――巴の雷は、宙にて受け、宙にて放つ。
――ならば。こちらも宙にて受け、宙にて放つ。
那須玲と巴は、それ故に――雷鳴の音と共に宙にてその攻防を繰り広げる。
「....ぐ!」
地に足付けず、雷を受けねばならない。
互いが互いに雷を返すこの戦いの最中。駆け引きが生まれていく。
相手に雷を返される前に、地に足を付けねばならない。
それ故に――二人は仙境の外舞台より、その背後にある紅の建造物へと向かっていく。
建造物という足場を用意する事で――より早く地に足付け、より早く飛び立つために。
建造物を蹴り上げながら雷を返し続ける那須玲の周囲。
戦いの様に気が付いた宮の者が取り囲んでいく。
それは淤加美の武者共であった。
竜を奉り、竜の為に舞いを捧げた一族の者共。
仮面に折烏帽子を付け、武具を持つ彼等は――侵入者たる那須を見つけるや否や、攻撃を開始する。
武者の弓矢が那須の脇腹を掠め、トリオンが漏れる。
それは、確かな痛みとして那須の脳髄へ叩き込まれていく――。
「――玲!」
「那須先輩!」
即座に熊谷は旋空を放ち武者共を纏めて切り払い。那須へ斬りかからんと肉薄する者は日浦の銃撃が打ち払う。
だが――他の武者に気を取られているうち。幾度となく繰り返されてきた雷返しが、巴から放たれていく。
武者に気を取られ、着地が遅れた那須の眼前に、雷が迫る。
「――やるしかない!」
熊谷は――那須が着地せんとした紅の屋根を斬り裂き。那須を屋根より落とす。
落ちていく軌道から雷は通り過ぎていくが。
熊谷は――那須の背後へ通り過ぎ行く雷に、飛び込んでいく。
「.....!」
巴の表情は、少しの驚きの色に染まりながらも。今度は熊谷の動きに着眼し、着地の機を伺う。
熊谷の雷が、弧月に乗り放たれ。
巴は着地すると共に、空へ舞う。
だが。
「かかったな....!」
熊谷の弧月より放たれた雷は、巴ではなく。
――屋根から地上に落ち、再び空を舞った那須へと放たれていた。
「....見事」
空を舞い、地に足付きし巴は。
熊谷から那須を経由し放たれた雷を、受けた。
――空で受ければ返せる事が可能で。地に足付け受ければ雷鳴を受ける。
故に。受けた雷を一度味方に放ち、雷を放つ機を誤らせる。
そうして、巴の雷は。幾度となき打ち合いの果てに、巴の身へと叩きつけられる。
打雷
巴の全身に雷鳴が打ち鳴らされ、全身を焼き痺れさす異形の雷が巴の全身を走る。
「――とどめ!」
それでも得物を構え、抵抗せんとする巴の身に。
日浦の狙撃に合わせた――背から引き抜かれた抜き身の不死斬りの一撃が、巴へと叩き込まれた。
「.....」
巴は――得物をその手より落とした。
「.....何故。貴方方の前に、私が呼び起こされたのか理解できました」
不死斬りにより斬られ。光となり消え去りゆく巴は――この瞬間。自嘲ではない、心よりの笑みを眼前の挑戦者へ向けていた。
「皆々方は――私が心の底より成りたかった存在であったのですね」
――病に伏せた主を前に、何も手を差し伸べる事の出来なかった己と。
――病の友の為に、死痛をも恐れずこの異界へと足を踏み入れた那須隊の面々。
在れなかった自分をまざまざと見せつけられ。
それでも――そう在りたかった存在を目に焼き付ける事が出来て。
「――では、さらば。巴の舞いは、これにて――」
巴の輪郭が消え。その姿が消えると共に――。
そこには輝くような、雫のような結石と共に。
巻物が一つだけ残されていた。
「これが....?」
そうして。熊谷がこの二つを手にした瞬間より――仙境の景色は崩れていく。
美しく、そして何処か退廃的。紅の建造物と美しい水流に囲まれし世界は、己が眼前より消え去っていった――。
●
「....」
目を開けば――そこには、元の世界の景色が映し出されていた。
ボーダーの作戦室。そこに備えられた仏様の姿がある。
