Golden Wars   作:吟醸丸

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2日目/再会

 深夜、人通りの絶えた道で黎花はタクシーを降りた。

 

「お嬢ちゃん、本当に大丈夫かい?」

 

 タクシーの運転手が窓から身を乗り出して心配そうに声をかける。この辺りは夜間はおろか日中であっても人が寄り付かない場所だ。華奢な少女がたった一人で歩きまわるような土地ではない。

 黎花は余所行きの笑顔を浮かべ、両眼を覆う前髪の左半分をかき上げた。

 

「大丈夫ですから。ご心配なく」

 

 その瞬間、運転手の意識は黎花の瞳に吸い込まれていった。

 黒い瞳に見えたそれは、丹念に磨き上げられた黒水晶。白目を模した組織に包まれた水晶造りの美麗な魔眼。一般人にすぎない運転手はただの一瞥で思考を掌握され、認識を黎花にとって都合のいいように書き換えられてしまった。

 

「……ああ……そうだった、大丈夫だね。もちろん大丈夫だ」

「三十分程度で戻ります。そこで待っていてください」

 

 暗示が効いたことを確かめてから、黎花は深夜の街へ歩き出した。

 人通りも車の通行も一切なく、電灯が切れかけた街灯がパチパチと点滅している。壁には雑多な落書きがあり、半壊した雑居ビルがそこかしこに放置されたままだ。まさしく、社会から見捨てられた区画と呼ぶに相応しい雰囲気である。

 

『魔眼など使わなくても、ただの暗示でも充分だったのでは?』

 

 霊体化したランサーが音もなく喋りかけた。門外漢なりに魔術行使のリスクを気遣った発言だったようだが、黎花の返答はひどくそっけないものだった。

 

「その場凌ぎの暗示はふとしたことで解けちゃうの。それで置いて帰られたら面倒じゃない。帰りの足を確実に用意しておきたかったのよ」

『はぁ、そういうものですか』

 

 実行する側は気楽に考え、それを見守る側が深刻に考えるケースは一般社会でもままあることだ。

 もちろん、黎花もただ楽がしたかっただけではない。聖杯戦争は夜の街が主戦場。主催者の目と鼻の先で宝具を乱発する間抜けはそういないだろうが、行き帰りを狙われる恐れはある。徒歩での長距離移動は可能な限り避けるべきだ。

 その点、往復にタクシーを使えば移動時間が大幅短縮できるのみならず、一般人である運転手の存在が、神秘の隠匿を重んじるマスターに対する盾、一種の抑止として機能することも期待できる。些か非人道的な発想ではあるが、そもそも魔術師に真っ当な倫理観を期待する方が間違っているのだ。

 

『それにしても酷い有様ですね。廃墟みたいです』

「廃墟みたいじゃなくて廃墟そのものよ、ここは」

『……街中ですよ?』

 

 ランサーの言うとおり、ここは朝葉市の市街地に位置していながら、崩れかけたまま補修されることなく放置されている。普通なら速やかに取り壊しや改築が行われているはずである。

 黎花は信号すら止まった道路を渡りながら、この地区にまつわる事情をぽつりぽつりと語りだした。

 

「七年前、朝葉市で亜種聖杯戦争が開催されたの」

『本当ですか? 以前にもそんなことが……』

「参加者は四組。外来の魔術師が三人に、土地の管理者でもある主催者がマスターを兼ねて合計四人。最後に残った二組が最終決戦を繰り広げたのが――この地区」

 

 黎花はアスファルトに刻まれた一直線の亀裂を軽く蹴った。サーヴァントの神速の剣戟が掠めた痕跡だ。

 

「決着の後、この土地に魔術的な()()の痕跡が残ったみたいで、土地の管理者はここに一般人を近付けられなくなったそうよ。廃墟のまま残されているのも、管理者が裏であれこれ手を回したから。説明はこれで充分?」

