隻腕の狼、玄界に降り立つ   作:丸米

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釣果×決着×東春秋

 荒船隊と漆間隊が消え。残るは東隊と落水隊の二隊。

 東と奥寺。狼とエネドラ。この四人が盤面に残されている。

 落水隊は二ポイント。東隊は一ポイント。

 逆転の為には、――薄井、エネドラの双方を撃破しなければ逆転は出来ない。

 

「――さて。この状況、どうする?」

 

 東春秋は、奥寺と小荒井に尋ねる。

 この部隊において。東が担う役割は教導と、狙撃手としての駒である。

 隊の舵取り役は、あくまで奥寺と小荒井である。

 あくまで、東春秋は狙撃手の駒。とびっきり優秀ではあるが――あくまで駒として指される存在なのだ。

 

「――俺を餌に使っての、エネドラの釣り出しを目指します」

 

 奥寺は、そう東に伝えた。

 

 

「――アズマのウルシマへの狙撃位置から考えると。オクデラとアズマが短時間で完全な連携を取れるとは考えられねぇ」

 だから、と。エネドラは続ける。

 

「スピード勝負だ。一気に攻勢をかけて、オクデラの焦りを生ませて――アズマを釣り出す」

「....釣れると思うか?」

「出来なかったら、もうしょうがない。オクデラを討ってこっちは三ポイントで終了だ。――本気で潜伏したアズマを探し出せるか、オオカミ?」

「....潜伏に専念されれば、不可能であろうな」

 

 エネドラの問いに、狼はそう答えた。

 ――これまで、幾度も忍びとしての任をこなしてきた狼の”不可能”の言葉は、重い。

 夜の暴風雨。視界は暗く、雨音で足音すら聞こえぬ。この条件下においては――東も、そして狼も。互いが互いに隠れられれば索敵は出来ない。それが、この盤面における大前提。

 

「なら、撃たせるしかねぇ。――俺が撒き餌になってやる。アズマの位置を暴いた後で、お前が仕留めるんだ」

「勝算はあるか?」

「アズマ自身の”狙撃手”としての行動はかなり優秀だが、指揮官としての動きは見えねぇ。アイツはあくまで狙撃の為の駒だ。――指揮官ではなく、狙撃手として。撃つべきなら撃つぜ。絶対に」

 

 エネドラは、――かつての己の上官であったハイレインと、東の姿を重ねていた。

 狙撃手としてのここまでの東の立ち回りを見ると。狙撃そのものを失敗したとしてもリカバリーできる状況を用意した上で撃つタイプの人間であった。

 だが。東隊、としての動きを見てみると。

 ああいうタイプが裏にいる動きには見えなかった。奥寺・小荒井は序盤から積極的に動き回り、その動きをカバーするという形で常に東は動いている。

 

 ――あくまで東隊のメインシステムは奥寺と小荒井であり。どれだけ図抜けた優秀さを持っていようと、あくまで東はサブシステム。そうエネドラは東隊を捉えていた。

 

 それは。指揮官としてのハイレインの動きを知っているからこそ。どうしても、差異を感じてしまうのだ。

 

 故に。生き残りのメインシステムが序盤に積極的に動くタイプであるなら、ここで必ず餌にはかかる。

 

 

「――ここいらで決着をつけさせてもらうぜ」

 

 

 

 

 東春秋が漆間への狙撃を敢行した後。

 エネドラは――大型の工業プラント内へ走っていた。

 

 ――さあ来やがれ。

 

 そこは、漆間のダミービーコンが発動していた区画。

 漆間が緊急脱出した事で一切の脅威が排除されたその場所へ、バッグワームも着込まずエネドラは真っすぐに向かっていく。

 

 その動きを見た瞬間――奥寺はその狙いを読み、焦りの表情を浮かべる。

 

「――狙いが読まれている....!」

 

 奥寺は即座にグラスホッパーを装着し、エネドラの進行方向へ先回りする形で迂回する。

 