「....お主等、勝ったのだな」
目を開けた那須隊の面々を見やり、狼はそうぼそり呟く。
「....はい」
那須隊は、何処か複雑な表情を浮かべて、そう呟いた。
――己の前に立ちはだかった、雷を操りし剣士、巴。
敗れ、世界諸共に消え去る前に浮かべた笑みと言葉が、脳裏に刻み付けられている。
「――これで間違いありませんか?」
「....ああ」
実物を見て、狼は頷く。
間違いなくこれは――竜咳を治癒する為に用いられた”竜胤の雫”であった。
「では――那須。一度トリオン体より、生身の身体に戻れ」
「解ったわ」
那須は狼の指示通り、生身の姿へと戻る。
その瞬間より。激闘の疲れからかふらり、と崩れかけ。熊谷がその身体を支えた。
「――では」
狼はその様を一瞥し。心なしか急ぎ快復の御守りと竜胤の雫を供えると――合掌する。
瞬間。――狼の周囲は暗闇に閉ざされると共に。竜胤から漏れ出した蒼き光が、篝火の如く灯った。
その蒼の光は道筋となり那須玲の下へ走る。
光は、那須の背後を貫き更なる場所へと向かうと――暗闇は晴れ、光も消えた。
「ど....どう、玲?」
熊谷の身体に支えられていた、那須玲の生身の肉体。
寄りかかった身体の重みは――じわりと、軽くなっていく。
「くまちゃん....」
那須は――その顔に、確かな喜色と。そして不可解を刻み込んでいた。
「身体が....軽いの.....」
そうぽつりと呟き――自然と流れ出した、落涙が一つ。
●
――その後。慌てて那須隊と落水隊は技術室へ連絡を取り。提携している病院で那須玲の検査を行う事になった。
那須の身体を病弱たらしめていた免疫力や器官系の脆弱さは大きく改善され、その脆弱さからくる疾患の幾つかも治癒されていた、という。
まだ治っていない疾患も幾つかあり。今後も経過を見ていく必要はあるものの――間違いなく。那須の体調は、大きく改善されていた。
「....よっしゃぁ!」
「どうわあああぁ~!やった、やった~~~!なずぜんぱい~~~!」
『やったんですね!やったんですね、先輩!』
那須隊作戦室。
技術室経由で検査の結果を聞き及んだ那須隊は、心の底よりの喜びを分かち合っていた。
こんな日が来ると、信じていたが。
それは、自身の手により結実するものとは思ってはいなかった。
「良かった....!ありがとう、皆....!」
那須もまた――その結果に涙ぐみながら、隊の皆にもみくちゃにされていた。
幼い頃よりずっと、脆弱な身体と付き合い続けてきた那須玲の身体は。
まだ完全とは言えないが、ずっと夢見ていた希望へ、手を伸ばせるようになったのだ。
その、次の日。
「――本当にお世話になりました。何と礼を言ってもいいか....」
「....礼は不要だ」
熊谷は狼に連絡を取り、那須隊の作戦室まで呼び出していた。
二人の他に、誰もいなかった。
「これを、お返しいたします」
そうして。熊谷は――狼に”不死斬り”を返した。
「....ああ」
そして。剥き出しの刀を狼が受け取ると。――二人の間に、妙な緊張感が走る。
不死斬りを返すだけならば、わざわざ狼を呼び出す必要性はない。――熊谷が何か個人的に聞きたがっている事が存在している事を狼は気付いていて。狼が気付いている事もまた、熊谷も気付いている。
「――もし、よろしければ」
「....」
「....あの世界で出会った、”巴”という人の事を、聞いてもよいですか?」
「....何故、聞く?」
「あたしは――玲の為に、あの人を斬りました」
熊谷の両手には、はっきりと残った。
トリオン体とは違う、生身の肉を斬り裂く感覚が。
そして。その瞬間に――笑った姿が。
まるで何かから解放されたような笑みだった。
「あの人は、あたし達の事を”成りたかった姿”だと言っていたんです」
「....」
