Golden Wars   作:吟醸丸

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6日目/鬼界

「清正。茶が入ったぞ」

 

 キャスターは湯呑みを二つ乗せた盆を手に、マスターである清正の書斎に無造作に踏み入った。部屋の主は己のサーヴァントの無作法を咎めもせず、にこりとほほ笑みを浮かべて礼を言う。

 

「ありがとう」

「まったく、サーヴァントを本当に召使い(サーヴァント)として使う奴があるか」

「ははは。君の淹れるお茶は癖になる美味しさだからね」

「当たり前だ。(まじな)いをかけて質を上げてある」

 

 本気とも冗談ともつかないことを口にしながら、キャスターは畳敷きの床に腰を下ろして、自分の湯呑みを傾け喉を潤した。

 口調こそ粗雑だが、キャスターの和服姿にはなんとも言えない気品がある。彼女が伝説に名高い茨木童子であるということを、召喚した本人ですら忘れそうになってしまうほどだ。

 

「どうした、飲まないのか」

「……頂こう」

 

 清正は一口だけ茶を啜ると、分厚い手紙の続きに目を落とした。

 送り主は魔術協会。この聖杯戦争でセカンドオーナーたる碓氷清正が死亡した場合の役職引き継ぎの事前手続きおよび、碓氷家の魔術刻印の回収並び保管の準備が整ったことの報告が事務的な文章で綴られている。令呪が宿ったその日から進めていた事務手続きの完了を示す書面だ。

 清正は微かな安堵を込めて小さく息を吐いた。

 これでいつでも死ねる――

 無論、むざむざと敗死するつもりはないが、必ず生き残ることができるという確信もない。だからこそ、命を落としても残された者達に苦労をかけないで済むという保証を得られたことに安堵するのだ。

 

「ようやく身支度が終わったか。こんな夜更けにご苦労なことだ。しがらみが多いというのは不便なものだな」

「長生きしすぎた代償さ。後始末を頼むにも一手間どころでは済まなくなる。ともあれ、これでセカンドオーナーの地位も魔術刻印も協会に押し付けて死ねそうだ」

「……お前、後継者はいないのか」

 

 いないのさ、と清正は至って軽い態度で答えた。

 碓氷清正という男は、一介の魔術師としての出世や、表社会に地位を持つ財産家としては余人が羨む栄達を遂げてきた。しかし、後継者を確保し魔道を継承するという魔術師の本懐においては、まるで何かに呪われているのではないかと思わざるを得ないほどに不遇であった。

 妻を娶っても長らく子宝に恵まれず、やっと得た子はあっけなく早世し、自身の生殖能力も病のために喪失した。弟子や養子を取ってみれば尽くが非業の死を遂げ、一人前になるまで生き延びた者は一人もいない。その評判が広まったために、最終的には弟子になるべく門を叩く者すらいなくなってしまった。

協会での立場が良くなれば良くなるほど。表社会での地位が上がれば上がるほど。本当に欲しかったものから遠ざかっていく。それが碓氷清正の人生だった。

 

「白状すると、七年前に聖杯戦争を開催した理由もそれなのだ。願望機の力を借りれば後継者を得ることができるかもしれない……枯れ果てた老人の悪あがきというやつさ。結果は前に話したとおり。戦いに敗北しただけでなく聖杯の降臨にすら失敗するという有り様でな」

「悲惨だな。本当に呪われているんじゃないか、おまえ」

「かもしれん」

 

 嗤うキャスターに乗じるように、清正は自嘲気味な笑みを浮かべた。不運の原因が魔術的な意味での呪いでないことは何十年も前に確認済みだが、それでも奇妙な力の介在を思わずにはいられない。

 

「とはいえ、もはや聖杯にも跡継ぎにも未練はない。聖杯が完成しなかった原因もとっくに分かっているが、()()を咎めるつもりもない。仮に、私を呪った何者かが実在したとしても、そいつに恨みを抱くことすらないだろうな――死に支度は心身共に枯れた男の最後のけじめということさ」

 

 清正は()()という表現を使い、前回の聖杯戦争の失敗の原因が女であることを仄めかしたが、キャスターはそれを気にも留めなかった。純粋に興味がなかったのだ。その代わり、キャスターは別の点に関心を示した。

 

「殊勝な話だが、解せないな。聖杯はそれを必要とする者をマスターとして選ぶんだろう? 数合わせならまだしも、お前は審判役(ジャスティス)を除いた最初の召喚者だ。聖杯に未練がないのなら何故選ばれたんだ」

