極限まで働きたくないから頑張って最難関のウマ娘トレーナーになったで 作:圧倒的雑魚臭
「……とまあ、作戦はこんな感じだ」
俺たちはトレーニング後、メイクデビュー前最後のミーティングをしていた。こちらを見ながら真剣に耳を傾けるグラスワンダーに引きかえ、セイウンスカイは椅子に座ったままそっぽを向いて聞いているのかいないのか分からない態度を崩さなかった。
「まあ初めての公式戦とはいえ、メイクデビューだ。まず負けることはないからいつも通りやれば勝てるさ」
「……なるほど、第三コーナーまでは」
「いつも通りってさあ」
グラスのセリフをぶった切ってセイウンスカイが声を上げる。明らかにその声量は大きく、イラ立ちを隠せていなかった。
背もたれに体を預けたままふんぞり返った恰好で仏頂面をこちらに向ける。その瞳には生気がなく、濁った眼差しが俺の正体を探るように睨んでいた。
「セイちゃんは
「……そんなこと言ってないだろ。勝つためにやってるんだ。いつものように最後まで逃げ切れ」
セイウンスカイはわざとらしく口角を上げてバ鹿にしたようにこちらをあざけった。
「あのさあ、
「……タイム測定の時は二人にも劣らないタイムだ。この時の」
「『タイム測定の時は』ね。でもそれってさあ、実戦じゃないじゃん。たった二人の併走の時でも一度も勝てないのにさ、何人も走る実戦で勝てるなんて普通の思考回路を持ってる人は思えないよね」
「セイちゃん!トレーナーさんに向かってなんてこと……!」
俺はグラスを手で制すとセイウンスカイの目をじっと見つめてゆっくりと口を開いた。
静かに、しかし毅然として言い放つ。
彼女はぎょっとして目を見開くが、次第に眉間に皺を寄せて怒りの表情を露わにした。
「……なに……無責任なこと言ってんですか……?」
「何度でも言ってやる。お前は勝てる。必ずだ」
「なにバ鹿なこと言ってんだ!!」
セイウンスカイが猛然と立ちあがって俺の襟首を両手で掴んだ。俺は座ったまま黙って彼女の顔を凝視する。怒りとも焦燥とも悔しさともとれる苦い顔を作って見下ろす葦毛のウマ娘に、俺は一つの確信を持った。
「必ず勝てるだ!?レースに絶対はない!そもそも私らの世代にはスペシャルウィークもエルコンドルパサーもキングヘイローもいるんだ!外れなんだよ!はっきり言ってこの世代は!メイクデビューで当たらない保証なんかない!グラスワンダーもだ!グラスが私と同じレースになったら同じこと言えんのか!?私ら二人に『必ず勝てる』って!わたしが絶対負けるに決まってんだろ!!」
「それでもお前は勝ちたい。そうだろ?そうじゃなかったらこんなに真剣に怒れない」
セイウンスカイはハッとして襟首を掴んだ手を離した。だが、今度は悔しそうな顔を滲ませると全身がわなわなと震えだすのがはっきり分かった。
「勝てないって言ってんだよ!なんにも分かってないくせに!」
「分かんねえよ!お前の気持ちなんか分かんねえ!だって……」
「なんにも、言ってくれないじゃないか……」
そこまで言うと、彼女は糸が切れた人形のように椅子の上に崩れ落ちた。俯いたまま震える背中に静かに声をかける。
「スカイが俺を信用しないのは構わない。でも自分自身を裏切るな。自分の気持ちを信用しろ。少なくとも……俺はお前が勝てると信じてる」
「……勝手なこと言いやがって……!何にも背負ってない野郎が……」
「だったら背負ってやる。お前が背負ってる『何か』と一緒に」
伏せた顔をゆっくり上げる。そのすがるような悲愴な眼差しが俺の覚悟を脅迫した。
「……もしスカイが勝てなかったら、俺はトレーナーを辞める」
「……トレーナーさ……。それは……」
やっと絞り出したグラスの言葉は、静まり返った夏の部屋に吸い込まれていった。
「……バ鹿らしい。そんな嘘聞きたくない。話にならない……」
セイウンスカイは自分のバッグを乱暴につかむとそのままの勢いでトレーナー室から逃げていった。
残された俺たち二人はただ黙って一つしかないその扉を見つめるしかなかった。
実はセイウンスカイを力ずくで拘束する事態にならずに内心ホッとしているグラスワンダー女史