米屋×狼×生駒
「――報告は以上となります。城戸司令」
ボーダー本部、指令室。
そこには、傷痕が横切る、不愛想な男がいる。
「ご苦労」
――ボーダー最高司令官、城戸正宗。
椅子に座し、机に手を付き、部下を見据えるその姿には。僅かながらも感情が見えぬ。
「彼等が、件の――不死の者なのだな」
「はい」
その硬い表情が、狼と変若の御子に向けられる。
「では。――色々と聞く前に。まずは君等の望みを聞こうか」
硬き者から発せられる声は。平坦であろうとも硬さを伴い、それは圧となる。
しかし。その圧を受けて尚――狼も、御子も、一切動じる様子もない。
彼等からしてみれば。話が通じる、という一点だけでも十分に過ぎる。
「……我々が住まう地は、異界の者達によって侵略され、その支配下に置かれました」
「ふむ。――その解放を求めると?」
「解放もそうですが。その異界の者達は、葦名に流れる力を探求し、我が物にせんとしております」
「……続けてくれ」
「はい。その力の主なる効果は――死なず。死する機能を奪われ、生に留まる。その果て、不死身の怪物を生みだす事にあります」
「ふむ.....」
「死なずは、人としての生に歪みを生み出す。もしあの者共が死なずの探求に取り憑かれてしまえば、その影響は葦名の地のみに留まりませぬ。――それを正す事が。私と、この者の望み」
変若の御子は淀みなく、堂々と、城戸司令と向き合う。
城戸は、その少女の目に――長きを生きた者の力のようなものを垣間見た。
その言葉が嘘偽りではない、と。そう自然と理解させるに相応しい目と、声。
「成程。――より具体的に詰めるのならば。君たちの世界に攻め入った者の正体を暴き。その研究を止める事が目的だという事か」
「はい」
「結論から言えば。その望みを完全に叶える事は難しい。なぜならば――我等の目的は、この世界の防衛なのでな」
確かに、と。城戸は続ける。
「我等は遠征を行っている。それは――この世界へ侵略してくる”近界民”を知る為だ。より知り、分析し、こちらが攻められぬための方策を求める為だ」
つまり、城戸はこう言っている。
お前たちの目的を叶える為に遠征を行うのではない、と。
「存じております。それでも構いません。――我等は、貴方方の遠征についていき。貴方方の遠征に帯同する。その時、ついでで我等が世界についての情報を拾えれば、それでよいのです」
「ふむ.....」
「ただ一つ。もし十分な情報が集まり。あの葦名の状況を打破できる条件が揃った時に、我々をあの地に返して頂きたい。それだけが望みです」
城戸は、その言葉を聞き。少し瞑目し、思考する。
その思考の果て。彼は目を見開き、呟く。
「了解した。君たちのボーダーの入隊を認めよう」
「ありがとうございます」
「だが、一つ。遠征は基本的に、限られた人員で行われる。限られた、というのは。――この組織の上澄みの部隊でのみ、行っているという事だ」
「.....はい」
「遠征に行きたくば。君たち自身で狭き門を潜らねばならない。その事を覚悟してもらおう」
「了解しました」
では、と。城戸は言う。
「交換条件である――あの世界の情報について、聞かせてもらおう」
〇
「.....」
――にわかには、信じがたい話であった。
というのも。あの世界の成り立ちや、彼等に宿る不可思議な力は――これまで触れてきた”トリオン”に由来する力とは完全に分かつ力であるから。
遥か西方の地より葦名に居ついた桜竜。
その竜を源泉とする力が流れ、人に宿り、その果て――”竜胤”なる力が生まれる。
だが。この話が本当ならば――近界が狙うのもまた頷ける。
所以の異なる力を手にすれば。彼等、近界に連なる国家間の中で更なる力を得る事が可能であろう。
「情報、感謝する。――新たな事が解り次第、申し訳ないが君たちに協力してもらう事になるが、よろしく頼む」
