隻腕の狼、玄界に降り立つ   作:丸米

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狙撃戦×エネドラ×東春秋

「――うっわぁ。あそこから逃げ切るかぁ」

 

 荒船隊・東隊・落水隊・漆間隊の四つ巴戦のランク戦。

 ――エネドラを釣りにかけ、潜伏していた狼のレイガストにて東の”アイビス”の狙撃を防ぎ。狙撃から割り出した場所をエネドラをけしかける、という落水隊の策。

 ――東春秋はその策に嵌ったものの。事前に設置していたダミービーコンを用いて逃走を成功させた。

 狙撃手は、寄られれば終わり。

 この大前提に立った時。近場の位置からアイビスによる狙撃を敢行し、防がれ。己よりも高い機動力を持ち合わせ、更に射撃手段をも備えた隊員に追い回されるというのは最悪の状態であろう。

 だが。その最悪の状態からも――東春秋は脱した。

 

 ランク戦実況ブース内。解説の出水は純粋な感心の声を上げていた。

 

「エネドラ隊員の攻撃手段の豊富さが、かえってダミービーコンの釣りに引っ掛けてしまったようにも思えますね。建造物が邪魔にならずに撃てるハウンドとバイパーがあるからこそ、東さんを視界に収めないまま攻撃行動に移ってしまった。だから視界外でトリオン反応が現れた時に――それを”シールドを張る為にバッグワームを解いた”と判断してしまった」

 

 東春秋の逃走方法としては、非常にシンプル。狙撃地点の建物から逃走すると同時に、ダミービーコンを設置しエネドラのバイパーによる攻撃を掻い潜った後に、事前に置いていたダミービーコンを起動する事により偽造トリオン反応に紛れて逃走を行った。

 

 エネドラは東の位置が割れると共にバイパー・ハウンドの双方を撃ち込み。即座に東の居所へと向かっていったが――初手での攻撃で生まれたトリオン反応を「バッグワームを解き、シールドを装着した」事によって発生したものと判断したが。実際の所は、東が即座に生成し置いていったダミービーコンであった。

 東を追った際のエネドラの手にはスコーピオンも握られていた。近接と射撃の双方の攻撃手段を持つエネドラであるが故に――この単純な策が引っ掛かった、と。木虎は言う。

 

「最後に逃げられはしたが。エネドラ隊員の動きそのものは”東隊長を仕留める”事を目的とするならベストだろう。――そもそもこの夜の暴風雨の環境下で東隊長を仕留めに行く判断が妥当かどうかは、人によって意見が割れる所ではあると思うが」

 

 実況の真木には、ここまでのエネドラの動きはかなり野心的に見えていた。

 序盤からメインアタッカーである狼を潜伏させ、己はバイパーを用いての盤面整理に終始していた。

 夜でかつ、暴風雨。そして盤面の半数近くが狙撃手という状況を踏まえると。メインアタッカーである狼を積極的に動かし、序盤の戦いに参加させていた方が得点機はあっただろう。

 

「点を取ることが難しい状況だからこそ、生存点を取りたいんだろうな。終盤になって本気で潜伏されたら、東さん仕留めるのこの環境だとほぼムリゲーだろうし」

「東隊長に匹敵する隠形能力を持つ薄井隊員が手札にあるからこそ、落水隊は全滅をそれほど恐れず動けるでしょうからね」

「そう。だが、仕込んだ策は結果としては崩れた。ここから――方針を変えるかどうかだな」

 

 生存点を含めた大量得点を目指すか。

 それとも取れる点を取って東を放置するか。

 今が、判断の分水嶺。

 

 

「俺はここからプラント方向に向かっていくから。オオカミはあの薄気味悪いおっさん以外の狙撃手を潰していけ」

 東春秋を仕留め損ねたエネドラは、方針を決めた。

 ――ここからは狼とエネドラは別々に動く。

 

「――合流せずともよいのか?」

「まだ生存点の確保は諦めねぇぞ。だったら合流してどうこうする時間はねぇ。――あの刀使いの生き残りは、俺の方に寄って来てた。このビーコン使ってこっち側から奇襲かけるつもりなんだろうよ」

 

 つまりだ、とエネドラは言う。

 

「今、ビーコンに囲んでいる状況の俺に狙いをつけているってこった。あの刀使いは今足が削れてる。広い範囲で動き回るにはあの高速移動するトリガーを使いながら移動しなければならないから、ビーコンに囲まれてる俺を狙ってくる可能性が高い」

「....ならば。東春秋も、まだそちらにいる可能性が高い訳か」

「そういうこった」

 

 現在東隊の小荒井は漆間により落とされ。奥寺は足を削られたうえでグラスホッパーを用いて逃走をした。

 逃走していた時のルートは、明らかに東がエネドラに狙撃した地点へと向かう軌道上からバッグワームでトリオン反応を消した。

 

「あの狙撃手のおっさんは機動力そのものが恵まれている訳じゃねぇ。まだ近くにはいるはずだ。――あの刀使いと合流して。こっちに釣り出した俺を今度は仕留めるつもりだろ」