 ――奥寺の狙いは、己の身でエネドラを釣り出し、東の狙撃により仕留めるという形へ持っていく事。

 それは。ポイントが欲しい落水隊が、”能動的に”奥寺を追う事が前提となっている。

 まだポイントを欲する落水隊は、たとえ狙撃のリスクがあろうとも。東の援護を背後とした奥寺へと仕掛けてくれる――という思惑がある。

 

 その推測は当たっている。

 と、同時に。――エネドラの思惑はより別の方策を思い起こしていた。

 

 先程まで漆間がいた大型のプラントに入り込めば。奥寺の思惑が成立しにくくなる、という事。

 

 背の高い建造物が乱立する工業プラント内は、射線の確保が難しく。東の狙撃能力を活かす事が難しい。

 ――己を餌にしたところで、東の援護が断ち斬られてしまう。

 

 だから――奥寺はそのルートを塞ぐように先回りする必要がある。

 

 ここで、エネドラの思惑は通った。

 

「待っていたぜ」

 

 己が追う、より。

 己を追わせて最短距離で来させた方が――時間はより短縮できる。

 

 エネドラは、グラスホッパーで高速移動を行っている奥寺へ、非常に細かく分割したバイパーを放つ。

 広範囲に散らばるような軌道から、奥寺を囲うように弾丸が襲い来る。

 奥寺は、シールドを展開しバイパーの弾雨に穴をあけ、そこから身を捩るような形で身体を捻じ込み逃走を行う。

 

 すると。奥寺の動きを観察した上で、次はハウンドを掃射する。

 

 

 奥寺がシールドを展開しバイパーを退け向かう先から。今度は高密度かつ速度の速いハウンドが襲い来る。

 

 ――クソ!これじゃ、全然身動きできない.....!

 

 リアルタイムで設定できるバイパーによる面攻撃と、そこから追い込むようなハウンドの連携。

 エネドラ自身は奥寺の周囲を飛び回るように動きながら。この弾丸の連携を繰り返す。

 

 次は、ハウンドの面攻撃からのバイパーの密集攻勢。

 幾度も。幾度も。これを繰り返す。

 

 

 足を止めつつも、密集攻撃で防御方向を限定させ――自然と、奥寺の進行方向をエネドラがコントロールする。

 

 

 自然に。自然に。エネドラが――奥寺を攻撃できる好機を作り出すと共に。

 

 御子からの情報伝達を精査する。

 射線が通るであろう地点を。

 

 

 ――射線を切った上でオクデラを仕留めても意味がねぇ。そうなりゃあ、アズマは隠密に徹して逃げるだけになる。

 

 

 だから、追い詰める。

 東春秋が狙撃を通せる状況下であるが。

 

 ――射線の方向がかなり限定される状況であり。

 ――逃走経路の構築が難しい、地点を。

 

 

 そこに追い詰めた瞬間。――エネドラは、弾雨にシールドを削り切った奥寺の位置まで肉薄し、その首にスコーピオンを差し込んだ。

 

「が....!」

 

 奥寺のトリオン体が崩壊し、緊急脱出すると共に。

 エネドラの頭蓋もまた狙撃により破砕される。

 

 

 

「――上手いじゃないか」

 

 

 エネドラを撃ち抜いた東春秋は――その背後から迫りくる男の気配を読み取りながら、そう呟いた。

 

 

 狙撃を敢行した瞬間から、韋駄天による高速移動にて猛然と迫ってきた狼にその首を刎ねられ――東春秋は緊急脱出した。

 

 

 

『試合終了』

 

 

 アナウンスが流れる。

 

 

『生存点含め落水隊が5ポイントを取り、勝利』

 

 

 

 

 東の狙撃によりエネドラが落とされ。その瞬間に背後からの高速移動により狼に首を跳ね飛ばされ終了した瞬間、観戦ブースからはどよめきが走る。

 東春秋が討ち取られる試合は、数少ない。

 その数少ないシーンも、転送位置が絶望的に悪かったり。多数のチームに囲まれ逃げ場も無く倒される――という具合で落とされる事が多い。

 

 残り人数が少なくなった終盤で落とされる場面とは、更に少なくなる。

 

