隻腕の狼、玄界に降り立つ   作:丸米

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久々に更新


仏師×エネドラ×修羅

「.....」

 

 解説席のエネドラは、その決着を――真剣な表情で見ていた。

 感じる。

 こうして他者の戦いを見物するたびに。トリオン体の中に格納された己が肉体から――火花が散るのを。

 

 それは、未だ己に残る修羅の残滓。怨嗟の叫び。

 己が心に根差した闘争を、人を殺める悦楽を求める感覚。その感覚から運び込まれる、怨嗟の声。

 

 そういったものが己が全身を駆け巡るたび――左腕を起点に、その感覚が吞み込まれていく。

 

 ――これはなんだ?

 

 己が鬼となったあの日。オオカミが斬り、そして嵌めてくれた義手。

 まるで己が守り神のように、己に降り積もる怨嗟を抑えてくれている。

 最初は、そういう”機能”のようなものが、この義手にあるのかと思っていたが。

 どちらかといえば――この義手に、何かが”宿って”いる。そういう感覚の方が近い気がするのだ。

 以前、那須隊の面々があの仏像を前に祈りを捧げた瞬間。そして彼等が竜胤の雫を捧げた瞬間。――その感覚が、より強くなったように思える。

 この義手は、何だろうか?今までは、ただ己の怨嗟を抑えるための代物だと思っていたが、きっとそうではない。その確信が、より強くなった気がする。

 

「.....」

 

 少しばかり、オオカミに問いかけてみようと思った。

 

 

「.....この義手の来歴か」

「ああ」

 

 ランク戦の午前の部を終え、解散となったのち。

 エネドラは――かねてからの疑問を、御子が作戦室から離れている隙に、狼にぶつけていた。

 この義手は、何だと。

 

 

「俺も、詳しくは解らぬ。――これは那須隊が竜胤の雫を手にしたのと同様に、あの仏様を通じての戦いを経て手に入れたものだ」

「何と戦ったんだ?」

「――修羅」

「修羅....。俺みたいなやつが、いたのか」

「そう。――修羅となった、俺だ」

 

 その狼の言葉に、エネドラは驚愕の表情を浮かべる。

 

「――アンタが、修羅になっていたのか?」

「ああ。――忍びとしての使命を忘れ。人を斬る快楽に溺れた先にある、俺の姿」

 

 その記憶は、あの戦いの中で狼の中に根付いている。

 

 狼は、忍びだ。

 忍び故、使命があった。主がいた。

 

 ”忍びは人を殺すが定めなれど、一握の慈悲だけは、捨ててはならぬ”

 かつての主、九郎から賜った刀、楔丸。その刀に籠められた想い。

 その想いすら捨てた先には――修羅と化し、鬼に化ける。己が姿があった。

 

「かつての俺には、修羅の相があったという。――その相のまま、全てを捨てた先にあった俺がいた。それと対峙し、乗り越え、手にしたのが....その義手だ」

「.....」

 

 ――慈悲。

 エネドラは、想う。

 そんなもの、己の中にあったのだろうかと。

 

 優秀な軍人であるならば、それは切り捨てねばならない。

 他者への慈しみの念は、人を殺さねばならぬ者にとってはただの枷でしかならない。

 神の国、アフトクラトル。その尖兵として生きてきたエネドラにとって――己よりもはるかに多くを殺してきたであろう狼に、そんな信念が存在することがあまりにも意外であった。

 

 ――ああ、でも。

 

 狼。彼は確かに冷徹だ。優秀で、研ぎ澄まされた忍びだ。

 だが――彼は冷徹なれど、冷酷ではない。

 彼が捨てなかった一握の慈悲によって、今こうして己は存在できている。

 自分とは、まるで違う。この違いが――修羅に堕ちるかどうかの分水嶺だったのかもしれない。

 

「――オオカミ」

「....なんだ?」

「俺も、対峙してみるわ。この――ホトケ様って奴にな」

 

 エネドラはトリオン体を解き――全身が焼けただれた、赤目の姿に戻る。

 そうして、彼は右腕にて祈りを捧げる。

 仏に捧げるものは、己が左腕。

 

 この左腕に宿りし何かと、対峙するために――。

 

「....」

 

