「....!」
所変わって、個人戦ブース内。
荒船哲次は、一瞬の間に首を斬り裂かれ一ラウンドを落としていた。
「.....おいおい」
油断も、驕りもないつもりだった。
されど――間違いなく、虚を突かれてしまった。
眼前には――熊谷友子の姿がある。
「....上等だ」
十本勝負の五本目。
今の所、己は三本を取られ負けている。
――何か掴んだか?
技術の上達もそうであるが。
間違いなく――新しい技術が身についている風情を感じる。
体勢を崩す為の防護術。そして――時折挟み込まれる、舞うような斬撃。
熊谷は――ここにきて、マスターランクの荒船に拮抗するだけの戦いを見せていた。
スタイル自体は変わっていない。
弧月とシールドで防御を固めつつ、じっくりと戦う。
ただ――その防護が、より固く、粘り強くなり。ただ防ぐではなく、積極的にこちらの体勢を崩そうとする動きが見えるようになったこと。
そして。そのこちらの防護の隙に挟み込む――畳みかけるような斬撃。
以前の熊谷には決してなかった攻撃が、生まれていた。
そして。
「....」
四本目。
――目つきが、明らかに違う。
熊谷は元から真面目で、戦いには真剣に向き合うタイプの人間であったが。
だが――今は、その度合いが更に深まっている。
本当に斬り会いに向かうような。命を賭けているような。そんな実感が、そこに籠められている。
思わず呑み込まれそうになるほどの、剣呑さ。
熊谷は見る。
己の頭上に斬撃が届くか否かの、刹那。
その刹那にて――弾く。
弾き、防ぎ、鍔競り、攻撃を挟み込む。
あの時。この身を切り裂かれる痛みを積み上げて得たものは、確かな己の血肉となっている。
固く、粘り強く。
奪え。
防御しながらも。剣を振るいながらも。奪え。相手の機先を、体幹を、命を。奪われる前に、奪え。その為に粘れ。しぶとく粘れ。奪い取るまで。
荒船の剣先が、僅かに地面に触れる。
弾きの攻防の最中。熊谷が挟み込んだ返しにより刀身が下がる。
瞬間。
地に根を張るような熊谷の足先が、突如軽くなったように動き出す。
――あの時の、あの人をイメージして....。
くるり、足先を回しながら。
仙境にて対峙したあの剣士との斬り合いを思う。
足先から回り、舞うような連撃を――荒船に繰り出す。
粘り強く攻防を続け、隙を見出し、連撃を叩き込む。
足先をぐらつかせた荒船の腹を蹴り、体勢を崩し――熊谷友子は、旋空の一撃を見舞った。
●
「かぁ~!敗けた!」
十本勝負。
荒船は――熊谷に七本を取られ、敗れた。
「模擬戦にお付き合いいただきありがとうございます、荒船先輩」
「強くなったな熊谷。これだったら余裕でマスターまでいけるぞ」
「....ありがとうございます」
「那須の体調もよくなったらしいな」
「はい。玲も元気になったからか、ほら。あっちで同じように戦っていますよ」
そう熊谷が指差すと。
その先には――別のブースで実に楽しそうに東隊の小荒井をハチの巣にしている那須の姿があった。
これまで、体調の関係であまりボーダー本部に顔を出せなかった那須であったが。病状が飛躍的によくなった為か、この所元気に個人戦ブースに出入りにしてはああしてハチの巣にしている。
「これからどうします荒船先輩?また十本、やりますか?」
「ああ~。いや、すまん。そろそろ約束の時間だから、ここいらでお暇させてもらう」
そう言うと、荒船は背後を振り返る。
そこには――三人がいた。
「来てやったぞアラフネ」
「....」
「本日はよろしくお願いします、荒船殿」
「あ、昨日ぶりですね」
そこには、落水隊の面々が揃っていた。
黒焦げの長い髪を下げたエネドラと、変わらず無言の狼。そして恭しく頭を下げる御子。その三人が。
「約束というのは、落水隊の皆さんと?」
「おう。――信じられるか?この三人、映画を見たことないんだぜ?」
「え?」
荒船の言葉に、熊谷は思わずそんな言葉を吐いてしまう。
映画、とは。あの映画の事であるのだろうか。
