど、隊員を増やす訳にはいかなかった。己の目的に、この世界の者に巻き込むわけにはいかなかったが故。

 

 だからこそ。最終的な目的と噛み合い、尚且つ経験豊富なエネドラが部隊に入ってくれることは。あまりにも大きい。

 

「....これで。遠征に帯同する目的に、また一つ近付いた」

「それもですが」

 

 御子は、ふわりと狼に微笑みかける。

 

「――鬼と成ったものを、狼殿は救ったのです。狼殿が、己が修羅と向き合い。戦ったが故に」

「....」

「胸を張りましょう。――此度こそは、その命運ごと救えたのです」

 

『――お前さんが、斬ってくれ』

 

 ――かつて、一人の仏師がいた。

 ――ある時は飛び猿。ある時は猩々。名もなきはぐれ忍びが葦名の忍びとなり。人斬りの悦を知り修羅となりかけ、怨嗟の積もり先となった男。

 ――降り積もる怨嗟を抑える為、日々仏を彫り続けた。だが葦名に戦火が拡がると共に、己が内にある怨嗟を最早抑えられず、鬼と成った。

 

 彼が持っていた忍び義手は。狼の下にある。その中にある絡繰りもまた、仏師により仕込まれたものだ。

 主を奪われ瀕死となっていた己を拾い、義手を与え、忍具を仕込み、繰り返される狼の回生に竜咳に罹り。――それでも尚、狼の味方であり続け。それでも尚、仏を彫り続け怨嗟の炎を抑え込んでいた。

 

 狼は――怨嗟に呑まれた仏師を斬った。

 仏師はそれを望んでいた。

 だが、

 

「......」

 

 ――かつて望んでいたものが、背中を向け歩き去っていく。

 狼の胸中は、かつてないほどの感慨に満たされていた。

 

 

 

 

「はぁ~」

「――随分と頭を悩ませているようだな、次のランク戦に」

「そりゃあ、悩みたくもなるだろうよ」

 

 ――B級荒船隊作戦室。

 ソファに寝っ転がりながら溜息をつくつば付き帽の男と、その傍らに立つ横になびいた髪と独特な喋り方が特徴の男がいる。

 荒船隊隊長、荒船哲次。及び荒船隊狙撃手、穂刈篤であった。

 

「なんで四つ巴なのに倒せる駒が五枚なんだよ。おかしいだろが。あちらの三つ巴はどの隊も六枚倒せる駒があるぞ」

「しかも、東さんだ。倒せる駒の一つは」

「本当にふざけてんな....」

 

 荒船隊、次の対戦相手は――東隊、落水隊、漆間隊の三つである。

 三部隊の内、二つはソロ部隊。そして一つは、東春秋率いる東隊である。

 

 倒せる駒が五体しかいない上にそのうち三体は隠密に費やす。倒せないし、倒すにもカロリーを要する。

 更に――東春秋は、昨期のランク戦において一度たりとも落とされていない脅威の生存能力を持った駒である。

 

「まあ――人の事は言えないな、俺達も」

「まあなぁ....」

 

 とはいえ。こちらもこちらで、隊員全員が狙撃手という変則部隊である。

 人の事をとやかく言える筋合いはない。ないのだが.....。

 

「――はぁ~」

 

 荒船は何度目かも解らない溜息をつくと、ソファから立ち上がり。ポリポリと頭を掻きながら扉の外へ向かう。

 

「行くのか、何処かに?」

「気分転換に個人戦ブースに行ってくるわ。ここ最近、結構狙撃手の訓練が立て込んでいたからな~」

 

 そう言って、荒船はトリオン体に換装し作戦室を出た。

 

 荒船哲次。

 彼は、ボーダーでも数少ない――攻撃手と狙撃手の双方にてマスターランクまで上り詰めた男である。

 

 

 

 

「く....!やるじゃないか」

 

 ボーダーC級、甲田はそう呟いた。

 眼前には焦げたようなチリチリとした髪が特徴の男がいた。

 男は、――あからさまにC級の訓練を流しで行いながらも好成績を収め。着々とポイントを稼いでいた。

 

 その様に感心した甲田は、声をかけたのであった。

 

 ――へぇ、コウダっていうんだな。

 ――そう。俺の名前は甲田だ。もうじきB級まで駆け上がる男の名だ。覚えておくといい。

 ――まあ、覚えておくかどうかはアンタの腕次第ってことだな。どうだ?一戦やらねぇか?