『はい。しかし、その魔術的な痕跡とは何なのでしょう』

「さすがにそこまでは知らないって。だけど七年経っても手付かずということは、よほど強い力――宝具クラスの余波が残留してるってことじゃないかな」

 

 会話を交わしているうちに、黎花は目的地にまでたどり着いていた。

 近代的なビルの亡骸に挟まれて佇む一軒の教会。白い壁はくすみ、ひび割れ、戦いと経年劣化の影響を如実に示している。建物自体は傷んでいない箇所がないほどだが、窓ガラスと扉だけはごく最近修繕された形跡がある。

 黎花は正面の扉を押し開けて、協会の中へ足を踏み入れた。

 

 ――廃墟だ。

 

 礼拝堂の内部はまるで竜巻が暴れ狂ったかのように荒れており、無事な椅子を探すほうが難しい。美麗であったであろう内装は見る影もなく、ステンドグラスは無残に砕け散っている。

 残骸を覆う埃の層は極めて分厚く、一歩踏み出すごとに埃が舞い上がる。埃の積もり具合からすると、今回の聖杯戦争でもたらされた破壊ではない。それよりも遥か以前、あるいは前回の聖杯戦争か。

 黎花は不快そうに口元を抑え、早足で祭壇の方へと向かった。

 祭壇の周辺だけは綺麗に清掃が行き届いており、破壊の残骸も不潔な埃もすっかり片付けられている。それどころか、何かしらの魔術行使によってか清浄な空気が保たれてすらいた。

 

「よくいらっしゃいました。歓迎します、聖杯に選ばれたマスターよ」

 

 不遜にも祭壇を撤去して設置された質素な椅子に、色素の薄い髪の女が座っている。

 黎花はその女の前で立ち止まると、丁寧に一礼した。

 

「お久しぶりです、継都お姉様」

「あら。大きくなったわね、黎花ちゃん」

 

 その女――聖杯戦争の主催たる白銀継都は、柔らかな声色で黎花の名を呼んだ。

 

「事前連絡は届いてるわ。今回の聖杯戦争について説明を……だったわね。少し長くなると思うから、そこの椅子に掛けて」

「ありがとうございます」

 

 黎花は促されるまま、破壊を免れ綺麗に手入れされた長椅子に腰を下ろした。

 敵対する一族の当主同士の対面でありながら、両者の間に険悪な雰囲気は感じられない。むしろお互いの健在を喜んでいるようにすら見える。

 

「それで、さっそくですけど」

「ごめんなさい。今夜は()()()()のアポイントメントも入ってるの。できれは二組同時にお話したいのだけれど、構わないかしら」

「……ええ、構いません」

 

 他のマスターと遭遇する可能性は想定していたが、最初から同席することになるとは。この場で戦闘に発展することはないにせよ、僅かな油断が今後に影響しかねないのは間違いない。黎花は改めて気を引き締めた。

 

『――法度である。この場ではサーヴァントの霊体化は禁ずる』

 

 どこからともなく明朗な若い男の声が響く。継都の隣に光の粒子が集い、一枚布の豪奢な上着を纏ったサーヴァントが実体化した。

 

「サーヴァント! 継都お姉様も聖杯戦争に参加を!?」

「いいえ、私は参加者ではないわ」

 

 驚き、焦る黎花に、継都はゆっくり言い聞かせるように説明をする。

 

「彼は審判者(ジャスティス)のサーヴァント。聖杯戦争を滞りなく完遂させるために召喚した……そうね、中立の審判(ジャッジ)のようなものと考えて貰っていいわ」

「ジャスティス……」

 

 黎花は改めてジャスティスの方を見やった。

 外見から判断する限り、西洋の英霊であるのは間違いない。審判者と聞けば納得せざるを得ない風体だ。顰め面に近い表情からは生真面目さと厳格さ、そして妥協を許さない頑なさが隠されることもなく滲み出ている。