「.....」

「俺は逆に、あの刀使いが最初にいた位置から逆算したルート――工業プラント西側へと向かう。そうすりゃ、あのアズマを背後にした刀使いといずれぶつかる。そっちは俺がとっちめる」

 

 狼は、荒船隊の残りを。エネドラは奥寺と東を。

 単独にてそれぞれ点を取らんと、走り出す。

 

 

「――すみません東さん。やられてしまいました」

「狙いそのものは把握していても、意識配分には限界がある。これもまた学びだ」

「うっす」

 

 緊急脱出した東隊の小荒井は悔し気にそう呟くと。東はいつもの調子でそう返した。

 ――奥寺も小荒井も。状況そのものの把握はしっかり行えていた。

 荒船と斬り合っている最中でも。荒船隊の援護、漆間の横槍、狼の奇襲の三つへ意識を配分しながら。二人でカバーしつつ戦えていた。

 

 目の前の荒船に一点集中したい状況下であったが。常に他の方向からの攻撃にも目を配りながらの戦闘。

 だが――ここに四つ目。エネドラからのバイパー攻撃という新たに意識を配分しなければならない事象に直面し。処理が追い付かなくなった事で瓦解が始まった。

 

 どれだけ状況を読み、それに適した行動をとらんとしても。意識配分しながらの戦闘は、新しく処理せねばならない要素が入り込めば、いずれ意識に身体が追い付かなくなる。

 

「今回は、あの場面でエネドラを落とせなかった俺にも責任がある。気にするな」

 

 東春秋がエネドラに放った狙撃は――アレで仕留められると、確信しての一撃であった。

 エネドラの攻防をスコープ越しに見た上で。バイパーのキューブの大きさや立ち回りから、相当な使い手ではあるがトリオン能力の一点に限れば乏しいのだと判断できた。

 

 フルアタックを行使しようとした瞬間を狙いすました一撃。仮にフルアタックをフェイクにシールドに切り替えたとしても、狙撃トリガーの中で最も強力な”アイビス”の一撃は防ぎ切れないだろうと。

 

「俺もまだ、まだまだ学ぶことは多い」

 

 ――東は全力でエネドラの周囲を探っていた。

 ――狼がエネドラの近場で潜んでいないかを。

 

 その上で。何処に潜んでいるか、判別が出来なかった。

 

 故に東は――自身が狙撃に失敗する事も想定に入れて。保険を設置していた。

 その保険が機能し、居所を暴かれたうえでもエネドラから逃げる事が出来た訳だが。

 その保険を掛けねばならない状況まで持って行ったのは――ただ一点。狼の隠形の能力である。

 

 ――薄井の隠密は、その技術に関しては間違いなく俺よりも上だろう。

 

 東春秋をもってしても。隠密に徹した狼の所在を暴く事は叶わなかった。

 実際に戦いの中で立ち会うからこそ理解できる。”忍び”として生きてきた者の凄まじさ。

 

「――だが。隠密は技術だけで成立するものではない」

 

 そう東は少し微笑んで、そう呟いた。

 

 

 現在、盤面に生き残っている駒は。荒船隊の穂刈と半崎、東隊の東と奥寺、落水隊の狼とエネドラ。そして漆間。

 

「――いないな、狙えそうな駒が」

「っすね。ダル....」

 

 荒船隊から見て、現在狙撃が出来そうな相手がいない。

 狼・東・漆間の三者はバッグワームで潜伏中。三者とも隠密のエキスパートで、更に夜で暴風雨の環境下。見つけるのは至難の業であろう。

 エネドラはこちらの狙撃地点から遠く離れた位置でダミービーコンに囲まれ。奥寺もこちらから離れる形でグラスホッパーでの移動を行い姿をくらました。

 

 荒船隊の両者はプラント西側から移動を始めていた。

 だが。その位置に惑っている。

 

「落水隊の新入りが唯一バッグワームを解いているが....あからさまな罠だろうからな」

「アレに釣られて移動したところで。あの忍者と東さんに狙われるだけだろうし....」

 

「――とはいえ。このまま無得点で終わる訳にはいかない。一点を取りに行こう」

 

 狼に斬られ緊急脱出となった、荒船の声が響き渡る。

 

「エネドラを獲りに行こうぜ」

 

 隊長命令に、穂刈と半崎は「了解」と応え。二人はそれぞれ百メートル程の間隔を空け、指定された狙撃地点へ向かう。

 ダミービーコン地帯と射線が通るプラント建造物の上。

 ここからエネドラのトリオン反応を探り、狙撃を敢行する。

 

 その最中で。漆間か狼のいずれかが穂刈・半崎を討てば。もう片方がその瞬間に相方を仕留めた相手へ狙撃を行う。

 その為に双方の距離を空け。エネドラを扇のように囲う陣形を作る。

 

 瞬間――ぽつり、と。

 穂刈の狙撃地点と東のビーコン区画から、少し離れた区画。

 そこに――トリオン反応が生まれる。

 

 

 東のダミービーコン地帯からは程遠く、漆間のダミービーコン地帯からもそこそこの距離。

 ”ダミービーコンか?”と穂刈と半崎の双方が思うが。絶妙に、双方のビーコン群から離れた位置にある。

 

