隻腕の狼、玄界に降り立つ   作:丸米

4 / 54
玄界×狼×太刀川慶

「……そうですか」

 

 狼からの報告を聞き。変若の御子はそう、ただ呟いた。

 

「葦名は……もう……」

 ――大手門での結末。そして葦名城の中身。その全てを聞き、聡明な彼女は全てを理解した。

 葦名はもう、どうにもならぬのだと。

 このどうにもならぬ、というのは。ここにいたとて、何も解決が出来ぬということ。

 

 あの絡繰りの兵をいくら屠ろうと。兵を作りし者を始末しようと。代わりが、彼方より送られてくるだけ。

 根本の解決は、ここにいては最早不可能。

 

「狼殿。――貴方はどうされるおつもりですか?」

「……密航の手立てがないか。探るつもりだ」

「密航……」

「次元を越える為の船があるはず。ならば、それを探す」

 

 成程、と御子は頷く。

 最早、葦名にいたとて事態の解決が望めぬのならば。敵地へと向かう手立てを得る。それが、いま残されし唯一の手立てかもしれない――。

 

「……狼殿。先程、別の勢力に監視されていた、と。そう仰っていましたね」

「……ああ」

 葦名の崖底より本城へ向かおうとしていた時。己の背後より監視を行っていた者と出会い。交戦した。

 三人組の隠密。その一人一人が紛う事なき手練れであった。

 

「襲撃をかけるではなく、監視を行っていたとなれば。――彼等は狼殿に興味を抱いている」

「……ふむ」

「――我等と同じく、この状況を変える手立てを探っている者なのかもしれません。敵意ではなく、興味を持っているのならば。交渉が行える」

「……成程」

「狼殿が持ち得ている情報。そして不死斬り。更に、敵方が持っている”トリガー”。……十二分に、交渉の道具となり得ましょう」

「....」

 

 では、と。変若の御子は言うと。――その目に、強い意思を湛えた。

 

「――狼殿。私も、連れていってはもらえませんか?」

「……おぬしも、来るのか」

「私とて、この状況を厭いております。ですが、この場に隠れているばかりでは何も成す事はならぬでしょう」

「……承知した」

 

 交渉を仕掛けるならば、先程交戦した己よりも。聡く、狼に比べれば多弁な変若の御子の方が向いているであろう。

 何より――このようになってしまった葦名に、一人残していくのはあまりに惨い。

 

「……暫しお待ちを。旅装に着替え、変若の御子()()へ、別れの挨拶を交わしてまいります」

 

 

 その後。狼は落ち谷の周辺にて調査を続けていた風間と接触。交渉の用意があるといい、現在に至る。

 ――我々を、貴方達の所属する組織へ、連れて行ってもらえぬでしょうか?

 

「あんた方を……?」

「はい。――この方より、貴方達もまた”別の次元からの者”であると聞きました。そして、あの絡繰り兵と敵対するものであると」

「……まあ、そうだな」

「我等もまた。この葦名の窮状を打破する方策を求めている。故に、連れて行ってもらいたいのです」

 

 無論、と御子は続ける。

 

「ただ連れていけ、と申すつもりはありませぬ。――こちらとしても、差し出せるものがあります」

「……それは?」

「第一に。この葦名の地に関する情報。この地に流れる力の伝来について、渡しましょう。そして、この狼が背負いし不死斬り。トリオンを介さずして、トリオンを断ち切る。この刀の伝来や情報も、お渡しします」

「……そして。敵兵が使っていたこのトリガー。これも、差し出そう」

「この三つ。――否、四つ。葦名の地にいた、生きた、死なずの者二人。これが、我々が差し出せるものの全てです」

 

 冬島は、ふうむと呟く。

 差し出されたものは――確かにこちらが欲していたものだ。

 とはいえ。トリオン技術がないとはいえ、この二人は”近界民”。こちらの独断で連れていく、というのは。

 

「――いーや」

 さて、どうしたものか――そう悩む冬島の傍ら。

 黒コートの髭の男が、ニヤケ面を浮かべ、言う。

 

