極限まで働きたくないから頑張って最難関のウマ娘トレーナーになったで   作:圧倒的雑魚臭

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EP4

「トレーナーさん、ちょっとよろしいですか?」

 

 そんな問いかけを受けたのは俺が正式にグラスワンダーの担当になってほどなくしてだった。

 

「何かね?グラスワンダー君。私は今、競バの研究に忙しいのだ」

 

 ひょいと目を通していた漫画雑誌が宙に浮く。ソファーに寝ころんでそれを読んでいた視線の先にはニコニコと笑顔を張り付けて取り上げた本を抱える愛バの姿があった。

 

「ふぁい!なんでしょうか!」

 

 すぐに居ずまいを正して彼女に向き直る。若干耳が絞られたままだが、この笑顔は、多分……セーフ?

 

「改めましてお尋ねしたいことがあるのですがよろしいですか?研究にお忙しいところ申し訳ありませんが」

 

「なに言ってるんだ!愛バのためならどんな忙しい時でも最優先だぞ!それで、なんの用なんだ?そんな畏まって」

 

 彼女は困ったような顔で一つため息をつくと、手にしていた雑誌を俺の机の上に置いてから口を開いた。

 

「実は、私のクラスメイトについてなんですが……」

 

 セェーーーーーーーフ!!ここまでが許容範囲か!

 

「クラスメイト?」

 

「ええ。以前選抜レース直後にお見苦しいところをみせてしまいましたが、あの葦毛の彼女のことなんです。ご記憶にございますでしょうか?」

 

「あ?ああ、あの小柄な娘か。なんか言い争ってたみたいだけど」

 

「ええ、実はそのことと関係ありまして……。セイウンスカイさんと言う娘なんですけど、あの子どうにも担当トレーナーが見つからないもので……」

 

 そりゃあ、選抜レースであれじゃあな。真剣にやってりゃ実力不足、わざと順位を下げたんだったら勝つ気なしのレース不適格者だ。

 

「素質が無いわけじゃないと思うんです。ただ本人がなかなか……。一度お会いして頂いて、もしできれば……」

 

「担当して欲しいと?」

 

 申し訳なさそうな顔色で黙ってうなずくグラスワンダー。自分でもずいぶん無理なことを言っているのは自覚しているのだろう。

 

 正直担当バは一人で十分である。天下のトレセンだけあって固定給でもかなりの額になる。ソファー、テレビ、エアコン付きのトレーナー室(遊び部屋)まで用意してもらってこれ以上望む物ははっきりいって無い。あとは首にならない程度に働きながらだらだら過ごせれば御の字なのである。

 

「……分かった。会うだけ会ってみるよ」

 

 そう口にしたのは別に断ったら担当バが怖いとかそういうんじゃない。その娘が本当に素質があるのにデビュー戦が遅くなったら可哀そうだと思ったからだ。本当だよ?

 

「……あ、ありがとうございます!」

 

 先ほどの気まずそうな顔が、パっと明るくなる。俺、断られると思われてたんか……?

 

「でも担当にするかは……」

 

「ええ、そこまで無理強いする気は毛頭ありません。お眼鏡にかなわなければお断りして頂いてもやむなしでございます」

 

 面倒だけどまあ、会うだけならな……。

 

 

 

 

 そんなこんなで、夕方、グラスのトレーニング前にそのセイウンスカイを紹介してもらう運びになった。

 

 どうも周りの同僚に聞いてみても、セイウンスカイの評判はよろしくないらしい。数少ない担当の申し出を無下に断ったという話だ。それも強豪チームであるチーム・ペテルギウスの誘いも断っているとか。あの順位で誘われるってことはやっぱり素質はあるんか?仮にそれが本当だとしても巷ではすでにやる気ナシの気まぐれウマ娘のレッテルを貼られつつあるらしいとのこと。

 

 コンコンコン。

 

「どうぞ」

 

 ノックの後に入ってきたのはやはり選抜レースで見たのと同じ、葦毛でタンポポ(?)の髪飾りを付けた小柄なウマ娘だった。

 入ってきた瞬間に垣間見た彼女の顔は暗く、どこか諦めているかのような気配を漂わせていた。しかし、

 

「……こんにちわ~。知ってるかと思いますけどグラスちゃんの紹介で来ました~。いやあトレーナー室に入るのって初めてだから緊張しちゃうな~」

 

 などと全く緊張していないような緩い挨拶の中、俺の部屋(聖地)に遠慮なくずかずかと上がり込んでくる。その表情はさっきの暗い顔が気のせいと思わせるように、明るく柔和な笑顔を作っていた。グラスワンダーもそうだけど、笑顔がやたら怖いんだが……。ここのウマ娘って闇深くない?

