己の中に植え付けられた、イメージが存在する。
このイメージは、常に己を追い立てていく。
そのイメージと。己の動作との差異を。埋めていけ、埋めていけ、と。
親友の為に踏み出した一歩。
その一歩進んだ先には、反り立ち、燃え盛る壁があった。
そこに指先を立てては。爪は剥がれ、肉体は燃え盛る。
味わわされた死痛も。生身の肉を斬り裂く感触も。そこから芽生えた恐怖も。全て、忘れてはいない。
忘れられぬ。故に、住み着いている。
己が肉体の内側へより深く。より近く。
――刹那での弾きと。切れ目のない連撃。
己にその神髄を叩き込んだ忍びと。桜舞う仙境にて出会いし、雷光の剣士。
イメージが、己が肉体に纏わる。
それが。己が肉体の動きから迷いを消していく。
彼等により植え付けられたそれが、イメージを加速させていく。
眼前の敵の攻め手の悉くを防ぎ、凌ぎ、弾き。そして――攻めを挟み込む。そのイメージを。
防ぐではない。
弾く。
「ぐ....!」
熊谷友子は巴虎太郎に斬り込む。
上段からの重い一撃。熊谷よりも背丈の低い巴虎太郎へ、叩きつけるような斬撃。
弧月同士が鍔競る音が、激しく響き渡る。
鍔競りにて足先を進めしは、熊谷。
後退するは、虎太郎であった。
たまらず、虎太郎も斬撃を放つ。
されど――それは、熊谷に当たる刹那にて、弾き返される。
剣戟が最も力の入る寸前。己が籠めた力全てが己が肉体に返ってくる衝撃。
己が身体を、体勢を、攻撃を、支える根幹たる力が――削られる感覚。
鬼気。
熊谷の剣に宿りしそれが――巴虎太郎を飲み込まんとしているようであった。
熊谷友子の目に映る虎太郎の刀は、かつていくつも浴びせられたトリオンで構築された弧月としては映っていない。
己が皮膚と肉を斬り裂き、骨へと至る。あの剣。
苦痛を生み、死痛を浴びせた。あの女の舞うような、桜の様な美しい刀。
その恐怖を知っている。故に――それを呑み込む。
刹那を、見出す。
恐怖により醸成された感覚が――熊谷の中にあるイメージと共に、己が剣へと乗せられていく。
錯覚しろ。あの刀に己が肌身に触れれば、鮮血と共に痛みが襲い来るのだと、そう錯覚しろ。
あの痛みを忘れるな。
これは――あの時と同じ。死痛をかけた戦いであるのだと思え。
その執念が――熊谷を、鬼に変えていた。
――駄目だ...!全然、当たらない....!
二撃、三撃。弾き返されては、熊谷の斬撃が走る。
巴虎太郎には――この攻防の最中。熊谷へ己が攻撃を挟み込むイメージの構築が出来ないでいた。
熊谷は――虎太郎の目にその心模様を見た。
攻撃を挟み込めず、追い込まれた心中を。
機先を得たり。
熊谷は――足先をくるり回し。己がイメージを回帰させる。
己が肉体に降ろすは、あの剣士の記憶。
舞うように軽やかで、連綿と続けられるあの斬撃。
記憶を降ろし。イメージする。
――今ここに。熊谷は巴の剣を手にとった。
●
「柿崎隊、巴隊員!熊谷隊員の猛攻に追い込まれています!」
実況ブース内。
そこには――熊谷に圧倒される巴の姿が映っている。
「刀も使っているが、トモエは銃手だ。近付かれりゃ不利なのは違いねぇが――そうなるまでのプランをクマガイ側がしっかり用意していたな」
「近付いてからも凄いけど――近付くまでのやり方もよかったね」
解説席の二人は、このラウンドではじめての交戦となった熊谷と虎太郎の戦いを一瞥し、即座に双方からの分析を始めていた。
「機動力の観点から見れば若干トモエが上な事もあって、トモエ側はクマガイにシールドを切らせたうえでチクチク削る方針だったんだろうな」
