隻腕の狼、玄界に降り立つ   作:丸米

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隻猩×隻狼×ラウンド4

「はい~。皆様こんにちは~。これより、ランク戦ラウンド4夜の部、上位戦が始まります。実況席にはこの私、柿崎隊の宇井が担当いたします。どうぞよろしく~」

 

 今日も今日とて、ランク戦は行われる。

 ランク戦での実況解説が行われるようになってからというもの、多くの人間がこの席に座ってきた。

 ここに座るもののスタンスも、また様々だ。

 

 宇井真登華は、変わらぬ緩やかな空気感を纏い、この場所に座っていた。

 切れ長の目にゆるゆるとした口元。放つ言葉も、緩やかで柔らかい。

 

「ではでは。解説陣のお二方も、どうぞどうぞ~」

 

「ん?ああ、俺か。太刀川隊の太刀川だぜ」

「三輪隊の米屋だぜ」

「簡潔な自己紹介ありがとうございます~。というわけで、この三人でB級ランク戦上位の部をお送りいたします~」

 

 そして。その隣に座る解説員は、太刀川と米屋であった。

 馬鹿二人であった。

 ゆるりとした宇井の空気に馬鹿二人という弛緩剤が打ち込まれたこの雰囲気。まるで託児所の保母と預かり子の間で構築されるそれであった。

 雑談のように、話が進められていく。

 

「影浦隊、落水隊、弓場隊でのランク戦となりますが。――マップ選択権のある弓場隊は、いつも通り市街地Bを選びましたね~」

 

 ――ランク戦ラウンド4、上位戦。

 弓場隊が選んだマップは、市街地B。

 選択できるマップの中で最も広く、そして高低差のある建造物が密集している場所である。

 選択権がある際、弓場隊は基本的にこのマップで戦う。

 

「まあ特に他のマップを選ぶ理由もなさそうだしな~。影浦隊はそれぞれ勝手に動くからあんまりマップ関係ないし。落水隊も、狼さんとエネドラさんを合流させたくないだろうし」

「弓場としては、影浦にしろ狼にしろ他の連中から横槍が入る状態で当たりたくはないだろうしな。広くて射線が切りやすい方が有利に戦えるという判断だろうな」

「カゲさんとこも狼さんとこも、方向性は違えどサポート要員が優秀だしな~」

「弓場は間違いなくエネドラが邪魔だろうな。影浦隊は無理に連携取らないけど、エネドラは無茶苦茶盤面整理が上手い。タイプとしては生駒隊の水上に近いな」

「あ~。確かに。アドリブで駒動かして立ち回っていくの、めっちゃ水上先輩みがあるな~」

「狼はこれまで基本的に弧月一本で立ち回っているから、弓場としてはタイマンでぶっ倒したいところだろうが――エネドラが加入したことでその盤面に持っていくのがかなり難しくなっただろうな。だから、先に倒せるなら倒しときたいだろうな」

 

 ――落水隊に新加入した、エネドラ。

 彼の加入により、落水隊の戦術の幅は大いに広がった。

 

 トリオンそのものは低いが。射手としての技術の高さと近接もこなせるバランスの良い能力と、何より的確に状況を動かせる高い立ち回りの能力。

 ――というのが、前回の戦いで見せたエネドラという隊員の評価。

 すこぶる高く評価されている。特に、隊を率いる人間からしてみればこの能力がどれほどありがたいか理解できているだろう。

 

 ――部隊戦という土俵の上において、エネドラは至極高く評価されるべき人間だ。

 ――狼という、すこぶる強力で、そしてすこぶる特殊な駒。人によっては、彼よりもエネドラを高く評価する者もいるだろう。

 

 部隊戦において、トリオン能力を除き非常に優秀で隙のない。まさしく、理想の”軍人”。

 そういう評価を、過去の一戦にてボーダーに広めた。

 

 

 そして。この評価は、また一変する。

 彼もまた――狼と同じく、あまりにも特殊な駒であったと。

 

 

『それではお時間となりました。――転送、スタート』

 

 晴れ間の市街地Bに、三部隊が転送される。

 

 ――弓場隊の方針は変わらない。

 最優先は、エネドラを見つけ出して仕留める事。

 

 最終的にこの盤上で勝つためには、狼を仕留めなければならない。

 狼を仕留められる状況――弓場琢磨と狼がタイマンを行う。この状況を作る。

 

 その為には、脇を排除する。

 

「え?」

 

 弓場隊狙撃手、外岡は思わずそう声に出した。

 何故か。

 それは――開幕から、狼がバッグワームを付けていないという状況を視認したから。

 

 転送と同時に外岡は付近の高層建造物に陣取ると。転送開始時のトリオン反応地点をスコープ越しに確認。

 その際――今の今まで、ずっと開幕からバッグワームを着込んでいたはずの狼が、弧月一本を手に、そこにいた。

 