 きっとこれは彼の自然な表情なのだろう。黎花は漠然とそんなことを思った。

 審判役とはいえサーヴァントであることに変わりはないらしく、視覚情報と同時に、マスターとしての透視力を通じて黎花の脳裏にジャスティスの能力値が浮かぶ。

 

 パラメータ

  筋力D 耐久D 敏捷E 魔力A+ 幸運A 宝具EX

 クラス別スキル

  精神防壁A+ ――精神干渉、精神攻撃への耐性。

  単独行動A ――マスター不在でも行動可能。

 

 黎花は息を飲んだ。

 パラメータは魔力と幸運が高く筋力耐久敏捷が低いキャスター的な数値。審判者を名乗るだけあり、クラス別スキルは精神的な揺さぶりや他者の存在の影響をシャットアウトするものが揃っている。

 そして何より目を引くのが、宝具EXという規格外である。

 亜蓮のバーサーカーの宝具がパラメータの表示上ではランクC、ランサーの宝具は表示上がランクDで、実際にはランクD+のものが一つとランクC+のものが一つ。今まで目にしてきたサーヴァントとは文字通り桁が違う。

 

「法度である。サーヴァントの実体化を」

「失礼。ランサー、出てきなさい」

 

 即座に武装姿のランサーが実体化する。男装少女が軽量の鎧を纏ったその姿に、継都は少し驚いた反応をしたが、ジャスティスの方は眉一つ動かしはしなかった。

 

「宜しい。以降も規則に抵触することがあれば通達する」

 

 ジャスティスが無感情に告げたところで、教会の扉が乱暴に開け放たれた。

 入ってきたのは、青年と壮年の過渡期といった雰囲気の男。夏が終わったばかりだというのに気の早いコートを羽織り、長身に見合った長い足で大股に近付いてくる。

 ランサーが小声で黎花に耳打ちする。

 

「サーヴァントの気配がします。恐らくはマスターかと」

 

 コートの男は黎花と継都の近くで立ち止まり、帽子を脱いでその素顔を晒した。頬に刻まれた大きな傷と鋭い目付きが、彼が明らかに只者ではないことを如実に表していた。

 

「七年振りか、()()()()()()()()()。見違えたぞ」

 

 その言葉は黎花に向けられたものではない。男は黎花のことなど眼中にも入れず、ただ継都だけを見据えている。

 

「あの頃の私はまだ子供でしたから。七年も経てば変わりもします。それと、今回は参加者ではありません」

「そうだったな」

 

 ここに来てようやく、男は黎花とランサーを一瞥した。

 黎花はこの男を知っていた。秋御宮(あきみぐう)(あがた)。数々の亜種聖杯戦争に参戦し、幾つもの亜種聖杯を勝ち取ってきた魔術師だ。一部では聖杯戦争荒らしと渾名され、恐れられているという。

 彼こそが、朝葉市で開催された前回の聖杯戦争の勝利者である。

 参戦が想定された魔術師の中でも最悪の部類に入る難敵だ。

 

「法度である。この場ではサーヴァントを実体化させておくように」

 

 ジャスティスは無感情な顔のまま同じ命令を下した。このサーヴァントが変節することは天地がひっくり返ってもありえそうにない。

 

「ふむ……ライダー」

 

 呼びかけに応じ、秋御宮のサーヴァントが実体化する。

 

「すまんな、主催者殿の指示だ。そのまま同席してくれ」

「儂は一向に構わん。好きにしろ」

 

 威風堂々たる王者の気を漂わせた英霊だ。外見こそ若々しいが、サーヴァントは最盛期の姿で召喚されるため、あくまで肉体的な全盛を迎えた頃の姿なのかもしれない。現代におけるどの民族とも人種とも異なる容貌と装飾は、彼が神話の住人、あるいは遥かな古代、もしくは滅び去った民族の英雄であることを暗示している。

 身につけた装飾品は貴金属ではなく鉄製のようだが、それらにも比類なき魔力の滾りが感じられた。

 黎花は抜かりなく透視力を発揮し、ライダーのステータスを確認した。せっかくの好機を逃すわけにはいかない。最大の難敵と見定めた陣営の戦力を安全に知ることができるのだから。