 そうして、エネドラが祈りを捧げてから暫しの時間が経った。

 もう、かれこれ三十分は経過したであろうか。

 

 エネドラは祈りの構えを解くと、狼に振り返った。

 

「エネドラ、何が....」

 

 何があった、と尋ねるよりも前に。

 狼は――エネドラの変化に気付く。

 

 その見目は変わらない。しかし、明らかに違う。

 その身にまとう雰囲気。その眼から放たれる剣気。あらゆる全てが――まるで別人のよう。

 そう。まるで別人だ。

 だが、狼は――その別人に、懐かしい気分を得ていた。

 

「....ふん。また、その仏頂面を拝むことになると思わなんだ」

 普段のエネドラとは明らかに異なる言葉遣い。

 地に這うような、低い声が。

 

「まさか....!」

 狼の声が、――本当に、珍しいほどに動揺している。

 

「仏師殿....⁉」

 

 己が左腕の義手。その元の持ち主であり――怨嗟の鬼と成り、己が手で斬った男。

 

「怪なものじゃ。これも――儂の業によるものかも、解らぬな」

 

 

 祈りを捧げ、目を開けると共に眼前にあったものは――とある場面であった。

 炎の最中、二人の男が対峙している。

 一人は、刀を掲げた初老の侍。

 一人は、斧を掲げた忍び。

 

 張り詰めたような空気に、燃え盛る炎。忍びの形相は鬼と化し、全身から生え出た毛は炎と同化するかの如き紅色。

 

「――修羅か」

 

 侍は柄を手に居合構えを取り、――鬼と成りかけた忍びと対峙する。

 

「飛び猿....いや、猩猩。今より、お主をそう呼ぼう」

 

 忍びの修羅の形相に、怨嗟を感じ取る。

 されど――侍の目に、迷いはなし。

 

「さあ――修羅に堕ちる前に、斬ってやろう」

 

 炎を纏った斧が、侍の眼前まで迫る。

 一瞬の交錯が、両者の間に訪れる。

 

「証明して見せようぞ。――我が十文字は、修羅の腕すらも落とすとな!」

 

 交錯の果て。――侍が放った二連の居合は、修羅の腕を落とした。

 

 これは、とある葦名の古忍びの記憶。

 

 腕を斬っていただいた

 隻猩の名をいただいた

 その恩を、きっと返さねばならん

 

 修羅に堕ちかけた男は、左腕を斬られた。

 男に言わせれば、斬って頂いた。

 

 左腕を落とされた男の記憶には、ただ一途な感謝の念に満ち足りていた。

 

 

 次なる記憶。

 そこは、一面紅と化した戦場であった。

 

 対峙するは、巨躯の鬼と忍び。共に隻腕であるが――鬼の左手は炎を象り、忍びには義手があった。

 

 怨嗟の炎を振りまき、暴れまわる鬼と。その暴虐を止めんとする隻腕の忍び。

 燃え盛る炎と鬼の唸り声が響き渡る戦場に、鳴り響く静かな指笛の音。

 

 その音を聞くと共に――鬼は苦しむような声を上げる。

 その一瞬の隙を突き、忍びは鬼の顔面に刀を突きこむ。

 

 ――お前さん、頼む....。

 

 その声と共に、隻腕の忍びは天高く鬼の頭上を舞い上がると――願い通り、鬼を斬った。

 

 ――お前さん、ありがとう、よ

 

 その言葉だけを遺し、怨嗟の鬼は消えていった。

 修羅と化した己が因業も、降り積もった怨嗟も。何もかも消えたように、激しく、そして切ない静寂が辺りを満たしていた。

 

 

 気が付くと、エネドラは別な光景の中にいた。

 そこは、荒れ果てた寺の最中。

 四つ腕を合わせた、鬼の形相をした木彫りの仏像が夥しく並んでいる。

 そして、また一つ。仏が作られていく。

 

 カッ、カッ、と。ただ一心に仏を彫る男が、いる。

 全身毛むくじゃらの老人が、いる。

 

 ――エネドラは、確信する。

 ――この左腕に宿っているのは、この男だと。

 

「――お前さんが、次の降り積もり先か」

 

 仏を彫りながら、男は言う。

 

