県内第二の規模を誇る街、朝葉市。
かつては城下町として栄え、明治維新後は侯爵のお膝元として発展したこの町は、現代的な町並みと昔ながらの風景がモザイク状に入り混じっている。
亜蓮の拠点がある場所は明治に入ってから拡張された地区で、当時は高級住宅街として整備されていたらしく、白銀家別邸以外にも古風な――建設時点では流行最先端の洋館が幾つか残されている。
「現代の知識は聖杯から受け取ってるんだろ。わざわざ見て回らなくたっていいじゃないか」
「全然ちげーよ。話に聞いてるだけなのと、自分の目で見るのは別物だ、別物」
互いに悪態未満の言葉を投げかけ合いながら、亜蓮はバーサーカーを連れて漫然と市内を歩き回っていた。少し前までは拠点の周辺を巡り、今は市街地に出て商業地区を訪れている。まるで旅行者の案内をしている気分だ。
店の前を通るたび、店員や客が驚いたようにこちらを見る。
正直、やたらと人目を引いてしまっているのは否めない。
「……」
亜蓮は実体化したままのバーサーカーに物言いたげな視線を向けた。当然ながら、本人は視線に気付いてすらいない様子で店頭の品物を物色し続けていて、抗議の視線はまるごと無視されている。
色鮮やかな金色の髪。
数字にして一九〇センチに達する長身。
伝統ある街でも浮かざるを得ない薄手の和装。
首から爪先まで余すところなく筋骨隆々の肉体。
正直、バーサーカーの外見は隅から隅まで悪目立ちする要素でしか構成されていなかった。
さっきから霊体化するように何度も言っているのだが、五感が使えなければつまらないということで頑なに拒まれているのだ。こちらから魔力のパスを絞れば強制的に霊体化させられるのかもしれないが、この程度のことで機嫌を損ねられるのも考え物で、とにかく頭を悩ませる。
「おおおっ、こいつぁゴールデンかっけぇ!」
追記。しかも声が大きい。
何事かと思えば、バーサーカーは宝飾店の店先のショーケースに陳列された金の装飾品に見入っていた。
店員が驚いた顔でひそひそと話をしているのも目に入っていないようだ。
確かにその品物はゴールド製でゴールデンだ。しかし日本文化圏由来の英霊としてその表現はいかがなものだろうか。そういえば召喚したときに着ていた甲冑も金で装飾されていたような……亜蓮は疲弊した思考回路で漠然とそんなことを考えていた。
「なぁおい、マスター。これ買えねぇか」
「これって……げっ」
「どうせだから全身一式ゴールドで揃えてぇな。ここからここまで全部だと、どうだ? 買えそうか?」
バーサーカーの腕の下に首を突っ込んでショーケースの中身を確認する。値札にずらりと並ぶゼロの群れ。バーサーカーが所望している分を全部足せば、金食い虫と評判の宝石魔術師を一撃必殺で精神的に仕留めることができるのではなかろうか。
亜蓮が元当主・銑理から受け取った軍資金はかなりの額に上るが、それでも大半を使い果たす勢いのリクエストだ。令呪を使って諦めさせる選択肢も真剣に浮かんでくるほどだったが、亜蓮はひとまず思考を落ち着かせ、バーサーカーの説得に移ることにした。
「あー、金色趣味はいいんだけどさ。現世の道具なんか付けても霊体化したら外れるだろ。止めといた方が……」
「んじゃ霊体化しなけりゃいいんじゃね」
「却下。全力で却下。ただでさえ目立つんだから、少しくらい自重してくれ」
怒り半分、泣き言半分でバーサーカーの提案を却下する。
ただでさえ隠密性に多大な難があるサーヴァントなのに、余計に悪化させるなんて論外だ。亜蓮としては百パーセント正論で諭したつもりだったのだが、どういうわけかバーサーカーは腑に落ちていないらしかった。
「目立つったってなぁ。そりゃマスターも同じだろ。さっきからジロジロ見られっぱなしだぞ」
「ぐ……」
痛いところを突かれてしまった。
実は亜蓮達に向けられる視線のうちバーサーカーを見ているものは六割程度で、残り四割は亜蓮自身に向けられたものだ。
原因は何となく想像がつく。
亜蓮――アレンという名前が示す通り、彼のルーツの半分は外国にある。父親である銑理は一族の血を強めるため、西欧の錬金術の大家から妻を、即ち亜蓮の母を娶ったのだ。