 

 パラメータ

  筋力C 耐久A 敏捷C 魔力B 幸運D 宝具A+

 クラス別スキル

  対魔力D ―― 一工程による魔術行使を無効化する。

  騎乗A+ ――獣であるのならば幻獣・神獣のものまで乗りこなせる。

 

 マスターが優れている割にステータスが特別高いわけではない。クラス別スキルもライダーとしては並程度。元々のスペックがさほどでもないか、日本では知名度が低い英霊なのだろう。

 しかし、秋御宮ともあろう者がサーヴァント選びに失敗するとは考えにくい。きっと弱体化を補って余りあるスキルか宝具を有しているはずだ。

 黎花は剣闘士のサーヴァントの映像を思い返した。発言に偽りがないとすれば、あのおかしなサーヴァントは目の前のライダーと戦い、森林を破壊し尽くしたということになる。やはりライダーの宝具には最大限の警戒を向けるべきだ。

 

「さて、それでは話を伺おうか」

 

 秋御宮は黎花が腰掛けた椅子とは別の長椅子にどっかりと腰を下ろした。やはり戦い慣れしているだけあり度胸も座っている。

 

「ではお話いたしましょう。この聖杯戦争に関わる物語を――」

 

 

    ◇ ◇ ◇

 

 

 0時はとうに過ぎているが、白銀家別邸の窓には依然として明かりが灯っていた。

 元は書斎だったと思われる部屋で、亜蓮は山のように重ねられた手紙と書類を手早く分類していた。どれも古風な便箋と封蝋が使われたものばかりで、中には羊皮紙らしきものまで混ざっている。現代の郵便制度で常用される封筒はひとつも見当たらない。

 

「何かすげーことになってんな。誰からの手紙だ?」

 

 バーサーカーは無許可で手紙の一枚を開いたが、筆記体の外国語で専門用語が容赦なく羅列された文面を一目見て、心底嫌そうな顔をして元の位置に戻した。

 

「事前に依頼してあった調査の報告書だよ。時間の掛かる調査は現地で報告を受ける取り決めにしてあったんだ」

「調査ねぇ。んなチマチマしたことしなくたって、正面から突っ込めばいいじゃねぇか」

「勘弁してくれ。そんなの魔術師のやることじゃない」

 

 ともあれ調査結果は上々だ。前から分かっていたことの裏付けも含め、必要そうな情報がおおよそ揃っている。

 

 朝葉市――魔術協会が所有する霊地のひとつ。以前は協会に属さない魔術師の一族が所有していたが、その一族が衰退、断絶したことで協会の手に渡った。厳密には霊地があるのは市の郊外で、市街地そのものは霊地のお零れに与る程度。

 現在のセカンドオーナーは碓氷清政。

 表社会でも名だたる富豪で、朝葉市周辺に点在する協会管理下にない小規模な霊地は、殆どが彼の私的所有物となっている。一方、魔術師の家系としては衰退しつつあり、直系の後継者は絶望的。

 七年前、碓氷清政は朝葉市にて亜種聖杯戦争を開催した。開催の目的は願望器の力で後継者を儲けるためと推測される。

 他の参加者は三名。並びに予備マスター三名。

 降霊術師、秋御宮縣。錬金術師、白銀銑理。傀儡師、鈴ヶ峰(ぎょう)

 聖杯は秋御宮縣が獲得するも、願望器としての性能はサーヴァント四騎の聖杯戦争の成果としては劣悪。儀式過程で何らかのトラブルが発生したものと見られる。

 

 ――資料の半分を纏め終えたところで、亜蓮は一息つくことにした。

 喉を潤すため熱い紅茶を淹れる。濃度はひたすら濃く、糖分補給のため砂糖もしっかりと。カフェイン飲料はコーヒーよりも紅茶派だ。コーヒーが嫌いなわけではないがどちらかを選ぶなら紅茶がいい。