 

「まあとりあえず座って。お茶も淹れようか?グラスみたいに美味くはできないけど」

 

「あ、お構いなく~。私猫舌なんで」

 

「まあ、早速だけど本題に入ろうかな。セイウンスカイでいいよね?実はこの間の選抜レースで君の走り見てたんだけど……って話聞いてる?」

 

 俺が話を切り出しても彼女はどこ吹く風という感じで俺のトレーナー室を見渡し始めた。ちょこんと椅子に座った彼女は手を膝の上にのせてしきりに首を右左とせわしなく動かしている。

 

「そんなにトレーナー室珍しい?まだ新人だからトロフィーの一つもないんだけどさ」

 

「ああ、うん……。」

 

 曖昧な返事をしながら見渡す素振りは直らなかったが、しばらく経つと今度はこちらをまじまじと見つめてきた。いや、観察してきたという方が近いかもしれない。下から上へなめるように対面した俺の姿を観察する。何がそんなに面白いんだろうか。

 

「もしかして見とれちゃった?こう見えても俺、現役で通ってるからまだ22なんだよね。サブトレーナーはまだ学生の時にやっちゃったし……」

 

「トレーナーさんさあ、もし私が『担当して下さい』って言ったらO.K.してくれるの?」

 

 俺のセリフをぶったぎってセイウンスカイは唐突にそんなことを口にする。気ままなマイペース娘というのは本当のようだ。しかし……。

 

 ……最初から担当付ける気なんて無いだろうが……。

 

 まだきちんと走りすら見せていない、何段階もすっ飛ばした状況のセリフを気軽に口にするそのウマ娘に、俺の中で半信半疑だった噂話は確信に変わっていた。

 

「……ああ、もちろん、喜んで引き受けるよ」

 

 さっさとこんな茶番は終わらせろってか?じゃあ望み通りにするわ。

 

 

 

 

「じゃあ、担当して下さい(・・・・・・・)

 

 

 

 

 ?……??………………?????

 

 彼女の態度にイライラが募っていた俺が反射的に口をついたのは否定しない。

 

 否定はしない、が……が……あれ?ど、どういうこと?

 

「……えっと……」

 

「まずね、この部屋入った時から変だなーって思ったよ。飲んだ湯呑を洗わないで水につけっぱなしだし、正トレーナーになって二か月なのにトレーナーさんの机の上書類だらけだしね。それなのに書類棚はほとんど空。ソファーは新品みたいだけどテレビの真ん前にあって、案の定、薄型テレビの裏にはゲーム機が隠れてるし、肝心のソファーもすでに染みが出来てるよね。寝ころんだまま飲み物でも口にしようとしたのかな?それからソファーの上の時計もちょっと曲がってる。グラスちゃんがほとんど毎日来てるはずなのにこの体たらくは酷いと思ったよ。それからトレーナーさん。ネクタイちょっと曲がってるし、顎下の髭剃り切れてない。シャツもちょっとよれてるし、ズボンは皺が癖ついてるの、もう二か所は分かっちゃった」

 

 嬉々としてまくしたてる葦毛のウマ娘。獲物がエサに食いついたと言わんばかりにニヤリと目を細める彼女を見た瞬間、俺の脳内は怒りよりも混乱が支配していた。

 

「ちょ!ちょーちょちょちょー待ち!待ってください!……え?うん。どうもありがとう?え?いや、それはいいんだけど、それでなんで俺の担当になろうと思ったの?マイナスしかないと思うんだけど」

 