「――隊長。薄井さんを、確認しました」

『なに?』

 

 外岡の報告に、隊長である弓場琢磨もまた、困惑の声を上げた。

 

「バッグワームを着込んでいません。今タグ付けしてもらった反応が薄井さんです。――これは」

『....誘ってやがるな』

 

 狼はこれまで、序盤に隠れながら情報を集めつつ浮いた駒の暗殺を狙い。後半にかけて勝負を仕掛ける――というパターンでランク戦を乗り切ってきた。

 このパターンから外れた行動を開幕から行ってきた。

 これは――誘いだと、弓場は判断した。

 

 こちらの狙いは、看破されてるとみていい。

 タイマンで狼を仕留める――という。この狙いが解ったがゆえに、狼は敢えてここでバッグワームを装着していないのだ。

 

 何故か。

 こうして位置を晒したままであらば。

 

「今回はこそこそ隠れないんだな。嬉しいぜェ、狼。――さあ一緒に遊ぼうぜ」

 

 その言葉通りの表情を浮かべた影浦が――スコーピオンを鉤縄代わりに猛然と狼に迫る。

 狼はその様を無言で一瞥し、応える。

 影浦の”マンティス”と狼の斬撃が交差し――戦闘が始まる。

 

 狼と、影浦。

 この盤上において最も強力な両者が――開幕から鍔競る展開となった。

 

 これにて――弓場が狼と一対一の状況で向かい合う状況は、序盤ではほぼ排除された。

 

 

「――あっちは一旦放置だ。他の三人を仕留めていく」

 

 狼と影浦が序盤から食い合ってくれるなら、それはそれでいい。

 弓場は、ここからは部隊と連携して他のメンバーを仕留めていく方針に変更する。

 

 

 部隊員の帯島から、更なる報告が上がる。

 ――東の路地で、エネドラを発見したと。

 

 

 

 

「....」

 

 年端もいかぬ童どもが、童らしからぬ動きで駆け回っている。

 殺すために。

 より正しく、効率的に、殺すために。

 

「....戦国の世などより、余程末法ではないか?」

 

 不思議なものだ。いつまで経っても、争いは止まることを知らない。

 まあ、よい。

 忍びの本領は、殺すこと。

 冷徹であれ。非情であれ。研ぎ澄ませ。

 

 なに。変わりはあるまい。

 かつて飛び回った、落ち谷を思い出す。

 

 落ちたら死ぬ谷で、飛び、跳ね、刃を交える。

 そうして己は鍛えてきた。

 

 天を突くようなこの建造物の山々も、変わりはせぬ。

 

 ――さあ。この隻猩の戦を見せてくれよう。

 

 敵はバッグワームを着込みトリオン反応はない。仕掛けてくる気配もない。

 それでも――男はその気配を読んだ。

 

 焼けた肌の少女。その視界に映ったそれが――消えるのは、一瞬であった。

 

 

「....ッ!」

 

 路地の狭間を、飛び跳ねていく。

 まるで木々を跳ねる猿のごとく。

 

 あっという間に頭上を取った猿が掲げる得物は――黒く、分厚い刃。

 

 レイガストの重い刃が、スラスターの推進力による勢いをもって叩きつけられる。

 弧月の刀身で何とか受け止める。

 だが、重い。

 跳躍の勢いと完全に合わせた振り下ろし。スラスターの推進力まで合わせたそれは、――弓場隊、帯島ユカリの体勢を、完全に崩し切っていた。

 

 レイガストの勢いに膝が崩れ、倒れこむ。

 帯島の両腕を、蟹挟みのように両足で食いつき――男は、止めの一撃をその首元に突き刺さんとする。

 

「....む」

 

 瞬間。男の眼前に――四角いキューブが浮かび上がる。

 男は少々表情を歪め、レイガストをポイ、と投げ捨てると押し倒した帯島から離れる。

 失念していた。ここでの戦いは、たとえ両腕が捥げようとも放てる攻撃があるのだった。体勢を崩し両腕を封じ込めようとも、忍殺が出来るとは限らない。

 

 体勢を崩し倒れこんだ帯島は――はじめて、その男の動きの全貌が見えた。

 見えたうえで、意味不明であった。

 

 地面が陥没するほどの異常な踏み込みから飛び上がり、路地を形成する建造物を蹴り上げ、帯島の周囲を跳ねまわっている。

 跳ね回る男の手には、ハウンド。

 

 まるで手裏剣を放つかのような所作で、キューブが放たれる。

 帯島がシールドを展開し、それらを間一髪で防ぐと同時――男の両足が、建造物の壁に付く。

 

 来る。

 ハウンドでシールドを展開させたうえで――またあの、レイガストでの突撃がやってくる。

 