 書斎へ戻る途中でリビングに立ち寄ると、和装のバーサーカーがフローリングに直接あぐらを掻き、何冊もの雑誌を広げて見入っている。日中、外出したときにかき集めたフリーペーパーや、買えと言って聞かなかったファッション雑誌のようだ。

 

「なぁ、こういう服とか作れねぇか。ゴールドがいけるなら服もいけるだろ」

「……お前なぁ。ホストかヤクザみたいな格好で戦争する気か? 鎧はどうすんだ、鎧は」

「分かってねぇな。ビシッと決めねぇと戦いにも気合いが入んねぇんだよ」

 

 相変わらずマスターの苦労も顧みずに無茶を言うサーヴァントである。本格的な戦いが始まったら真っ当に振る舞ってくれることを祈るばかりだ。

 リビングから立ち去ろうとした矢先、不意にバーサーカーに呼び止められる。

 

「待て……来るぞ」

「来る? 何が」

「サーヴァントだ」

 

 直後、亜蓮の魔術回路に鈍い衝撃が走る。

 

「ぐっ……!」

 

 結界を破られた――亜蓮は直感的に事態を理解した。

 結界の基点が力尽くで破壊されたのではない。それなら物理的な振動や音でもっと早くに露呈している。考えられるのは魔術的な手段による解除だ。それも繊細な技術で鍵を開けるようなものではなく、破壊的な魔力を流し込んで強引に術式を砕くという無茶苦茶な手口。

 こんな真似、人間業ではない。ならば答えは一つ。

 

「バーサーカー、迎撃を! 屋敷の正面! 敵はキャスターだ!」

「応っ!」

 

 簡素な指示を送るや否や、バーサーカーは即座に霊体化し、壁を透過して正面玄関へ向かった。

 亜蓮もすぐさま後を追うが、その脳裏にはいくつもの疑念が浮かんでいた。

 キャスターのサーヴァントは自陣に籠っての籠城戦法が定石のはずだ。これは世界中で行われた亜種聖杯戦争の記録からも明らかだ。拠点を追われて遭遇戦に追い込まれたのならまだしも、自ら敵陣に突っ込んでくるなど尋常ではない。

 チマチマしたことをせず真っ向から突っ込む――バーサーカーの発言をまさかキャスターに実行されることになろうとは。

 可能性としては、戦士としても優れた魔術使いか、あるいはただの蛮勇の持ち主か。精神が錯乱した狂人か……いずれにしても真っ当なキャスターとは考えないほうが良さそうだ。

 

「くそっ……!」

 

 亜蓮は玄関の扉を蹴破る勢いで外に出た。

 真っ先に目に飛び込んできたのは、こちらに背を向けたバーサーカーの後ろ姿だった。宝具は具現化させておらず、無手のままキャスターと対峙している。

 対するキャスターもまた武器を携えていない。

 紅色の着物に美しい黒髪。あどけなさを残した顔立ち。黎花のランサーという少女姿のサーヴァントの前例と魔力に満ちた赫眼がなければ、アレがサーヴァントであるという確証は抱けなかったに違いない。

 

「バーサーカー! 妙なことをされる前に勝負を……おい、バーサーカー?」

 

 ここに至って、亜蓮はバーサーカーの様子がおかしいことに気がついた。バーサーカーは戦闘態勢を整えるでもなく、ただ唖然と――いや、呆然と立ち尽くしているだけだった。魔術で心を乱された様子はない。目の前の光景に驚愕し、思考が停止してしまっているのだ。

 キャスターの整った口元が笑みに歪む。歓喜と憎悪と憤怒が()い交ぜになった、殺意の笑顔。

 

「なるほど、しっかりと覚えているようだな」

 

 キャスターが着物の袖を上げ、おもむろに右腕を包む包帯――魔術的処理を施された帯状の呪符を解いた。露わになった白い肌は、指先から右肘まで、梵字のような文様でびっしり埋め尽くされていた。