「え~?そんなことないよ~。セイちゃんにとってはすごいいいことだよ~」

 

 けらけら笑いながらフォローするその声は俺の醜態を嘲笑っているようだった。いや嘲笑っていたのだろう。

 

 ひとしきり笑った後、彼女は顔を近づけて小声でこう囁いた。

 

 

 

「トレーナーさん、『怠惰』ですよね?」

 

 

 

 俺の耳がそれを拾った瞬間、ギクリと体全体が強張るのが分かった。

 

 今度はゆっくりと体を戻し、背もたれに体重を預けて勝ち誇った顔でこちらを眺める。俺はそんな彼女を見て嫌な汗が背中を伝っていった。

 

「……つまり、こんな俺をあざけられるから俺の担当に付きたいと?大人をバ鹿にするのも……」

 

「違う違う!全然違うよ~。そんなバ鹿にされたくないならキチンとすればいいじゃんって思うけど、それじゃあダメ。セイちゃんはそのままのトレーナーさんがいいんだよね。つまりどういうことかっていうと~……」

 

 もったいぶるように一つ息を入れ、瞼を閉じたかと思うと、パッと目を開いて右手の人差し指を突き立てた。

 

「このトレーナーさんだったら、サボっても何も文句言わないだろうな~ってこと」

 

 あっけらかんと答えるウマ娘。呆気にとられた俺はまたしても情けない声を上げていた。

 

「え?それだけ?」

 

「うん。そだよ~。いやあ参ったよ。メイクデビューには出走したいけどトレーナーがいないと出られないしさ。でも担当になったらなったで『練習しろ!練習しろ!』って言われるのがオチじゃん?まあトレーナーはそれが仕事だからしょうがないんだけどさ~。でもまさか、あのグラスちゃんのトレーナーさんがこんなに『いい加減』な人だとは思わなかったよ~」

 

 褒められてるのかけなされてるのか分からないが、少なくともこのセイウンスカイにはやる気がない(・・・・・・)ということだけは良く分かった。

 いや、待てよ……。……!!ククク……。

 

「ちょっと待てセイウンスカイ君!君は真面目に練習する気がないという風に聞こえるが、そういうことかな?」

 

「え~?うーん。まああんまり暑苦しいのはやだよね~。セイちゃん暑がりだからさ~」

 

「ククク……。残念だがセイウンスカイ君。真面目に練習する気が無い者を担当ウマ娘にすることは出来ない!申し訳ない!本当に申し訳ないが……」

 

『トレーナーさんさあ、もし私が『担当して下さい』って言ったらO.K.してくれるの?』

 

『……ああ、もちろん、喜んで引き受けるよ』

 

『じゃあ、担当して下さい(・・・・・・・)

 

 突如トレーナー室に響く会話。ついさっき聞いたはずのそのやりとりは間違いなくセイウンスカイの方から聞こえてきた。

 見ると、その右手には彼女のものであろうウマホが握られている。そしてすぐに音の発信源がそこからであると分かった。

 

「おま……」

 

「いやあ良かった~。ちゃあんと録音しておいて。これで担当になってくれないなら理事長に掛け合っちゃいますけど、どうします?」

 

 …………まだだ!まだ終わらんよ!!

 

「待て!君は真面目に練習する気が無いと言ったな!?これは明確に『担当バはトレーナーの指示によりトレーニング行為を積極的に行うべし』という校則に違反している!つまりトレーナー業務の妨げとなるのだ!その態度を改めないと……」

 

「え~?セイちゃんそんなこと言ったかな~?私はただ『暑いのがやだね~』としか言ってないと思うんですけど」

 

 …………………………………んっ。

 

「そもそもさ~。証拠はあるの?証拠は?そんなことセイちゃん言いましたよ~っていう証拠だしてもらわないと、言った言わないの押し問答になっちゃうじゃん」

 

 ……グ!……くっ!!……うっ…………。

 

「あっ…………」

 

 そしてこの日、俺は三か月前まで小学生だった子供相手に完全敗北を喫し、望みもしない担当契約を結ばされる羽目になったのだった……。




脳が震えるぅぅぅぅぅぅぅ!!!
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