「次の対戦相手は....影浦隊と、落水隊だな」
弓場隊作戦室内。
そこには――壁に背を付けた厳つい眼鏡のリーゼント姿の男。
「ウチと合同で薄井さんと防衛任務していた時が懐かしいっすね。――あっという間に上位まで来ましたね、落水隊」
弓場隊狙撃手、外岡がそう言うと、弓場は笑みを浮かべる。
何処か、捕食獣を思わせる笑みであった。
「あったりめぇだ。あんだけのワザマエしてて中位で終わる様な人じゃねェ。――とはいえ次は敵だ。作戦を決めるぞ」
弓場はそう宣言すると共に――もう一人の戦闘員である帯島ユカリへと視線を向ける。
「さて、帯島。――この盤面、どう動かすべきだ?」
「....ウチが勝つためには、序盤の内に落水隊のエネドラさんを落とす事が必要だと思うッス」
「何故だ?」
「....薄井さんは、前回のランク戦で序盤の内は隠密に徹して各隊の情報を集めているように見えました。それは、エネドラさんの加入によって序盤で薄井さんが前に出る必要性が無くなったからッス」
だから、と帯島は続ける。
「エネドラさんの加入までのランク戦は、当然薄井さんは隠密しながらも所々前に出るタイミングがありました。第一ラウンドでは間宮隊に、第二ラウンドでは村上先輩。自分から仕掛けて、正面から戦う場面が」
「....それで?」
「ウチの落水隊への勝ち筋は、隊長
「....だな」
元々ソロ部隊であった落水隊に、突如――規格外の新人が入った。
エネドラである。
「エネドラサンの加入で、落水隊は一気に部隊としての動きを手に入れやがった。――片方が潜伏しながら情報を集めて、片方がその情報を基に盤面を整理する。後半にかけて、整理された盤面を順繰りに暗殺し回る。こういう戦術が落水隊には生まれた」
だから、と。弓場は続ける。
「ウチは薄井サンの土俵――隠密戦に持ち込まれたら勝ち目が無い。その土俵であの人は東サンを上回った。こっちでどうこうできるわけがねぇ」
「――なので、先にエネドラさんを倒すんですね」
「おう。そうすれば、絶対に何処かで薄井サンが正面から出張って来るタイミングが作れる。そうやってはじめて――ウチに勝機が生まれる」
前回のランク戦が、落水隊にとってはある種の分水嶺であったと。そう弓場は感じていた。
それは――薄井狼という男にとって、各部隊にとっての大前提が出来上がったからである。
薄井狼は、東春秋に匹敵する隠密能力の持ち主である。
この前提が生まれた事で――これからランク戦でぶつかる部隊は、もう落水隊と隠密戦で渡り合おうとは思うまい。
互いに隠れ合いながらの戦いではなく。――如何に狼が自ずから自身の位置を晒すように立ち回るか、という戦いへ向かうだろうと。
故に、狙われるは。
狼ではなく――彼の特性をより強固にするエネドラの方になるであろうと。
●
「――と、いう訳で。恐らく次からはオレが付け狙われる事になるだろうな」
落水隊作戦室。
エネドラは、当然のようにそう呟いた。
「おっさんが隠密しながら情報を集める。そんでその情報を基にオレが敵に仕掛けて盤面を整える。――前回のランク戦で、この隊の基本的な戦術って奴を他の連中に提示してきたからな」
「....」
「オレ等の戦術に対抗する戦術。その一環として、真っ先にオレを殺す仕掛けをしてくるだろう。ならば、こいつは
エネドラは。
――他部隊が対策を仕掛けてくる、という推測に対し。この状況は好機であると捉えていた。
「....好機か。よりこちらの戦術を洗練させるか、戦術の変化を求められるこの状況が、か」
「そうだぜ。――アンタが斥候なら、オレは軍人だからな。情報を集めるのがアンタの役割なら、情報を使うのがオレの役割。そのオレの立場からすれば、”こちらの対策をしてくる”という状況を作り出せた事そのものが間違いのない価値だ」
