「……そうですか」
狼からの報告を聞き。変若の御子はそう、ただ呟いた。
「葦名は……もう……」
――大手門での結末。そして葦名城の中身。その全てを聞き、聡明な彼女は全てを理解した。
葦名はもう、どうにもならぬのだと。
このどうにもならぬ、というのは。ここにいたとて、何も解決が出来ぬということ。
あの絡繰りの兵をいくら屠ろうと。兵を作りし者を始末しようと。代わりが、彼方より送られてくるだけ。
根本の解決は、ここにいては最早不可能。
「狼殿。――貴方はどうされるおつもりですか?」
「……密航の手立てがないか。探るつもりだ」
「密航……」
「次元を越える為の船があるはず。ならば、それを探す」
成程、と御子は頷く。
最早、葦名にいたとて事態の解決が望めぬのならば。敵地へと向かう手立てを得る。それが、いま残されし唯一の手立てかもしれない――。
「……狼殿。先程、別の勢力に監視されていた、と。そう仰っていましたね」
「……ああ」
葦名の崖底より本城へ向かおうとしていた時。己の背後より監視を行っていた者と出会い。交戦した。
三人組の隠密。その一人一人が紛う事なき手練れであった。
「襲撃をかけるではなく、監視を行っていたとなれば。――彼等は狼殿に興味を抱いている」
「……ふむ」
「――我等と同じく、この状況を変える手立てを探っている者なのかもしれません。敵意ではなく、興味を持っているのならば。交渉が行える」
「……成程」
「狼殿が持ち得ている情報。そして不死斬り。更に、敵方が持っている”トリガー”。……十二分に、交渉の道具となり得ましょう」
「....」
では、と。変若の御子は言うと。――その目に、強い意思を湛えた。
「――狼殿。私も、連れていってはもらえませんか?」
「……おぬしも、来るのか」
「私とて、この状況を厭いております。ですが、この場に隠れているばかりでは何も成す事はならぬでしょう」
「……承知した」
交渉を仕掛けるならば、先程交戦した己よりも。聡く、狼に比べれば多弁な変若の御子の方が向いているであろう。
何より――このようになってしまった葦名に、一人残していくのはあまりに惨い。
「……暫しお待ちを。旅装に着替え、変若の御子
〇
その後。狼は落ち谷の周辺にて調査を続けていた風間と接触。交渉の用意があるといい、現在に至る。
――我々を、貴方達の所属する組織へ、連れて行ってもらえぬでしょうか?
「あんた方を……?」
「はい。――この方より、貴方達もまた”別の次元からの者”であると聞きました。そして、あの絡繰り兵と敵対するものであると」
「……まあ、そうだな」
「我等もまた。この葦名の窮状を打破する方策を求めている。故に、連れて行ってもらいたいのです」
無論、と御子は続ける。
「ただ連れていけ、と申すつもりはありませぬ。――こちらとしても、差し出せるものがあります」
「……それは?」
「第一に。この葦名の地に関する情報。この地に流れる力の伝来について、渡しましょう。そして、この狼が背負いし不死斬り。トリオンを介さずして、トリオンを断ち切る。この刀の伝来や情報も、お渡しします」
「……そして。敵兵が使っていたこのトリガー。これも、差し出そう」
「この三つ。――否、四つ。葦名の地にいた、生きた、死なずの者二人。これが、我々が差し出せるものの全てです」
冬島は、ふうむと呟く。
差し出されたものは――確かにこちらが欲していたものだ。
とはいえ。トリオン技術がないとはいえ、この二人は”近界民”。こちらの独断で連れていく、というのは。
「――いーや」
さて、どうしたものか――そう悩む冬島の傍ら。
黒コートの髭の男が、ニヤケ面を浮かべ、言う。
「交渉に乗るか乗らないか以前に――こっちにはもう一つの選択肢がある」
二刀を掲げるその男は、一刀を引き抜き――狼にそれを向ける。
「お前をのして、ふんじばって情報を聞き出すってやり方だ」
「……」
「おい、太刀川。お前現地民に尋問するつもりか?」
「その権利はこっちにはあるでしょう。味方だって保証もねぇ。――なにせ、こっちは歌川と菊地原がやられてんだ」
さあ、と。太刀川は言う。
「交渉の机に座れるかどうかは――相応の力を示してからだぜ。忍者」
「――承知」
その言葉に一つ頷き。
狼もまた――不死斬りを引き抜く。
「狼殿……」
「御子殿。――今しばらく、お待ち下され」
引き抜かれた黒の刀身を見て。太刀川慶の笑みは最高潮となる。
もうその笑みが――全てを物語っていた。
「……ただそいつと戦いたかっただけだろが。馬鹿が」
太刀川慶。
ボーダーにおける最高戦力の一つであり。
――どうしようもない程の戦闘狂であった。
〇
太刀川と、狼。
対峙し、動き出すは――太刀川であった。
一刀による横薙ぎの剣技から、袈裟斬り。
淀みなく、仕掛けられる攻撃を――狼は正面より対峙する。
「うぉ」
金属音二つ。
不死斬りの刃に、刹那似て押し返され――斬撃は弾かれる。
「――成程な。こんな感じか」
狼は、弾きの達人。
幾度となき死等の果て辿り着いた狼の戦い。死と隣り合わせの攻撃を刹那にて防ぎ弾き、相手の体幹を奪う。