「アンタが....己の左腕に宿っているのか」

 エネドラは、察する。

 己を人に戻したこの左腕には――眼前の男が、宿っているのだと。

 

「....アンタは何者だ?」

「儂の記憶を見ただろう?お前さんの前に修羅に堕ち、鬼と化した――ただ仏を彫っているだけの者じゃ」

 

 そう。エネドラは、この男の足跡を見た。

 それは――まるで自分のものと重なる。

 

 忍びとして生きる中で修羅に目覚め。その果てに鬼と化し――同じ者に、斬られた。

 軍人として生き。その中で異境の力に手を出し、人を殺める悦びに堕ちかけた自分と――重なる。

 

 だからこそ、思う。

 

「一つ、聞きたいことがある」

「....なんじゃ?」

「なんで――また、怨嗟の炎に焼かれに来た」

 

 エネドラは、理解できた。

 あの大規模侵攻の日。怨嗟に吞まれ鬼と化した自分は、確かに狼によって救われた。

 怨嗟の炎を、この義手によって抑え込んでいるが故だと、そう思っていた。

 

 だが、実態は違った。

 義手によって、抑え込まれたのではない。

 

 義手には、眼前の男が取り込まれていて。

 取り込まれた男が、――エネドラの代わりに、怨嗟の炎を抑えつけてくれていたのだ。

 

 修羅になりかけ、怨嗟に呑まれ、鬼と化し――最後に、狼によって斬られた。

 この惨憺たる人生の最後。ようやっと怨嗟から解放されたこの男は。

 また、その怨嗟を抑える為に、ここにやってきたのだ。

 

 エネドラに降り積もった怨嗟を、代わりに引き受け。

 またひたすらに仏を彫りながら――その炎を鎮めながら。

 

 自覚する。

 己は――この男を代わりに苦しめる事を代償に、生かされているのだと。

 

「アンタは――この怨嗟に苦しめられてきたんだろうが!なんで....!」

「.....さてな」

「答えてくれ....!さもないと、俺はもう俺のことが許せねぇ....。誰かを代わりに苦しめてまで生きるつもりは、今の俺にはねぇよ....」

 

 この事実を前に、エネドラは最悪――元の世界に戻った瞬間に、狼に不死斬りでの介錯をしてもらう事すらも考慮に入れていた。

 修羅に堕ちたのも、鬼と成りかけたのも、全てが己が因業が故。そう心から思っているが故に――誰かの苦しみを代償に生きる事は、あまりにも今のエネドラには耐えがたい。

 

「....同じじゃよ」

「....あ?」

「耐え難いのじゃ。――己の因果が故に、他の者が苦しむのがな」

 

 お前さんも同じじゃろう。そう――眼前の仏師は言う。

 

「修羅に、怨嗟。この因業のはじまりは儂じゃ。――それを、お前さんに背負わせるのは、あまりにも忍びねぇ」

「.....」

「誰かに背負ってもらうのは....自分が焼かれるよりも、酷なものよ。怨嗟の輪廻からようやっと外れた身じゃが....あの日。一心様と、狼に救われたまま、お前さんにその業を押し付けて黄泉路を行くわけには、いかぬ」

 

 だから、と。仏師はエネドラに言う。

 

「お前さんには――儂なんぞよりも、ずっと酷な使命を負ってもらう。この輪廻を斬るという宿命をな」

「.....」

「お前さんで、終わりにしよう。――その為ならば。この身がまた怨嗟に焼かれるのも悪くない」

 

 ――本当に。本当に、同じだ。

 ――自分の為に誰かがこの因業を背負うことが。エネドラも、仏師も、耐えきれぬ。耐えきれぬゆえに、こうなった。

 

 だからこそ。――エネドラは、この男を受け入れた。

 自分に降り積もる怨嗟を、この男にも背負わせることに。

 だが。

 

「――そうか」

 

 エネドラは、だからこそ宣言する。

 

「――なら、爺さん。俺と、アンタは....対等だ」

「対等?」

「そうだ。これから、俺とアンタは――二人で一つだ。同じ業を背負って、同じ目的の為に生きる。背負うもんも一緒で、受ける苦しみも一緒だ」

 

 だから、と。エネドラは――仏師に、告げた。

 

 

