「おお……!」
狼と、米屋との一本目。
決着は一瞬であった。
槍を掲げての突きの一撃。狼の喉元を狙いしそれは――体軸を横に向けた狼に穂先を踏み躙られる。
その勢いのまま体勢を崩され、背後へと回られ、弧月にて背を貫かれる。
五秒にも満たない、決着であった。
――やっぱり。この人なんかやってたな。
現代に一般的に伝わっている武道や剣術とは違う。トリオン兵を倒すために磨かれてきた技術とも違う。
明らかに、『殺し』を意識した技術。瞬時に隙を見出し、もしくは隙を作り出し、一瞬の間に殺す。そういう技術。
――こっちの突きが完全に見切られてる。どんなタイミングで放っても完璧に避けて、こっちの体勢を崩してくる。
米屋陽介はA級部隊の一員であり、槍使いである。
この槍は――ボーダーの精鋭たるA級の特権により弧月を改造し、作られし得物。
刀ではなく、槍にすることで。近接戦においてリーチの長さを確保するため。
槍を扱うならば。その基本的な攻撃方法は自然と突きとなる。
狼は、それを見切る。
斬撃ではなく、己が一点に向かいし突きの一撃。狼は、その対処を知っている。
突きに対して避けるではなく、敢えて前に出る。前に出つつ体幹を横に逸らし、その得物を踏みつける。
米屋は、その技巧を前にして、一瞬でその命を狩られた。
「――成程ねぇ」
この動きは、一朝一夕でできるものではないだろう。
幾度となく繰り返してきた、狼の血肉となりし技術。
なんとなく。なんとなく、米屋は勘付いた。
この男は――間違いなく、人を殺している。恐らく一人や二人ではない。夥しいほどの人間を。
この男が持つ技術は、その類の力だ。
――面白い。
勘付いた事実の前。米屋は恐れることなく狼へ向かう。
この男が何者であるかなどどうでもいい。たとえ元は殺し屋でも軍人でも――忍者でも。
二本目。
突きは慎重に出さねばならない
その意識が、狼の足先への薙ぎ攻撃へと結実させた。
下段への攻撃に対して狼は飛び上がり回避を行い、そのまま米屋の頭部を踏みつける。
狼の体重が込められた踏みつけに視界がぐらつく中。降り立った狼の斬撃が襲いくる。
なんとか防護を行うが――槍が有利を取れる距離感が、瞬時に潰されてしまった。
「む……」
米屋は、瞬時に――槍の穂先を狭める。
刀の距離感で、狭められた槍を小刻みに突く。狼の弾きを誘発させ、己はバックジャンプにて流れる。
当然追撃に向かわんとする狼であったが――放たれし旋空の一撃に足が止まり。距離が離れることとなった。
「……あっぶねー」
突きは見切られ。足元への攻撃は飛び上がられる。
――間違いなく、槍相手の実戦経験を積んでいる者の動きだ。
狼は”韋駄天”をセットし、米屋に向け突進を行う。
米屋はその軌道上に槍を突き出すが――狼が韋駄天で設定した軌道は、米屋の槍の効果範囲ギリギリにて左斜めに変化する代物であった。
「げ」
槍を突き出すと同時に、側面を取られた米屋は。その視界外から、旋空の一撃が見舞われる。
横薙ぎのそれを何とか身を屈め米屋が回避すると共に、体軸を横に回転させ――突きの一撃。
旋空を放つために刀を振り切ったこのタイミングならば、見切りは出来まい。
狼はすぐさま体軸を傾けての回避を行わんとするが――即座に危険を察知し、避けるではなく防ぐ方向に舵を切った。
己が左手にてレイガストを発動し、盾を構えた瞬間――その槍の穂先が変化している様を、見た。
元は一本槍であったその刃に、鈎爪が生まれていた
「――いや。これも見抜かれるのか」
仮に回避行動にてこの突きを防ごうとしたならば、この鈎爪で首を掻っ切られていたであろう。
トリガー、幻踊。弧月専用のサブトリガーであるこれは、刃の形状を変化させる。
リーチによる有利が担保される反面、突きという点による攻撃に頼らざるを得ない槍の弱点。それをカバーすべく、セットしたのであろうか。
「……」
一瞬の判断で命拾いした狼の様に、何一つ変化がない。
レイガストをさっさと収め。また両の手で弧月を握り米屋と向き合っている。
――多分、この人の強さは太刀川さんとかの系統の強さじゃねぇな。
太刀川慶。
A級1位部隊の隊長かつ、個人ポイント1位の怪物。
あの男は、的確に攻撃を通す力を突き詰めたが故の強さがある。
この男の強さは、それとは異なる。
――強さの本質が、多分迅さんと同じだ。
そんな事を思った。
何をしても対応される。何をしても弾かれ、防がれる。
鉄壁。
特殊な能力がある訳ではない。ただ積み上げてきた膨大な経験や、身につけてきた技術がそれを可能としている。
「……面白ぇ」
鉄壁を打ち砕く。これはそれが出来るかどうかの戦いだ。
米屋は更なる笑みを浮かべ――狼へ走りだす。
「.....」
狼と米屋の戦い。
その様を――仮想空間の離れた場所から観戦する者、一人。
「え。ちょ、マジで感動してんけど。狼さん、マジ動きやばない?あれで新人なん?」
腕組みしうんうんと頷きながら――生駒達人はそんな事を呟いていた。
〇
「.....」
米屋と狼との個人戦。
新入りがいきなり米屋から一本を取ったという事が伝わり――そこそこ観客が集まっている中。
その様を、「へぇ~」と呟きながら頷いている男が一人。
「いやぁ。只者ではないと思っていたけど。まさかあれ程なんてね」
男は袋詰めの揚げ菓子をぼりぼり食べながら、試合を見物していた。
サングラスを額の上に置き、飄げた風情で笑みを浮かべる男。
そして。
その右頬に――赤痣を浮かべし男。
飄々とした風情に浮かび上がるようなその頬を――呆れながら見る者、また一人。
「今回は誰に殴られたんだ」
「熊谷ちゃん」
その隣に立つは――風間蒼也。
飄々という空気には風が吹き煙が巻く。例えば隣に佇む風間の侮蔑の視線を受けようとも――その視線を煙に巻き、風に流す。そういう男が、そこにいた。
男の名は、迅悠一。
現在ボーダーに二名しかいない――S級隊員であった。
「いやあ。風間さんの名前借りて申し訳ない」
「.....何で俺だったんだ?」
「一番適任だったから」
――狼は、風間が単独でスカウトしてきた人物という事になっている。
近界出身であると共に、明らかに常人ではない風体と戦い方をしている狼がボーダーに入隊するに辺り。風間の名前を付け、スカウトしたという設定を付与したのだ。
隠密戦闘の第一人者であり、反近界のタカ派である城戸司令の派閥に最も近い位置にいる男。この人物肝入りで入隊した、という噂が流れれば――狼の特異さがある程度納得いくものとなるであろうと。
――あのおっさん。元殺し屋だったのを風間さんがスカウトしたってマジ?