 ――いいだろう。俺が勝利した暁には、君の名も聞かせてもらおう。

 ――オッケー。ま、俺もここに入ってまだ1日目のペーペーだ。お手柔らかにな

 

 

 そうして、勝負が始まった。

 最初の十本勝負は、相手が素人である事も踏まえ。互いに50ポイントを賭けての戦い。

 その時――そのチリチリ髪が使っているトリガーは、バイパーであった。

 

 バイパーの本領は、事前に己で軌道を決められる機能である。

 だというのに、相手は一切それを使ってこない。

 

 ――ははーん。こいつ、何も考えずにトリガーを選びやがったな。

 

 甲田はほくそ笑んだ。

 

 ――事前に軌道を複数パターン用意しなきゃならないってのに。その仕様を知らないんだな。

 

 軌道を変えられないバイパーなど、ただ威力が低いだけのアステロイドと同様である。

 甲田は、そうして――十本のうち八本を取った。

 男の身のこなしに確かなセンスを感じるものの。やはりただ威力の低いだけのバイパーを使っているためか。ハウンドを操る甲田を前に、なすすべもなかった。

 

 

「クソが....!」

 

 ブースから出ると。男は、実に悔しがっていた。

 ――やはり。いい気分だよ。

 

 以前....オールドルーキーのおっさんや。白髪頭の少年に根こそぎポイントを奪われた過去を思い出す。そうそう、あんなのがおかしいだけで、普通はこんなもんだって。普通は。

 

「待て....まだやらせてくれ!今度は、800ポイントを賭けてもいい....!一本の勝利ごとに、80を賭ける....!」

 

 男のポイントは、2800ポイントほど。

 ここまでバイパーの仕様すらも解らないまま、よくぞ3000の手前まで来れたものだ――。

 

 そして.....800。800、か....。

 勝算もないであろうに。ただ悔しいという感情だけで、ここまでの賭けに興じるとは。

 

「....青いな」

 ああ。青い。

 かつて己が過ぎていった地点だ。勝てばうれしい。負ければ悔しい。もはや、勝つことが当たり前となった己にはもう消えてしまったものだ。

 

「――後悔はしないな?」

 

 バイパーの仕様すらも理解していないこの男。こちらが負ける要素はない。

 ――これぞ、神の采配というものだろう。

 最後に。己という壁を叩きつけ、己はB級の道を切り開く――。

 

「ああ!」

「いいだろう。では、互いに800点を賭けた戦いに、赴こうじゃないか」

 

 己が前に広がった道に、光が差し込むように感ぜられた。

 

 が。

 

 

「はい。――言質取ったり」

「え?」

 

 

 悔し気な様相は何処へやら。

 互いの同意が得られた瞬間――男の表情が、歪みに歪む。

 

「さ、入れ。――800ポイント、頼んだぜ」

 

 にこやかに――男はブースの中に入っていった。

 

 

「....ぐぇ!」

「はい残念」

 

 確かに。

 この男は、事前にバイパーの軌道決めなどしていなかった。

 

 代わりに。

 今、この瞬間から――バイパーの軌道を決め、自由な軌道を引いて、甲田に叩きつけていた。

 

「え、おま、マジ....」

「はいよ」

 

 ――こいつ、こいつ最初から....!

 バイパーの仕様なぞ解らないふりをして、油断を誘い。

 こっぴどくやられ悔しがるフリをして、――高ポイントの賭けを引き出した。

 それからは、ひどいものであった。

 身のこなしは、センスがあるとかないとかそういう次元ではなかった。仮想空間の建造物の合間をするすると縫うように駆け回り、一度も甲田の視界にその姿を映さない。明らかに、訓練された者の動きであった。

 そうして建造物の合間からびゅんびゅんと降りかかるバイパーの弾雨に、なすすべもなく貫かれていく。

 

「何という、策士――‼」

 

 と、言う訳で。

 

 エネドラのバイパーを前に――甲田は800ポイントを毟られる結果となりました。まる。

 

 

「よぉ。おっさん。という訳で――無事B級にまで上がって来たぜ」

「ご苦労」

 

