極限まで働きたくないから頑張って最難関のウマ娘トレーナーになったで 作:圧倒的雑魚臭
「……あの、今まで失礼な態度をとっててごめんなさい……」
深々と下げたその葦毛の頭にぴょこんと生えた耳がしおらしく折りたたまれているのを確認すると、俺はおもむろに口を開いた。
「……勝てて良かったよ」
無職にならなくて本当にな……。
喉まで出かかったそれを飲み込みながら、その業績に似つかわしくない態度の優勝者を控室で讃えた。
「でも本当に優勝出来て良かったわ。トレーナーさんがあんなこと言い出したからどうなることかと……。でもそれはそれとして、ウイニングライブはもう少し練習しとかないと、ですね」
「いやあ、脇役の方はやってたんだけど、センターなんかならないと思ってたからさ……」
「まあとにかく、二人とも優勝出来て俺も鼻が高いよ。特にセイウンスカイは自分の殻を破ったって感じがするし、重賞レースも期待できるね」
そう言ってセイウンスカイの頭に手を添えて撫でてやる。
意外とボリュームのある葦毛が撫でる度にわしゃわしゃと手に絡まるのが分かった。
結構モフモフしてんなあ。
などと思いながら夢中で触っていると、
「おや~?トレーナーさん、このセイちゃんのもふもふの虜になっちゃいましたか~?なんちって」
「うん。結構」
「な……!」
急に飛びのくように距離をあけると、顔を手で隠すようにそっぽを向いてしまった。
やべ……。ちょっと調子乗り過ぎたか?
「き、今日は特別ですから!またおんなじことしたらセクハラで訴えますからね!」
シャワー浴びてきます!と言って勢いよく飛び出していくスカイ。
中一相手にセクハラとか言われてもなあとも思う一方、もうそういう時代なんかとなんだかモヤモヤしていると、
「……あ、あの、トレーナーさん……」
声のする方を見てみると、グラスワンダーが顔を赤らめながらもじもじしながら体をこちらに少し傾けてお辞儀をしているような形になっていた。よく見ると耳を横に倒して頭部が見やすい形になっている。
なんだ?なんか頭痒いんか?……これもしかして耳絞ってるってこと?え?怒ってんの?でもなんかちょっと違うような気がするけど……。この娘、あんまり感情を表に出さないけど怒ると怖いからなあ……。てか怒ってるのかこれは?いや、よく観察しろ。この娘はなんかお辞儀の形してるけど動かん。つまりこれはお辞儀とはちょっと違うのでは?それにもじもじしてるように見えるけど、これ実は体に力入り過ぎて震えてるだけでは?えっと、つまり、あまりの怒りによって顔が赤くなり、伏せてしまった。そして暴力に訴えようとする自分を自制してわなわなと体が震えていると。こういうことか?え?それヤバくね?てか原因も分からんしどう対処すればいいんだこれ?俺辞職のピンチを乗り越えたのに今度は命の危険が危ない状況になっているのでは?俺死ぬんか?やめて!童貞で死にたくない!こんなことなら女子の多い文系に進んどけばよかった!覚えること多いからってんで理系で通した俺がバ鹿だった!楽したいからって選んだ武蔵が男子校だったのもあほだった!勘弁してくれ!俺はまだ
「……私の髪も……毎日手入れしてますよ……」
うん?なんだそりゃ?髪の毛自慢したいいうことか?怒ってるわけじゃないんか?うん、なんかよく見たら尻尾もゆらゆら揺れとるし、どっちかというと上機嫌?そうか、そりゃいきなり殺そうとかせんか。心当たりも無いし。じゃあこの姿勢は?髪を良く見ろと?そういやスカイも髪触ったな。そうか、これは触っていい言うことか。マジか?怒らないんか?いや、でも触ってみたいことは確か。いいんか?この姿勢はいいんか?最悪グラスなら髪程度なら謝ったらゆるしてくれるやろ。そうだろ。そう考えたら急に触りたくなってきた。てか前々から触りたかった!よし!触るぞ!俺も男じゃけえ!鬼が出ても蛇がでても薙刀が出てきてもなんぼのもんじゃい!
俺は震える手に力を入れて彼女の髪に指を触れた……。
……ん?
俺は震える手に力を入れて彼女の髪に指を触れましたよ。
………………あれ?
「……あの、先ほどから何をなさっておられるんですか?」
「え?えと、触っていいんだよね?」
「そう、ですけど……。もっとこう全体的にというか……。どうしてトレーナーさんは一点だけをつついてるんですか?」
俺は前々から気になっていた前髪の白い部分、流星に人差し指で押してスイッチを押した気分になっていた。
なんか出てくるとは言わないまでもグラスが豹変したり、そのとき不思議なことが起こった!的な何かがあるもんだと思ったのだが、予想に反してなにもないから、思わずその白い流星を連打してしまっていた。
「えー……。これスイッチとかじゃ……」
「……トレーナーさん、まさか私の前髪をつついてたのは……」
グラスワンダーは体を起こすと前髪を手で隠すように仰け反った。
頬は紅潮しているが耳が絞られ、しっぽもしなだれるように不機嫌な感情を表している。
「いや、ちょっと待て、グラスが髪触っていいような感じを出してたから、俺は前々から気になってたそのスイッチっぽいあれを」
「トレーナーさんの、バカアアァ!!」
ドボ!という鈍い音ともに腹に激痛が走る。
突然の不意打ちをもろに食らった俺は腹を抑えながらその場にへたり込んでしまった。
なにがなんだか分からない状況の中、彼女は叫び声とともに控室から飛び出していくのだけは辛うじて認識できた。
……どうして……?
腹を抑えながら床の上で痛みに耐えるしかない俺。思春期の女子の胸中がまるで分からない中、どうしてトレーナーなんぞになってしまったのか俺は自問していた。