「内戦国出身のエネドラはともかくとして。なんでアンタ方二人は見たことないんだよ。本当に日本に住んでいたのか?」
「....明かせぬ」
「....我等二人は、実の所山奥暮らしが長く。近くにあまり施設がない所で暮らしていたものでして....」
「ええ....随分辺鄙な所に住んでいたんだな....」
まあまあ、と荒船は言うと。
「映画を知らねぇのは、まああまりにもったいねぇ!....という訳で。落水隊の作戦室にモニターとプレイヤーを持ち込んで上映会だ」
――ああ。そういえばそうか。
エネドラは内戦国出身であるとは聞いたが。御子と狼は、この玄界とはまた別の世界からやってきた人物なのだ。
映画など、見た事も無いだろう。
「あの」
――ちょっと、あまりにも面白そうだ。
そう熊谷は思ってしまった。
那須の件にて色々と世話になり、かなり深い所まで関わった落水隊の面々。
特に。こういった娯楽とは程遠い生活をしてきたであろう狼が映画に対してどんな反応をするのか。あまりにも興味が深かった。
「あたしと玲も、付いていっていいですか?」
●
と、いう訳で。
「これから――上映会のはじまりはじまり~」
モニターとプレイヤーが持ち込まれた落水隊作戦室。
その他にも、荒船や熊谷が持ち込んできたポテチ等の菓子を持ち込み。映画の上映会が始まった。
作戦室に唯一あるソファは那須と熊谷、そして御子が座り。その傍らに何処かから持ち込まれた椅子に荒船とエネドラが座る。
残る狼は座布団を一つ敷くと、正座のままジッと座っていた。
「まあ映画初心者には恋愛系かアクション系の映画が解りやすくていいと思うが....」
恋愛のワードを出した上で、落水隊の面々を見やる。
「恋愛....?」
「....知らぬ」
「ケッ。下らねぇ」
実に散々な反応であった。
こいつ等本当にまともな感性とか情緒とか育った人間なのか。甚だ疑わしい。
「落水隊の面々は恋愛のれの字も知らなそうだから、ここはアクションの方にしよう」
「....荒船先輩の趣味ですよね?」
「さ。ディスクを入れてプレイヤーを起動するぜ~」
呆れた様な熊谷の声を無視して、荒船は鼻歌交じりでディスクをプレイヤーに入れていた。
「ふふ」
その様子を一瞥し。
那須玲は、ただ楽しそうに笑っていた。
その様子を更に横手から見て――御子もまた、慈愛の笑みを浮かべていた。
●
「....」
さて。
映画を初めて鑑賞した落水隊の三者の反応であるが。
「おお....見ましたか、熊谷殿!爆発の炎を突っ切っていきました!」
「凄いよねぇ」
御子は、映画のアクション一つ一つに実に新鮮なリアクションを発し。
「....」
エネドラは――実に真剣な目でその映画を見つめ。
そして
「....ふむ」
狼は――俳優のアクションシーンが入る度、”新しい流派の格闘術であろうか”と明後日の方向に思考を飛ばし。ビルからの飛び降りのシーンでの受け身の仕方などを食い入るように見ていた。
そして。座布団から立ち上がり、作戦室の壁際に移動し軽く構えを取り体術の動きを模倣しだした。
「――狼さん。こいつは映画で、格闘術の講座じゃないんだ。集中して見てくれ」
「....御意」
荒船にそう言われると。特に表情を変えることなくス、と流れるように座布団に正座していた。
〇
二時間ばかりの時間が過ぎ、映画は終わる。
「映画とは凄いものなのですね」
御子は心の底から楽しめたようで。にこにこしながら柿を食べていた。
「お、気に入ってもらえたようで良かったぜ。――アンタの方はどうだ?エネドラ」
「.....ん?ああ」
エネドラもずっと集中して見ていた為か。
荒船の言葉にようやく意識が戻ってきたのか。空返事を一つ。
「なんか....不思議な体験だったな」
「そりゃ良かった」
エネドラも映画に確かな衝撃を受けたようであった。
「で、狼さんは」
「....いい参考になった」
「何のだよ」
狼は恐らく、これが娯楽である事すら認識しているか怪しい状態であった.....。
「まあ映画の面白さが伝わってくれたなら良かった。――良かったら映画館で直接見てくれよ。迫力が段違いだぜ」
