隻腕の狼、玄界に降り立つ   作:丸米

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ちょっとした情報公開とフラグ建てを目的として、時々こういうのも挟もうと思います。
本編の流れをぶった切っているのはすみません。


仏師×迅×怨嗟  冥助之閑話

「――どう鬼怒田さん?今回の遠征でいいもの見つかった?」

「正直なところ、有用か、無用かすら判断できないのが現状だ」

 

 ――遠征部隊が帰還した後。彼等が持ち帰ったものは様々であった。

 異郷、葦名。日本の戦国時代と酷似したその世界で持ち帰った諸々の物品の数々を、現在技術部が様々に精査を行っている。

 鬼怒田本吉。小太りで小柄な体躯の上に、偏屈そうな顔面を乗せ、実際に偏屈な言葉を並び立てる口先を乗せた男。役職――ボーダー本部開発室長。

 だが――その頭脳から生み出された諸々は、現在のボーダーの根幹を成す全てに携わっている。

 彼無くば、ボーダーは無し。そう言っても過言ではないであろう。

 

 そんな彼と――迅悠一は話していた。

 

「あの忍びが持ってきた不死斬り、とやら。――今まで我々が携わってきたあらゆる技術とは全く重ならない性質を持っている」

「重ならない性質?」

「そう。――例えば。トリオンはトリオンとしか干渉できない、というトリオンの性質は。今までトリオン以外に、トリオンに干渉できるモノやエネルギーが見つからなかったが故に出された結論だ。だが、これは――トリオンと干渉できる」

「.....うん」

「因果の、果だけがここにある。だが、その原因を辿ろうにも、その技術がない。――もどかしいわい。この性質を活かす事が出来れば、こちら側の大きな利になるのだがな……」

「そっか……」

 

 ――ボーダーの技術部をもってしても、その所以を明らかにできない力。

 やはり。あの葦名という地がある世界は、他の近界とは明らかに何かが異なる。 

 トリオンを根幹として、国としての体裁が作られている他の近界国家と。その根幹から異なる。

 

「――ん?」

 

 遠征部隊が持ち帰ってきた諸々の中。

 恐らくは、葦名という地特有の何らかの”力”が宿っているものとは別に。葦名の文化的背景が見える代物も持って帰ってきたのだろう。

 例えば――仏像とか。

 葦名には大きな寺院があったそうだが。その足元にある河川には、大量に廃棄された仏像があったそうで。そういったものも幾つか持って帰って来たとの事で。それらが、技術室に並んでいる。

 

「仏像かぁ。――本当、日本のものとそっくりだ」

「こっちに関しては、近々ボーダーと提携している機関に問い合わせ、同じ形式の仏像がないか問い合わせる予定だ」

「成程ね――。あ、この鬼の形相した仏像なんか、鬼怒田さんそっくり」

「ぶちのめすぞ」

 

 並べ立てられた仏像の中。

 不思議と迅が目を引いたのは――優し気な顔をした仏像であった。

 鬼の形相をした仏の隣。慈愛と慈悲を孕んだ、顰めの一つもない穏やかな顔つきの仏像。

 

 何となく。

 その顔に浮かべられた表情に魅かれた迅は、膝を曲げ、その仏像と目を合わせる。

 

 瞬間。

 ――”対座”は成された。

 

「.....!」

 

 その仏像の目を通して。

 迅悠一の脳内に、別の光景が浮かび上がる。

 

「え……な、何で」

 

 それは、己が『副作用』。

 対峙する者の未来を視る、己が能力。

 それが――生物ですらない仏像の目を通し、成された。

 

 見えたものは、一面の火の海。

 燃え盛る炎の最中に浮かぶ、火に巻かれた死骸の山。

 そこは――間違いなく。この世界の事で。

 もっと言うなら。この三門市の出来事であった――。

 

 

 

 

●▼●

 

 

 

「.....」

 

 

 光景が切り替わる。

 仏と対座し、見えるはずのない未来を見た迅悠一の目前に、見たことのない世界があった。

 谷を背後に立つ、荒れ寺が一つ。

 

 カッ、カッ、という何かを掘る音だけが聞こえ来る。

 その音は、荒れ寺の最中より聞こえ来る。

 

 迅悠一は――その音の方へと、歩き出す。

 

 そこには、

 

「……ふん。もう流れ着く事もあるまいと思っていたが」

 

 隻腕の、老爺がいた。

 老爺は、毛むくじゃらの仏師であった。

 夥しい程の木彫りの仏がひしめく荒れ寺の最中。更なる仏を彫る男。

 

「それで――何の所以があってここに流れたのだ、見知らぬ若造」

 

 仏を彫る手を止める事無く、老爺は言葉を続ける。

 

「……これは。一体どういう状況だ」

 

 さしもの迅悠一も――この不可解な事象の前に、そう思わず呟いていた。

 

 

 仏師は、迅の目を見。

 ああ、と。一人納得した。

 

「お前さん、仏様と同じ目を持ってんだな」

「仏様……?」

「その目で、あの優し気な顔つきの仏様を見たんだろう?――何を見た?」

 

 迅は、何も言わなかった。

 いや、言えなかった。

 あの一面火の海に沈む三門市の光景を――この不可解な状況で、この人物の前で、話すだけの機能を。迅は喪失していた。

 

 だが。その反応を見ただけでまたも仏師は、ああ、と呟いた。

 

「お前さんは――儂と同じものを見たのか」

 

 

 ――落ち着け、と。迅悠一は一つ頭を振る。

 今自分は、間違いなく不可解の中にいる。

 体験したことない事象の中に身を置いている。

 

 だが。このまま黙りこくっているだけでは、どうにもならない。

 やれることをやらねばならない。

 まずやるべき事は――この人物と、会話する事だ。

 

