隻腕の狼、玄界に降り立つ   作:丸米

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巴×丈×那須隊

「さて。ランク戦夜の部を終えまして――」

 

 落水隊作戦室内。

 ランク戦の順位の推移を確認し――御子は言う。

 

「我等は――無事上位入りを果たす事が出来ました」

 

 三回目のランク戦にして、落水隊は18ポイントを取り。無事、上位入りを果たした。

 

「次の対戦はもう組まれたのか?」

「はい。次は――弓場隊・影浦隊との三つ巴戦となります」

「弓場隊と、影浦隊か.....」

 

 弓場と、影浦。

 次なる対戦相手の隊長は――共に狼にとって世話になった者であった。

 

 まだ隊すらも出来ていなかった時分の頃。はじめて合同で防衛任務を行った弓場隊と。

 個人戦を通じ仲を深め、実家のお好み焼き屋にも招待をしてくれた影浦隊。

 

 ここまで来たか、と。何処となく感傷を覚えてしまう。

 

「次のランク戦までは一週間ほど時間があります。鍛錬もよろしいですが、たまには羽を伸ばすのも.....」

「.....」

「.....」

「.....はい」

 

 そもそも羽を伸ばすという観念が存在しない狼と、伸ばす羽すらなさそうなエネドラは、御子の言葉に沈黙を返し。御子もまたとりとめのない返事をただ返していた。

 

「まあ。俺としちゃあぶっつけ本番なの加味しても、あんまりいい動きは出来なかったからな。ちょい鍛え直しだ」

「....十分な成果を出したと思えるが」

「今の俺の状態で最終的にあの黒服部隊と五分の勝負ができるかと言えば――ちと厳しい。アンタの力を加味した上で、だ」

「ふむ....」

 

 エネドラの言う黒服部隊、とは。恐らくB級1位の二宮隊の事であろう。

 黒のスーツを隊服としている彼等は、元はA級。それも、上位の部隊。

 隊務規定違反によりB級へ降格した彼等は、狼たちが目指すA級への道への反り立つ壁として立ちはだかっている。

 

 ――彼等と勝負できるか否か。それが、A級へと行けるかどうかの分水嶺となる。

 

「オレにトリオンがあれば、もうちょいサポーターとして機能できるんだろうがな。角が取れてしまった分、近接戦をもう少し鍛えないと話にならねぇ」

 

 エネドラが追加され、二人部隊となった落水隊。

 エネドラの加入そのものは非常に大きく、戦術の幅も相当に広がった。だが、それでもあくまで二人部隊なのだ。

 

 A級においても、(実質)二人部隊である太刀川隊や、冬島隊の存在もある。特に太刀川隊は攻撃手+射手という部隊構成は、現在の落水隊と似通っている。

 

 エネドラも、太刀川隊の出水に負けず劣らずのセンスはある。

 だが――エネドラには、出水のようなトリオン能力がない。

 

 故に。射手トリガーも多く組み込むわけにはいかず。近接も含めての立ち回りでこれから戦っていかねばならないのだろう。

 

 まだまだ道は険しい――そうエネドラは感じていた。

 

 

 

 

「さて――そろそろ時間ですね」

 

 

 そうして、暫しの時間が経った頃。

 控えめなノックの音が聞こえ来る。

 

 

「――来たわ」

 

 

 扉の向こう。

 那須隊の面々が――覚悟を決めた面持ちで、トリオン体のまま佇んでいた。

 

 

「――よろしいのですね?」

「うん。ランク戦でのいい感触を持ったまま、戦いたいの」

 

 今回のランク戦。那須隊は――玉狛第二と鈴鳴第一を相手に勝利を収めている。

 痛覚を戻し行った地獄の修練の果てに”弾き”を習得した熊谷の活躍が目覚ましく。鈴鳴第一の村上を抑え込んでいる間に那須と日浦が点数を稼ぎ、勝利を収めた。

 

 

「....熊谷」

「はい」

 

 狼は――直に己が技術を教え込んだ熊谷へ、不死斬りを手渡した。

 

「これは....?」

「死なずを殺す刀だ。――相手が巴殿であるなら必ず必要になる」

「....死なず?」

「....恐らく尋常の方法では死ねぬ相手だ。――とどめを刺す時には、これが必要になるであろう」

 巴は、かつての”竜胤の御子”と契りを交わした従者である。

 狼と同じく回生の能力を持っているであろう事は想像に難くない。

 

「....行ってこい」

「はい....!」

 

 熊谷は不死斬りを受け取り、背負う

 ――これにて用意は整った。

 

 那須隊一同は、快復の御守りを仏様の前にて捧げ。両手を併せて

 

 仙境の果て。桜舞う剣士の居所へと――。

 

 

 