 帯島は、弧月を前に掲げての防護姿勢。

 あの両足が蹴り上がった瞬間にレイガストを再生成し、あの突撃が叩きこまれるのだろう。

 今度は、易々と体勢を崩させはしない。その決意をもって、全身に力を籠める。

 

 しかし――防護姿勢を取ろうと。男の両足は、壁から離れない。

 帯島は――あ、と呟いた。

 

「しまっ....!」

 

 足が接地した建造物の壁。

 そこには、ごくごく小さなひび割れが見える。

 

 男は――壁にスコーピオンの刃を潜らせ、建造物に張り付き、突撃のタイミングにディレイをかけていた。

 

 タイミングを遅らせた突撃を――今度はスコーピオンによる足元への斬撃という形で放たんとして。

 

 

 銃声、二つ。

 

「――帯島ァ!」

「隊長!」

 

 突撃の為の脚力を、銃撃への回避に使った男は上空へ跳躍。 

 レイガストの再生成と共に、くるり己が肉体を回旋。追撃の弾丸を空中にて弾き飛ばし――地に足をつける。

 

 その着地姿勢は、見得を切るようであった。

 

 レイガストを持つ右手を右足と共に前に突き出し、左手のスコーピオンの光沢が天へ向かう。

 その残心一つで――二人は、眼前の男の凄まじいまでの剣気を見た。

 

 

 二つの奇跡を経て、帯島は今命を拾った。

 

 

 初撃での上空からの斬撃を防げた事。二撃目で命拾いした事。

 一つは、恐らく相手が帯島のハウンドを失念していたこと。二つは、弓場が間に合った事。

 この二つが重ならなければ、――今、帯島の命はなかったはずだ。

 

 

「――なあ?」

 

 弓場は――眼前の男を睨みつける。

 

「アンタ、誰だ?」

「.....」

 

 ――あり得ない。

 ――次の対戦相手だ。それも、あの薄井狼がいる部隊。当然、研究はしてきている。

 ――たった一戦分の情報しかなかったエネドラなど、それはもう穴が開くほど見てきた。

 

 結果。

 あまりにも、意味不明な結論に至る。

 

 この男は、エネドラではない。

 

 

 エネドラと、眼前の男。共通しているのはその見目以外、何もない。

 動きも雰囲気も、何もかも。

 あのエネドラも、このエネドラも、間違いなく研鑽が積まれている。だが、研鑽の方向性がまるで違う。極端に言えば、出水公平が突如として同じ見た目で風間蒼也の動きをしてきたような、ありえなさ。

 

 なんだ?

 何が起きている?

 

 そう――疑義に流されそうになる頭を、弓場は殴りつける。

 

「いや、そんな事はどうでもいい」

 

 拳銃を構える。

 思考を切り替えろ。

 

 目の前には――意味不明な強者が一人。

 

 やるべきことは、ただ一つ。

 

「合わせろ、帯島。――この人は、強いぜ」

「ッス!」

 

 何者であろうと――打倒するのみ。

 

 

「全く....無茶を押し付けられた所為で、得物も満足に選べぬ」

 

 ランク戦の直前で、慣れぬ武装で戦う羽目になった仏師は――ぶつくさと文句を言いながらトリガー構成を組んでいた。

 して、

 

 メイン:ハウンド スコーピオン シールド 空き

 サブ:レイガスト スラスター 空き バッグワーム

 

 トリガーの構成は、こうなった。

 

「.....当然じゃが、儂にはあ奴のように自在に曲げられる弾は扱えぬ。故に外す。お前さんを援護するような動きは出来ん」

「.....うむ」

 

 仏師は元々、斧使いであったという。

 現在、狼の忍び義手に格納されてある仕込み斧。その元々の持ち主は、仏師であり――左腕と共に失ったのだという。

 

 切れ味のある得物よりも、重みで圧し潰すようなものが好みであったという事で。仏師は、近接でのメイン武装をレイガストに定めた。

 それから、ただ放つだけならば扱いが比較的容易いハウンドと。仏師の身のこなしの補助と、近接での戦闘手段が両立できるスコーピオンも入れ――トリガーの構築は完了した。

 

 

「――まあ、一発勝負じゃ。この得物の取り扱いに関して、儂は熟達はできておらぬ。しかし相手方は儂の存在を知らぬじゃろう。では、変若の御子殿」

「はい!」

「この仮想の肉体は、姿形を弄れるのであったな。――このように、頼む」

 

 扱いの慣れていない得物を用いた戦い。出来る事は全てやらねばならない。

 かつての葦名の古忍びは――かつてないほどに忙しなく、準備を迫られていた。

 

「やれることは、やらねばな....」

 

 そう嘆息をしながらも――狼も、御子も理解していた。

 表情は動かないが――存外、楽しそうであると。

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