隻腕の狼、玄界に降り立つ   作:丸米

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東隊×漆間隊×ラウンド3

「――で、次の対戦相手は荒船と、東のおっさんか」

「あと、漆間だな」

 

 手早くお好み焼きを作りながら、影浦は「めんどくせー相手ばっかだな」とうそぶく。

 

「特に東のおっさんはめんどくせーや。――あのおっさんも、俺のクソ副作用をすり抜けてくる相手だしな」

「....なに?」

 

 狼は、顔を顰めその言葉に反応する。

 ――影浦雅人の副作用、感情受信体質。己を視界に収めた者の感情が、その肌身にて突き刺さる副作用である。

 この副作用を以て、影浦は攻撃の機先を読む。

 それをすり抜けられるには――他者への攻撃に、感情を殺しきる者でなければならない。

 

 忍びとして、情を殺し、冷酷な心持ちを持ち続ける訓練を重ね。実際に幾度もの殺しを重ねてきた狼が、ようやく辿り着いた境地。その境地に、――東春秋は、既に至っているというのか。

 

「東さんは、俺のような狙撃手にとっては親みたいなものでな。――あの人はボーダーで最初の狙撃手だ」

「最初の、狙撃手か....」

「そう。まだボーダーに狙撃手というポジションが無かったころから試行錯誤して理論を作ってここまでの地位を作った人。一番狙撃が上手い奴は誰だ、ってなると当真や奈良坂辺りになるんだろうが――」

「.....」

「狙撃手としての完成形は誰だ、って話になれば――多分東さんになるんだろうな」

 

 ――荒船哲次は、感覚よりも理屈を重んじる。

 一度、攻撃手としてマスタークラスまで上り詰め、それでも狙撃手へと転向を果たし、こちらでも同様の結果を残せし男。何故に攻撃手と狙撃手という全く重ならない技能を修めたのか。

 彼は――玉狛第一の木崎以来の、完璧万能手(パーフェクトオールラウンダー)を目指している。

 攻撃手、狙撃手、そして銃手。それぞれ異なる分野にてマスターランクに上り詰める。荒船哲次はその内の二つの条件を満たした。

 ただ、彼にとっては個人で完璧万能手になる事すらも目的ではなく手段である。

 彼の最終的な目的は。己が経験を通じて、完璧万能手を作り出す理論を作り出し、マニュアル化し、最終的に完璧万能手を量産する事にある。

 

 理論を以て果たすべき目的がある。それ故に、理屈を重んじる。

 故に――彼から見た東春秋という人物の凄まじさが、見えてくる。

 

 この人は――0から1を作り出した理屈を持っている者なのだと。

 

 

 

「――そっかぁ。そういう事情でトリオン体のままなんだね~」

 

 北添尋。

 通称、ゾエさん。

 

 縦にも横にも大きな肉体の上。のほほんとした笑顔が刻まれた顔面がちょこんと乗っかっている。仏の愛を受け慈悲の心に目覚めた熊の如き見目をした男である。

 

「トリオン体のまま食べちゃうともっと太っちゃうから、ゾエさんは生身で食べるね~」

「.....トリオン体の栄養効率の良さも考え物だね」

「ね~」

 

 のほほんとした笑顔のまま、行儀よく飯を食べてる。特段急いで食っている様子はない。だが、ペースは一切落ちない。

 トリオン体は、栄養の接取効率がいい。それは転じて、カロリーに転ずる割合も多いという事でもあり――過食による体重の増加も効率よくなる。

 

 ――こいつ、トリオン体だからそんな体形になったわけではないのか。

 

「次のランク戦から出るの?」

「そいつはまあお楽しみって事で」

「おお。じゃあゾエさん楽しみにしちゃう.....あ、カゲ。もうその豚玉焼けた?」

「まだ生焼けだこの馬鹿。慌てんじゃねーよ」

 

「.....」

 

 エネドラは――切り分けられたそれを前に、不思議そうな表情を浮かべる。

 

「あ、エネドラ君お好み焼きはじめて?」

「ああ」

「おいしーよ~」

 

 意を決して――エネドラは慣れない箸をあたふたと操り、口に運ぶ。

 

「....」

「どう?」

「....美味いな」

「でしょ~」

 

 そのエネドラの表情の変化を、北添はにこやかに見ていた。

 

 