「私の戦う目的には興味が無いと言っていなかったか?」

「少し前まではな。今しがた興味が湧いた」

 

 己のサーヴァントの気分屋ぶりに清正は苦笑した。キャスターの思考の中で終始一貫しているものといえば、頭領たる酒呑童子への忠誠心と、怨敵たる源頼光および四天王への恨み節くらいのものなのだろう。

 

「残念だが君を面白がらせるような事情はない。本家本元の聖杯戦争では、聖杯を鋳造する一族と令呪を開発した一族、そして土地を提供した一族が御三家として優先的にマスターに選ばれてきたそうだ。それと同様に、主催者達に土地の使用許可を与えたことでマスターの権利を割り振られたに過ぎないのさ」

「なんだ、つまらん。それは確かなのか」

「私の推測だが間違ってはいないはずだ。かつて亜種の聖杯戦争を主催した経験者として保証しよう。申し訳ないね」

「いや、いい。よくよく考えれば、勝ち残った後の取り分で揉めずに済むのは気が楽だ。聖杯は私が貰う。冥土に持っていく名誉だけはくれてやろう」

 

 キャスターは猫のようにしなやかな仕草で、清正が使っている座卓敷に頬杖を突き、楽しげに横顔を覗き込んできた。幼さを残した顔立ちに蠱惑的な立ち振舞い、妖艶な赫い瞳。もしも清正が三十年若ければ無様な劣情に取り憑かれていたかもしれない()()()()だ。しかし幸か不幸か、清正はそちらの面でもとっくに枯れ果てていた。

 ふと、年頃の孫がいたらこんな風なのだろうかという感傷が胸を過る。孫というものを持つ機会にはついぞ恵まれず、ましてや己の胤からこんな美女が産まれるとは到底思えなかったが、胸を満たすこの温かみは『きっとこういうものなのだろう』という想像を抱かせるには十分な心地よさであった。

 

「もちろん聖杯は君にあげよう。ところで、キャスター。ひとつ聞かせてくれ。……君は聖杯に何を願うつもりなのかな」

「――――」

 

 キャスターの顔から笑みが消える。しかしそれも一瞬のことで、すぐに普段通りの態度に戻って清正を茶化しにかかった。

 

「出し抜けにどうした。契約したときには『聞くつもりはない』などと言っていただろう」

「あのときはね。今しがた興味が湧いた」

 

 自分の発言をそのまま返されて、キャスターはむっとしたように目を細めた。

 

「お前も肝が座ってきたな。まぁいい……私の願いは想像のとおりだ。酒呑様と同胞達をこの時代に招き寄せ、今一度生を謳歌する。四騎や五騎の小規模な聖杯なら酒天様だけで我慢したが、此度は七騎。四天王くらいは揃えられるだろうさ。……どうした、なにか言いたげだな」

「いや。まさか酒呑童子の復活の片棒を担ぐことになるとはな、と思っただけさ」

 

 清正が想定していたキャスターの願いは二つ。一つは本人が語ったものと同じで、もう一つは仲間達の仇への復讐だった。本人に他意がなかったにせよ、キャスターが復讐ではなく仲間を選んだことに、清正は言葉にしがたい喜びを感じていた。

 

「しかしだ、キャスター。この聖杯も『冬木の聖杯』には及ばない。果たして四体……いや、君は四天王とは別枠だから五体か。それほどの英霊を呼び寄せ、あまつさえ受肉させられるかどうか」

「受肉まで果たす必要はない。サーヴァントという器を流用して召喚し、後は十分な魔力を用いて現界を維持するまでだ。幸い、千年の間に人間どもが増えに増えている。霊地を押さえ、肉のついでに魂も喰らえば済む話だろう」

 

 キャスターは今後の構想を楽しげに述べた。余人から見ればおぞましいとしか思えない内容とは裏腹に、その表情はまさしく少女のそれである。

 聖杯の補助なくしてのサーヴァントの維持――確かに理論上は不可能ではない。彼らを現代に留めおく媒体と十分な魔力さえあれば、聖杯戦争の終結後も受肉していないサーヴァントを現界させ続けることができるだろう。

 だが、その十分な魔力というのが問題だ。仮にサーヴァント一騎を留めおくとすると、ただ維持するだけでも一人前の魔術師数人分、あるいは十数人分の魔力が常に要求される計算になる。戦闘能力を期待するならそれ以上。常識的な範疇で実現するなら、人の形すら与えず不定形の霊体のまま存在させるのが関の山である。

