――オペレーター。
それは、戦闘員をサポートする者達。
戦闘時において。戦闘者が得られる情報は限られる。
死角からの襲撃。彼方からの狙撃。強敵との戦いに意識が向いていれば、その分他の部分への意識も弱まるであろう。
そのような状態にある戦闘員に対し、的確な情報を与える事がオペレーターの業務という事になる。
「.....」
変若の御子――改め、落水御子は一つ息を吐いた。
彼女はオペレーターの訓練を行っていた。
とてつもなく大変だ。
戦闘員の動き。常に動き回るカメラ。そこから敵方の脅威を分析し、情報を収集し、そして取捨選択を迫られる。
慣れぬ絡繰り――デバイスを操り、これらの処理を行わなければならない。
「お疲れ様、御子ちゃん」
「はい。お疲れ様です、三上さん」
一通り訓練を終え、昼となる。
――普段使わない部分の脳を使い、キリキリ頭が痛んでいる。
集中力が切れはじめているのを感じ、デバイスより視線を外した時。見計らったように、先輩オペレーターの三上歌歩が声をかけてきた。
三上歌歩。
彼女は、A級3位風間隊のオペレーターである。
それ故に――当然、以前行った遠征にも帯同している。
「はい。差し入れ、どうぞ」
「わぁ。――柿ですね。ありがとうございます」
三上は少々幼げな顔立ちをしており、小柄な体躯をした女性である。見目だけで判断すれば、幼げに見えなくもない。しかしその言動や所作の一つ一つが利発さに溢れており、面倒見が恐ろしく良い。
遠征艇で三上から御子へ話しかけ、その場ですぐさま意気投合した。
その後――彼女が無類の柿好きだと聞き及び。こうして時折三上から柿の差し入れがされるようになった。
「こちらの柿は.....とても甘うございます」
「それは良かった」
切り分けられ、種も取り除かれたそれを御子は小さな口で少しずつ食べていく。この絵面――まさしく、餌付け。
四人の弟妹の母親代わりを務めていた三上にとって、御子は思わず構いたくなる魅力に溢れていた。
――トリオン技術はおろか。近代的な文明にすら触れてこなかった人物。それが、いきなりオペレーター用の機材を使いこなす事がどれほどの労苦を伴うのか。
彼女は情報の並列処理、及び情報分析についての飲み込みはとても早かった。だが、機器の操作にやはり苦労している。
それもそのはず。この人物は――近界出身。それも、こちらで言えば戦国時代より文明が止まった国から来ているのだ。
それでも彼女は心折れる事無く。懸命に機器操作の訓練を続けている。
彼女は、遥か長い年月を生きている。その”死なず”の身体ゆえに。
故の胆力や、利発さを持っている。はじめてコンタクトを取った異界の人間に臆することなく交渉を行うその様は、その類の力強さみたいなものを三上は感じ取っていた。
そして。いざこの世界に来てからは――慣れぬ作業に文句の一つも言わず懸命にこなす姿を見て。あまりのギャップに、少しばかり心打たれてしまった。
その果て。
柿を与えた時に浮かぶ満面の笑みに完全に心を射止められてしまった彼女は――買い物のたびに、柿を買うようになった。
「まだまだ時間はかかるでしょうが。何とか頑張っていきます。――狼殿はもうB級に昇格しましたから」
「そうそう。二日足らずでポイント貯めてB級に上がっちゃった。まあ、生身で風間隊と太刀川さんと張り合える人がC級で燻ぶる訳もないんだけどね」
「.....B級隊員が部隊に所属しない場合。任務はどのように受ける事になるんですか?」
「他の部隊と合同で動くことになると思う」
「そうですか.....」
「何か心配?」
「はい。.....あの方は腕は立ちますが。やはり言葉数が少なすぎる所為で、誤解を受ける事が多々あると思うのです」
「まあ……そうだね」
「心根は本当に優しい方なのですが。やはり怖がられるのも無理はないと思うのです」
故に心配なのです、と。そう御子は言う。
「まあでも――良くも悪くもボーダー隊員は肝が据わっている人が多いから、そこまで心配する必要はないと思うよ」
そう三上は呟き、笑った。
〇
「薄井さん、戦い方が忍者っぽいですよね」
「.....」
「もう何か、C級の時から剣術使いの剣の使い方していないですもん。多分、トラウマになっているC級も結構いると思うっすよ。あれ、ガチの殺人術って感じでしたし」
「.....そうか」
狼は、忍びであった。
故に。忍びの体術をそのまま戦いに転化していた。
剣を弾き返し喉元を斬り裂く。体術で体勢を崩させ逆手で顔面を貫く。背後を取り口と視界を塞ぎ胸元を貫く。
何というか――徹頭徹尾、人殺しの技巧が垣間見える戦い方をしているのだ。
そこに狼の身軽さや、身に纏う雰囲気も合わさり――本職の殺し屋でも相手にしているかのよう剣呑さに溢れている。
五~六人と相手をしてからというもの。狼に挑んでくるものは殆どいなかったという。
「何かやってたんですか?」
「……明かせぬ」
「明かせないか―」
幾度となく繰り返されてきたこのやり取りも最早慣れたのか。愉快そうに米屋はそう返していた。
段々と、米屋もこの男の扱いが解ってきた。
「それじゃあ――ここがボーダー技術室」
「.....」
