隻腕の狼、玄界に降り立つ   作:丸米

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エネドラ×空閑×荒船

「.....」

 

 エネドラは、狼に連れて行かれるまま――個人ランク戦ブースに入る。

 

「....どうした?」

「いや。――改めて。この仮想空間のシステムは画期的だなと思っただけだ」

 

 エネドラは、各ブースで鎬を削り合う隊員の姿を見て。ただそう呟いた。

 

「....幾度でも死に、生き返れる修練場。俺が生きていた世界でも、喉から手が出るほど欲しい代物だ」

「だろうな。――この技術と、緊急脱出の機能が中々噛み合っている」

 

 ――恐怖は、絶対である。

 己に降りかかった恐怖というものを人は忘れない。

 たとえその後生き返れると理解した上でも。痛みもないとしても。――仮初であろうとも、人は死を恐怖する。

 己が下した判断の一つ一つの正誤が、死を伴い結果として現れる。

 死を伴ったその結果を、人は忘れない。

 ――己が身を以て知った恐怖を、人は忘れぬ。忘れぬ故、成長が出来る。

 そして。死のうが復活できる故に――死を厭わず最善を選べる。

 

 狼もまた――回生を繰り返す中で、成長していった。

 元々熟達の忍びであった狼であったが。幾度もの死と死闘の果てに、最盛の剣聖の命に手が届くほどの実力を手に入れた。

 死を挽回できる力の程を、彼自身は痛い程理解できていた。

 だからこそ。この環境の優秀さもまた、知っている。

 

「おい、おっさん」

「なんだ?」

「――次のランク戦。俺も参加するぜ」

 

 ほう、と狼は呟く。

 エネドラは、本来の予定であらばラウンド4から参加する予定であった。

 ボーダー製のトリガーに慣れ、狼との連携を磨くためにも。ある程度の時間が欲しいと考えていた。

 ――エネドラが持つ強みは、事前に用意できるものによって大きく左右される。大規模侵攻の際にも、ボーダー側の用兵と戦術を事前に頭に入れた上で作戦を立て、戦っていた。

 特に。落水隊にてエネドラが担う役割は盤面整理。ならば、如何なる盤面がその場で用意されているのか、探求をする時間が欲しかったのであろう。

 エネドラは狡猾であり、用心深い性格である。

 隠密合戦が予想され、大量得点が難しい次回に。わざわざ参加して手札を晒す必要もない、と考えていたのだろう。

 だからこそ。事前の用意がままならぬ次の戦いから参加する、というのは。狼から見ても、かなり意外な選択だと感じた。

 

「ま、予想以上にはやくB級に上がれたってのもあるが。――負けたって次がある戦いに慎重になりすぎるのも馬鹿らしいと思っただけだ」

「....」

「無論、勝つつもりでやるがな。――万全の状態で戦う事だけが人生じゃねぇのさ」

 

 ――このボーダー内の環境を見て、考えを少し改めたのだろう。

 ランク戦もまた、訓練の一つ。

 こちらとしては、遠征に帯同する為に必ず通り抜けねばならぬもので、結果が求められる。

 だとしても――慎重になりすぎるのも、また違うと考えたのだろう。

 

「ま、そうと決めたならせめてトリガーの扱いだけでもさっさと慣れねぇと話になんないわな。――ちょい個人戦してくるわ」

「....ああ」

 

 ――どんな形であろうと。

 ひとまず、エネドラが前向きになったのならばそれで好し。

 

 

「――お、おおかみさん」

「....空閑か」

「あの時以来ですな。エネドラも」

「....誰かと思えば。前におっさんに敗けた玉狛の奴か」

「うむ。みごとにやられてしまいましたな」

 

 それで、と。空閑はエネドラを見る。

 

「次のランク戦から出るの?」

「ケッ。わざわざ情報を漏らすつもりはねーよ。嘘つき判定機」

「おっと。中々手厳しい」

 

 空閑は、エネドラをジッと見ると――

 

「エネドラ、少しいいか?」

「何だ?」

「....ヒュースが、話を聞きたいみたいだ」

「....」

 

 ヒュースが?