そういう経緯から、亜蓮の外見は標準的な日本人から些か外れていて、どうしても視線を集めやすくなっていた。
特に目立つのは妙に色素の薄い髪だ。母方の家系が力を手にするのと引き換えに交わした契約の残滓が云々と聞かされているが、亜蓮にとっては注目を集めてしまうマイナス要素でしかない。
「いや、見た目のことを悪く言うつもりはねぇぞ。それはねぇ。オレだって似たようなもんだしな」
「……はぁ。分かった、分かったよ」
結局こちらから白旗を揚げることになってしまった。
「ただし! 普通のアクセサリーはダメだ。俺が作ってやるからそれで我慢してくれ」
「何っ、お前そんなことできるのか!?」
「錬金術師だって言っただろ。これでも金と魂は専門分野みたいなもんだ。今すぐここでって訳にはいかないけどな」
「そりゃあいい。サイコーだな。とびきりゴールデンなの頼むぜ」
なんて事はない風に言いながら、思考回路をフル回転させて実現の方法を必死に考える。
サーヴァント本体に合わせて霊体化させるなら、何かしらの霊体に金の性質転写を施した上で形状を整えるのが一番確実なはずだ。となると、やっぱり例の大魔術のために習得させられた転写形成法を――
思考がいい具合に煮詰まってきた辺りで、不意にバーサーカーが肩を軽く叩いてきた。
「おい、何か用みたいだぞ」
「用……?」
バーサーカーが指で示した方を見やる。そこにいたのは、長い黒髪を背中に流した一人の少女。何やら困り顔で、こちらに声をかけるか否かで迷っているようだ。
「あ、あのっ! 大霧公園にはどう行ったらいいんでしょうか!」
大霧公園といえば市内にある比較的大きな公園だ。遊具がある遊び場のようなタイプの公園とは違い、自然の中に作られた広場の趣が強い公園なのだという。
肝心なところが伝聞調なのは、亜蓮にとって朝葉市が地元ではなく、大霧公園を直接訪れたこともないからだ。
「うーん、悪いんだけど俺達も地元の人間じゃなくって……」
「何だ道に迷ってたのか。案内してやろうぜ」
「即決かよ!」
決断に迷いがなさすぎる。受け入れるにしても、せめてもう少しくらい熟考することはできないものなのだろうか。
「ありがとうございます!」
少女が喜色を浮かべて頭を下げる。
この瞬間、亜蓮が彼女を目的地まで案内することが自動的に決定した。
バーサーカーは大霧公園までの道のりを知らず、亜蓮には喜ぶ少女を前に雑用を拒絶する度胸はない。となると、亜蓮が少女の道案内をすることになるのは自明の理だ。
「……しょうがない。案内するだけだからな」
もちろん懸念事項がないわけではない。朝葉市には聖杯戦争に参加すべくやってきた魔術師が潜んでいる。中には既にサーヴァントを召喚した者もいるだろう。彼らにとって、サーヴァントを引き連れて街を闊歩している亜蓮は格好の標的になりうる。
もちろん、自分一人なら何ら問題はないという確信はある。バーサーカーと共闘すれば並大抵のサーヴァントなら撃退できるはずだ。
しかし無防備な少女を連れているとなると……いや、それ以上に最悪な展開は……
「……俺がしっかりしないと……」
商業地区を抜け、大通りを郊外へ向かって南下していく。
事前に頭に叩き込んでおいた地図の通りなら、もうしばらくすれば大霧公園を囲む人工林が見えてくるはずだ。
移動中、バーサーカーは周囲の風景にばかり興味を示していて、自分から少女と会話しようとはしなかった。そのせいで、亜蓮だけが少女のお喋りに付き合わされることになってしまった。
しかも質問の内容は、留学生なのかだの、二人はどんな関係なのかだの、ありきたりな割に本当のことを答えられないものばかりだったので、不自然に思われない程度の嘘を即席で考え続けなければならず、目的地に辿り着くまで精神的な疲労が超音速で蓄積し続けていたのだった。
「ありがとうございます、助かりました」
「はは、どうも……」
乾いた声で生返事をしながら、亜蓮はさり気なく片手でバーサーカーに合図を送った。
平日の日中だからだろうか。それとも単に不人気なスポットなのか。大霧公園には他の来園者の姿が見当たらなかった。