「それで、くまがい先輩はシールドを安易に切らずに、メテオラを使って足を削ったんだね。――最初の読みの部分で、くまがい先輩はかなり有利を取っていたね」
でも、と。遊真は続ける。
「あの戦いを単独でやっちゃうと、乱戦だと中々キツイ。――交戦しているのがバレて周りが集まってきている」
「だな。ウチのおっさんも、それが解っているから基本的には隠れて戦っている訳だが」
エネドラはその瞬間。交戦場所の周囲区画へと目を向ける。
「まあこういう時に、キッチリ横槍を蹴っ飛ばせるサブがいるかどうかってのも部隊の力だ」
熊谷と巴の横手。
鈴鳴第一の銃手、来馬が近付いてきている。
ハウンド突撃銃を構え、漁夫を得んと走る動きと共に。
その動きをなぞる様に、バッグワームに紛れた日浦が円弧を描くように移動を始めていた。
〇
「ぐ....!」
熊谷と虎太郎の交戦区画へ走る来馬に、日浦茜の弾丸が叩き込まれる。
背後から放たれた二連射は、腹部と、足先に命中していた。
狙撃の気配を感じた瞬間から来馬はとっさに頭部へシールドを展開し。
その動きを呼んだ日浦は、狙いを腹部と足へ変更していた。
熊谷の戦いに横槍を入れんとする相手への、見事な狙撃。
来馬はたたらを踏んで射線外へ離れ、建物の陰へ。
この瞬間。
熊谷と虎太郎との戦いは、決着が付こうとしていた。
切れ目のない、舞うように激しい連続斬り。
猛攻を受け虎太郎は終ぞ体勢を崩し――弧月の守りを解いてしまう。
瞬間。熊谷の左手が虎太郎の肩を押す。
それだけで体勢が崩れていた虎太郎は背後へ倒れ込み――熊谷の渾身の突きを喉元に受けてしまった。
巴虎太郎、緊急脱出。
これにて――那須隊がポイントを獲得した。
「....!」
瞬間。
己が死角から襲い来る、光を纏った斬撃を一瞥し。腰を落とし回避。
「.....」
右手に弧月。左手にレイガスト。
眠たげな眼のままこちらを見やる――村上鋼の姿。
その姿が見えた瞬間。
熊谷は――今もまだ動いている日浦の位置を確認すると共に、己が背後へ左手を回す。
「――ここからは時間稼ぎの時間だね」
そう呟き。熊谷の左手から零れ落ちるように、射手トリガーにて生成されたキューブが地面に転がる。
村上が熊谷に踏み込んだ瞬間。
日浦茜の弾丸がその頭部に放たれる。
村上はレイガストにてそれを弾くと同時。
熊谷は即座にその場を離れる。
そして。
その場を離れた熊谷が残したメテオラキューブに――日浦茜の第二の弾丸が突き刺さる。
「――この程度で逃げ切れるとは思わない事だ」
爆撃が村上に襲い来る。
されど。爆撃から離れるではなく。弧月を手放しシールドで前面を防護しつつレイガストを前に突き出し、スラスターを起動。
爆撃の最中を突っ切り、再び弧月を手にすると――逃げ行く熊谷の背後を追っていった。
〇
『すみません柿崎さん。合流する前にやられてしまいました』
「....いや。合流経路が読まれてしまっていたのなら、事前に指示を出した俺の責任だ」
虎太郎が討たれた後。
柿崎隊は――隊長である柿崎と、部隊員の照屋との合流を終えていた。
その様を、バッグワームを纏った那須は一瞥する。
「――くまちゃんの周りには、来馬さんと村上先輩がいたのね?」
現在。熊谷、日浦の双方と離れていた那須玲は、合流した柿崎と照屋の位置を把握していた。
その位置を部隊に共有しながら――那須は方針を伝える。
「なら。鈴鳴の別役君もくまちゃん側に移動している可能性が高い。――柿崎さんと照屋ちゃんが来る前に、一気に鈴鳴を攻め落とす」
熊谷は村上に己を追わせ、那須側に連れ出している。
那須は即座に柿崎と照屋を放置し、鈴鳴を倒しに向かう事を決めた。
〇
己が背後より、旋空が走る。
