組分けが終わった夕食の席で、パーシー・ウィーズリーが他の1年生に教員席の面々を紹介し始めた。先輩風を吹かせようとしてなのか、それとも1年生に訊ねられたからなのかは、ハリーは目の前の食事に夢中だったため聞いていなかった。
「ぼくらの寮監はマクゴナガル教授。厳しいけど公平でいい先生だよ」
途中からながら、パーシーによる説明にハリーも耳を傾ける。それぞれの寮には寮監という監督がいて、グリフィンドールにはマクゴナガル教授――組分けでハリーらの名前を読み上げた老女だ――、ハッフルパフはスプラウト教授、レイブンクローはフリットウィック教授、スリザリンはスネイプ教授がその任を負うとか。
「スネイプ教授は――あれ、あの人。いつも全身真っ黒なんだ、遠目でも分かりやすいだろう? スリザリン寮贔屓がすごくて、この二年で寮生が起こした殺人未遂を7件もみ消してる」
何人かが「7件も!?」と悲鳴を上げた。
さもあらん、ホグワーツは全学年合わせて八百人ほどの生徒しかいない環境だ。たった二年のうちに7件も殺人未遂事件が起きたということは、10万人あたりの発生率で換算すれば約880件/年(※00年頃の日本における傷害や殺人などの犯罪発生率は10万人あたり約60〜70件/年)となる。
また、蛇足であるが、2019年度における南アフリカ共和国(ヨハネスブルグのある国)の重大犯罪(殺人、強盗、誘拐その他)発生率は10万人あたり1200件/年である。薬物関連の事件を含める場合はそれから300件/年ほど増える。
「ああ。教授のお気に入りの三年生が二人がいてね、7件ともそいつらが犯人さ。そいつらがどんな問題を起こしても『悪意はなかったんだから罰を与えるべきじゃない』って庇ってるって話だよ。……ほんと腐ってる」
ハリー含む1年生たちはこわごわとスネイプ教授を窺った。黒髪に黒いローブ、病気か体質か分からないが顔は土気色をしている。スリザリン寮生に軽く手を振る様子はにこやかだが、隣に座るターバンの男に声をかけられると、いっそ清々しさを感じるほど分かりやすく顔を歪めていた。
「あーあー、パーシーったらダメダメ。それじゃ1年生が勘違いするよ」
「そーそー、説明足りなさすぎ。教えてやらないといけない話は他にもいっぱいあるだろ?」
そう口にしながら現われてパーシーに絡んだのは、彼のフレッドとジョージだ。
「スリザリンだけがヤバいなんて思わない方がいいぜ。グリフィンドールのOBにも校内で死の呪文乱射しまくったヒトとか、同級生で人体実験してアズカバンに放り込まれたヒトとかもいるからね」
「そうとも。かくいうぼくらも殺人未遂の未遂ってレベルの行為なら百回以上やってる。しかし、我らが慕わしき寮監教授のお陰でこの通り。杖も折られていない。おお、有難い寮監さま……! さあマクゴナガルを讃えよう! ハレルヤ!」
「十年くらい前に卒業した先輩の一人は、ライバル相手に七年間嫌がらせし続けた執念深い恋の奴隷だったそうだよ。『最後に愛は勝つ』って校長も言ってるから校長公認だったんだろうね!」
二人の話が真実なら、学校生活が不安になることこのうえない。
「殺人未遂の未遂」という行為がどれほどの凶悪性を持っているのかは不明だが、その半分が悪質なものであったと仮定しよう。
フレッドとジョージが新三年生であることから、二年の間に重大犯罪が50件起きたことになる。10万人あたりの事件発生率で換算すれば約3100件/年。先のスリザリン生による殺人未遂事件を加算すれば4000件/年の発生率だ。
南アフリカなど目ではない。ここは末法の世である。
「つまり……この学校には、あなた達みたいに頭のおかしい人が野放しにされてるってこと?」
くせ毛の茶髪に出っ歯な少女が顔をしかめながら、トゲトゲしい声音でそう言った。よく通る声をしている。
「そりゃそうさ。なんてったってココは教授陣からして頭がおかしいんだから。な、相棒?」
「そうとも相棒。説明しよう、ごらん、あの紫ターバンの男を。彼は闇の魔術に対する防衛術の担当、クィリナス・クィレル教授さ! さっき近くに行ってみたけど、ありゃあニンニクを肌にすり込んでるね。歩く擦り下ろしニンニクとでも呼ぶべきかな……あれだけプンプン臭いをさせてるのが近くにいたら気分が悪くなるのは当然だよ。スネイプ教授も可哀想に、あんなのの隣りにいたら五分と経たずに頭皮までニンニク臭に染められちゃうよ」
「そんで次。あれ、あのデカい丸眼鏡かけてる骨皮筋子が占い学の担当、シビル・トレローニー教授。同僚相手だろうが生徒相手だろうが関係なしに『今年あなたは死にます』とか『あなた、ああ、恐ろしい病の影が……!』とかいう不謹慎な予言しまくるヤバい人なんだけど、その予言が当たったことはこれまでに一度もない。一部生徒からは詐欺師って呼ばれてる」
入学式を終えてまだ一時間ほどだが、ホグワーツに入学したことをハリーは後悔し始めていた。
入学式を兼ねた夕食を終え監督生の引率で寮に入れば、九月の始めとはいえ石造りの建物は冷えるからだろう、暖炉に火が灯され、グリフィンドールらしい暖色のタペストリーが壁を覆っていた。