「俺も――半分怨嗟を引き受ける」

「.....」

「俺もアンタも、他人に苦しみを背負わせるのは我慢ならねぇ。だったら、対等だ。――アンタと同じだけ、俺も怨嗟を引き受ける」

「....ふん。儂もお前さんの記憶は見ている。出来るか?あの角付きの頃の苦しみを忘れたわけではあるまいて」

「忘れたことはねぇよ。今の今まで、一度だってな。――だからこそだ。忘れちゃ、いけねぇんだ」

 

 だから、と。エネドラは言う。

 

「――アンタも、力を貸してくれ。俺だけじゃあ足りねぇ。俺は、故郷も、オオカミも、ミコも、全部助けてやりてぇんだ。アンタもだろ?」

「....」

「怨嗟を半分引き受けるのも、別にアンタを助けたい一心って訳じゃない。――俺の足りないところを、アンタに埋めてほしい。これから俺とアンタは、二人で一つだ」

 

 ――エネドラはそういうと、仏師を押しのけ荒れ寺に居座る。

 

「俺の記憶は読んでるんだろ。なら、今の状況も解るな?――俺が怨嗟を引き受けておくから。今日のところは、アンタがランク戦に出てみてくれ。きっと、他の連中が驚きすぎて泡吹いて倒れるだろうからよ」

「....儂があの異界の兵装を使って、戦うのか?」

「そうだ。――今回のランク戦、普段と異なる戦い方して布石とする事が目的だ。なら、別人が用意できればそれだけで相手は困惑してくれる」

 

 ――荒れ寺の仏師。そう呼ばれる前、彼は忍びであった。

 ――飛び猿と呼ばれた時代もあった。葦名一心に左腕を斬られてからは、隻猩の名を与えられた。

 

 エネドラは、その記憶を読み――今回の戦術を考えたうえで、今回はこの男にランク戦を任せてみようと決めた。

 

「俺等は、二人で一つ。――ここはアンタに任せた方が楽しくなれそうだ」

 

 エネドラは荒れ寺の真ん中に居座り、目を瞑ると――かつて味わわされた燃え滾るような怨嗟が肉体に入り込んでいくのを感じる。

 それでも、エネドラは笑っていた。

 笑って、仏師を――荒れ寺から追い出した。

 

「それじゃあ、オオカミとミコによろしく頼んでおいてくれ」

「ふん....後悔しても知らぬぞ。今の儂など、ただの老木よ」

 

 追い出された仏師は、そう嘯きながらも――エネドラと同じく、笑っていた。

 

 思えば。この荒れ寺には、奇怪な連中が流れ着いてきたものであった。

 ある時は蟲憑きの武士。ある時は隻腕の狼。そして、この荒れ寺で仏を彫り続けてきた己も、流れ着いた者の一人だ。

 

 だが。まさか――とうとう、追い出される羽目になるとは思わなんだ。

 

「まあ、これもまた因果故よな。――よかろう。この身も、もう一度仏師より隻猩に戻ってくれようか」

 

 

「――これが、儂がここにいる所以じゃ」

「.....」

 

 ――あまりにも信じ難い。

 かつて斬ったはずの人物が、エネドラの肉体に宿り黄泉帰った。

 それは、エネドラを鬼から人に返すために用いた義手の中に――仏師が宿っていたが故だった、とは。

 

 仏師は、エネドラを怨嗟から守るために。かつての苦しみに――ようやく解放された怨嗟の炎に、自ら足を踏み入れたのだ。

 

「あ奴は、暫くは荒れ寺から出てこぬつもりらしい。――如何ほど力になれるかは怪しいものじゃが、まあ致し方あるまい。儂が、戦う」

 

 仏師は嘆息しながらも――少し楽し気に、狼と向き合う。

 本当に、よくぞ育ったものだ。

 竜胤の御子の因果も。そして、かの剣聖すらも断ち切った男の姿を。

 

 この隻腕の忍びと――己が肩を並べて戦場に立つ日が、まさか来ようとは。

 

「儂は、忍びじゃ。殺すことにしか能がない。――あ奴のように器用に立ち回ることなど出来ぬ。あまり期待してくれるなよ?」

 

 ――ランク戦、第四ラウンド。

 ――かつての葦名の忍び。隻狼と隻猩が、戦場に降り立つ。

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