Golden Wars   作:吟醸丸

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3日目/母子

 麻葉三輪神社と朝葉赤十字病院は朝葉市の南部に位置している。

 亜蓮は実体化したバーサーカーを伴って、その地区に足を運んだ。黎花とバーサーカーは連れてきていない。人数が多すぎると相手を不必要に警戒させるというのもあるが、何よりランサー陣営と協力関係にある事実をなるべく隠しておきたかった。

 

「ここか……」

 

 亜蓮は鳥居の前で立ち止まった。麻葉三輪神社。社だけが建っているようなものを想像していたが、以外に立派な境内を構えている。かといって物凄く大きな神社というわけでもなく、平日の日中というのもあってか参拝客の姿も見当たらない。

 敵拠点かもしれないと思うと踏み込むのを躊躇ってしまうが、神社の前でうろうろしているのも怪しまれる。

 

「確認だけど、お守りを貰った相手は”子連れの女”なんだよな」

「おう。これくらいのちっこい餓鬼だ」

 

 バーサーカーは脇腹の辺りで手を動かした。その大きさなら小学校低学年くらいか。

 開催地を拠点とするマスターは、身内――特に跡継ぎを他の土地に避難させておくのが定石だと聞く。お守りの女がマスターなのだとしたら不用心この上ない。魔術師として自殺行為と言ってもいい。

 そこはかとない違和感を覚えながら、亜蓮は神社の境内に足を踏み入れた。

 

「……静かだ」

 

 魔力の気配はおろか小煩い喧騒すら聞こえない。快適な空間ではあるのだが、魔術的な守りの一つも施されていないのは却って不気味だ。

 

「バーサーカー。何か感じるか?」

「いんや、何にも。気配のカケラも感じねぇ」

 

 サーヴァントは他のサーヴァントの気配をある程度まで感知できる。バーサーカーが敵の気配を感じていないということは、少なくとも神社周辺にはいないか、神社を拠点と見定めた推測が間違っているか。

 相手のサーヴァントがアサシンであることも考えられる。

 アサシンは直接戦闘こそ大したことはないが、マスター殺害に特化したクラスだ。亜種聖杯戦争では真っ先に潰すことが定石とされるほどで、強さではなく厄介さで言えばこれ以上のクラスは存在しない。

 

「そこで待っててくれ。社務所を見てくる」

 

 バーサーカーを鳥居のところに残し、亜蓮は本殿近くの社務所へ向かった。

 客観的に見ればリスクの高い行動だった。神社の警戒があまりにも薄かったせいで、亜蓮の心に油断が生じていたのは否めない。

 どうやらこの建物は社務所と自宅を兼ねているようだ。玄関の横に社務所の看板と自宅の郵便受けが並んでいる。

 郵便受けに書かれた名前は三つ。弓削郷蔵、神崎美那子、神崎拓真。神崎姓の二つは後から書き加えられたらしく、筆跡も使われたペンの種類も異なっている。

 亜蓮は意を決し、インターホンに手を伸ばした。

 

「ごめんください」

 

 もちろん無策でこんなことをしているわけではない。亜蓮の視覚はバーサーカーに共有され、いつでも念話で言葉を交わせるようにしてある。亜蓮が一般人の振りをして訪問し、応対に出た人物の顔をバーサーカーが視覚共有で確認することで、お守りを渡した人物と一致するか否かを念話で伝えるという手筈だ。

 反応がないのでもう一度インターホンを押そうとしたとき、横開きのガラス戸がゆっくり開けられた。

 

「はい、どなたでしょう」

 

 若い女性だ。外見的には三十前後、ひょっとしたら二十代後半かもしれない。服装や化粧も落ち着きあるもので、悪く言えば所帯染みた雰囲気を帯びている。俗な例え方をするなら、学年で上から数えた方が早い美少女が、家庭と子供を持ったらこういう風になるのだろうと思わせる女性だった。

 女性は――郵便受けの名前からすると神崎美那子だろう――この町では珍しい亜蓮の容姿に面食らったようだ。

 亜蓮は警戒心を与えないよう、余所行きの笑顔で応対することにした。

 

「あの、すみません。大学のフィールドワークでこの町を見て回っている者なんですけど。ここの神社の神職の方はおられますか?」

 

 予め用意しておいた偽情報を伝えながら、念話でバーサーカーに呼びかける。

 