「――名前からして外国人なんだろうけど。任務中はともかく、プライベートの時間でも外に出られないのか?」

 荒船は、今度はエネドラに声をかける。

 元々、このような形で飯会をするようにしたのも、エネドラとも交えて会話をする為であった。北添との会話が一旦落ち着いたタイミングで、荒船はそれとなく会話を始める。

「出られねぇ訳じゃねぇな。トリオン体が一番心地いいから、出ねぇようにしているだけだ。生身同士じゃあ、意思の疎通も出来ねぇからな」

「ああ。日本に来てそんなに長くないのか?」

「おう。――そもそも内戦国の難民だったのを、カラサワとかいうおっさんに拾われたのがこっちに来た理由だからな」

「そうなのか....」

 

 異様なまでに戦闘慣れした新人で、出身が内戦国。そして身体は他人には見せられない程の怪我を負っている。

 なんとなく、その背景が見えてくる。

 

 ――踏み込みにくい背景を用意する事で。諸々の不自然を相手が勝手に納得してくれる。踏み込めない事情に関しては、相手が気遣ってくれますからねぇ。嘘の経歴を用意するにしても、情報の散らし方が重要になるんですよねぇ。

 

 そう、メディア広報室長の根付が言っていたが。成程こういう事か、とエネドラは思った。

 

「だからまあ。あんまりこういう事には明るくねぇのさ」

「そうか....」

 

 うーむ、と荒船は呟くと。

 

「あ、それならよ。暇なときにウチの作戦室に寄れ。いいものを貸してやるよ」

「いいもの?」

「映画、見た事あるか?」

「なんだそりゃ」

「文明の叡智だよ」

 

 

 そう言って――荒船は笑った。

 

 

 

 

 それから、暫しの時間が経ち。

 ――その日を迎える事となる。

 

「では、時間となったので。ランク戦ラウンド3の実況・解説をはじめさせてもらう」

 

 ス、と冷風が通り過ぎたかのような声が、観戦ブースを突き抜けていく。

 

「本日の実況を務めさせていただく、冬島隊所属の真木理佐だ。よろしく頼むわね」

 

 その者の纏う空気は、冷たい圧が存在する。

 それは人の心に、冷風を呼び起こす圧である。

 怜悧な目。怜悧な表情。怜悧な声音。

 全てが怜悧。故に、冷たく、圧がある。

 その姿形全てが整い、整ったまま冷たさを宿している。彼の者と相対するものは、まるで雪化粧が施された極寒の雪山を前にした心持ちになるものも少なくあるまい。

 

 ――本日の実況は、真木理佐(16)でございます。

 

「続きまして。解説は嵐山隊の木虎と....」

「太刀川隊の出水公平。よろしく~」

 

 そして。

 冷風を隣にしても涼やかにその場に佇む女性と。

 冷風の存在など認識していなさそうな男が、一人ずつ。

 

「いや~。しかし珍しいな。真木ちゃんがB級の解説を受けるイメージがあんまりなかったからさ」

「そう?」

 

 出水は、いつもの調子を崩す事無く真木に話しかけ。

 真木も特段機嫌を損ねる事無く返事をする。

 

「....私も何となくそんなイメージを持っていますね」

「まあ――B級だろうがA級だろうが。一芸に秀でた人間は嫌いじゃないもの。そういう意味では、このランク戦もいいものを見せてもらえそうと思えただけ」

 

 真木の言葉に、「あ~」と出水は呟く。

 

「今回、とんがった部隊が多いもんな~」

「東さんが率いる東隊は元より――全員が狙撃手の荒船隊に、ソロ部隊である漆間隊に落水隊。ある種、特化型の部隊が揃い踏みという感じですね」

「まあ、だが――今回、落水隊はどうやら新規の部隊員を追加したみたいだな」

 

 そう言うと真木は――画面に、ランク戦の部隊表をビジョンに映す。

 そこには。落水隊のメンバーにもう一人。”エネドラ”の名前があった――。

 

 

 

 

「はぁ~!落水隊、一人メンバーが追加されてる~!」

 

 東隊作戦室。

 少々騒がしい声が響く。

 

 ――B級ランク戦ラウンド3当日。通知された対戦相手のデータを受け取ると――ソロ部隊であった落水隊に、一人メンバーが追加されていた。

 エネドラ。

 B級上がりたての新人であるというその者のデータは少ないが。――C級ではバイパーを用いて軒並みポイントを奪い、即座に上がっていったという。

 

「ただでさえ、隠れる部隊ばかりで作戦考えるの大変だったのに~!ここに来て新メンバーかよ~」

「まあまあ。こういう不測の事態に対応するのもランク戦の意義だ。――まずは、事前の作戦に関して変更を加えるかどうかで話し合うか」

 

 小荒井をまあまあと制しながら、どっしりと椅子に座る痩身の男が、落ち着いた声音でそう言葉をかける。

 肩口までかかった長髪の下。薄い表情で作戦室全体を見据えている。

 