弾かれた瞬間――太刀川もまた、自身の体幹が僅かながらブレるのを感じる。
「なら――こいつはどうだ」
そして。
太刀川は――弾かれた勢いに任せ後方へ飛び去り、距離を取る。
狼。そして太刀川。双方ともに刃が届かぬ間合い。
だが。
太刀川は、届くべくもないこの距離にて、刃を振るう。
「――旋空弧月」
それは。
トリオンにより、刀身が伸ばされた刃であった。
振りと共に光を纏い、斬撃と共に伸び上がる。伸び上がりし刀身は地面を抉り、彼方へ向かう。
光る斬撃が狼の喉元へ向かう――が。
「――マジか」
旋空弧月の一撃。伸び上がりしその斬撃ですらも、狼は弾き、切り返す。
太刀川の表情は、一瞬驚愕の色に染まる。
旋空弧月。日本刀型トリガー”弧月”。その刃を延長し、斬撃の効果範囲を増やす。
旋空は、その先端に至れば至る程威力が増す。その斬撃の先端を喰らい、耐えられるものは少ない。
それを――この男は当然のように弾き、そして黒の刀は当然のように耐えている。
トリオンすら纏わぬ黒い刃。だが、凄まじい耐久性を持っている。
そして。切り返したそれを地面へ叩きつけ。狼は不死斬りを納刀し――太刀川を睨むように視界に入れる。
竜閃。
太刀川が操る刀のように、刀身が伸びるではない。
ただ、斬撃を飛ばす。
如何に斬るかを追求し放たれしそれは――太刀川の眼前に衝撃となって表れる。
「....」
空中へ飛び上がり回避した太刀川へ、狼は追撃の飛び上がり。
忍殺を決めんとする狼の一撃を一刀にて受け、太刀川は蹴り飛ばす。
――思った通りだ。
蹴り飛ばした先。今度はもう一刀を引き抜き――旋空をまた一つ放つ。
――滅茶苦茶楽しい。こいつは、本気でやれる.....!
縦薙ぎのそれを、次は転がりその軌道より逃し。――太刀川の着地を見計らい、一気に距離を詰めるべく、狼は瞬時の移動と突きを併せた”大忍び突き”を行使。
着地の刹那にて、その喉元を掻っ切る。
「――こんな感じか」
突きの刀身の下側から、体幹の上下動作をもって――太刀川は突きを弾き返す。
――狼の弾き動作を垣間見た太刀川は、即座に己もまたその動作を取り入れたのだ。
弾いた動作から斬り落とし。狼の腹部へ向け弧月を振り降ろす。
「おっと」
しかし。狼の身体は黒い霧と共に消え――その頭上へ移動していた。
「――ぬぅ」
「おっ」
頭上からの狼の斬撃を受け、鍔競る。
狼の仏頂面と対照的に。太刀川のそれは――もはや狂気すら感じるほどの笑みを浮かべていた。
ここだ。
ここからの一瞬の交錯で――勝負は決する。
そう互いの思惑が浮かび上がる。その刹那。
「はい。そこまで」
そう――冬島慎次の声が響く。
「――上層部からの命令だ。交渉に応じ、そいつらを連れていく」
「……あーあ。ここからが楽しい所だったのによ」
鍔競りの形より離れ。太刀川は、心底残念そうにそう呟いた。
「ついでに――そこの……狼、でいいか」
「……ああ」
「お前さんには、もう一つ条件が追加される。――アンタは、こっちに来るなら。ウチに所属して”戦闘員”として働いてもらう」
「戦闘員……」
ああ、と。冬島は言う。
「ウチの基本方針は、ウチの市民を守る。それが大前提として、こうして遠征を行っている」
「.....」
「ウチに来たいなら、ウチで働いてもらう。アンタが関わりのない世界の中で、ゆかりのない市民を助け、トリオン兵共と戦ってもらう。――そういう立場になっちまうってこった」
成程、と狼は心中呟く。
答えはもう、決まっていた。
「……承知した」
「オッケー。それじゃあ、二人とも乗ってくれ」
――最早、俺に主はない。
――ならば、新たな主を得るのも悪くはない。
生まれてこの方、寄る辺のない人生を歩んできた。
世界が変わったところで――己の生き方が変わる訳でもない。
己を黄泉より返しあの者の願いの一縷でも得られるならば、――手段は択ばぬ。
その言葉を聞き――太刀川は、笑みを取り戻した。
「そうか!お前、ボーダーに入るのか!――おっしゃ。それなら、好きなだけお前とやれるわけだ!な、狼」
「.....」
「愛想がないねぇ。だがまあ腕が立つなら何の問題もねぇ。――俺は太刀川慶だ。お前は?」
「明かせ...」
明かせぬ、と。そう呟こうとしたが。
今の自分は最早、忍びですらないのだと。そう思い至り――。
「……狼だ」
「狼か。それじゃあよろしくな」
――こうして。狼は不死斬りと、元孤影衆が使っていたトリガーを手渡し。落ち谷の川底に隠していた遠征艇に乗り込む。
「……では。参りましょうか。狼殿」
「……ああ」
遠征艇に乗り込む。
そこは、完全に見知らぬ世界が広がっていた。
見知らぬ絡繰り。見知らぬ空間。
その全てを見て――狼は、一つ目を閉じる。
――さらば。
己が生まれた世界。己が死闘を繰り広げし葦名の地。その全ての記憶を回帰させる。
さらば。再びこの地を取り戻しに参る。
そう一つ決意し――狼は、葦名より去る。
――隻腕の狼、玄界に降り立つ。
一章、終わり。
二章めからは狼君とお米ちゃんのほのぼの異文化交流編(の予定)です。いっぱい柿と生米を食わせたいねぇ。