 

「……いや、申し訳ない。実のところ俺は何が起こっているのかさっぱり解らないんだ。腰を据えて、話してもいいか?」

「……あまり喋るのは得意じゃあないんだが。どうせ儂はここにただいるだけよ。好きにしろ」

「なら遠慮なく。いきなりだが――俺は未来視を持っている」

「.....ああ」

「目の前の人間の、ちょっと先の未来が見える能力なんだ。だけど――あくまでこの力が発動するのは”人間”。仏像と目を合わせて発動したのは、ちょっとはじめてなんだよね」

「そうか。……で、その所以を知りたい訳じゃな」

「是非、知りたいね」

「儂も詳しい事は知らん。ただ……あの仏様には、不思議な力がある。対座した人間それぞれに、異な光景を見せるのよ」

「異な、光景……」

「ある忍びは、失くした古い記憶の光景。そして....どこぞの修羅の成り損ないには、いずれ訪れる未来の光景。儂はその時……一面、火に沈む葦名の地を見た」

 

 火に沈む。

 その言葉に――仏を彫る音が心なしか力強くなり。

 迅悠一が生唾を喉奥に流す音が重なった。

 

「降り積もる怨嗟をその身に受け。押し留め。最期には鬼となった。怨嗟は炎となってこの世に振り落ち、更なる怨嗟を生む。――己が自業に焼かれ。因果により焼いた。修羅に成り損なったが故の、どうにもならぬ因果よ」

「待て……アンタ、さっき”同じものを見た”って言ったな」

「ああ」

「俺がいる世界も――同じようなことが起こるって事か?」

「かも、しれないな」

 

 迅悠一の表情が歪む。

 あの炎は。ただ、トリオン兵との戦いで生まれたものじゃない。そう本能で理解できる。もっと禍々しく、業が孕んだ災厄そのもの。

 あんなものが――三門市へ、撒き散らされるというのか。

 

「本当は、こんな事言いたくないんだけど。――怨嗟の炎なんてもの、あるのか?」

「お前さんの世界になくとも。こちらの世界にはあるのだ。お前さんの世界での理屈があるように。こっちにはこっちの理屈がある。見たとこ、お前さんは――別の世界の理屈で生きてきたようだ」

「.....」

「だがな。別々の理屈で生きていたとて。一度その理屈を暴き、足を踏み入れてしまえば――その理屈はお前さんの世界の理屈にも襲い来る。それが、この世も。お前さんの世も。全てを内包した世界というものよ」

 

 以前まで、見つかりもしなかった世界。

 ”近界”という世界を知った事により。トリオンという代物が存在する世の理屈を受け入れる事となった。

 

 ならば。

 あの、葦名という地を知った事による理屈もまた、新たにもたらされる事になる。

 眼前の老人が言っている事は、恐らくそういう事なのだろう。

 

「……お前さんは、他人の未来が見える。なら、お前さんがあの仏様を通して見えたものは、どっかの他人の未来なんだろう」

「……」

「修羅に落ち、怨嗟の炎に焼かれる鬼……。儂は修羅に落ちる前に救われ。鬼となった後も救われた。――お前さんの目を通して見えたそいつも、そうなってくれればいいがな」

 

「……爺さんは、その未来は変えられなかったのか」

「ああ。怨嗟に呑まれた鬼と化した。そればかりは、どうにも変えられなかった」

「……」

「――だがまあ。さっきも言った通り。そいつは儂らの理屈じゃ」

 

 仏師の声は変わらない。変わりはしないが――。

 その時。仏を彫る手を止め、迅の目を見た。

 

「お前さんの理屈じゃあ――見えた未来は、どうにも変えられるものだろう?」

「……そうだね」

「ならば、どうとでもしてみるがいい」

 

 ――三門市に、いずれどこかのタイミングで、怨嗟の炎が撒かれる。

 怨嗟の炎は、怨嗟が降り積もる先となった人物が生み出すもの。

 ……情報は少ないが、それでもどうにかして解決しなければならない。

 

 

「――元に戻りたければ。この寺の隅にある仏様に拝め。そうすりゃあ、目覚める」

「ありがとう、爺さん。――最後に一つだけ聞いてもいい?」

「何じゃ?」

「爺さんは、怨嗟の炎を撒く鬼になって救われた、って言ったけど。――救った奴は誰だったんだ」

 

 その問いに。

 老爺ははじめて――その顔に笑みを浮かべた。

 

 とても穏やかで。晴れやかな笑みであった。

 

「儂の忍び義手を纏った……隻腕の、狼じゃったよ」

 

 

 

●▼●

 

 

「.....」

 

 気付けば。迅の視界は元に戻っていた。

 技術室に鎮座した、優し気な顔つきの仏様。その姿が、目に見えていた。

 

「――どうした、迅。ぼーっとしおって」

「いや。……ちょっと、色々なものが見えてしまった」

 

 ――白昼夢のようなものであろうか。

 人に対し発動する己が副作用が、仏像に作用し。

 その果てに――見たことのない老人と言葉を交わした。

 

 怨嗟の炎。

 そんなものが本当に存在するのか。

 自分の能力の、更なる外側から来た情報。こんなものを前提に、動くべきか。

 だが――本当だとしたら、すぐにでも動かなければならない。

 

「……鬼怒田さん」

「何だ?」

「ちょっとこの仏像、借りるね」

 

 ――これをもって、ある忍びは、失くした古い記憶の光景を見たと。そうあの仏師は言っていた。

 この忍びとは、どうしてもあの男のような気がしてならない。

 

「ちょっと、貸してみたい奴がいるんだ」

 

 

 

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