 

 ――二度目の来訪を果たせども。そこは目を見張るような美しさがあった。

 桜吹雪く湖の上。笛の音が外舞台に響き渡る。

 

 その上――巴はいた。

 

 透き通るような美しい世界の中。巴は、座を正していた。

 その足元。一人の少年がいた。

 

「――丈様。仙境でございます」

 

 少年は蜃気楼のようにあやふやであった。ぼやけた輪郭からも見えるほど、少年は痩せ細り、幾度となき咳を続けている。

 その様を悼むように目を細め。巴は、優しく少年へ声をかける。

 

「我等が旅は、無念に終わりました。それでもこの景色は――貴方様の故郷はいつ見ても美しいものです」

 

 雅な音楽の最中。血痰混じりの咳嗽が虚しく響き渡る。

 少年はじき、咳すらも吐かなくなり。蜃気楼のまま、光となり消えていった。

 

「.....」

 

 その様を一瞥し。

 悲しむような――何処となく、安心したような。

 そんな表情を浮かべて瞑目し。巴は、傍らに置いた刀を手に取る。

 

「以前、来訪されたお客人ですね。――失礼いたしました」

 

 巴は、刀を手に静かに立ち上がると。笑みを浮かべ、那須隊を見やった。

 その笑みは――自嘲の色が強い代物であった。

 

「――さっきの人は?」

「我が主です」

 

 寝たきりで痩せこけ、咳が止まらぬ少年の姿。蜃気楼のように儚く、光と共に消えたその存在。

 輪郭すらあやふやなその姿に熊谷は目を奪われ。

 その少年を見やる巴の目に、那須は目を奪われていた。

 

「私は――何一つ。主の願いを叶えてやれなかった」

 

 静かな語り口であった。

 だがそこには――どうにもならぬ程の悔恨が、満ち満ちている。

 

「丈様を仙境に返す事も。その身に宿る竜胤を返してあげる事も.....。病に伏せ、身動きすらとれなくなっていく様を、ただ見やる事しか出来なかった」

 

 自嘲の言葉を漏らし、自嘲の表情を浮かべる。

 それは――成すべき事を成せずにいた、無力そのものを刻み込んだような風情。

 

「皆様は、何故に私に挑むのですか?」

 

 ――ああ、と熊谷は思った。

 ――何故この女性が、己の前に現れたのか理解できた。

 

 彼女が願い続けてきた事は、己がそれと同じなのだ。

 

「――わたしには、尊敬する先輩がいるんです」

 

 熊谷の背後。

 日浦茜が、真っすぐな言葉を放つ。

 

「その人は、身体が弱くて。外を出歩きたくても、自由に走り回りたくても、身体が弱くて出来なくて....。それでも弱音なんて聞いた事も無くて」

「茜ちゃん...」

「何か一つでも....その人に残してあげたいんです。わたしは、その人とお別れしなくちゃいけないから....」

 

 その言葉を聞き。――巴は微笑んだ。

 自嘲の色は少しばかり薄れた。眩い光を見やるように目を細めながら浮かべた、笑みを。

 

「――あたし達の望みは、貴女のそれと比べて....安易なものだと思います」

 

 那須玲は病弱であれど。決して不幸な身の上ではない。

 親もいる。友もいる。病も、今すぐ対処しなければならないほど切迫している訳でもない。

 この先、トリオンの研究が進んで行けば、治す事も出来るかもしれない。

 未来も、希望も、あるのだ。

 

 でも。

 それでも。

 理屈ではない想いが、ここに存在する。

 

「....お願いします。どうか――あたし達に、貴女へ挑ませて下さい....!」

 

 解る。

 この人は――自分たちなどより、ずっと、ずっと切迫した願いをもって生きてきた人で。

 その切迫した願いを叶えられず。己が無力を呪って。ずっと、悔恨を抱いてきた人だったのだと。

 

 そんな人と――自分たちの願いの為だけに、戦わんとする身勝手さを。痛感していた。

 

「――願いに貴賤はありませんよ、お客人」

 

 その言葉を受けて、巴は答える。

 

「仏を通して冥府から私の魂が呼び起こされたのは、この場にいる皆々方の願いが届いたが故。それ故に私はここにいて。それ故に貴方方と戦うのです」

 

 巴の目が――戦士のそれへと変質していく。

 鉄火場へ足を踏み入れるべく細められていく目。集中していく肉体。研ぎ澄まされていく剣先。――その全てが。熊谷の問いに是の意思を伝えていた。

 巴の変質に応えるように。

 美しい仙境の空に、雷鳴が響いていく。

 

「さあご照覧あれ皆々方。――巴の舞いと雷。易々と破れるとは思わぬ事です」

 