「交渉に乗るか乗らないか以前に――こっちにはもう一つの選択肢がある」

 

 二刀を掲げるその男は、一刀を引き抜き――狼にそれを向ける。

 

「お前をのして、ふんじばって情報を聞き出すってやり方だ」

「……」

「おい、太刀川。お前現地民に尋問するつもりか?」

「その権利はこっちにはあるでしょう。味方だって保証もねぇ。――なにせ、こっちは歌川と菊地原がやられてんだ」

 

 さあ、と。太刀川は言う。

 

「交渉の机に座れるかどうかは――相応の力を示してからだぜ。忍者」

「――承知」

 

 その言葉に一つ頷き。

 狼もまた――不死斬りを引き抜く。

 

「狼殿……」

「御子殿。――今しばらく、お待ち下され」

 

 引き抜かれた黒の刀身を見て。太刀川慶の笑みは最高潮となる。

 もうその笑みが――全てを物語っていた。

 

「……ただそいつと戦いたかっただけだろが。馬鹿が」

 

 太刀川慶。

 ボーダーにおける最高戦力の一つであり。

 ――どうしようもない程の戦闘狂であった。

 

 

 太刀川と、狼。

 対峙し、動き出すは――太刀川であった。

 

 一刀による横薙ぎの剣技から、袈裟斬り。

 淀みなく、仕掛けられる攻撃を――狼は正面より対峙する。

 

「うぉ」

 

 金属音二つ。

 不死斬りの刃に、刹那似て押し返され――斬撃は弾かれる。

 

「――成程な。こんな感じか」

 

 狼は、弾きの達人。

 幾度となき死等の果て辿り着いた狼の戦い。死と隣り合わせの攻撃を刹那にて防ぎ弾き、相手の体幹を奪う。

 弾かれた瞬間――太刀川もまた、自身の体幹が僅かながらブレるのを感じる。

 

「なら――こいつはどうだ」

 

 そして。

 太刀川は――弾かれた勢いに任せ後方へ飛び去り、距離を取る。

 狼。そして太刀川。双方ともに刃が届かぬ間合い。

 

 だが。

 太刀川は、届くべくもないこの距離にて、刃を振るう。

 

「――旋空弧月」

 

 それは。

 トリオンにより、刀身が伸ばされた刃であった。

 振りと共に光を纏い、斬撃と共に伸び上がる。伸び上がりし刀身は地面を抉り、彼方へ向かう。

 光る斬撃が狼の喉元へ向かう――が。

 

「――マジか」

 

 旋空弧月の一撃。伸び上がりしその斬撃ですらも、狼は弾き、切り返す。

 太刀川の表情は、一瞬驚愕の色に染まる。

 旋空弧月。日本刀型トリガー”弧月”。その刃を延長し、斬撃の効果範囲を増やす。

 旋空は、その先端に至れば至る程威力が増す。その斬撃の先端を喰らい、耐えられるものは少ない。

 それを――この男は当然のように弾き、そして黒の刀は当然のように耐えている。

 トリオンすら纏わぬ黒い刃。だが、凄まじい耐久性を持っている。

 

 そして。切り返したそれを地面へ叩きつけ。狼は不死斬りを納刀し――太刀川を睨むように視界に入れる。

 竜閃。

 太刀川が操る刀のように、刀身が伸びるではない。

 ただ、斬撃を飛ばす。

 如何に斬るかを追求し放たれしそれは――太刀川の眼前に衝撃となって表れる。

 

「....」

 空中へ飛び上がり回避した太刀川へ、狼は追撃の飛び上がり。

 忍殺を決めんとする狼の一撃を一刀にて受け、太刀川は蹴り飛ばす。

 

 ――思った通りだ。

 

 蹴り飛ばした先。今度はもう一刀を引き抜き――旋空をまた一つ放つ。

 

 ――滅茶苦茶楽しい。こいつは、本気でやれる.....!

