隻腕の狼、玄界に降り立つ   作:丸米

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鈴鳴×御子×今

 B級昇格を果たした後。

 本部前線指揮官である忍田本部長より、”明日より防衛任務に向かってもらうが、希望の日時はあるか?”と尋ねられた狼は、「入れられる日時に全て入れてほしい」という希望を出した。

 

 日銭を稼がねばならぬ。

 実のところ、狼はこの世界に来る際に持ち出せるもの全てを持ち出しており。その中には銭や宝石もあった。

 その際――あちらの世界にあった銭に関しては、「歴史的価値がある」ものらしく。上層部の一人である根付がオークションサイトから売り払い、こちらの通貨に回してくれた。

 それもあって十分な程に銭はあるのだが。

 この世界に長らくいるのならば、やはり銭は貯めておいた方がよい。

 後々は変若の御子もオペレーターとして業務に携わる事になるのであろうが。今は、自分が稼ぐほかないのだから。

 

「.....」

 

 ボーダーに用意された住居の中。

 一つ、御子の置手紙。

 

 ――友人の御厚意により泊まり込みでオペレーターの訓練と学業の教授を受けて参ります。鈴鳴支部におります故、何かあればご連絡下さい。

 

「.....」

 

 狼の口元に、ほんの少しだけ笑みが零れる。

 そう。御子は次の4月より――ボーダーと提携している高校に入学する手筈となっている。

 狼はともかく。御子の見目で学校に通わず、ボーダーでひたすらに労働を行うというのはどうにも体裁が悪いらしい。

 その為――変若の御子は慣れぬオペレーターの訓練と並行して、こちらの学業も修めている途中だという。

 かなりの負担であろうが――それでも彼女はかなり張り切って日々を過ごしている。

 その中で、友人も着実に作っていっているようだ。よい事だ。

 

 ならば――せめて銭の苦労はかけさせたくない。

 蓄えられる内に蓄えよう。それがせめて己が出来る事であろうから――。

 

 

「――お世話になります。今さん」

「結花でいいわよ。御子ちゃん」

「ありがとうございます、結花さん」

 

 ボーダー本部より離れにある、鈴鳴支部。

 そこに――着物姿の女性が二人。

 隣り合う二人の前に広げられているのは、中学の教科書であった。

 

「....しかし。本当によろしいのですか?」

「いいのいいの。こういう時は素直に頼ってもいいのよ」

 

 御子は――以前まで大病を患い長期療養を行っていた為学校に行けていない、という事になっている。

 玄界の知識についてまるで知らぬ彼女の浮世離れぶりが怪しまれぬための仕込みであった。

 

 御子自身は、当然その事を吹聴する事は無かったが。――やはり噂としては流れているようで。その噂を気にかけ、世話を焼く面倒見のいい者達にいつの間にやら囲まれる事となる。

 その内の一人が、今結花であった。

 

「.....御子ちゃんは偉いわね。私が押し付けられる馬鹿どもはね、怠惰と怠惰と怠惰に塗れて、最終段階になって助けを求めに来る人ばかり....」

「え....?」

「真面目にやってくれる子だったら、この程度苦労でも何でもないわ。何でも聞いてね」

 

 ふふ、と笑うその姿。美しくもあれど――どうしてだろう。少しだけ、垣間見える闇が滲み出たような気がするのは。

 

 今結花。

 整った顔立ちの、切れ長の目を持つ女性。一見すると少し冷たい印象を受けるが、その実非常に優しく、また頼れる女性であった。

 理知的で、聡明。頭がよく、説明が丁寧で上手い。三上とはまた違った「他者の世話に慣れている」人物であると、御子は感じていた。

 

 して。

 その世話焼きで頼れる人物の闇が噴出するは――すぐ近く。

 

「お二人とも!そろそろ休憩どうです?お茶菓子持ってきます――」

「あ、お馬鹿!アンタは動くな!」

 

 支部の奥にある炊事場より。

 盆に茶菓子を乗せ、満面の笑みと共に持ち運ぶ者が一人。

 幼げな顔立ちの上、帽子を被ったその少年は――わたわたとした落ち着きのない所作で、茶菓子を御子と今の下へ持って行こうとしていた。

 

 その動きを見た瞬間。如何なる未来が待ち伏せているのか理解できたのだろう。

 少年は「あっ」と声を上げ。わたわたと忙しなく動かしていた足元から躓き。

 茶菓子は空を舞う。

 

「あ……ああ~~」

 

 がしゃがしゃと地面に湯呑が砕け、茶が地に落ちる音。

 そして。

 

「……あら」

 

 その茶の一部が――御子の着物に降りかかる様が、音もなく。

 

「.....」

「.....」

 

 その様を――怒りの表情で見据える今結花と。

 その怒りの表情を、呆けた面構えで見据える少年。

 