 一歩、また一歩と、キャスターがバーサーカーに近付くにつれて文様が鮮血のような光を帯びていく。

 

「てめぇ……は……」

「私の名、私達のこと、覚えているんだろう。それなら、これから私が何をするつもりか、想像がつくんじゃないか?」

「バーサーカー! 何やってるんだ!」

 

 亜蓮がいくら声を張り上げようと、バーサーカーは戦うことも離脱することもしなかった。否、できずにいたのだ。驚愕に目を見開き、キャスターの姿に視線を奪われ続ける以外には、何一つ。

 

「あの人の仇、ここで討つ!」

 

 キャスターが右腕を高く掲げる。

 

怨讐ノ腕(おんしゅうのかいな)!」

 

 宝具の真名が解放された瞬間、右腕を中心に凄まじい魔力が渦巻いた。それはまさしく漆黒の風。物質化寸前まで高められた呪詛の渦。大気を軋ませる怨念の波動。地表の砂塵が巻き上げられ、波動に触れた枝葉は瞬時に呪いに侵され朽ち果てる。

 あまりにも悍ましい魔力と怨念の滾りを前に、亜蓮はそれ以上一歩も前に進むことができなかった。たかが魔術師風情の抵抗力では、あの渦に触れた瞬間に魂を砕かれるに違いない。

 

「さあ――懴悔(さんげ)の刻だ! 坂田金時!」

 

 キャスターの足が大地を蹴る。魔術師らしからぬ脚力は猛獣のそれを遥かに凌駕し、キャスターは瞬く間にバーサーカーの懐にまで踏み込んでいた。

 致死性の呪詛(どく)の嵐を束ねた拳が、無防備な胴体へ繰り出され――

 

「戻れ!」

 

 ――何もない空間を抉り抜いた。

 キャスターの赫眼がぎょろりと動き、拳が標的を逸した原因を探り当てる。

 一瞬前までキャスターの眼前にいたバーサーカーは、いつの間にか少しばかり離れた亜蓮の側で片膝を突いていた。明暗を分けたのはただ一言の命令。咄嗟に行使した令呪の発動が、キャスターの一撃に先んじた幸運。ただそれだけであった。

 無論、バーサーカーが無傷で済んだわけではない。拳こそ当たらなかったものの、バーサーカーはそれを覆う呪詛の一端を至近距離から浴びていた。魂を打ち据える怨念の波動の威力は、サーヴァントであっても相当な消耗を免れ得ない代物であった。

 

「すまん、やらかした」

「どういうことか、後でしっかり説明してくれよ」

 

 バーサーカーは口から垂れた血を指で拭った。そして立ち上がるなり巨大なマサカリを実体化させる。

 消耗を考慮しても、正面対決に持ち込みさえすればこちらが圧倒的に有利だ。キャスターは単独行動中のようだが、こちらはマスターである亜蓮が魔術で直接支援することもできる。

 それなのに、キャスターは怨念の渦を束ねた拳を握り直し、バーサーカーと相対する構えを取った。

 常軌を逸しているとしか言い様がない。近接戦闘に特化したサーヴァントに対し、キャスターが直接対決を挑むとは。それとも一対一であれば勝算があるとでもいうつもりなのだろうか。

 改めて両者が激突するかと思われた瞬間、二体のサーヴァントは同時に空を仰いだ。

 キャスターは怒りに顔を歪め、バーサーカーは呆れに顔を緩ませて。

 

「ちっ――」

「――おいおい」

 

 亜蓮がその理由を知ったのは数瞬後のこと。広い間合いを置いて対峙するバーサーカーとキャスターの間に、武装したランサーが()()したのだ。しかもその腕に黎花を抱きかかえている。

 

「着い、たぁ……!」

「貴女が襲撃者? よりによって亜蓮君を狙うなんて、いい度胸ね」

 

 既にかなり消耗しているランサーの腕から降りて、黎花はキャスターに啖呵を切った。キャスターは突然の闖入者を睨みながらも、右腕の呪詛の渦を収めていく。

 