遊ぶような施設も観賞に足る設備もない。老人や健康志向者、愛犬家が散歩をするには丁度よくても、ただそれだけ。こんな面白みのカケラもない場所に、何の荷物も持っていない若い少女が、たった一人で何をしに来たというのか。
物好きか暇人、さもなければ――
「せっかくですから、もう少しお付き合いしてください」
少女が背に流していた黒髪を後頭部で括り上げる。
振り向きざま、少女の手元が眩く光ったかと思うと、鋭い切っ先が亜蓮の首めがけて閃光のような速さで伸びた。
「――――」
亜蓮は驚きも避けようともしなかった。
より正確には、バーサーカーの剛腕が繰り出された三叉戟の柄を殴り弾いていたので、わざわざ反応する必要がなかったのだ。
「――っと。危ないじゃねぇか、嬢ちゃん」
「残念、バレてましたか。看破スキルでも持ってるんですか?」
「ただの推理だよ。バーサーカー!」
「おう!」
バーサーカーが得物の柄に追撃を見舞うより早く、少女は素早く身を翻して距離を取った。それと同時に洋服の上から防具と袴が具現化し、瞬く間に和装のサーヴァントの姿を整える。
長い黒髪をポニーテールのように纏め、古風な男装の上から軽量の装甲を身につけた武者乙女。それが少女の本当の姿。
ようやくこのときになって、亜蓮に与えられたマスターとしての透視能力が、少女――ランサーのサーヴァントの情報を開示する。
筋力C 耐久D 敏捷B 魔力D 幸運E 宝具D
対魔力:ランクE 変装:ランクC
――以下不明
恐らく固有スキルの『変装』を使用することで、正体を看破されるまでサーヴァントである事実とステータスを秘匿していたのだろう。
対するバーサーカーは筋力A+、耐久B、敏捷B、魔力C、幸運B、宝具C。敏捷が同ランクである以外には劣っている点がない。というよりも、三騎士にしてはランサーのステータスが低すぎるように思われた。
これでもなお『最速のサーヴァント』たるランサーのクラスに収まっているのには理由があるはずだ。例えば、ステータスを向上させる宝具やスキルをあえて使用していないのだとしたら、彼女のステータスの低さも納得がいく。
「そのサーヴァントの実力、拙者に見せてもらいます。ランサーのサーヴァント、長尾景虎! いざ参る!」
三叉戟を構え、ランサーが大地を蹴る。
決して高いステータスではないとはいえ、サーヴァントである時点で、その能力は人の域を遥かに超えている。踏み込みから一瞬。亜蓮までの僅か十メートル程度の距離を詰めるには瞬きすらも遅すぎた。
しかしランサーが人の域を超えた攻め手であるのなら。
バーサーカーはそれすらも凌駕する守り手である。
「遅せぇな」
骨張った手がランサーの三叉戟の柄を握る。そのまま振り払う隙すら与えずに力を込め、片腕の力だけで三叉戟ごとランサーの身体を軽々と振り回す。
「おらぁっ!」
十分な加速を付け、投擲。
ランサーは踏み込みよりも遥かに強烈な速度で地面に激突し、砂埃を上げてバウンド。残った勢いのまま広場の端まで転がっていった。
吹き飛んだランサーの動きが止まった頃には、何とも言いがたい静寂が広場を包み込んでいた。
「……」
「……」
「……動かなくなったな」
「……バーサーカー、ちょっと様子見てきてくれ」
あまりにも呆気なかったせいか、ぶん投げた張本人ですら言葉を失っている。
亜蓮はひとまずバーサーカーに戦闘結果を確認させることにした。よもやたったの一撃、それも突撃を投げ返しただけで勝負が決するとは考えられない……というよりも考えたくなかったが、だからといって結果を確認せず立ち去るわけにもいかない。
ひょっとしたらこちらを油断させるための死んだふりかもしれない。それを確かめる意味でも、ランサーの状態を確認するのは必要だ。
「分かった。そこで待ってろ」
バーサーカーは動かなくなったランサーの元に駆け寄り、顔を覗き込んだ。そしてやれやれとばかりに首を左右に振る。
「駄目だこりゃ。完全に目ぇ回してやがる」
「本当に一撃だったのか……」
亜蓮も自分の目で確かめてみることにしたが、確かにランサーは昏倒しているらしかった。
それにしても、見れば見るほどただの少女としか思えない。
