極限まで働きたくないから頑張って最難関のウマ娘トレーナーになったで 作:圧倒的雑魚臭
「……それでは、行ってまいりますね~」
「行ってら~」
颯爽と走り出す愛バを見送りながら自販機で買ってきた冷えたお茶をペットボトルごと額にあてる。もう一人の担当バは行方不明である。まあいつも通りだ。練習場所はLANEで送ったから気が向いたら来るだろう。
安物のベンチに腰を掛けながらそこから伝わる冷気を手のひらで堪能する。日差し除けの屋根があるのがこの炎天下の中のわずかな救いだと、4時を過ぎてもお高くとまる太陽を見ながらそう思った。
「まだ六月なのにクソあちーな~」
栗毛の長髪をなびかせながら涼しげに疾駆するグラスワンダー。その姿を見ながらぼんやりと彼女と会った時のことを思い出していた。
「あうあ~……。選抜レースで誰も勧誘できんかった……」
四月の選抜レース。入学早々行われる、トレーナー達へのお披露目レースと揶揄される初っ端の選抜レースで、新人トレーナーだった俺は誰一人として契約までこぎつけることは出来なかった。そもそもその選抜レースも遅刻したんだが。
「まあ、まだ正式なトレーナーになってないからしゃあないんですがね」
申請すべき書類を放置したまま四月を迎えてしまい、サブトレーナーからトレセン学園赴任の正式トレーナーにはなっていなかったのである。中高も自由過ぎる学校で有名な武蔵だし、大学も宿題なんかなかったからね。期限通り事務処理をこなすのがすこぶる苦手だった。この程度で勧誘自体ダメとは。社会はせせこましいところだ。
しかしまあ出来高制とは言え、雇われている以上は一定の給料は出るわけだし、それでも十分なわけで……(サブトレーナーの時点でどれ程かある程度把握してる)。ぶっちゃけ優秀なウマ娘じゃなくてそこそこなの捕まえてだらだら過ごせばよいのでは?
などと考えながらグラウンド横の舗装された道を歩いていると、ジャージ姿の一人のウマ娘とすれ違った。
「……あれ?
思わず振り向くと今しがたすれ違ったばかりのウマ娘がその歩みを止めたのが分かった。栗毛のロングヘアーの上から生えるウマ耳が音を拾うようにこちらに向けられる。ワンテンポ遅れて名も知らぬ彼女はゆっくりとこちらに振り返った。
「あ、ごめん。聞こえると思わなかったけど、ウマ娘の耳はヒトよりずっと良かったんだよね」
「……トレーナーさんはこの香りがお分かりになるのですか?」
不思議そうな顔でこちらを見つめるウマ娘。その瞳は碧いサファイアのように揺らめき、額には白い流星がポツンと取り残されていた。
「ああまあ。うちの母さんと姉ちゃんが香道をやってるから多少の香木なら分かるよ」
「あらまあ!素晴らしいですね!香道を
「ああ、うん……。ありがと……」
急に明るい笑顔になり、早口でまくし立てるウマ娘。どうも日本文化がお好きなようだが、別に俺は興味があるわけじゃない。ただ、家庭環境の中で嫌でもそういう知識が入っていってしまっただけだ。実際、俺自身は香道を嗜んでいるわけじゃない。
「それより、これから練習行くの?トレーナーは?」
「あの、私、今年入学したばかりで、恥ずかしながらまだ担当トレーナーがついていないんです」
カマかけ成功!選抜レースで見なかったけど、最初の方で走ってたのかな?まあどっちにしろ、チャーンス……!
「本当?実は俺も今年赴任した(正確にはしてないが)ばかりの新人トレーナーなのよ。ちょっと諸事情があって今すぐとはいかないけど、もし良かったら俺と契約しない?って走りも見ずに誘うのは失礼かな?」
「あらまあ。実は私も次回の選抜レースに勝つまで担当を付けて頂く気はなくてですね……。もし良ければ次の選抜レースで私の走りを見て頂ければと思います。その上で改めてご判断下されば……」
担当を付ける気が無い?まあどっちにしろ今回ので負けてるわけでしょ?最初はびっくりしたけど、しゃべってみれば大人しそうな娘だし願ったりだ。これで契約出来ればダラダラトレーナー生活満喫できるべ!
「よし!分かった!次の選抜レースね!それまで敢えて君の走りは見ないでおくよ。選抜レースのお楽しみってことで。楽しみにしてるよ!」
そういって俺はウキウキ気分で足取りも軽くトレーナー室へと退散していった。トレーナー申請の書類を作るのがこんなにもどかしい日がくるとは夢にも思わなかったな。
そして俺は次回の選抜レースで彼女の走りに度肝を抜かれ、契約した後彼女の武士ソウルに振り回され……。
俺はただ楽していい給料が欲しかっただけなのに……。どうしてこうなった!