 エネドラは少々首を傾げながらも――「ああ」と呟いた。

 

「そうか。――あの時、思わず口を滑らせていたな」

 

 ――ああ、そうか。金の雛鳥の拿捕が出来なかったって事はお前もここに置いていかれたのか

 尋問の為上層部に同じく呼び出されていたヒュースに対し、エネドラが思わず零した言葉である。

 あの時、ヒュースはエネドラの堂々とした裏切りの表明に冷静さを欠いていたが。

 恐らく、後々にその言葉に違和感を覚えてしまったのであろう。

 

 ただ、敗北した自分を置いていったのではない。

 何かしらの条件――”金の雛鳥が拿捕できなかった事”を端とする理由をもって、ここに置いていかれたのだと。

 

 恐らく薄々は何らかの意図をもって置いていかれた事は解っていたのであろうか。エネドラの言葉に、確信を覚えたのであろう。

 自分は最初から置いていかれる予定であったのだと。

 その真意を聞きたく、ヒュースはエネドラから話を聞きたがったのだろう。

 

「だがまあ、断る。――アイツは何が何でもアフトクラトルに帰らねぇといけねぇ立場で。帰ってしまえば、アイツにとって俺は粛清対象そのものだ。わざわざ情報をくれてやる義理はねぇな」

 

 アフトクラトルにとって、今のエネドラは裏切者以外の何者でもなく。そして、ヒュースはどんな事があろうともアフトクラトルを裏切る事はない。

 ヒュースがアフトに帰れば”敵”として相対する他ないのだ。

 わざわざ、エネドラがヒュースに塩を送る理由はない。

 

「了解。そうヒュースに伝えておくよ」

「悪ぃな」

「いえいえ。ヒュースはあれで結構我が強い奴ですからなぁ」

「知ってるよ」

 

 知っている。

 あんなでも、同じ軍服を着込んでいた時は割と仲が良かったのだ。

 表面上、憎まれ口を叩くことが多かったが。双方とも、性格の根本に真面目な部分が似通っていた分。関係はそこまで悪くなかったとは思う。

 

「それじゃあ――。純粋にいっちょ戦りますか?」

「おう。上等だぜ。ブース入れ」

 

 そうして。空閑とエネドラは、双方共に個人戦ブースの中に入っていった。

 

「.....」

 

 狼はそれを、ただ黙ってみていた。

 

 

「――チッ」

「ふむふむ」

 

 エネドラと空閑との個人戦。

 バイパーを軸に空閑のシールドを誘発させ、その間にスコーピオンで斬りかかる戦い方にて挑んだエネドラに対し。

 圧倒的な近接戦の強さを以て、勝利を捥ぎ取っていく空閑――という絵図であった。

 

 その様を――狼はジッと見ていた。

 

 まだまだボーダーのノーマルトリガーの使用に関して慣れていないのもそうであろうが。

 やはり、射手としてはあまりトリオン能力が高くないのが。個人戦ではかなり響いている。

 

 それが解っているからこそ近接用のトリガーであるスコーピオンを積んだのであろうが。

 近接戦の地力が高い人間には、やはり厳しい。

 

 だが。

 

「――そう好きにはさせねぇぜ」

 

 前半戦から、エネドラはがらりと戦闘スタイルを変える。

 今まで見せていなかったハウンドを用いて全方位にシールドを張らせ、そのシールドの間隙にバイパーを通す択を通し、一本取り返す。

 

 それから。スコーピオンで斬りかかる動きから、バイパーを同時に射出。時間差で直角に曲がりゆく軌道で視界に一瞬映した後、死角側に弾丸を通す。

 死角から動く弾丸を意識させたうえでエネドラが正面から斬りかかり。空閑の視点を正面に固定。

 視界を固定され、死角から弾丸が迫る空閑は自身の頭部・胸部への軌道上にシールドを展開する。

 

 が。――エネドラが設定した軌道は。更にそこから脚部へと向かうものであった。

 

「おお」

 

 足を削られた空閑からエネドラは引くと。

 スコーピオンからハウンドへトリガーを切り替える。

 

 逃げながら引き打ちを仕掛けるエネドラに対し、足を削られ機動力が落ちた空閑は何とか近寄る為にグラスホッパーを展開する。

 しかし――高速移動を読んでいたエネドラは。グラスホッパーで近付いてくる空閑の軌道上にバイパーを曲げ、置く。

 

 弾丸に突っ込む形となった空閑は、更に一本取られる。

 

 

 ――結果。

 十本勝負は、最終的に6本を取り空閑が勝利となった。

 

「.....まあ。現時点での結果としては上々だろう。俺は前線でバチバチ戦うタイプじゃねぇしな」

「エネドラは、なすさんのようにリアルタイムでバイパーの軌道を作れるんだな」

「以前使っていたトリガーの影響でな。トリオンコントロールには自信がある」

 

 くく、と笑みを浮かべそうエネドラは応える。

 ――そうであった。これこそが、エネドラという男の強み。

 

 状況に対応できる能力。相手が繰り出す手を見てから、即応で策を講じられる狡猾さ。この男が敵として立ちはだかった時。最も苦しめられたのは、この性質を根源とした強さであった。

 

「.....」

 ここまで動けるならば、次のランク戦から出しても問題ないだろう。狼は黙したまま、そう判断した――。

 

 

 

 

「おーおー。やってるな」

 