「鈴ヶ峰!? どうしてここに!」

「あは、来ちゃった」

 

 答えになっていない返事だったが、その態度でおおよそ見当がついた。

 例によって亜蓮を監視させていた鳥人形を通じてキャスターの襲撃を知り、大急ぎで戻ってきたのだろう。気の毒なランサーは、街中を最速で移動するため黎花を抱えてビルや建物の屋上を疾走し、物理的な直線距離を進まさせられたに違いない。

 

「いやまぁ、増援はありがたいんだがな。馬鹿だろお前」

 

 バーサーカーが歯に衣着せず言い切った。

 黎花はむっとした顔になったが、すぐに気を取り直してキャスターに向き直る。

 

「行きなさい、ランサー。宝具の発動も許可するわ。ノルマは九分割よ」

「えぇー……せめて休息を……」

「その必要はない。この場は退かせてもらう」

 

 キャスターが足で地面を軽く叩いたかと思うと、瞬間的な旋風が巻き起こり、キャスターの身体がふわりと宙に浮かんだ。そのままの勢いで一気に上昇し、あっという間に見上げるほどの高さに到達する。

 惚れ惚れするほど鮮やかな飛行魔術だ。錬金術師にとっては専門外だが、技巧の凄まじさはよく分かる。

 

「待ちなさい!」

「嫌だね」

 

 キャスターは空中で身を翻し、どこかへ飛び去った。

 それでも黎花は戦意を失っていなかったが、黎花以外の三人は追撃の意志を持っていなかった。ああも鮮やかに逃げられたのでは、わざわざ追いかけるつもりにはなれないというものだ。

 戦闘の痕跡の隠蔽を始める前に、亜蓮は一つだけ確かめておくことにした。

 

「なぁ、バーサーカー。今の奴って、まさか……」

「……ああ、そのまさかだよ」

 

 バーサーカーはキャスターが飛び去っていた方角を見上げた。

 

「茨木童子。オレ達が倒した鬼の一体だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

      ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

CLASS キャスター

 

マスター   ????

真名     茨木童子

性別      女性

身長・体重 165cm・52kg

属性     混沌・中庸

 

筋力|□□□□■ B  魔力|□□□□□ A

耐久|□□□■■ C  幸運|□□□□■ B

敏捷|□□□■■ C+ 宝具|□□□■■ C

 

クラス別能力

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

陣地作成:B  魔術師として、自らに有利な陣地を作り上げる。

        "工房"を形成する事が可能。

 

道具作成:C  魔力を帯びた器具を作成可能。

 

保有スキル

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

邪術:B  魔術の一種。他者に危害を加えることに特化した系統。

      自己強化や詐害のための変身・幻術なども含まれる。

 

戦闘離脱:C  引き際を見極める能力。不利な戦闘から高確率で撤退可能。

        ただし自分以外は対象にできない。

 

単独行動:B  マスターからの魔力供給を断ってもしばらくは自立できる能力。

        ランクBならば、マスターを失っても二日間現界可能。

 

 宝 具

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

怨讐ノ腕(おんしゅうのかいな)

ランク:C++ 種別:対人宝具 レンジ:1 最大捕捉:1人

  かつて切り落とされた右腕を素材とした呪法兵器。魂砕きの拳。

  打撃に怨念の波動を上乗せし、肉体と魂の双方にダメージを与える。

  打撃ダメージの発生と怨念の波動の発生は別判定で、当たりさえすれば魂にまで効果が及ぶ。

  また、魂に対するダメージは鎧や肉体の特性による無効化および軽減を受け付けない。

  初期状態ではランク相応の威力だが、対象を恨んでいればいるほど威力が上昇する。

  その性質上、怨敵たる源頼光と四天王に対しては常に最大威力。

 

■■・■■■■(■■■・■■■■■■■)

ランク:■■ 種別:■■■■ レンジ:■■ 最大捕捉:■■

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