「....追いつかれたか」
ならば――応戦する他ない。
横へのステップで旋空を回避しつつ、正面を見据える。
「.....」
「.....」
――玲が来るまで、ここで村上先輩を抑える。
――狙撃手の別役君の存在もあるから、シールドは手放せない。メテオラを使っての時間稼ぎはもう出来ない。
「胸を借ります、村上先輩....!」
村上鋼。
ボーダー攻撃手、個人ランク四位。
単独では間違いなく倒しきる事は出来ない。それは、あの異形の経験を積んだ今の己であっても。
だが。今の己であれば――倒せずとも。玲が来るまでの間、時間を稼ぐことくらいならば出来るかもしれない。
レイガストを前に突き出し、縦薙ぎの斬撃を浴びせんとする村上に。
その軌跡から逃れるではなく、踏み込んで――熊谷は刀身を己が眼前に置いた。
剣戟の音と共に、――熊谷友子と、村上鋼の鍔競りが始まった。
――この戦いを、村上は知っている。
己が振るう斬撃が、相手に触れる刹那。
その刹那にて――弾かれる。
狼と相対し、弧月とレイガストを用いて尚あの技術一本で完全に抑え込まれた衝撃は未だ忘れてはいない。
その技術を、熊谷友子は使っている。
だが。
まだ――狼程の鋭さはない。
狼の弾きは、弾いた後に攻勢へ転じる速度と手数の豊富さとを併せた脅威だ。
熊谷の弾きにはそれがない。
ならば――このままこちらが手数を費やし、先にミスをさせる。
弾きを用いた攻防は自己と相手との体幹の奪い合い。
如何に弾かれようとも。攻め込まねば相手の体幹を奪う事は出来ない。
攻め続ける。
熊谷の弾きに綻びが出来るまで。
――剣戟の音が響き続ける。
これまでの熊谷であらば。ここまで村上と打ち合い生き残れる事は無かったであろう。
圧倒的な攻防の技術を持つ村上に、ここまでまるで攻撃を挟み込むイメージを持てぬ熊谷だが。
それでも――弾く。弾き続ける。
粘る。一瞬の隙が、ミスが、己が命を刈り取る緊張感の最中。
攻撃も出来ぬまま、防ぎ続ける。間断なく続く守勢の中、それでも劣勢を劣勢のままに命を保ち続ける。
――圧倒的手数の暴力を前に、ただ防ぎ続ける。
――それは、あの人との戦いの中で植え付けられた確かな経験で、己が糧で。
狼に伝えられ。巴との斬り合いの最中で育てられた技術。
泥臭く、粘っこい。
狼のように相対する敵を呑み込むような圧倒的な経験から来る技術も。巴のような桜散る様な美しく洗練された剣技も無い。
だが、いい。これでいい。
己の本分は敵を圧倒する事ではない。そこまでの器では、決してないのだから。
己が持っているものは、これだけ。
今の自分に――眼前の村上を打倒できる程の手は持っていない。
ただ。
それでも。
己という弱い駒で、眼前のエースを抑え込む事さえ出来たなら。
それだけで上等だ。
自分は弱い駒だ。
だが――その弱さは、とびっきりしつこく、とびっきり泥臭い代物。
この泥臭さこそが、勝機をもたらす。
彼方より、――弾丸が到来する。
「――ここからは総力戦ですね、村上先輩....!」
こちらもまた、エースが到着した。
「――鋼!ここからは援護に入る!」
「ようやく到着っす!――気張っていきましょう!」
那須の到着と共に。先程日浦から狙撃を受け足が削れていた来馬と、転送位置がかなり遠くにあった太一も合流。
「――粘っていきましょう....!」
日浦茜もまた、那須の到着と同時に指定の位置につき狙撃銃を構えた。
――那須隊と、鈴鳴第一。双方の部隊員が勢揃い。
熊谷と村上との鍔競りの最中にて。一転、戦場は総力戦へその模様を変える。
剣戟に火砲の音もまた響き渡り――戦いは混沌に飲み込まれていった。