 その後。

 一日足らずでB級までの道をひた走ったエネドラは、落水隊の作戦室にやって来ると――正規隊員用のトリガーをひらひらと狼と御子に見せていた。

 B級は、C級の間にて4000の個人ポイントを貯める事が出来れば、上がる事が出来る。

 エネドラはすさまじい勢いで――何なら、だまし討ちまで用いて――B級までの道を突き進めたようであった。

 

「という訳で――トリガーを決めるか」

 

 

「ま。取り敢えずおっさんが出来ない役目を俺が担う事になるだろうから――ひとまず俺は、射手になろうかね」

「射手か....」

「丁度――俺におあつらえ向きなトリガーが見つかったしな。と、言う訳で。メインにバイパーを入れてくれ」

「バイパーですね。了解しました」

 

 エネドラの指示と共に、御子は楽し気にトリガーチップを嵌め込んでいく。

 以前は機器の触れ方すら解らずおろおろしていたというのに。随分と成長したものだ、と狼は思った。

 

「おっさん一人だと、どうしても点の取り方が暗殺か正面からの戦いの二つしかねぇ。で、強敵と正面からぶつかる時、基本的に時間がかかる」

「うむ....」

「前の戦いも。あの剣と盾使っている奴相手に時間がかかりすぎて。狙撃手と銃手に囲まれちまった訳だ。その所為で、あと一歩で取れる点が取れなかった」

 

 だから、と。エネドラは言う。

 

「俺の基本的な役割は、盤面整理。アンタが隠密しながら情報を集めて、その情報を使って俺は盤面を作っていく。強敵とタイマンしなきゃならん時は、横槍が入らんようにカバーしてやる」

「.....」

「アンタの隠密で、たとえどれだけ強い相手だろうと動きはかなり制限される。それはいい事でもあるが、戦いが膠着しやすい。点が取りにくいんだよ」

「成程....だからこそ、盤面を動かす役目を、貴方が果たすのですね。エネドラ殿」

「そういうこった。――とはいえ、ある程度盤面を動かすにも圧をかけなきゃならんから。こっちでも決められる武器は持っておきてぇな」

 

 そうして。

 エネドラのトリガーセットが徐々に埋まっていく。

 

 メイン バイパー 空き シールド 空き

 サブ  ハウンド スコーピオン シールド バッグワーム

 

「知ってはいると思うが――角なしの俺のトリオンは結構低い。ここの正隊員の平均も無いだろうな。だからメインの空き二つは埋めない方がいい。基本はバイパーを基本線に戦っていくわ」

「....うむ」

「俺の適正としては攻撃手がいいんだろうがな。ず――っと泥の王使ってきたんでね。トリオンの制御能力と空間把握能力で食ってきた分、俺の特性としては射手がいい」

 

 とはいえ、と。エネドラは言う。

 

「近接戦も嫌いじゃない。俺も決められる時は、前に出てやる」

「....ひとまずは、こんなものにしておくか」

「おう。細かい事は――まああと一週間。訓練しながら考えておく」

 

 トリガーの設定を終え、エネドラは一つ息を吐く。

 ひとまずはトリガーが形になったので。後は実戦を繰り返して慣れていく他ない。

 

「これから、何か予定があるのか?おっさん」

「来客がある」

「へぇ。誰だ?」

「那須隊の二人だ」

 

 那須隊。

 そう狼が言うと共に。

 作戦室のドアにノックの音が響き――二人が現れる。

 

 

「――お邪魔します」

「――よろしくお願いします」

 

 

 そこには。

 熊谷友子と、那須玲の姿があった。

 

 エネドラは、「ああ....」と呟いた。

 あの時――泥の王とラービットを使い、連れ去ろうとした狙撃手。その同じ部隊だった者だ。

 何となしに、複雑な感情が胸中に芽吹いていく。

 

 

「ようこそいらっしゃいました、お二方」

「はい」

 

 二人には――真剣味を帯びた、必死な目がそこにあった。

 

「――では。早速だが始めるか」

 

 狼は仮想空間へと入っていく。

 その姿を見て、エネドラは御子に首を傾げながら、ブースに入っていく狼に尋ねる。

 

「何すんだ?」

「訓練だ」

「この二人に?」

「ああ」

「何を?」

「熊谷に――俺の”弾き”と。そして」

 

 熊谷は、ごくりと生唾を飲む。

 

「――雷の返し方を、教える」

 

 そう狼が呟くと。

 エネドラは――ますます、その表情に困惑の色を見せていた。

 

 

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