 そんな難行を六人分もこなせると豪語するあたり、やはりキャスターのサーヴァントは現代の魔術師を超越した存在なのだと改めて実感してしまう。

 

「やはり私は幸運だ。消極的な同意とはいえ理解あるマスターを得られたのだからな。つまらぬ人倫を振りかざす輩なら傀儡にしてしまうところだったが――」

 

 そこでキャスターは言葉を切り、赫い目を細めた。

 

()()だ。少し待て、片付けてくる」

 

 キャスターの肉体が光の粒子になって消失する。屋敷の周辺に張り巡らされた警戒用の結界が何者かを感知したようだ。

 清正が用意した警戒網も朝葉市で随一の規模を誇るのだが、キャスターが数日のうちに構築した結界と警戒網は質量共に遥かその上を行く。ただのサーヴァントが気取られることなく屋敷に接近するのは不可能だ。アサシンのサーヴァントが気配遮断に徹したとしても成し遂げられるかどうか。

 

「……気をつけろよ」

 

 清正は既にここにはいないキャスターに向けて呟いた。

 世界中で幾度となく召喚された魔術師(キャスター)のサーヴァント達の前例に漏れず、清正のキャスターも自陣内で最強の戦闘能力を発揮する。元が鬼だけあって陣地の外でもある程度の強さを維持しているが、真価を発揮するのはやはり拠点における戦闘だ。

 しかし――いや、それゆえに懸念せねばならない。

 拠点に陣取ったキャスターを真っ向から襲撃するという愚行。相手はそれを『あえて実行するサーヴァント』であるということを。

 定石を知らぬ愚者ならそれでいい。

 だが、仮に。万が一にもそうでなかったとしたら――

 

 

    ◇ ◇ ◇

 

 

 深夜の街。結界の作用によりあらゆる人間が追い払われた無人の道。

 キャスターは清正の屋敷から数区画離れた四車線道路に陣取り、高速で近付く気配を待ち受けていた。数は二つ。どちらもサーヴァントでマスターは伴っていない。その大胆さは賞賛に値するが、些か無謀が過ぎるというものだ。

 接近を待つ間、キャスターは敵の素性を推察した。セカンドオーナー所有の朝葉市で最上級の霊地に魔術師(キャスター)のサーヴァントが陣地を作成しているのだ。これを陥落せしめることがどれだけ難しいか、よほどの愚鈍でもない限り簡単に分かるはずである。

 それでもなお攻めに来たということは、単純な利害の勘定を越えた意図があるに違いない。たとえば――キャスターに個人的な因縁がある場合。

 つまるところ、キャスターは坂田金時(バーサーカー)の襲撃を予想していた。協力関係にあると思しきランサーも加えれば数も揃う。キャスター自身の個人的な希望が入っていることは否めないが、おおよそ論理的な帰結であると思われた。

 

「……チッ」

 

 キャスターが渋い顔で舌打ちをする。

 交差点を挟んだ向こう側に実体化したのは、バーサーカーに匹敵する体躯の男が二人。片方の金髪の男は剣闘士(グラディエーター)のサーヴァントか。もう片方の中華風の鎧を纏った大男は消去法で剣士(セイバー)と推定できる。

 

「予想が外れたな。よもや雲隠れを決め込んでいたセイバーが出張ってくるとは」

「こちらこそ、わざわざ出迎えとは恐れ入る。老婆心だが本拠地を離れて大丈夫か?」

 

 キャスターの挑発をセイバーは柳のように受け流した。どうやら連中は、キャスターの迎撃は屋敷まで誘い込んでからだと思っていたらしい。魔術工房たる碓氷邸を出て、こんな道端で迎え撃つというのは想定外だったようだ。

 しかし、それは認識不足と言わざるをえない。

 自然と浮かぶ嘲笑を隠すこともせず、キャスターは己の魔術回路に魔力を巡らせた。

 瞬間、それに呼応するように周囲の様相が一変する。

 空間中に張り巡らされていた、警戒専用と思われた結界が街路のあらゆる構造物に絡みつき、現代的な街並みを禍々しく歪んだ鬼界へと変えていく。路面はささくれ立ち、電線は絡み合う蔦の如くねじ曲がり、魔力に覆われた建造物が巌のごとき異形と化す。

 風景の急激な変貌を前に、グラディエーターが感嘆の声を上げる。

 