 その数少ない場面が――眼前で巻き起こった。

 

「――では。総評をして頂こうか」

 

 軽くざわめいている観戦席を気にする事も無く。真木はそう解説の二人に話を振った。

 

「今回。どうしても隠れ合いの様相になるのかと思っていましたけど、意外にも試合の展開自体は早かったですね」

「だな~。隠れ合い、というよりかは。暴き合い、って感じの試合だったな」

 

 木虎の言葉に、出水がそう返した。

 

「夜の暴風雨って設定だから。狙撃手はどうしても狙撃が有効になる距離自体は短くなるから動き回る必要がある。――そうなると。やっぱり、隠密行動が上手い奴がちゃんと他の部隊の居所を暴いていって、仕留めていったって感じに見えたな」

「荒船隊なんかは、特にこの環境で割を喰らった感じはありますよね。――狙撃自体は通っても。やはり夜の環境で正確に急所を撃ち抜くことが難しかったように思えましたね」

 

 荒船隊は、弧月が使える荒船が前に出て、後衛の二人が援護するという形をとったが。

 狙撃自体は当たれども、急所を通す事は出来ず。結局は無得点で終わる事となった。

 

「この環境は、隠密を主体とする隊員の中でも。しっかり敵へ近づける隠密が出来る人が生き残っていたように思えますね。東隊長と薄井隊員はその辺りがかなり抜きんでていた」

「漆間も、ちゃんと自分が設定した環境に対応して2点取っているのは流石だ。――やっぱり、木虎が言う通り。隠密しながら、ちゃんと動いて、ちゃんと近付けている隊が点を取っている」

「.....成程」

 

 夜かつ暴風雨という状況であるため。

 隠密はしやすいが、遠方から狙撃を行うには適さない環境が作り上げられた。

 

 故に。ビーコンによる攪乱と交戦時の横槍を基本戦術とする漆間隊や。隠密主体でありながら攻撃手である狼を擁する落水隊に、威力偏重の狙撃銃であるアイビスを用いる東がエースである東隊は得点を奪えている。

 

「ああいう状況だと。状況に合わせるよりかは、状況を動かせる手を持つことが重要になる感じはあるよな。漆間隊と東隊においてはそれがダミービーコンで。落水隊にとってはエネドラっていう新人だった」

「今回――落水隊にとって一番の収穫は、エネドラの存在だろうな」

「そうそう。落水隊の足りない所に、ピタってハマってる」

 

 今回の試合、エネドラが取ったポイントは奥寺を仕留めた一ポイントであるが。

 序盤で東の位置を暴き攻勢をかけたのも。最後の場面で東を討ち取れたのも――エネドラと狼の連携があってのものである。

 

「狼さんの戦闘スタイルだと。どうしても隠れて状況にあわせた動きをせざるをえないから。ああやって矢面に立ちながら状況をしっかり動かせる駒が一つ追加されるだけでも、相当違うなって」

「....今回の試合だと薄井隊員だけだと。多分最後は東隊長との隠れ合いになって生存点の確保は難しかったと思いますね」

「恐らく――東隊長と薄井隊員は、互いに隠密に集中していると互いに暴き合う事は出来ない関係にあったんだろうな。だから、どちらかアクションを起こした瞬間を狙わざるを得なかった」

 

 

 今回の試合において。

 東隊と落水隊の攻防において。必ず互いの位置を暴かんとする攻防があった。

 

 東の狙撃を狼が防ぎ、後にエネドラを送り込む攻防。これは東による事前の仕込みにより、不発。

 荒船隊の半崎を暗殺した狼への穂刈の狙撃と併せての狙撃。これも、狼が直前の判断でレイガストを発動せず、不発。

 最後。奥寺とエネドラの交戦中に東が狙撃した瞬間の、狼の急襲。ここでようやく東が仕留められた。

 

「最後の場面。最初に東隊長に時間を与えてしまったせいで、保険を掛けられた事で逃げられたのをちゃんと把握した上で作戦を立てているように思えますね。エネドラ隊員は、明らかに奥寺隊員が咄嗟に向かうように釣り出していた」