『どうだ? この人で合ってるか? ……バーサーカー?』

 

 反応がない。念話の経路(パス)が妨害されているわけではないので、単に気付いていないだけなのだろうが……

 

「神職は父ですが、しばらく不在なので私が代理をしています」

「ああ、そうでしたか」

「言伝があるならお預かりしますし、私で答えられることでしたら」

「いやぁ、その」

 

 予想外の事態に亜蓮は焦りを覚えだした。

 これ以上、適当に誤魔化しても違和感を覚えさせるだけだ。そろそろ切り上げた方がいいかもしれない。そんな考えに至った矢先、鳥居の方から元気に満ち満ちた声が聞こえてきた。

 

「うわー、すっげー!」

「ははっ! だろ? こんくらい軽い軽い!」

 

 嫌な予感をひしひしと感じつつ、恐る恐るそちらに目をやる亜蓮。繰り広げられていた光景は予想通り過ぎて頭痛すら覚えそうだった。

 バーサーカーが小学生くらいの少年を片手で持ち上げて、その怪力ぶりで少年を楽しませている。念話に気が付かなかったのはこのせいか。亜蓮は美那子の前だということも忘れ、片手で顔を覆って深々と溜息を吐いた。

 

「拓真っ!」

 

 その隣で美那子が悲鳴にも似た声を上げる。

 息子が巨漢と戯れているのだから悲鳴を上げるのも当然だが、美那子の狼狽ぶりはその程度に留まっていない。

 亜蓮の直感が一つの推論を指し示す。

 ――彼女はマスターだ。バーサーカーのステータスが見えているからこそ、大袈裟なほどに狼狽したのだ、と――

 亜蓮は服の右袖をたくし上げ、前腕に浮かんだ二画の令呪を露わにする。

 

「申し訳ない。俺達、こういうものなので」

「……っ!」

 

 美代子が恐怖と敵意の籠った目で亜蓮を睨む。

 亜蓮は慌てて両手を肩の高さに上げた。

 ――()()()だ。彼女がマスターで間違いない。

 

「落ち着いてください。戦うつもりはありません。それなら正体を明かす前に攻撃してるでしょう」

 

 美代子が何かしらの行動に移る前に、畳み掛けるように戦意の無さを強調する。

 現時点で亜蓮が確認しているクラスはランサー、ライダー、キャスター、バーサーカーの四つ。つまり美那子のサーヴァントは、ジャスティスのようなエクストラクラスである場合を除き、セイバーかアーチャー、アサシンのどれかということだ。

 セイバーならバーサーカーで対抗させることもできるが、アーチャーの視界外かつ気配探知圏外からの狙撃や、アサシンの気配遮断からの強襲には対応しづらい。

 それゆえ、美那子がサーヴァントに排除命令を出さないよう立ち回るのが最善手だ。

 

「ほら、かーちゃん呼んでるぞ」

 

 さすがにバーサーカーもこちらの様子がおかしいことに気付いたのか、美那子の息子、拓真を地面に下ろす。美那子は駆け寄ってきた拓真を強く抱きしめ、暫く外に出ないようしっかり言い聞かせてから家に入れた。

 そして、強張った顔で亜蓮に向き直る。

 

「……あなた達の目的は何ですか」

 

 この状況でもサーヴァントを呼び寄せないということは、やはりセイバーの線は薄そうだ。アーチャーを遠くに待機させているか、アサシンを近くに潜ませているかのどちらかだろう。

 亜蓮がポケットから例のお守りを出してみせると、美那子は驚きに目を見開いた。

 

「中に入っていた呪符は抜いてあります」

「あ、ああ……」

「俺達は、これを仕掛けてきたマスターの素性を知りたかった。それだけです」

 

 美那子の顔がどんどん青くなる。今にも貧血を起こして倒れてしまいそうだ。

 

「おいコラ。あんま脅してんじゃねーぞ」

「脅してないってば。ていうかお前どっちの味方だ」

 

 何故かバーサーカーに凄まれながらも話の続きをする。このサーヴァントの自由さはたまに羨ましくなるほどだ。

 

「俺は()()()()を追って聖杯戦争に参加しています。その目的さえ果たせるなら、他のマスターに干渉するつもりはありません」

「…………」

「どうしても信頼が置けないなら、自己強制証文(セルフギアス・スクロール)を用いても構いません」

 