「.....そうなのか」
「そうだよ。軍人にとって一番怖いのはなぁ、相手方が何をしてくるのかが解らねぇ事だ。何をしてくるか解らねぇ相手には、戦略の立てようもねぇからな」
エネドラの言葉に、狼は無言のまま聞き入る。
「アンタが隠密に使ったり相手を暗殺したりするときの謀とはまた違うもんだこいつは。――情報を与えた側がこっちで、与えられた側があっち。一見すると不利はこちらだ。だがそうじゃねぇ。オレ等は、何もない所に一つ石を投げ込んだんだ」
「投げ込んだ石は、こっちが与える情報だ。この情報を対価として、オレ等は――”情報によって相手の動きを制限させる”という状況を作り出せる。これは大いなる有利だ」
「玄界にはジャンケンって奴があるだろう。グーとチョキとパーだっけな。それぞれ対応する手の形で勝負が決まるアレだよ。戦争ってのは、力関係が平等じゃなく、後出しもアリのジャンケンをず~っと繰り返すモンなんだよ」
「戦場じゃあパーを叩き潰せるグーも存在するし、グーを真っ二つにするチョキもある。敵の手を見て後出しで有利な策をブッ込むのだって許される。だがなぁ、無茶苦茶強いグーを持っている奴に、パーを持っている連中でわざわざグーチョキを選択する馬鹿はいねぇ」
「オレ等が前回投げ込んだグーに対して――奴等は間違いなくパーを出す。ならこっちには二つの選択が生まれる。それでもグーで叩き潰すか。これまで見せなかったチョキを見せるか」
「――今回。オレ等は、チョキの手を出す」
成程、と。狼と共に話を聞いていた御子は呟く。
「ではエネドラ殿。今回我々はどのように動くのですか?」
「今回オオカミは――オレと連携して前面に出てもらう。隠密勝負の土俵を敢えて作らねぇ」
「....ふむ」
これまで、落水隊が何よりもイニシアティブを取っていた狼の隠密能力を基にした戦術。
それを一旦放棄するのだとエネドラは宣言した。
「単一の戦術だけでなく、それと対となるものもちゃんと出してこそ。一番強い手は輝く」
「今回一番強い手を封じて、その結果別に敗けたって構わねぇ。ランク戦は二十戦近くあるんだろ?だったら一戦敗けたとしても、”こいつ等は別の戦術を使って来る”っていう情報を周りに与えられたなら、一個の負けなんざ別に大した痛手でもねぇよ」
「――今回はオレが狙われる事が見えているなら。オレを餌箱にしたうえでおっさんに暴れてもらう。そういう戦術にする。異論はあるか?」
「....承知した」
エネドラの提案を、狼は内心興味深く聞き入っていた。
成程、と思う。
これまで――軍人として日々を送ってきたエネドラ故の視点である。
常に己が一番強い手を使う事が最善という訳ではない。
一戦ではなく――この先に続いていく戦いを見据えた上での計略を立てている。
一つ一つの戦場ではなく。戦い全体を通しての勝利を目指す。戦術面だけでなく、全体を通しての戦という流れを掌握する為の戦略面に対しても深く思考を行っている。
軍人として生きてきたエネドラの聡明さが垣間見えた瞬間であった。
「――エネドラ殿のその考え方は非常に興味深いですね。ジャンケンですか....」
「まあ、オレの考えが常に最善だとは限らねぇけどな。例えばだが、今B級一位のニノミヤ隊なんざは、ず~っと基本的にはグーを出し続けて勝ち続けている部隊だ。アイツらはメインもサブもがっちり固めて相手が幾らパーを出し続けてこようがグーで叩き潰す戦術を基本的に取り続けている。むしろ、パーを出す事が前提になっているまである。細々と戦術を一戦一戦で変えるより、所々で敗けようが自分にとって一番強い手を出し続けた方が最終的に一番点を取れるっていう戦略的判断だろうな」