「これは驚いた。陣地の外部でこれほどの……いや、屋敷を中心とした一帯()()()()が貴殿の工房ということか」

 

 キャスターは返答の代わりに口の端を上げて嗤った。

 穴蔵に篭もるばかりが魔術師ではない。ましてやキャスターは人ならぬ鬼神。大江山を丸ごと鬼界に変えて()()()としたことに比べれば、区画ひとつを異界とするなどあまりにも容易い。

 

「悪いが速やかに終わらせる。飲みかけの茶が冷めてしまうからな」

 

 路面だったモノ、電柱だったモノ、建造物だったモノが牙を向き、渦を巻くように二騎のサーヴァントへ襲いかかる。

 

「貴様らは知らぬうちに、鬼の臓腑に呑まれていたということだ」

 

 それはまさしく異形の(あぎと)

 呪文すら省いた一工程(シングルアクション)の奇襲に、セイバーとグラディエーターは回避する間もなく飲み込まれていく。

 魔術行使は戦いのずっと前から終わっている。普段は風景に擬態して姿を隠し、一工程の合図で戦闘形態に移行して手近な標的を破壊する――そういう術式を何日も前に仕込み終えていたのだ。いざ戦闘となれば、最後のスイッチを入れるだけで外敵を葬ることができるように。

 捻れ尖った無数の牙が、獲物を穿ち砕かんとばかりに殺到する。

 それらを迎え討ったのは、たったひとつの長盾(スクトゥム)だった。

 

「――偽・射殺す百頭(ナインライヴズ・ノヴァ)!」

 

 魔力の滾りとともに九方向に繰り出された盾の防御が、全方位からの急襲をことごとく防ぎ止める。それどころか有り余る威力を以って、異形の牙の大半を一瞬のうちに粉砕し尽くした。

 辛うじて迎撃を掻い潜った僅かな攻撃はセイバーにとって脅威足りえず、涼しい顔で抜き放たれた刀に切り落とされる。

 なるほど、アレが宝具か――。キャスターは無言で目を細めた。被害を受けることなく宝具を目にすることができた。牽制攻撃の成果としては上々だ。

 

於陰者拆雷居(さくいかずちはみほとにあり)

 

 人外の発音で極限まで圧縮された呪言を紡ぎ上げる。放たれるは一条の雷光。セイバーとグラディエーターは雷撃を回避すべくそれぞれ左右に飛び退いた。

 

於右足者伏雷居(ふすいかずちはみぎあしにあり)

 

 間髪入れず、キャスターは次なる呪文を詠唱した。グラディエーターの足元で放電が生じ、その屈強な肉体を電流が走り抜ける。

 

「ぐおっ!」

 

 キャスターは雷の枷に捕らえられたグラディエーターから速やかに注意を外し、残るセイバーに意識を傾けた。

 最初の奇襲が凌がれることは想定の範囲内。次の一手も拘束に繋げるための布石。

 通常ならキャスターがセイバーとで戦うのは自殺行為でしかない。だがここは完全にキャスターの領域内であり、鬼としての身体能力と()()()()()の宝具を駆使すれば優位に進められるはずの戦いである。

 ――ただひとつ、誤算があるとすれば。

 

「おおお……ぬぅんッ!」

 

 グラディエーターがこの瞬間に対魔力を()()ことだけだった。

 

「何っ!?」

 

 霊地の魔力と陣地の機能を総動員した拘束を、グラディエーターは裂帛の気合とともに跳ね除けた。

 驚愕がキャスターの足を止める。ランクB程度の対魔力では抵抗しきれないほどの術式を編んだはずである。それを無効化したということは、ランクA以上の対魔力――そんな代物を剣士(セイバー)でもないエクストラクラスのサーヴァントが行使したということだ。

 

「もらった!」

 

 セイバーが豪速の疾走でキャスターに斬りかかる。一瞬の隙を突かれたキャスターは、魔術による防御も間に合わず、両断まで紙一重のところで後方へ飛び退いた。

 獣のように四肢を使って着地した途端、左腕がずるりとズレてバランスを崩す。茨木童子(キャスター)の身体能力をもってしてもあのタイミングからの完全な回避はできず、左腕を二の腕の辺りでざっくりと切り裂かれてしまっていた。

 キャスターは小さく舌打ちをした。

 二の腕に負った傷は深い。上腕骨が完全に断ち切られ、左腕は皮と薄い脂肪と僅かな肉だけでぶら下がっている。ここが自陣の只中でなければ致命的なディスアドバンテージになっていたところだ。