己に刃を向けてきた敵サーヴァントだというのに、亜蓮は彼女に奇妙な同情心すら抱いてしまっていた。見た目が少女だからか、それとも明らかに相手が悪すぎて一方的な戦いになってしまったからか。いずれにせよ、真っ当に聖杯を求めるマスターならありえなかった感情だ。
ふとバーサーカーに視線を向けると、あちらもまた難しそうな顔つきで少女を見下ろしていた。
「バーサーカー。とどめは……」
「…………」
無言の圧力。
「……刺せないよなぁ」
さて、どうしたものか。
はぐれサーヴァントでもない限り、この戦いはランサーのマスターの知るところになっているはずだ。ならばこれ以上余計な手出しはせず立ち去った方が懸命かもしれない。
「おい見てんだろ、ランサーのマスターさんよ。これ以上は手出ししねぇから大人しくしとけ。それと、この辺にいるならいっぺんツラ拝ませやがれ!」
バーサーカーの大声が公園に響き渡る。
いくらなんでも、サーヴァントをやられたマスターがのこのこ姿を現すとは思えない。大方、こちらが撤退するのを息を潜めて待っているか、令呪でランサーを強制離脱させるタイミングを伺っているのだろう。
周囲への威嚇はバーサーカーに任せ、亜蓮は腕を組んで考え込んだ。
「しかし……長尾景虎か。真名をいきなり明かすとは思えないけど、俺達を騙すための偽情報にしては流し方が稚拙過ぎる……」
「長尾景虎のことくらいなら、聖杯経由で知ってるぞ。上杉謙信とかいう武将のことだろ。相当な豪傑だって話だが、まさか女だったなんてなぁ」
「女性説もある英雄だから、そこはまだいいんだ。けどなぁ……」
亜蓮は言葉を淀ませた。
「……上杉謙信がこんなに弱いだなんて、いくらなんでも腑に落ちない」
坂田金時がそうであるように、英霊の実像が世に広まったイメージと食い違っていることは十分ありうる。だがそれでも、軍神と謳われた武将がこの程度の戦闘能力しか持ちあわせていないというのは考えにくかった。
疑問は尽きないが、昏倒したランサーを囲んで首を傾げていても何の意味もない。
バーサーカーに撤退を指示しようとした直前、不意にバーサーカーが顔を上げ、人工林の一画を睨んだ。
「どうした?」
「おい。アレ、見えるか」
視線の先では一羽の鳥が枝に止まっていた。
……いや、あれはただの鳥ではない。生体から採取した部品と無機物を魔術的処理で組み合わせた人形、いわば鳥人形とでも呼ぶべきものだ。飾って楽しむインテリアなどではなく、魔術師の意のままに動く使い魔に近い代物である。
鳥人形が紅水晶の瞳を瞬かせ、人工林の奥へ飛び去っていく。
「誘ってやがるな。追うか、マスター。……マスター?」
訝しがるバーサーカーの横で、亜蓮は顔面に引き攣った表情を貼り付けていた。召喚から半日、マスターの初めて見る異様な表情に、さすがのバーサーカーも戸惑いを隠しきれていない。
「い、いや、止めよう。早く離れたほうがいい」
「……あの鳥のこと、何か知ってるのか?」
「ああ知ってるさ! 知ってるから早くここから――」
この場から逃げ出そうとする亜蓮だったが、バーサーカーの剛腕に捕まえられて無理やり引き止められてしまう。
そうこうしているうちに、人工林の奥、鳥人形が飛んでいった方向から人影が近付いてきた。
「やっぱりやられちゃったわね。マスターは傷つけないよう命令はしてたけど、意味なかったか」
長い黒髪。視線を遮る前髪。青白くすら見える肌。肩には紅水晶の瞳の鳥人形。
充分に少女と呼べる容貌のその女は、亜蓮の姿を認めると――仄かに頬を赤らめて微笑んだ。
敵意でも悪意でもない。少女が向ける眼差しの意味は純然たる好意。隣に立つバーサーカーのことは最初から視界にすら入っていないのだろう。
「久しぶりだね、亜蓮君」
「鈴ヶ峰……どうして、よりによってお前がここに……」
「亜蓮君こそ。私に黙って
青ざめた亜蓮とは対象的に赤らんだ頬に、そっと左手を添える。その手の甲には、イバラのように絡みあった三画の赤い文様がはっきりと浮かんでいた。
理性の蕩けた眼差しが、嘗めるように亜蓮を見つめる。
「でも、もう大丈夫。これからは私が守ってあげるから」