 少年の名は、別役太一。

 鈴鳴第一所属の狙撃手であり。

 悪意なき悪果を撒き散らす――意識外の怪物であった。

 

 

「ごめんね、落水ちゃん....。大丈夫?火傷とかしていない?」

「はい。大丈夫です。幸い、茶は着物にかかっただけですから」

「よかった~。あ、その着物ウチでクリーニング出しておくよ」

「いえ。お構いなく。本当に大したことはありませんから」

 

 その後。

 後々やって来た鈴鳴支部所属の部隊である、鈴鳴支部の隊長、来馬辰也が帰り。

 正座と共に今から説教を受けていた太一の様を見、事情を聞き――真っ先に客人である御子の心配をしていた。

 

 来馬辰也。

 彼の顔は、優しい仏様の顔をしている。

 戦国の世では、全く見られぬ。善性のみを宿した優し気な顔つき。こんな人もいるのだな、と。御子は感じていた。

 

「……まあ、悪くは思わないでくれ。アレで悪意はないんだ。悪意は」

「はい」

 その隣。

 同じタイミングで支部に戻ってきた、眠たげな眼をした、男。

 所作も雰囲気も、スッとした怜悧さがある。何処か侍のような雰囲気が見える。

 

 村上鋼。

 鈴鳴第一のエースであった。

 

「本当にごめんなさいね、御子ちゃん。この馬鹿にはきつくお灸を据えておくから....」

「ご、ごべんなさい~」

「いえいえ。本当に構いませんから。どうぞ泣き止んで下さい」

 

 御子はにこやかな笑みと共に、正座のまま涙を流す太一の目線を合わせ、その頭を撫でていた。

 .....恐らく、御子の目からは太一は幼子にでも見えているのだろう。

 

 その後――。

 太一のやらかしによる騒動もひとまず落ち着き、また学業に戻った変若の御子は。勉学に一段落付くと、包みを取り出し――柿を取り出す。

 しゃりしゃりと二粒程頬張る。

 

「……柿が好きなのね」

「はい。――よく、狼殿が買ってきてくれるのです」

 

 狼、という言葉が出てきた瞬間――。

 その言葉に反応したのは、村上であった。

 

「狼……というと、最近B級に昇格した人か?」

「はい。御存知なのですね」

「ああ。というか、今攻撃手(アタッカー)の間でかなり話題になっている。なにせ、新人で米屋にいきなり個人戦で圧勝したからな」

 

 その言葉に、来馬と太一は「え?」と驚いた声。

 

「米屋君に……!?」

「マジすか⁉」

 

 その驚愕の声に、村上は「ああ」と答える。

 

「む……むむ?」

 

 太一は――何かの記憶を思い出さんと、頭を捻る動作。

 その動作の果て。「あー!」と声を上げる。

 

「思い出した!ヤバいC級がいるって話、狙撃手(スナイパー)の間でも流れてた!」

「ヤバい……?」

「そう!C級での戦い方が軒並みヤバすぎて、あれ絶対に”本職”の殺し屋だって噂が流れていたんすよ!風間さん直々にスカウトしたって話もあるし――」

「コラ」

「ぐえ」

 

 太一の濁流の如き言葉を、今が拳骨で堰き止める。

 

「身内がいる前で物騒な噂話を垂れ流すんじゃない。こういう身も蓋もない噂話で鋼君が傷ついていたのもう忘れたの?」

「ぶぶ……ごめんなさい.....」

 

 その光景を見て、御子は一つ苦笑い。

 殺し屋などとは、まだ生温い。彼の前歴は「忍び」なのだ。

 

「……俺は実際にその後米屋に会ったんだが。話を聞くと、まあ歯が立たなかったらしい。あと、戦闘スタイルが俺に似ているとも言っていたな」

「鋼君に?」

「ああ。自分から攻めるというよりかは、相手の攻撃を受け切って反撃するタイプだと」

「……成程」

 

 

 それに、と。村上は続ける。

 

「……金はある、と言っているのに。炊いてもいない生米を昼飯にしているらしい」

 

「は?」

 

 その村上の言葉に。

 誰よりも早く反応したのは――御子であった。

 

「.....」

「.....」

 

 固まる。

 何があろうとも穏やかで温厚であった御子が漏らした声は、これまでの全ての印象を一変させるほどの怒気を含んでいた。

 

「……ど、どうしたの。落水ちゃん」

 笑顔のままこめかみをひくつかせ、そのまま固まった御子の姿に――来馬が声をかける。

 

「.....」

 

 暫しの沈黙ののち。

 静かに、御子は呟く。

 

「いえ……失礼いたしました。狼殿はこちらに来る前より、大層ひもじい食生活を送っておりまして」

「.....」

「三日三晩何も飲まず食わずでいても平気な顔をしておりますし。大抵のものは何も調理せずにそのまま口にします。少々の毒があろうとも気にもかけません」

「えぇ……」

「ですので――私の為にお金を貯めて頂いているが故なのは解っていますし、感謝もしていますが。せめてご自分の食事くらいは、満足に取って下さいと。そう何度も言っていたのですが.....」