 

「……於左手者若雷居(わかいかずちはひだりてにあり)

 

 雷光が左腕を駆け抜け、傷口周辺の自己再生能力を励起する。外界であれば繋ぎ直すだけでも長時間を要したであろう刀傷だが、この場であれば左腕を動かせるようにするだけなら十数秒で事足りる。

 その間、キャスターは油断なく二騎のサーヴァントを睨みつけていたが、当の本人達は仕留め損なったことを焦るでもなく、悠々と現状を分析しているようであった。

 

「大したものだ。まるで野獣、いや魔獣のような撥条(ばね)だな。いやはや、見た目通りの童女と侮ったつもりはなかったが、流石に想像を上回られた」

「ううむ、余の目もまだまだということか。これほどの実力を見抜けなかったとは」

「ふん、大の男が雁首並べて呑気なものだ。貴様らには鬼の城に乗り込んだ自覚がないのか?」

 

 キャスターの発言は決して強がりでもブラフでもない。幾つかの手が想定通りに進まなかっただけで、客観的に見れば未だにキャスターが圧倒的優位にある。僅かな隙が生んだ傷も既に癒えつつある。ああして余裕の態度を維持していられる方が異常なのだ。

 それでもやはり、このままキャスターからの猛攻に晒され続けるつもりはないらしく、セイバーとグラディエーターは左右に別れる形で駆け出した。十中八九、狙いは挟撃。地形効果による不利を左右からの同時攻撃で補う腹積もりに違いない。

 

 ――二騎掛かりなら勝てると侮ったか。

 

 キャスターは内心で嘲笑った。敵は獣を遥かに凌駕する疾さで迫っている。この速度ならば二秒と掛からずキャスターを間合いに捉えることだろう。

 しかし、その程度では遅すぎる。

 

御刀之血(みはかしのち)――石柝(いはさく)! 根析(ねさく)!」

 

 血塗れの両手を同時に振り抜く。血液を媒体として増幅、収束した魔力の斬撃が、左右から迫る二騎のサーヴァントに襲い掛かる。セイバーとグラディエーターは刀剣を振るってそれを迎え討とうとするが、ここに至って両者の差が露わになった。

 前進を止められながらも、魔力の斬撃と切り結び受け止めるセイバー。

 剣を砕かれ、胸部を深々と切り裂かれるグラディエーター。

 斬撃の余波が、かつては小規模なビルだった数棟の構造物を両断、崩壊させる。潤沢な魔力を背景に放たれた魔術だけあり、まさしく宝具でもなければ受け止めきれない一撃であった。

 

「ごふっ……」

 

 創傷が肺にまで達したのだろう。グラディエーターは異様な量の血液を吐き出し、胸から滝のような血を迸らせて片膝を突いた。

 両者の違いは得物が宝具であるか否かというただ一点。セイバーは刀自体が宝具であるようだが、グラディエーターの宝具は()だ。剣は宝具の位階にまで達しておらず、キャスターの魔術を受けきれるほどの強度を備えていなかった。それが二騎の明暗を分けたのである。

 キャスターは路面に足跡の陥没を残して跳躍。グラディエーターの頭上を舞いながら更なる呪を唱えた。

 

(つぎに)石筒之男(いはつつのを)

 

 瞬間、魔力の衝撃がグラディエーターを押し潰す。巨大な槌を振り下ろしたかの如き陥没が路面に刻まれ、鮮血がキャスターの頬にまで飛び散った。

 挨拶代わりにバーサーカーを襲撃したときとは違う、本気の魔術行使の連続だ。これほどの猛攻に晒されて無傷で済むサーヴァントなど、神域に迫る大英雄でもなければありえまい。事実、グラディエーターはクレーターの中央で血の海に沈んでいる。

 キャスターは得意の飛行魔術で空中に留まると、地上のセイバーに赫い目線を送った。

 

「まずは一騎。どうした、もう手仕舞いか。私はまだ魔術()()使っていないぞ」

魔術師(キャスター)でありながら、その物言いか。つくづく難儀な輩を相手取ったものだ。しかし……些か気が早過ぎはしないか。彼奴(きゃつ)はまだやるつもりのようだが」

「なんだと……?」

 

 その直後、殺気とともに何かが真下から飛来する。岩をも砕く勢いで擲たれたそれを、キャスターは咄嗟に片手で受け止めた。凄まじい衝撃力が細腕を通して体幹を揺るがす。鬼の肉体でなければ半身を持って行かれたに違いない。