「東さんも、流石に漆間を狙撃した地点から最短で向かいつつ、索敵している狼さんの目を掻い潜りながら逃走の為に仕込む事は出来ないだろうしな。――スピード重視で工業プラントに向かったのは好判断だと思う」

「....最後に勝負を分けたのは、落水隊の判断か」

 

 ――己が身を餌にエネドラを釣り出そうとした奥寺と。自分の身を餌に東を釣り出そうとしたエネドラ。

 双方共に釣りの戦術は共通しているが。エネドラの方は”最短で奥寺と交戦する状況を作り、東に逃走の用意をさせない”というもう一歩先の狙いがあった。

 

 

「――しかし。とんでもない新入りを入れたな、狼さん。この先もかな~り楽しみだ」

 

 

 

 

「すみません、東さん....」

「まあ、これもまた学びだ」

 

 最後の攻防。

 東春秋は――敢えて、奥寺の策に乗った。

 

 あの結果になる事は、東自身も解ってのものであった。

 

「今回の敗因は何だと思う?奥寺、小荒井」

「....最後の局面に限れば。落水隊の戦術レベルを見誤ってしまった事だと思います」

 

 奥寺は、そう言った。

 

「総評でも言われていましたけど。――同じ釣りの戦術でも。俺が東さんに提案した内容を、落水隊はもう把握していた」

 

 奥寺は、自身を餌にエネドラを釣り出し東を釣り出す、という戦術を。

 エネドラは、自身を餌に奥寺ごと東を釣り出す、という戦術を。

 

 同じ釣りの戦術であったが。

 違いがあると言えば――落水隊は、奥寺の釣りの意図を看破した上で更に策を練っていたという事。

 

 奥寺の意図が理解できたからこそ。エネドラは奥寺を索敵する、という行動ではなく。狙撃の行使が困難になる地点へ向かう、という行動をとった。

 エネドラを釣り出し東の狙撃で仕留める、という奥寺の意図が理解できていたからこそ。

 ”狙撃が封じられれば困るだろう?”と揺さぶりをかけられた。

 結果として。奥寺の策を通させながらも。

 同じく隠密で潜ませていた狼に東の位置を絞らせる事で、東を落とさせてしまった。

 

「――戦術を使う時は、相手の戦術レベルを計算に入れる。今回は、綺麗にしてやられてしまった訳だ」

 

 エネドラは奥寺の戦術レベルを読み取り。それを踏まえた上で、上回れる戦術を行使した。

 

「....流石、だな」

 

 東春秋は――当然の事ながら。エネドラの正体を知っている。

 だからこそ驚きはない。

 軍事国家の尖兵であり、黒トリガーを任されるほどの手腕を持つ近界民。

 想像していたよりもトリオン能力は乏しい印象を持ったが。それ以上に、――盤面を動かすセンスの高さは、ボーダー全体を見ても屈指のものを感じた。

 

 近界民三人により構成された、異例中の異例の隊、落水隊。

 

 実際にランク戦にて目にして。――やはりボーダーの外で技能を鍛えた人間としての強さを感じ取っていた。

 この先あの三人がどうなるかは解らないが。ああいった異分子もまた、ボーダーには必要だともまた思うのだ。

 

 

 

 

 ランク戦の中位戦。

 

「....よし」

 

 今が、最良のタイミングであると思った。

 夜の部のランク戦にて勝利を収めた那須隊は、今こそ再度挑むタイミングであると感じていた――。

 

「行こう、皆」

「うん。――頑張ろう」

「頑張ります!」

 

『あたしは、何も出来ないですけど....無事を祈っています』

 

 

 那須隊の作戦室。

 彼等はランク戦の後もトリオン体に換装し、作戦室を出る。

 

 彼女らは、防衛任務に向かうのではない。

 

 ――落水隊の作戦室に鎮座する、仏様。そこから繋がる、あの異境の舞台へと。

 

 

「――では、いざ」

 

 桜舞い、流れ出る湖が美しい仙境の果て。

 踊り舞う、巴の剣と雷へ――再び挑む。

 

 

 

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