 

 溜息をつき、御子は言葉を紡ぐ。

 そこから得られる狼という人物の人物像は――何というか。優しいのだろうけど。人としての営みという面から見るに、あまりに失格者そのもののような気がしている。

 

「……とはいえ。私も現時点でお金を稼げている訳でもないので、あまり強くは言えないのです....。私にはちゃんと十分なだけのお金を渡してくれていますし、食事だけじゃなくて、本当に一切無駄金を使わない方なので」

「そっかぁ。――その人、普段何をしているの?」

「何もしていないんです。休みの日は、何もせず部屋の中でぼんやり過ごしているか、ボーダーでの戦闘記録を見て、戦いの探求を行っております」

「.....」

 

 ろくな飯も食わず。ろくな趣味も持たない。時折行うのは、戦いの研究。

 段々と、どのような人物か、という輪郭が掴めてきているような気がする。

 

「――あの方には。もっと人間らしくあってほしいのです」

「人間らしく……」

 

 それはもう。今の姿がまあ人間らしくない、と言いたげである。

 まあ、話を聞く限り間違いなくその通りなのであろうが――。

 

「……あ、じゃあこんなのはどうかな?」

 

 来馬は、一つ提案を行う。

 

「その狼さんも呼んで…軽い食事会みたいなのをするのは」

「食事会?」

「うん。普通に何処かでお店を予約してもいいし。ここで皆で食事を持ち寄るのもいいし。狼さんのB級昇格記念みたいな名目で」

「あ、いいっすね。話を聞いてたら、俺その人と会ってみたくなりましたもん」

「.....確かに。いっぺんまともなご飯の味を知ってもらう、ってのはいいかもしれないわね」

 

 話を聞いている限り――恐らく、元よりまともな食事をとっていないのではないか、という疑惑すら成り立つ。

 如何なる人生を歩めば、昼飯に生米をそのまま齧りつくようになるのか。

 

「その.....いいのですか?私としては、とてもありがたいのですけれども」

 とんとん拍子に、あまりに自分に都合よく進んでいく話に、少しばかり御子は混乱を覚える。

 そのような施しを受けてもよいのか。

「いいよ。今ちゃんの後輩の為だから。――別に支部でご飯食べる事なんて、ここじゃ珍しくもないからね。一緒に食べよう」

「細かい日程はこれから決めるとして……献立もささっと考えておかないとね。その狼さんの好物、知ってたりする?」

「確か……」

 あちらの世界にいた頃からろくなものを食べていなかった彼だったが。

 一つだけ、大事にとっておいた食べ物があった気がする。

 

「……おはぎが好物であったような気がします」

「おはぎか~。それじゃあ、いいとこのお店で買ってこようかな」

 

「あ、それじゃあ――」

 御子もまた。一つ提案を行う。

 

「もしお米を使うのでしたら――私に用意させてください」

 

 この食事会に自分は特に出来る事も無いが。

 せめて――自らの力で生み出せる、豊穣の証たる米くらいは用意させてもらおう。

 

 そうして、穏やかな時間が鈴鳴支部にて過ぎていった――。

 

 

 

 

「......」

「......」

 

 

 狼の眼前。

 そこには、厳つい印象の男がいた。

 白を基調とした隊服を着込み。両脇に拳銃を収めている。その顔面は険しく、眉間から目を細め、睨みつけるような鋭い眼光を眼鏡越しに放っている。

 髪を上側に纏め、前に突き出す独特の髪型。

 

 独特で、剣呑な雰囲気を纏う男。

 されど。狼は全く怖気る事無く、対面する。

 

 ボーダー本部、”弓場隊”。作戦室。

 両者は共に視線を交わし合い――沈黙を破ったのは、弓場の方であった。

 

「押忍‼」

 

 声を張り上げる。

 まるで猿叫の如く、張りと圧力のある叫びであった。

 

「本日は、オレ達弓場隊が合同で防衛任務に当たらせてもらいまァす!狼サン、本日はどうか‼よろしくおねがいシャァす!」

 

 そう言って。狼の右手をがっちりと掴んできたのであった――。

 

「……ああ。よろしく、頼む」

 

 関係性は別物であるが。

 これは。かつて大手門を守りし武将であった鬼刑部の、戦前の名乗りのようなものであろうか――などと。そんなことを思った。

 




狼(ノーマルトリガー)の暫定ステータス
 
  トリオン 7

  攻撃 8

  援護防御 12

  機動 11

  技術14

  射程2

  指揮1

  特殊戦術3

total 58

  メイン:弧月 旋空 シールド 空き
  サブ :カメレオン 韋駄天 レイガスト バッグワーム

  
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