 自己強制証文。自分自身に掛ける強制の呪いにして、魔術師の交渉事において最大限の譲歩と最大限の束縛を示す呪術契約。本来なら軽々しく持ちだしていい代物ではない。

 しかし亜蓮の目的を考慮すれば、例えば『本聖杯戦争の期間中、神崎美那子とそのサーヴァントが白銀亜蓮の目的を阻害しない限り、白銀亜蓮は神崎美那子とその近親者に危害を加えず、サーヴァントにも加害を命じない』といった内容であれば、契約違反の心配は殆どないはずだ。

 問題があるとすれば、この契約は自身の()()()()を利用したものだという点だ。白銀家の魔術刻印は継都が継いでおり、亜蓮が刻印を持たない以上、自己強制証文もブラフにしかならない可能性がある。

 ――だが、美那子の反応は亜蓮の想定を圧倒的に()()()()いた。

 

「せるふ、ぎあす……何ですか? それは」

「……えっ?」

 

 亜蓮と美那子の視線が重なる。亜蓮は信じられないものを見る目になり、美那子は聞きなれない言葉に首を傾げる。予想だにしていなかったすれ違い。お互いに相手が何を言っているのか理解できていなかった。

 ここに至り、亜蓮は最大の読み違いを自覚する。

 マスターに選ばれるのは”魔術師”だけとは限らないのだ――

 

 

    ◇ ◇ ◇

 

 

 結論から言うと、やはり神崎美那子は魔術師ではなかった。それどころか魔術使いですらなく、魔術に関して多少の、より正しくは極めて中途半端な知識があるだけ。マスターに選ばれたのも偶然の産物としか言いようのない人物だった。

 本人曰く、彼女の父方の先祖にあたる弓削一族は、この()()の地を統べる陰陽師の家系だったのだという。明治維新の折に旧幕府側についたために大きく勢力を減じ、戦前には離散状態に陥ったらしい。

 魔術協会がこの土地を管理する以前、教会に属さない一族が霊地を支配していたことは事前に調べがついている。美那子の話はその裏付けだ。

 しかし、弓削一族はあくまで勢力として衰退したに過ぎず、魔術回路が衰えて衰退したわけではない。美那子がサーヴァントを召喚・維持できているのもそのためだ。

 

「父や私は些細な魔術しか教わっていませんが、土地の管理のことで現在の管理者とお話する都合上、必要最低限の知識は受け継がれてきました。外国の大きな団体、ええと……」

「魔術協会?」

「はい。曽祖父がその魔術協会と約束をしたそうです」

 

 社務所の応接室で、亜蓮は美那子から諸々の事情を聞き出していた。断片的な情報を統合する限りでは、美那子は稀にいるという『廃業した魔術師の末裔が偶然から聖杯に選ばれたマスター』と考えて間違いない。

 それにやはりというべきか、美那子とその父親は極めて簡易な魔術を掛けた品物を販売し、神社の管理運営費に充てていたようだ。

 神秘の秘匿の面で問題になりそうな商売ではあるが、セカンドオーナーの碓氷清政が見咎めていないなら、これについては部外者がとやかく言えることではない。

 亜蓮はこれ以上の情報は得られないと判断し、結論を急ぐことにした。

 

「――ともかく。最初に言ったように、こちらは聖杯戦争に勝利するつもりはありません。そちらと戦うことがあるとすれば、妨害に対する報復か防衛行動。それだけです」

「……分かりました。ですが、私にはどうしても聖杯が必要なのです。それだけは覚えていて下さい」

 

 美那子は静かに、しかし力強くそう言った。

 聖杯の完成には敵対サーヴァント全てを葬り去る必要がある。即ち美那子の宣言には、最終的には亜蓮のバーサーカーも殺すつもりだという意図が込められている。

 ――母は強しという奴か。

 やり辛い相手になりそうだ。亜蓮はそう確信した。

 

「充分です。目的さえ達成できたなら、後は如何様にも」

 

 亜蓮は席を立ち、バーサーカーを連れて社務所を辞した。

 去り際、社務所の窓から美那子の息子の拓真がバーサーカーに手を振っていたのが、妙に印象的だった。

 拠点へ戻る道すがら、バーサーカーが珍しく深い溜息を吐いた。

 

「はーぁ……遣る瀬ねえな」

「急にどうしたんだ?」

「あんな餓鬼つれて戦争なんてよ。どうにかなんねぇかね」

「どうにかって……」

 