 ――さて。

 次のランク戦のあまりの重苦しさに、気分転換に個人戦をやりに来た荒船哲次であったが。

 そこには――次のランク戦で当たる予定の人間と、知人の知人と、見慣れない人間がいて。そのうち二人が戦っていた。

 

 村上鋼との個人戦経由で知り合った空閑遊真と。焼け焦げたようにチリチリの髪をした、目つきの悪い男。

 

 空閑遊真。玉狛第二のエース。その実力の程は理解している。A級草壁隊のエースである緑川に通算で勝ち越している猛者であり、現状玉狛の得点源でもある。

 そして――そんな空閑相手に、十本勝負の後半から三本を取った男がいる。

 

「よう、空閑。お疲れさん」

「お、あらふねさん」

「それで――かなりいい勝負をしていたこの人は?」

「そいつは、エネドラ。――最近C級から上がってきたルーキーです」

「は?ルーキー?」

 

 おいおい、と荒船が言うと。

 

「そして。このおおかみさんの部隊に所属するようです」

「は?」

 

 は?

 ――落水隊。ソロ部隊としてもかなり厄介だというのに。更にここまで動ける新人が入るのか。

 

「そうかぁ....」

 

 己の隊の勝算が更に下がる情報を前に、また一つ溜息をつく。

 まあ前向きに考えれば、取れる点数が増えたともいえる。仕方ない仕方ない――。

 

「そういや、狼さん」

「....何だ?」

「カゲのお好み焼きの店、行きました?」

「....ああ。馳走になった」

「美味かったでしょう?」

「....ああ」

 

 寡黙ながらも、はっきりと狼は頷いた。

 

「なら今日も行きません?折角新人も入ったみたいですし。訓練が終わった後でもいいっすから。一回、話してみたかったんですよね」

「それは構わぬが....」

「空閑はどうだ?」

「ごめん。おれは今日パス。玉狛の食事担当、おれなんだよね」

「あ、そっか。――じゃあアンタはどうだ?」

「俺も行くのか....。あー....」

 

 エネドラは、少しばつが悪そうに言葉を詰まらせていた。

 

「どうした?」

「お誘いは嬉しいんだがな....。その店ってのは、この区画から外に出るって事だよな」

「.....?ああ、まあ。そうだな」

「今はトリオン体だからまあいい感じに誤魔化せているがな。生身の俺の顔面はまあ酷いもんでな。顔が焼け爛れてるわ片腕がないわ。――客商売している知人の所に連れて行くのはちと忍びねぇ」

「ああ....。そうなのか」

 

 実の所、顔面に火傷跡が残っていたり片腕だったりはただ周りに与える印象の問題でしかないのだが。

 怨嗟の炎が籠められた左腕が何よりも問題で。生身の肉体には、炎が内在した高温の義手を纏っている。

 

「おっさんも、俺のことは気にしなくていい。飯食いに行きたきゃ行けばいい」

「....」

 

 ――エネドラは周りに気を遣っていると同時に。純粋に”自分の姿を周りに見せるわけにはいかない”という意思も荒船から見て感じた。

 他人がどう思うか、という部分を気にしているだけなら「気にするな」と言えばいい。影浦も、店を経営している影浦の両親も。その辺りを気にするような人間ではないだろう。

 だが。自分がその姿を見せたくない、と考えているなら話は別だ。無理に外に出る事もない。

 

 

「――あ、そうだ」

 

 

 とはいえ。ここに来て「じゃあサヨウナラ」というのも何だか味気ない、だったり。

 ――じゃあ、そういう理由で外に出ないなら。基本的にこの新人、飲食店で飯を食う事も無いのか、とか。

 そんな思考を荒船が巡らせた瞬間。

 別の解決策を脳裏で作り出していた。

 

「こっちで作ってもらえばいい話だな」

 

 そう。

 外に出るのがダメならば、中でやればいい。

 

 

 

 

「――で、わざわざ俺を呼んだわけかよ」

「おう。まあ時々はこういうのもいいだろう」

 

 落水隊作戦室――。

 荒船隊から持ち運ばれた大きめのテーブルの上。ホットプレートが持ち運ばれている。

 

 そのテーブルには――お好み焼きの具材が広がっており。手早くそれらの仕込みを行う影浦の姿があった。

 

「――そうそう。こういうのも時々はいいよね~」

「....うん」

「おい、カゲ!何かやる事あるか?ヒマなんだよ」

「ねーよ。おとなしくそこで座ってろ」

 

 恰幅の良い柔和な表情の巨漢と、対照的に一見仏頂面に見える小柄な少年と、髪を横手に結んだ少女がいた。

 三者は――影浦隊の隊員であった。

 

「....今日は、随分と賑やかですね」

「....ああ」

「なんでこうなったんだか....」

 

 こうして。

 落水隊作戦室内にて。影浦隊と荒船を囲っての、お好み焼き会が開かれる事となった――。

 

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