「――行くよ、茜、玲!」

「うん。行こう」

「はい!」

 

 弧月を引き抜き。バイパーの弾頭を掌に浮かべ、ライトニングを生成する。

 

 ――巴流。その粋を極めし異形の剣士、二度目の死闘が開始された。

 

 

 初手は、那須玲のバイパーであった。

 幾重にも曲がりながら巴を囲うその弾丸を一瞥し。巴は――弾丸に向け、一歩を踏み出す。

 くるり。回りながらその手を振るう。

 振るった腕は舞の形。柔らかにその剣先の軌道を変えながら――己が進行方向への弾丸を斬り落とす。

 

「そんな事が出来るのね....」

 

 シールドも使わず、磨き上げた剣術のみで――四方から放たれた弾丸を斬り落とす。

 そんな芸当を前にしても、那須は委縮する事はなかった。

 強敵である事など、解り切っているのだから。

 

 巴は踏み出した足先から、体幹ごと回る。

 足先の回転から、瞬時に距離を詰め――弾丸を放った那須玲へ、一瞬で肉薄する。

 

「――させない!」

 

 肉薄しつつ放たれた横薙ぎの剣を、熊谷はその身を挟み込み防ぐ。

 剣先が合わさる。

 ――以前。己はそこから幾度となく斬撃を浴びた。

 

 切れ目のない、舞うような剣技。縦横から襲い来るそれを、熊谷は見る。

 

 ――全力で見ろ。

 

 相手の剣先が、己が肌へ触れる。その直前まで剣先は出さない。

 その刹那を見る。見切る。

 ――弾きは、刹那。

 

 

 ぎぃん!

 相手の斬撃が最も力が籠められる瞬間。己が剣先を合わせ、押し込む。

 

「修練を、積んだのですね」

 

 その防護を見た巴はそう呟き、微笑んだ。

 まだ、剣を振るう。

 切れ目のない斬撃を。

 

 切れ目がなくとも。熊谷は全力で見、全力で弾き返す。

 相手の斬撃が、己が身を通り激痛を運び込むその恐怖。それを、彼女は消す事叶わずとも――肉体の動きは一瞬たりとも鈍らせていない。

 恐怖に委縮していない。

 

 その目を、動きを見て――巴は一つ頷いた。

 

「斬り合いを十全に楽しみたいのはやまやまですが――貴女一人に集中する訳にもいかないようです」

 

 巴は――日浦の銃口と那須のバイパーを一瞥すると。す、と背後へ引く。

 

 引いた瞬間。日浦が放ったライトニングの弾丸を刀で弾くと共に、雷を呼び起こす。

 巴の四方へ落雷が舞い降りると。那須のバイパー弾を打ち消す。

 

「では――この雷を受けてもらいましょう」

 

 ごうごうと響き渡る雷が巴の頭上で空間を軋ませる。

 雷鳴へ、巴は己が身を躍らせる。

 

「――桜舞い」

 

 ふわり浮かび。彼女の身は空中にて――雷を受ける。

 

 雷を身に宿した巴は――空中にて剣先を振るう。

 振るった剣先の軌道から。――雷は、熊谷へと向かっていく。

 

「――行くわ」

 

 その雷へ。

 那須玲もまたふわり浮かび上がり――受ける。

 

 全身が焼け、痺れる感覚が那須に走る。

 だが――解る。これは地に足付けた瞬間に、己が全身を爆ぜさせる強烈な雷撃となると。

 

 その身に走る力へ歯を食いしばり。その力を――今、己が突き出した右腕に集中させる。

 

「――雷返し」

 

 バチバチ、と音を鳴らして雷は那須の掌に集まり。

 それを射手用キューブに乗せて――巴に放った。

 

「成程。雷の返し方も、学んでいたのですね」

 

 放たれたそれを前に、――またも巴は、飛び上がる。

 

「ですが、巴の者が――それを返す方法を知らぬとでも?」

 

 那須から返されたそれを、また空中にて巴は受ける。

 

「お返しいたします」

 

 ――雷返し、からの。更なる雷返し。

 

 更なる雷鳴が、那須玲に返されていた――。

 

「....まだまだ!」

 

 地上に降りていた那須は、再度空へと舞い上がる。

 そうして――またも、雷をその身に受ける。

 

 

 那須と、巴。

 これよりはじまるは、雷を介在した空の蹴鞠である。

 地に足付け、受けし者が敗者。

 

 彼等の足は、自然と外舞台より離れ――その背後にある、紅の宮の建造物へと向かっていく。

 

 より速くその足を付け。より速く空へ舞う為に。

 

 ――美しい女が二人。紅の宮殿の上を雷鳴と共に舞い上がっていく。

 さながらそれは、竜の舞台のようであった――。

 

 

 

 

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