 

 縦薙ぎのそれを、次は転がりその軌道より逃し。――太刀川の着地を見計らい、一気に距離を詰めるべく、狼は瞬時の移動と突きを併せた”大忍び突き”を行使。

 着地の刹那にて、その喉元を掻っ切る。

 

「――こんな感じか」

 

 突きの刀身の下側から、体幹の上下動作をもって――太刀川は突きを弾き返す。

 ――狼の弾き動作を垣間見た太刀川は、即座に己もまたその動作を取り入れたのだ。

 弾いた動作から斬り落とし。狼の腹部へ向け弧月を振り降ろす。

 

「おっと」

 

 しかし。狼の身体は黒い霧と共に消え――その頭上へ移動していた。

 

「――ぬぅ」

「おっ」

 

 頭上からの狼の斬撃を受け、鍔競る。

 狼の仏頂面と対照的に。太刀川のそれは――もはや狂気すら感じるほどの笑みを浮かべていた。

 

 ここだ。

 ここからの一瞬の交錯で――勝負は決する。

 そう互いの思惑が浮かび上がる。その刹那。

 

 

「はい。そこまで」

 

 そう――冬島慎次の声が響く。

 

「――上層部からの命令だ。交渉に応じ、そいつらを連れていく」

「……あーあ。ここからが楽しい所だったのによ」

 

 鍔競りの形より離れ。太刀川は、心底残念そうにそう呟いた。

 

「ついでに――そこの……狼、でいいか」

「……ああ」

「お前さんには、もう一つ条件が追加される。――アンタは、こっちに来るなら。ウチに所属して”戦闘員”として働いてもらう」

「戦闘員……」

 

 ああ、と。冬島は言う。

 

「ウチの基本方針は、ウチの市民を守る。それが大前提として、こうして遠征を行っている」

「.....」

「ウチに来たいなら、ウチで働いてもらう。アンタが関わりのない世界の中で、ゆかりのない市民を助け、トリオン兵共と戦ってもらう。――そういう立場になっちまうってこった」

 

 成程、と狼は心中呟く。

 答えはもう、決まっていた。

 

「……承知した」

「オッケー。それじゃあ、二人とも乗ってくれ」

 

 ――最早、俺に主はない。

 ――ならば、新たな主を得るのも悪くはない。

 

 生まれてこの方、寄る辺のない人生を歩んできた。

 世界が変わったところで――己の生き方が変わる訳でもない。

 

 己を黄泉より返しあの者の願いの一縷でも得られるならば、――手段は択ばぬ。

 

 その言葉を聞き――太刀川は、笑みを取り戻した。

 

「そうか!お前、ボーダーに入るのか!――おっしゃ。それなら、好きなだけお前とやれるわけだ!な、狼」

「.....」

「愛想がないねぇ。だがまあ腕が立つなら何の問題もねぇ。――俺は太刀川慶だ。お前は?」

「明かせ...」

 

 明かせぬ、と。そう呟こうとしたが。

 今の自分は最早、忍びですらないのだと。そう思い至り――。

 

「……狼だ」

「狼か。それじゃあよろしくな」

 

 ――こうして。狼は不死斬りと、元孤影衆が使っていたトリガーを手渡し。落ち谷の川底に隠していた遠征艇に乗り込む。

 

「……では。参りましょうか。狼殿」

「……ああ」

 

 遠征艇に乗り込む。

 そこは、完全に見知らぬ世界が広がっていた。

 見知らぬ絡繰り。見知らぬ空間。

 その全てを見て――狼は、一つ目を閉じる。

 

 ――さらば。

 

 己が生まれた世界。己が死闘を繰り広げし葦名の地。その全ての記憶を回帰させる。

 さらば。再びこの地を取り戻しに参る。

 

 そう一つ決意し――狼は、葦名より去る。

 

 ――隻腕の狼、玄界に降り立つ。




一章、終わり。

二章めからは狼君とお米ちゃんのほのぼの異文化交流編(の予定)です。いっぱい柿と生米を食わせたいねぇ。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。