「はい」
「では。暫しの間はこちらが部屋を用意する。そちらで寝泊まりをしてくれ」
了解しました、と。そう変若の御子が呟くと共に。傍にいた風間に連れられ指令室より出ていく。
その姿を一旦見送り。――狼は、城戸司令に向く。
「どうしたのだね?」
「……頼みがある」
「言ってみたまえ」
「もし。先程の”協力”に。こちらを死なせ、回生の様を見る必要が生じるのであらば。御子ではなく、俺にしてほしい」
「.....」
「こちらは死に慣れている。死なねばならぬならば、幾度でも死のう。身体の探求が必要ならば、俺を使え」
――その言葉を聞き。
城戸は、珍しく。本当に珍しく――溜息をついた。
「協力はしてもらうが……敢えて死なせるような方法は取らない。そこは約束しよう」
「……いいのか?」
「いいも悪いもない。我々は外法の組織ではないのだ。――いいか、狼君」
城戸は真っすぐに狼の目を見る。
どうしようもなく、自分と同じような目をしている者に。
「君は、あちらでは忍びであったそうだな。主君に従う事を良しとし、その命が全て。――だが。我々は君たちの上官ではあるが、主ではない。君に命令する立場ではあるが、それでも立場は対等だ」
「....?」
命じる立場であるが、対等。
その言葉の意味が、狼には把握できない。
「この組織には膨大な規則がある。この規則が君を縛る。無論我々も。君も、我々も、この規則こそが上に立つ。規則を作り上げるのは我々であるが。一度決めた規則は、我々とて遵守するもの」
もしも主というものがこの組織にあるならば。
それは”規則”だと。そう城戸は言う。
「我々の規則において研究目的での人殺しはご法度だ。たとえそれが不死身の身体を持つ者であろうともな。――だから安心するがいい」
狼に強く刻み付けるように。
平坦だった口調を僅かながら強め、城戸は言葉を続ける。
「ここには、君に”死ね”と命ずる者はいない。規則の中で、好きに生きればいい。それを咎めるものは、ここにはいないのだから」
●
――こうして。
遥か彼方。次元をも超えた葦名の地より、二人の者が現れた。
彼等は一時、道を違える事を決めた。互いに合流する事を約束し、それぞれの道を歩み出す。
変若の御子は、オペレーターを志し。
そして――狼はボーダーの戦闘員としての道を。
して。
「.....」
――C級隊員改め、B級隊員。薄井狼。
小柄ではあるが、彫りの深い面構え。寡黙で不愛想。普段からも所作が異様に鋭く、その者が言葉を発する所を目にする事すら珍しい。
年齢不詳。中高生が中心の組織に突如現れし、――所謂、オールドルーキー。
風間蒼也直々にスカウトしたというその者は。初日より、弧月一本にて他の訓練生を軒並み狩り尽くし、あらゆる訓練においてトップクラスの成績を取り続け。僅か二日にてB級へ昇格。
ボーダーに、三つのランクあり。
C級、B級、A級。
C級は、訓練生。訓練生故、正規の兵に非ず。訓練を積みB級への道をひた走るべし。
B級は、正規兵。訓練生より、兵卒に昇格せし者。正規故、任務が与えられる。絡繰り兵(トリオン兵)の屍積み上げ日銭を稼ぐべし。
A級は、精鋭。B級の中より抜きんでた部隊が、更なる苦難を乗り越え選ばれし者共。個人でどれだけ研鑽を積めども選ばれはしない。精鋭なりたくば、まずは部隊を作るべし。
「.....」
B級に昇格すれば、それ相応の武装――『トリガー』が与えられるという。
これまでは刀型トリガー、『弧月』をもって戦っていたが。これからは最大八つのトリガーより、二つを選び戦う事となるらしい。
「.....」
されど、狼。――カスタマイズするにしても。この弧月の他に、トリガーを知らぬ。
故に。ひとまず、後々変若の御子――改め、落水御子に尋ねようと決め。B級昇格を決めた後。何もせず、ただ個人戦ブースに佇んでいた。