「どうしても、知りたいんです。――あたしが斬ってしまったあの人が。どういう人なのか」
熊谷の言葉に、狼は「そうか」と呟き。――少し言葉に迷うような沈黙の後、口を開く。
「俺も、詳しくは知らぬ。ただ――巴殿と、その主である丈様は。竜胤の御子と、その従者であった」
「竜胤....」
その言葉は、巴自身も言っていた。
竜胤を返してあげる事が出来なかった、と。
「....竜胤の御子は、尋常の方法では死なぬ。その身に流れる”竜胤”が、御子の死を拒絶するが故だ。流血もしなければ、病にも罹らぬ。御子と契りを交わした従者も、死なずとなる。しかし、丈様は竜胤の御子でありながら、竜咳と呼ばれる病となった」
「....」
「かつて丈様は、己が内にある竜胤を消し去るべく、従者である巴殿と共に源の宮を離れた。その果て....竜胤は消す事叶わず。故郷に帰る事も出来なかった」
「じゃあ....」
――那須隊が、自分がそう成りたかった存在だと言っていたのは。
「丈様と巴殿が、最終的にどうなったのかは知らぬ。だが、竜咳の治療法が見つかった時には、丈様も、巴殿も....」
「....」
竜咳の治療法が見つかったのは、竜胤が九郎へと移り。その後狼がその従者となった後である。
前代の竜胤の御子である丈は――竜胤を次代に引き渡したことにより死亡したのだろう。
竜胤を返す事も出来ず、故郷にも戻れずに。
「....そうだったんですね」
熊谷は――ぎゅっと、己が両目をきつく閉じた。
己の前に、まるで試練とでも言わんばかりに立ちはだかったあの女性は――今自分が掴みたかったものを、掴み切れなかった人間なのだ。
「....話してくれて、ありがとうございます。狼さん」
まさしく。
自分は、己の願いの為に――願いを叶えきれなかった者を踏み台にしたのだ。
そう熊谷は、思った。思ってしまった。
「.....」
狼には、その想いを汲み取る事が出来た。
眼前の熊谷に対して。そして――仏を通じて現れた、巴の願いも。
「熊谷」
「....はい」
この先の言葉は、請われて紡ぐものではない。
ただ。――狼が、狼自身の為に。熊谷へ伝える言葉だ。
「俺もまた――あの仏様を通じて、己が目的の為にある者を斬った事がある」
「え?」
「ある者とは――俺の、義父だ」
その言葉を聞き、熊谷は驚愕の表情を浮かべる。
――自分の父親を、斬った。そう確かに狼は言ったのだ。
「だが....義父もまた、最期に笑っていた」
「....」
「忍びの粋を叩き込んだ、俺との死闘を望んでいたが故に」
諭すような静かさで。だが、ほんの僅かながらの――慈悲もまた籠めて。
「あの仏様を通じて現れるものは、その者の心残りの具現である事が多い。――巴殿もまた、心残り故に現れたのだと。俺は思っている」
「.....」
「お主等が、巴殿にとって――成りたくとも成れなかった存在なのは、そうであろう。だが。成れなかった存在に成りえたお主等を見て――己が踏み台になったなどとは、思うまい」
狼もまた――己が義父の心内を知れた気がした。
己が技を叩き込む事は存外に楽しく。叩き込んだ相手には、何処か気にかけてしまうものなのだ。
「巴殿の事は、忘れずにいればいい。だが、あの方を乗り越えた事は堂々と胸を張れ。――それがお主等には許される」
●
「.....」
所変わって、玉狛支部内。
空閑遊真の傍に潜む、自立型トリオン兵レプリカは――息を呑んでいた。
「どうした、レプリカ」
「――ユーマ。非常に驚くべき事が、今起きた」
「それは、良い事?」
「現象だけ見れば――不可解であるが、間違いなく良い事だ」
「何があったの?」
「――ユーマの黒トリガーに格納されている生身の肉体の生命力が、大きく戻っている」
「え?」
その言葉に。
普段は何処までも冷静な遊真も――思わず、驚愕の表情を浮かべ。そう呟いていた。