 それが新たに作成されたダミービーコンなのか。それとも――何者かがバッグワームを解いたのか。判別がつかない。

 

 しかも。その反応は、穂刈からも半崎からも。双方の射線も通らず。視界にも映らぬ場所。

 

「――ダル....」

「....どれだ?」

 

 東のダミービーコンか。それとも漆間か。はたまた誰かがバッグワームを解いたのか。

 判断がつかない。

 トリオン反応が動き出す。

 直線を動き、――穂刈の射線に入ろうとした瞬間。

 

 ――半崎が、緊急脱出したという報が上がる。

 

「....!」

 

 どちらかが討たれれば、その位置へ即座に狙撃を敢行する。

 その策を実行せんと穂刈が、半崎の位置へ体軸を変えた瞬間。

 スコープ上には半崎の胸を貫き暗殺を実行している狼の姿が見え。その脳天を吹き飛ばさんと引金に指をかけ、狙撃を敢行した瞬間。

 

 ――背後より新たなトリオン反応が生まれると共にくぐもった銃声が響き。穂刈の肉体へ弾丸が叩き込まれた。

 

 スコープから目を離し見えたのは――突撃銃を構えた男の姿であった。

 

「....」

 

 漆間は射撃を終えると即座にバッグワームを装着し。己が周囲に三つばかりのダミービーコンの反応を作り出す。

 ――荒船隊。無得点のまま、全滅と終わり。落水隊と漆間隊に更に一ポイントが加算される事となった――。

 が。

 

「なっ――!」

 

 その、一瞬。

 まだまだ――事態は動いていく。

 

 

 

「.....む!」

 

 忍殺を成したと同時、彼方より放たれた弾丸を己が本能により避けた。

 一瞬。バッグワームを解きレイガストによる防護を行おうかと思ったが。直前に、取り止めた。

 

 それ故に、己が脇腹に弾丸が突き刺さる羽目となったが――その後に。己が判断が、か細い綱を渡り切った代物であったという事を思い知る。

 

 穂刈の背後より現れ、急襲した漆間のその脳天もまた、――暫しの後に吹き飛ばされていたが故に。

 

 漆間が緊急脱出したと同時。東隊に一点が入ったという報が狼の耳に入る。

 

 

「....」

 

 

 ――漆間の思惑と、東の読みが重なった。そう狼は判断した。

 

 恐らく。穂刈と半崎を釘付けにしたダミービーコン。アレを置いたのは東であろう。

 漆間はプラント側にビーコン地帯を作った後に、マップ西側を迂回。エネドラ側へ寄って来るであろう荒船隊の二人の、更にその背後を取る形で索敵をしていた。

 

 そこで――漆間は東が仕掛けたダミービーコンによるトリオン反応を見る。

 

 荒船隊の二人よりも更に背後にいた漆間にとっても。そのトリオン反応が、ダミービーコンか。バッグワームを解いた何者なのか、というのは判断がつかない。

 だが。――仮にそれがダミービーコンの反応だとしたら。そこから漆間も情報を得られる。

 

 恐らくこの反応がある場所から”射線が通らず”同時に”東が仕掛けたダミービーコン地帯からは射線が通る”位置に、荒船隊の二人はいるのであろうと。

 東がビーコンを置き、荒船隊の二人へ揺さぶりをかけている――という仮定の下その位置を暴き。漆間は穂刈を仕留めた。

 

 東が仕掛けた、という部分も念頭に置き。バッグワームで隠れるのではなく。サイレンサーにて銃声を抑え、己が位置はダミービーコンで攪乱するという手続きを踏み。銃声からも己が位置を東に知られぬように慎重に慎重を重ねた上での急襲であった。

 

 だが。

 東は――漆間が新たに設置したビーコンの位置からもその居所を暴き。暫しの時間漆間を泳がせ、狙撃地点に来た瞬間に仕留めたのだ。

 

 もし――あの時、己もバッグワームを解き。レイガストにて防御を行ってしまっていたら。その手札を切った瞬間、穂刈とは別角度から放たれた東の第二の狙撃で仕留められたやも知れぬ。

 レイガストの防御は強力であるが。複数方向からの同時攻撃には対処できない。

 東があの時、レイガストの発動を狙っていて。その思惑に乗ってしまっていれば。一発で沈められていたであろう。

 

 エネドラを狙い、ダミービーコン地帯の周辺で奥寺と合流に向かっている――と見せかけ。

 実際はビーコンに吸い寄せられた荒船隊側に移動し、罠を仕掛けていた。

 罠はビーコンの地帯から特段遠くも無く。逃走を始めてから真っすぐ向かえば十分に東の機動力でも届く位置。

 

 こちらもまた、東のカタに嵌められた。そう狼は自覚できた――。

 

 

「.....」

 

 ――狼もまた東と同じように。実戦の場にて、相手の凄まじさの程を叩き込まれていた。

 

 

 漆間隊と荒船隊が落とされ。残されるは落水隊と東隊。

 

 ランク戦は、佳境を迎えようとしていた――。

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