ただ弧月のみがセットされたトリガーを握り。他人の戦いを観戦していた。
「.....」
「.....」
その隣に、居座りし者、一人。
左手にて、両目を覆いし、大きな眼鏡をかけし男。狼と同じく寡黙な出で立ちをしているが、なにやら妙な愛嬌がある。
男は時折ちらりとこちらを見。その視線に狼が返すと、サッと目線を逸らす。そんな事を繰り返していた。
「……何用だ」
「お...おお!喋った....喋ってくれたわほんま。ヤバ。ヤバいやん」
「……」
「いや。すみません。おれ、生駒達人と言います...。訓練生の時から、貴方のことずっと身内で見てました……あ、ヤバ。なにこれ。愛の告白みたいやん」
「.....そうか」
「そ、そうなんです……。うわ、なにこれ。マジでカッコいいタイプの声やん。同じ無表情タイプとして目指すべきは……これ……!」
「……おい」
話しかけられ勝手に盛り上がっている男が一匹。名は生駒達人というらしい。何だこの男は――。
「イコさんイコさん。相手困っているよ――すんません。この人、いつもこんな感じなんで」
「よ、よねやん君.....」
怪しげな話し方をする傍ら。もう一人、別な男が現れる。
髪を後ろ手に回し、カチューシャにてそのまま留めている男であった。
「こんちわ。オレは米屋陽介っていいます。――いやあ、薄井さん。結構話題になっていたんすよ」
「……そうなのか」
「そうなんすよ。ウチって大体十代に入る人が多くて、おじさんの隊員って多分冬島さんとかくらいしかいないから。その年でルーキーか!...って。もしかしたら、十代だったりします?」
――狼は、城戸に言伝を受けていた。
己の正体は、決して明かさない事。
城戸からすれば、己が葦名より来た異界の者である事を隠せ、という事であろうが。
「……明かせぬ」
「え?マジで十代?」
「.....」
己の情報は可能な限り秘匿すべし――忍者として生きてきた半生が、狼をそのような返答をさせていた。
狼。情報を秘匿する上で虚実を伝えるではなく、ひたすらに秘匿し続けるという「馬鹿」がつくほどの正直さと不器用さゆえ。この返答以外の言葉を持たぬ。哀れ。
もうこの時点で米屋の中で「超絶老け顔の十代の男」というキャラ付けが決定され。――段々愉快になってきた。
「そっかー十代か―。風間さんからスカウトされたっていってたけど、何処から来たんです?」
「.....明かせぬ」
「明かせないかー」
出身は異界の葦名という地である――などという訳にはいかない。故に明かせぬ。これこそが、狼のスタイルである。
「.....明かせぬ。明かせぬ、か.....」
「どうしたんすかイコさん」
「この言い回し……マジでカッコいいと思わへん?」
「イコさんが言ってもなー」
「え……?」
ケラケラ笑って、米屋は狼に言葉を続ける。
「じゃあ年齢不詳という事で。こんな感じで、気軽に喋ってもいいすか?」
「……構わぬ」
「よっしゃ。――で、薄井さんはこっからトリガーをどう構成するつもりですかい?」
「.....」
「決まっていない感じすね」
「……そもそも、武装の種別も解らぬ」
「あー」
そりゃこんな感じなら情報も集まらないわな~と。米屋は言う。
「それじゃあ、ちょいと技術室行きません。――トリガーの勉強ついでに、さっさと構成決めましょう」
「……それは構わぬが。何故、俺にそこまで構う?」
「え。そりゃあ、決まっているじゃないですか」
何故構うのか――そう尋ねられれば。
米屋は、一切邪念のない笑みと共に呟く。
「――さっさと、トリガーを万全にしたアンタと戦りたいんですよ。ただそれだけっす」
という訳で、レッツゴー。
そう呟くと共に――米屋は狼の腕を掴み、ボーダー技術室へ向かっていく。
「.....」
生駒は。狼の顔面を思い浮かべ。いつもよりキリ、と表情を引き締めその後を追う。
特に変わり映えのない顔つきであった。