 キャスターは擲たれたそれを目にして、苦々しく顔を歪めた。

 古代ローマの長盾(スクトゥム)。グラディエーターが宝具を振るった盾。

 

「美事……美事なり、魔術師(キャスター)

 

 グラディエーターが血に塗れた肉体をゆっくりと起こしていく。

 口の端に血の泡を膨らませ、真横に切り裂かれた胸からは空気と血液を絶え間なく噴出し、片腕は明らかに圧し折れているにも関わらず、()の男は笑っていた。歓喜に顔を歪めていた。

 いくら総身を筋肉の鎧で覆っているとはいえ、その程度の護りで耐えられるような攻撃ではなかったはずだ。仮に幸運が重なって致命傷を避けられたとしても、すぐさま戦闘を続行できるわけがない。

 

「……対魔力の次は戦闘続行スキルか。無駄に多芸な男だ」

「今しがた……魔術しか使っていないと、そういったな。ならば……!」

 

 半死半生のはずの男が建造物の壁面を駆け上がる。一歩ごとに壁を穿つ反動で、キャスターのいる高度(ところ)まで瞬く間に到達し、屋上の縁を蹴って宙を舞う。

 

「まだ見ぬ力! 魅せてもらおう!」

 

 鋼の如き腕がキャスターの細腕を握り締める。

 そのまま力尽くで捻じ伏せようとするグラディエーターだったが、キャスターはそれを純粋な腕力だけで振り払った。

 愕然とした顔で空中に投げ出されるグラディエーター。一尺近くも体格差のある少女に膂力で後れを取ったという事実に意識が追い付いていないのだろう。その顔が喜びに染まるより速く、キャスターは着物の裾を翻して側頭部に蹴撃を叩き込んだ。

 グラディエーターの巨体が隕石のように建造物に衝突し、受け身すらも取れずに地面へ落下する。

 それでもなお、グラディエーターは笑っていた。

 

「……ふふ……くくく……くはははは……」

「さては物狂いか? 気色の悪い奴だ」

 

 この時点で既に、キャスターはこの男の相手をする意欲を失っていた。戦意を喪失したわけではなく、理解を越えた異常なモノに付き合いたくないという当然の反応である。

 

「――於頭者大雷居(おおいかずちはかしらにあり)

 

 空中のキャスターが呪文を紡いだ瞬間、異形と化していた街並みが牙のように隆起し、それらの間で凄まじい稲妻が迸った。雷光は更なる雷光を呼び、地上数十メートルの空中に太陽すら霞ませる稲光の渦を巻き起こしていく。

 

「面倒だ。二人纏めて蒸発させてやろう」

 

 敵が死ぬまで倒れないというならば、死に至るだけの損壊を負わせるまで。敵が対魔力を有するのならば、それを上回るランクの魔術を放つまで。優れた霊地の恩恵と入念に組み上げた陣地のバックアップあってこその大魔術。これならば例えランクAの対魔力を有していようと殺しきれよう。

 無論、こんなものを地上に向けて放てば、陣地の基盤になった街まで確実に灰燼に帰すに違いない。しかし、キャスターはそれを躊躇うような倫理観を持ちあわせてはいなかった。清正(マスター)への義理立ては念入りに人払いをしたことで済ませてある。将来の餌(にんげん)の財産がどうなろうと知ったことではない。

 街の一区画およびそこに敷設した陣地機能と引き換えに二騎を仕留められるなら、こんなにも安い投資はない。仮にここが消し飛んだところで、最も重要な拠点である清正の屋敷にまで被害は及ばないのだから尚更だ。

 

「よもやこれほどとはな……さしもの余でも耐えきれるかどうか」

「阿呆かお前は。アレに耐えられるなら対軍宝具も受け切れように」

 

 グラディエーターが顔だけを上げてキャスターを視界に収める。セイバーはそんなグラディエーターの自己評価を鼻で笑った。

 

「宝具はライダーに取っておきたかったのだが……まぁ、背に腹は変えられん。これほどの魔術が行使されるのなら、(おれ)の宝具の力を正しく知られることもなかろう」

 

 セイバーが宝具の中華刀を逆手に持ち変え、切っ先を路面に突き立てる。屈強な肉体から迸った魔力が刀に集い、空間すら歪ませかねないほどの熱量が舗装材を融解させていく。その熱量を解き放つ真名は――

 

「――炎熱地獄・洛陽焼毀(ルオヤンシャオフィ)

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