様々なデバイスが立ち並び。各々の技術者が各々の探求を続けている中。
米屋は「おーい」と声をかけ、一人の小太りの男を呼び出す。
「どうした、米屋」
「いやぁ。――ちょいと、この人のトリガー決めに付き合ってください」
小太りの男は、大きめの紙カップを手に持ち、そこからストロー越しにジュースを飲みながらのっしのっしと現れる。
筋肉が下にあるタイプの太り方ではなく、明らかに肥満であるが――その足捌きに、結構な剣気を狼は感じていた。
「……新入り?ああ、噂のオールドルーキー」
「こんな見目ですけど寺島さんより年下ですぜ」
「え?そうなん?――まあ何でもいいや。俺は寺島雷蔵。よろしく」
「……薄井狼だ」
年齢関係については、最早もう弁解の機会を逃した感があるが。まあ誤解したままならそれはそれで構わぬだろう、と狼は軽く考えていた。
「トリガーの構成ね。それじゃあまずはトリガーの種類から教えようか――」
そう雷蔵が言うと、狼は己がトリガーを手渡す。
「.....あれ。これ、俺出番ない感じやん?」
後ろからひょっこり付いてきていた生駒は――そんな事を呟いていた。
〇
「……よしよし。段々決まってきたな」
メイン:弧月 旋空 シールド 空き
サブ :カメレオン 韋駄天(試作) シールド バッグワーム
様々なトリガーを見、そして実際に使用し。一先ず、このような構成になっていった。
「韋駄天。無茶苦茶使用難易度高いって聞くけど。使うの?」
「.....ああ」
狼は、この世界での戦いにおいて最も注視すべきは――葦名には存在しなかった、フルオートでの射撃手段であると判断していた。
単発での銃撃ならば己の剣技で弾けるが。さすがに突撃銃の弾幕を弾くのは無理であると思考していた。
あの射撃手段を持つ者に対してやるべきは――瞬時に距離を詰めるか、瞬時に姿をくらまし逃げを打つか。どちらかの手段が欲しいと考えていた。
その為の”カメレオン”と”韋駄天”。
カメレオンの力は、とうに狼は知っていた。葦名の地にて彼は一度風間隊と交戦している。己の姿を空間に溶け込ませ、隠蔽させるトリガー。
これは隠れる、という一点においても有用であるが。瞬時の攻防の中、己を相手の視界から消せるという部分においても非常に使いやすい、と狼は考えていた。
そして、韋駄天。
現在ボーダー全体を見渡せど、ほとんど使い手のいないそれは。あらかじめ決めた軌道の上で、己の肉体を高速移動させる。
これもまた――自身と相手との距離を詰めるうえで、相当に有用だと狼は感じていた。――使用難度に壁があるのならば。幾度でも修練を積めばよい話だ。
「……このシールドも、弾幕を受け続ければいずれは壊れるのだな」
「だねー。どの空間にも自由に出し入れできるから汎用性は滅茶苦茶高いんだけど。基本的に近接の攻防でもあまり頼りにならないな」
「……より硬い防護手段はないか?」
そう聞くと――雷蔵は目を輝かせながら、言う。
「あるぞ。何を言おう、この俺自らが作った傑作トリガーだ!」
「……ふむ」
雷蔵は――己が開発したというトリガーの名を告げる。
それは、レイガストという名であるらしい。
〇
それは”盾”であった。
黒く、持ち手が中心に存在する盾。
狼はそれを握りて、仮想空間の中、トリオンの弾丸を受ける。
幾度も弾丸を受けるとも、その盾は全く削れずその姿を保っている。
「盾モードのレイガストの強度は全ノーマルトリガーの中でも最高クラスだ。近接戦でも、十分に盾としても機能する」
「ふむ……」
基本的に、相手が虚を突いてきた時に発動し、これをもって己の身体を守る――という方向で使った方が良さそうだ、と狼は判断した。
己が義手忍具で言うなら、仕込み傘のような。
前方からの攻撃に対しての防護方法として――シールドよりも、非常に使い勝手がいいと狼は思った。
持つに辺り結構な大きさと重さがある故、常に展開して使う事はないだろうが。一先ず、これを使ってみようと狼は頷いた。
「あ。ちなみにそれブレードモードにも出来て――」
「いや、構わぬ。これは盾として使う」
「えぇ……何でだよぉ.....」
最初から盾と剣の二種類の使い方が出来る――というコンセプトで作ったと雷蔵は言っていたが。
主な攻撃手段は弧月のみで十分であると判断した。
よって。最終的な狼のトリガー構成は。
メイン:弧月 旋空 シールド 空き
サブ :カメレオン 韋駄天 レイガスト バッグワーム
となった。
己が得物は一本。サブのトリガーには、己を補助するトリガーで固める。
今までの自身の戦い方――刀と、義手忍具を用いた忍殺の戦いが、最も活かせる構成であると、狼は考えた。
「……世話になった」
うなだれながら「何でどいつもこいつも……変な使い方しかしないんだ……」と呟く雷蔵の姿を尻目に、狼は技術室より出ていく。
「――へっへ。それじゃあ。新たなトリガーを手に入れた所で、手合わせどうすか?」
「承知した」
ここまで世話になった返礼と。新たに取り入れたトリガーの具合を確かめるべく――米屋と狼は、個人戦ブースに向かう。
「.....」
生駒は――ただ無言のままその背中を追っていた。
「泣いてへんで」