「ふむふむ....」
「イコマ隊は、基本的に後出し重視の部隊。事前に出す手は決めなくて、状況を見て出す手をその場で決めるタイプ。オウジ隊なんかは事前に方針をきっちり固めつつ柔軟に出す手を変えられる割と理想的な部隊だが、突出した手を持っていない。部隊ごとに特色があるから、最善の戦略は異なるんだよなやっぱり」
だが、と。エネドラは続ける。
「例えばカトリ隊なんかは、部隊全体の方針が定められていねぇ。隊長のカトリが異常にジャンケンが上手いってだけで成り立っている。ああいう風になるのはもったいねぇ。オレ等はオレ等なりに、うまく戦略を回しながら戦っていった方がいい。オレ等はグーチョキパー全部使いながら戦っていく」
それで、と。エネドラは続ける。
「今回相手になるユバ隊は事前に方針を決めるタイプの部隊だが、メンバーの欠員が出た関係上ジャンケンの後出し力が割と弱くなっている。こっちの立ち回りの変化に対応するのは難しいだろう。――やるならここだ」
「....今回のランク戦から抜けた神田か」
「そう。敵の動きを見ながら駒を動かす役割の人間が抜けちまったからな。――今期はエースのユバがいまいち機能していない。こっちの動きの変化のあおりを一番くらってくれる」
後は、と。エネドラは続ける。
「アンタが――カゲウラを抑えてくれさえすりゃあ、こっちの負けはねぇさ」
●
「――へぇ。狼の野郎、もう上位まで来やがったか」
一方、影浦隊作戦室。
こちらでは、珍しく影浦雅人が戦闘記録を見ていた。
影浦隊。
彼等は、戦いの為に何かの準備をするという事をしない。
ランク戦において、彼等は己が思うように動く。
戦略はなく、各々が無軌道にただ動く。
ついてくる結果は、その副産物に過ぎない。
その副産物で――彼等はA級にまで辿り着き。B級に降格処分を受けた後も2位に君臨している。
隊長である影浦は、その無軌道さの象徴のような男であった。
彼は、斬りたい者を追い、戦う。
彼にとってランク戦は点を積み上げ勝利を競う争いではない。
ただ己の欲求を満たす為だけの舞台。
故に準備など行わない。相手を調べる事さえしない。
で、あるのだが。
「あら珍しい。カゲがログ見てる」
少し驚いた様子で、作戦室に戻ってきた北添。
現在。影浦は寝っ転がりながら、過去のランク戦の記録を見ていた。
「そりゃ見るわな。個人戦で負け続きの奴がランク戦で当たるんだから」
「うるせぇ」
その横手。
作戦室中央に置かれた炬燵にくるまりみかんをぺりぺり剥いでいる女が、ニマニマと笑みを浮かべ記録を見る影浦を見ていた。
影浦隊オペレーター、仁礼光であった。
「――あの野郎、ずっと隠れてんな」
「凄いよね~。今まで隠密行動中に見つけられた事一回も無いんじゃない?」
「ケッ。つまんねぇ戦いする野郎だ」
影浦雅人は、ランク戦で”遊ぶ”相手を見繕う。
次回のランク戦においてそれは、落水隊の薄井狼であった。
これまでの個人戦。己の強みを散々封殺され負けを重ね続けてきた相手。リベンジの意味も込め、影浦は狼との斬り合いを望んでいた。
で、あるが。
その狼のランク戦でのスタイルが――基本的に隠密に徹しているとあり、影浦は少々困っていた。
話には聞いていたが。狼は正面からの戦い以上に、隠密能力に非常に長けた存在であったらしい。
見つけ次第遊ぶつもりではあるが。――そもそも見つけられるかどうかがかなり危うい。
「――仕方ねぇ。連中は点を奪いたいんだろうから、こっちが先に点をかっぱらっておびき出すしかねぇか.....」
影浦はそう呟き。ニッ、と笑みを浮かべた。