「はい。今度の休みで早速行きたいと思います」
「....オレは外出れねぇから、次もお前の手持ちでいいや」
「あ、そうか。お前は外に出れねぇんだったな....」
エネドラがそう言うと、荒船は「それは残念だ」と呟いた。
その言葉に興味を示したのは――那須であった。
「....外に行けないの?」
「ああ。――アンタには話してなかったかもしれないが、俺は内戦国出身でな。生身の身体はまあ酷い事になっていてな。街中を出歩ける見た目じゃない」
「....そうなのね」
「おう」
本当の所は――炎を纏った義手を他人に見せるわけにはいかない、という部分もあるが。他人に易々と見せられない程には傷塗れの身体をしているのもまた事実。
エネドラは、ボーダーの外には出られない。
その事情を聞き、何を思ったのだろうか。
那須は少し切なそうな表情を浮かべて、エネドラを見ていた。
その表情に。エネドラの心の奥底にあった――罪悪感が、燻しだされる。
病の身の上で、自由に外を出歩く事さえ出来なかった那須にとって。
エネドラもまた――同じような人間に見えているのだろう。
自身に非がない事情で自由を奪われた存在なのだと。
内戦国の出身で、他人に見せられない程の傷を負った存在。
きっと、内戦に巻き込まれて大怪我を負ってしまったのだろう――とか。
そう思わせてしまっている事が、あまりにも歪だ。
これは、ただ自業が巡った故であるから。
己の命惜しさに異界の澱みを飲んだ事。
他者を殺める悦楽に吞まれかけた事。
その結果――怨嗟を引き入れるようになり、挙句の果てに怪物になってしまった事。
全て己の業が巡ってきたにすぎない。
その業の、怨嗟の一つに、眼前の存在もあったかもしれないのだ。
彼女の友をおびき寄せ、連れ去ろうとしたのは――紛れもない事実なのだから。
そんな存在が、こちらに寄り添うような感情をかける。
勘弁してほしい。
ただ己に降りかかった病という理不尽によって自由が奪われていた那須玲と、自分は違う。
ただひたすら――自業が巡ったのだ。
周囲が映画の感想を言い合っている傍。
誰にも聞こえない程の密やかさで――エネドラは、那須に言葉をかける。
「....オレにそんな同情をする必要はないぜ、ナス」
「....え?」
「オレが今こういう状況に置かれているのは、完全にオレの意思であり、オレの所為だ。――全部オレの愚かさ故だからな」
だから、釘を刺しておかねばならない。
「ただ理不尽に病弱な身体を持って生まれちまったアンタとはまるで違う。こうなったのは全部オレの所為だ。全部、オレが自分の意思でやっちまったことだ。だから――同情する必要はねぇ」
――そんな、同情を向けるべき人間じゃないんだと。
ただそれを伝えなければならない。
そうでなければ、あまりにも歪だ。
「....貴方は、強い人なのね」
「あん?」
ここまで口にしても。
那須がエネドラに向ける視線は変わらない。
「自分の今を、自分の過去の行いの所為だって本心から言える人は少ないと思うわ。――貴方は、そういう人」
「....」
「でも。それでも。私は貴方が、いつか堂々と外を出歩ける日が来る事を祈っているわ。――だってそっちの方が、きっと楽しそうだもの」
ふふ、と那須は笑う。
「――多分、話せないし、話したくも無いんだろうけど。いつか貴方が、その”自分の所為だ”って言う過去を打ち明けたくなったら。いつでも私の所に来てね」
「....」
「理不尽だろうと。自分の意思だろうと。――辛いものは辛いの。私はその辛さを一緒に知ってくれた友達がたくさんいたから」
那須の言葉に、エネドラは――自嘲気な笑みを、ただ浮かべていた。
「そうだな....。いつか....」
いつか。
己に宿る怨嗟の炎が、消え去って。
狼と御子の死なずを消す手助けもし終えて。
全ての事を終えて、ただ一人の人間に戻れたら。
そうなったら――全てを打ち明けよう。
かつて自分がやってきた事。その全てを。
それが――きっと、自分にとっての救いにもなるだろうから。