 事情は知らないが、どうやらバーサーカーは子供、もしくは親子連れに特別な意識を抱いているらしい。これでもしも、真っ当に聖杯を求める魔術師がマスターだったらどうなっていたのだろう。怖いもの見たさで見てみたい気がした。

 

「そうだ。明日から自由時間くれねぇか」

「なに考えてんだか分かりやす過ぎだな、お前。妙な心配しなくたって、あっちにはあっちのサーヴァントがいてキッチリ守ってくれるだろ」

 

 こんなにも入れ込んでしまう質なら、()()()()を伝えないで正解だ。

 錬金術師の金の錬成は病んだ金属(もの)を健康な金属(もの)に変えることを基本思想としている。人間の病を治す万能薬(エリクサー)もその延長線上にある。そのせいか、亜蓮は()()()()()ものを見極める嗅覚が他者よりも敏感だった。

 

 その感覚が告げている。

 神崎拓真という少年は()()()()()と。

 

 どんな病かまでは分からないが、神崎拓真の肉体は確実に病んでいる。少なくとも真っ当な医学では治療できないところまで来ているはずだ。そして美那子が聖杯に託す願いは息子の病の治療で間違いない。

 このことをバーサーカーに伝えたら、きっと何もかも投げ打ってあの母子の味方をしようとするに違いない。

 だからこそ、それゆえに、神崎美那子はやり辛い相手だ。

 

「確かに、あっちにもサーヴァントはいるけどなぁ。そいつがマスターの味方をするとは限らねぇだろ。単独行動も得意だろうしな」

 

 バーサーカーが妙なことを言いながら見当違いの方向を見上げる。

 視線の先には辺り一帯で最も高いビルがそびえ立っており、ビルの屋上、フェンスの外に誰かが腰掛けているのが見えた。顔立ちや服装までは判別できないが、長身の大男だ。そしてその手には、弓らしき弧状のものが握られていた。

 反射的に、亜蓮は眼球に魔力を通して視力を強めた。

 

「アーチャーだ」

 

 バーサーカーがぽつりと呟き、亜蓮もそれに同意する。視界に映ったステータスもその推測を補強する証拠だ。

 

 パラメータ

  筋力C 耐久D 敏捷D 魔力D 幸運E 宝具B

 クラス別スキル

  対魔力D ―― 一工程による魔術行使を無効化する。

  単独行動B ――マスターを失っても二日間現界可能

 

 あの位置からなら麻葉三輪神社の境内とその周辺をまとめて監視できる。

 状況からしてあれが美那子のサーヴァントだ。あれだけ離れた位置から亜蓮とバーサーカーを狙っていたなら、気配感知に引っかからなかったのも、美那子の側に姿を表さなかったのも納得だ。能力の低さも美那子が魔術師として見習い以下であることを考慮すれば説明がつく。

 

「それにしてもよく気付いたな。めちゃくちゃ離れてるぞ」

「気付かされたんだよ。あんにゃろ、わざとらしく殺気なんぞ飛ばしてきやがった」

 

 要はこちらに対する警告だ。マスターに危害を加えるなら容赦なく狙撃するという威嚇であり、裏を返せば今は標的にしないという表明でもある。

 もう少し深読みすれば、アーチャーはこれほどの物理的距離があっても命中させられる技術、もしくは標的までの距離が苦にならないスキルか宝具を有しており、それを仄めかすことで抑止力にしようとしているとも考えられる。

 暫しの睨み合いの後、アーチャーは霊体化してビルの屋上から姿を消した。

 

「……これで残るは一騎、か」

 

 弓兵(アーチャー)槍兵(ランサー)騎乗兵(ライダー)狂戦士(バーサーカー)魔術師(キャスター)、そしてクラス不明の剣闘士風のサーヴァント。これまでに亜蓮は審判者(ジャスティス)を除く七騎のうち六騎までの存在と、七クラスのうち五クラスまでの割り当てを確認した。

 残るは一騎。剣闘士風のサーヴァントを見た目のイメージからセイバーと仮定すると、残る一騎のクラスはアサシンか。

 亜蓮は聖杯戦争の激化を予測しながら家路を急いだ。

 戦争が激化すればバーサーカーを敵として討たんとする陣営も増える。そうなる前に”本来の目的”の達成に目処を付けなければ――

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