「――今回の作戦は、東さんの圧と俺達で敵を”炙り出す”方針で決めていたけど。その作戦の大筋は変えなくていいと思っています」

「だよな~。メンバーが一人追加されたと言っても、全員隠密主体で動いてくるのは間違いないんだし」

 

 そうだな、と東は呟く。

 

「落水隊の新しいメンバーは、まだどういうタイプの隊員かも解らない。未知のメンバー一人の為に――ここから作戦の大枠を変えるのは、厳しいだろうな....」

「まあまずは――漆間が何処のマップを選ぶかを見てから、細かな動きの変更の話し合いをしようか」

「お、噂をすれば――」

 

 どうやら漆間隊がランク戦の舞台となるマップを選んだようで。観戦ブースより、マップの情報が伝わる。

 

『漆間隊は――工業地区を選んだようだ』

 

 

 

 

 ――漆間隊作戦室。

 

「正直――東隊と荒船隊だけなら、市街地D一択だったがな」

「....モールの中での戦いだったら、間違いなく落水隊が有利になるもんね」

 

 漆間と、オペレーターの六田が話し合っている。

 もう事前の作戦は決まっていたのであろうが――両者の間にはマップ選択に少々の葛藤があったようだ。

 

「――あのバケモンにモールの中で隠れられるとおちおち動けねぇ。だったら、攻撃手が不利になる条件も追加しないといけない」

 

 漆間は淡々とそう呟く。

 

 狙撃手を主体とする部隊に対しては、どうしても市街地Dを選びたい。

 各部隊が大型商業施設に集まりやすく。そこでの戦いは狙撃手は中々動きにくく、そして隠れ合いになりやすい。狙撃手の脅威をあらかじめ排除し、自分の得意な隠れ合いのフィールドに持ち込みやすい故に。

 だが。今回は――攻撃手で、同じく隠密を主体とする落水隊の存在もいる。

 その戦いの程を、漆間は大規模侵攻にて知っている。

 

 ――同じく隠れ合いのフィールドに持ち込むなら。モールで一堂に会する形では駄目だ。

 

 第一戦で見せた腕の程を見ると――広いとはいえ、密閉空間内で狼と対峙しなければならないのはあまりに悪夢だ。更に追加メンバーも加えてきたとあり、その脅威を無視する事は出来ない。

 

「――あのバケモンを仕留めるつもりはサラサラない。ただ、奴だったり。今回の新規メンバーだったりに炙り出された連中を、こっちは横合いから奪っていく。生存点が望めねぇから、一人でも多く仕留めていく」

 

 

 

 

 ――荒船隊作戦室。

 

「....工業地区かぁ。まあ狙撃手にとってあんまりいいマップじゃないですけど。市街地D辺りを選ぶと思っていたんすけどねぇ。まあでもどっちにしろダルいんですけど.....」

「恐らく警戒しているのだろう。落水隊を」

「落水隊は市街地Dで一回大暴れしているからな....。アレを見せられたら、そうそう選べねぇだろうな....」

 

 工業地区は、狭く、建物が密集しているマップである。

 動き回れる場所が少なく、建物が集まっているため射線が切れやすい。ただ、建物で囲まれた空間内では開かれた場所が多く、そこでの戦いでは銃手や射手が有利を取りやすい。

 銃手一人で構成される漆間隊としては――「狙撃手」及び「攻撃手」、その双方の有利を削る為に選んだマップであろう。

 

「――斬り合いができる俺が基本は中に入って。敵を追い込んで射線内に入れる形になると思う。中々射線の確保は難しいだろうが、やるだけやろう」

 

 狙撃手が三枚という構成の荒船隊は。マップや地形によって大きくその力が削られやすく。

 その分、マップ選択が敵にある場合その標的にされやすい。

 今回も――その類に漏れる事無く。不利なマップでの戦いを余儀なくされてしまった。

 

 もう慣れたものである。荒船は割り切り、半崎はダルがり、穂刈は言葉を倒置する。

 

 言葉少なに、マップの転送を待っていた。

 

 

 

 

『――ランク戦、スタート』

 

 そうして。

 各部隊が戦場となるマップに転送される。

 

『マップは、工業地区。そして』

 

 その空には太陽の姿はなく。

 月すらもない。

 電灯のみが唯一の光源である、その最中――打ち付けるかのような激しい雨が、辺りを吹き抜けている。

 

『時刻は、夜。そして――気候は”暴風雨”だ』

 

 ごうごうと吹き抜ける風で耳が劈き、打ち付ける雨で地区の一部が浸水の憂き目にあっている。

 ――ランク戦ラウンド3。夜の暴風雨での戦いが、開始された――。

 

 

 

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