「部屋割りを発表する前に、いくつか連絡事項があるわ」
監督生の女の先輩――ハリーは彼女の名前を聞き逃した――は部屋割りが書かれているらしい羊皮紙を丸めて持ち、ハリーら1年生をぐるりと見回した。
ご飯を食べられる時間や女子寮に男子は入れないことなど、今日明日すぐに必要な情報をいくつか口頭で伝えられる。監督生に選ばれたのも納得のハキハキした口調だ。
「他にも知っておくべきことはいくつもあるけど、もうみんな眠いでしょ? 分からないことがあったら私達監督生や他の先輩に訊ねたらいいし、細かい決まりなんかも――あそこの掲示板に下げてる冊子があるでしょ? あれを読んだら全部書いてあるわ」
監督生が指差す先を見れば掲示板があった。校内のお知らせらしき羊皮紙が数枚貼られており、監督生の言う通り薄い冊子が下げられている。
最後の注意だけ、監督生は言葉を濁した。
「あー、あと……早朝に裏庭からモンスターの鳴き声が聞こえると思うけど、まあ、近づかなければ実害はないわ」
――明くる日、早朝5時半。
外から聞こえてきた怪物の断末魔に、ハリーはベッドから転がり落ちてロンと抱き合った。
「ぼく――ぼく、ダーズリー家に帰る……!」
++++
ドラコ・マルフォイ・ブラックは、新1年生の中で頭抜けて目立っていた。
イギリス魔法界の王になることが決まっており、自信に満ちた強者の存在感と胸板の厚みは同年代の少年らを大きく引き離している。シルバーブロンドの髪や薄い色合いの瞳は一般的に冷徹な印象を与えがちだが、彼のそれには、雪の層から透けて見える青葉のような温かみがあった。
十一歳にして既にカリスマの片鱗を身に着けているドラコの綽々とした態度に、数日のうちに他の新1年生らは心酔しだしていた。
だが、それはスリザリン寮に限った話だ。
ブリテン島北部――スコットランドはエディンバラの九月初旬は最低気温が10度、最高気温が18度ほどになる。スコットランド内でも南部にあるエディンバラの気温がこうであるので、更に北に位置するホグワーツはより寒い。
ロンドンから移動してきたばかりの生徒らが、スコットランドの冷え込みに震えだす早朝。ホグワーツ城の裏庭を駆ける影があった。
「ギ↑ェ→ェ→ェ→ェ→エ↑エ↓ェ↓エィッ↑!!!!」
寒冷順化など知らぬとばかりに汗みずくな三つの影は、薩摩3年生にしてホグワーツ新1年生のドラコを含む薩摩兵児三人だ。
彼らはいま、日の出前から準備していた横木へ掛かり打ちを繰り返している。ファイト一発には掛け声が必要なように一撃必殺にも掛け声が要る。発狂した巨人族より気違いじみた猿叫が繰り返し飽きることなく、聴く者全ての気を狂わせようとばかりに響き渡る。
ところで、スリザリン寮の寝室は地下にあり、その他の寮は地上にある。
アナグマ寮の純朴な少年少女等は抜刀殺人未遂犯が増えたことに気づいて怯え、鷲寮の効率主義者等は罵倒を口にしながらテーブルをなぎ倒し、獅子寮の純粋な連中は「ママァ」と泣いて勇気ある
今やスリザリン寮生は『スリザリン寮生である』というだけで他寮からのヘイトを稼いでいる。
して、グリフィンドールの勇気あるバカ、ウィーズリーの双子は抜き足差し足で早朝の裏庭を覗き……目を大きく見開いた。
猿叫がデュオからトリオに変わっていることから
卒業すればイギリス魔法界の頂点に立つ男が、日本人と仲良く怪音波を撒き散らしている。
仲良きことは美しきかな。新時代の日英同盟は盤石であろう――が、絵面と音量が悪かった。
短気で吃音の
短気の王は短期*2で没したが、三騎ではしゃぐ王はなんせ純血魔法族、その三期分*3は生きそうだ。イギリスの未来は暗い。
さて、暗い裏庭で長尺の杖を振るう三人はまるで蛸のように赤く茹だっていた。半裸の肩や頭からは汗が揮発し、蒸気が
ドラコが振るう魔法の杖はワンドと呼ぶよりステッキと呼ぶ方が相応しい。今の彼の体格に比べて少々長過ぎるのが難点だが、数年もすればステッキに見合う背丈になるだろう。
入学式の場で、学校指定のローブをかっちりと着こなしステッキを持つ彼の姿は既にいっぱしのイギリス紳士だった。
その杖であるが、実を言うとオリバンダーの店のものではない。彼の祖父アブラクサス・マルフォイが、彼の入学とブラックの名を継ぐ祝いになるものとして、オーダーメイドで作らせたものである。
杖の全長はおよそ1メートルで一般的なものの倍以上の長さがあり、成人してからも使えるように
槌目模様とは打痕である。
昨晩は品よく持ち運ばれていたステッキは今、横木と激しく何度もぶつかりあっている。
ウィーズリーの双子はそっとその場を離れた。
そして入学式の翌朝――つまりその日の八時過ぎには、スリザリンを除く三寮に通達が回っていた。
第四のフリットウィックになりたくなければ、ブラックに近づくな。
ちなみに第二のフリットウィックはマダム・フーチ、第三のフリットウィックはシビル・トレローニーだ。二人がフリットウィックの後を追うこととなった理由は「指導者として不適格」、「無益に人心を惑わしている」であった。
セブルス・スネイプ教授はこのところ
ネビル思い出し玉事件
マダム・フーチ「ロングボトム、下りてきなさい!」
無茶や。