――なんか怪しい古武術の使い手ってきいたけど。
――風間さんだしなぁ。なんか、そういう筋と繋がっててもそんなに。
「……俺はどういう風に思われているんだ」
「まあまあ」
それで、と。風間は言う。
「城戸司令に狼と、落水御子の入隊を推したのはお前らしいな」
「そうだね」
「わざわざ――玉狛のお前が、わざわざ城戸司令の手駒を増やすような真似を何故した?」
狼と御子は、城戸と交渉を行いボーダーに入隊した。
交渉主も、彼等がボーダーに入った所以も――その全ては城戸の手の中にある。
自然と。彼等は城戸の派閥に入る事になるであろう。
そして。眼前の男は、城戸の派閥と相反する、別の派閥にいる者だ。
それら全ての事情を勘案しても尚――この男は、狼と御子の二名をボーダーに引き入れる事を城戸司令に進言したのだ。
「そりゃあ。城戸司令が手駒にするかどうかよりも。あの二人がボーダーに入ってくれることの方が、重要だったから。――そう、おれのサイドエフェクトが言っていたからだね」
サイドエフェクト。
この男――迅悠一には、特殊な能力がある。
「あの二人がいた事で――好転する未来がある」
未来視。
そう呼ばれる、
〇
「いやぁ、負けた~。くっそ~」
米屋は悔しがりながらも――笑みを浮かべ、そう呟いた。
「いや、でもマジで強かったっす。――また手合わせお願いしてもいいっすか?」
「……ああ」
「よし。――そういや、そろそろ昼時ですね。飯食いに行きません?」
「.....」
昼食の誘いを受けた瞬間。
狼は――少しばかり渋い顔つきとなる。
「……すまぬ」
「あ、弁当かなんか持ってきてる感じですか?じゃあ食堂に一緒に食べましょうよ」
「……」
狼は無言のまま。
己が懐より、一つ包みを取り出す。
「.....?」
米屋は首を傾げながら、その中身を見た。
そこには。米が入っていた。
炊かれたものではなく。――生のままの、米。
「え。まさかですけど。これが昼飯?」
「ああ。――どうやら、このトリオン体のまま食うと、栄養効率がいいらしい」
そう言って狼は――包みに入った生米を己が手で一掬いすると、ぼりぼりとそれを食い始める。
まるで菓子でも食う風情で。
生米を。
「.....生米、好きなんですか?」
「.....ああ。こちらの米は、甘い」
「ええ……」
戦国の世からやってきた狼にとって――この時代に売られている米の甘さたるや、驚愕に値するものであった。
変若の御子から作られし豊穣の米には及ばずとも。市販でこれが手に入る世があると知った。
「それで足ります?」
「ああ.....」
そもそも不死の肉体。飯を食わずとも生存は可能である。
とはいえ。最低限の栄養は取り入れねば衰弱はしていくため、こうして定期的に生米を噛んでいる訳だが。
「あの……金、無いんですか?」
「.....ない訳では、ない」
こちらの世界に来た時。最低限の支度金を城戸司令から貰っている。
とはいうものの使いどころもない上、金は御子の為にとっておいた方がいいだろう――という狼の気遣いにより。彼は最低限の金額のみ、使うようにしている。
生米を買い。それを噛み締める。それだけの食事を続けていた。
「……せめて炊きません?」
「……炊事を、知らぬ」
「そっかー。知らないか―」
米屋は――段々、浮かぶ笑みが乾いたものに変わっていくを感じていた。
何だこの男。
ボーダーには様々な人間がいるが――まさか生米をそのまま堂々と食っている者ははじめてであった。
「.....」
「.....」
「..... 飯、奢りましょうか?」
「.....いや、構わぬ」
「そっかー」
「ああ……」
「金、本当にあるんですよね?」
「ああ。今日より、日銭も稼げる……」
米屋陽介。
本当に久方ぶりに――困惑の表情を浮かべていた。
多分狼君、今やってる遠征試験やったらクソほど役に立たないと思う。