短編集   作:柔らかいもち

1 / 1
 思いついたネタを投稿していきます。


世界最恐のヒーラー

 虫歯。

 

 ミュータンス菌などの虫歯原因菌が出す酸によって歯のカルシウムが溶かされることで歯が脆くなり、ついには穴が開いてしまう病気。たかが虫歯と侮ることなかれ。放置すれば死の危険すらある恐ろしいものである。

 

 虫歯になる原因は甘い物の食べ過ぎや歯磨きをしなかったりすること。他にも唾液の分泌量の不足など様々な原因は挙げられるが、主なのはこの二つだ。

 

 もうおわかりだろうか? 暇さえあればジャガ丸くん小豆クリーム味なる甘い珍味を食し、歯磨きなんてしている暇のないダンジョンで鍛錬しまくっている精神年齢が幼女な金髪小娘は――虫歯にならない方がおかしい状態だった。

 

「虫歯ね」

「虫歯だねー」

「虫歯……ですね」

 

【ロキ・ファミリア】本拠(ホーム)、『黄昏の館』。

 

 全員が揃って取る朝食の時間が過ぎ去り、残っているのは食事の後片付け組か雑談組くらいの大食堂でティオネ、ティオナ、レフィーヤの口から同じ単語が飛び出る。仲のいい友達や後輩に告げられた言葉にアイズは恥ずかしそうに俯いた。

 

 事の発端はシンプルだ。朝食を食べ始めた途端にアイズが硬直し、それを隣に座っていたティオナが目ざとく察知。何でもないと言い張って食事を続けようとするが口の中を気にしていることは第一級冒険者の目には丸分かりであり、食べ終わると同時にアマゾネスの双子に拘束され、申し訳なさそうなのにどこか恍惚としたエルフの少女に口を覗き込まれた。

 

 そして今に至る。

 

「別にアイズの生活を考えたら不思議じゃないわよ。ただでさえここ最近は短い間隔(スパン)で『遠征』があったのに、準備期間中もダンジョンに籠ってたんだもの。その時に栄養補給として食事はしても歯磨きは時間の無駄とか思ってしてないでしょ」

「そうだよね。あたしはいっぱい食べたいからダンジョンでも歯は気にしてるよー」

「私としては意外でした。第一級冒険者でも虫歯になるんですね……」

 

 虫歯という子供っぽい病気になって恥ずかしがるアイズを慰めようと三人の少女が次々に口を開くが、それはただの追い打ちにしかならなかった。心の中の幼女(アイズ)の頬が虫歯の炎症以外の理由で赤く膨れている。

 

「とりあえず今日は暇よね? 予定がないなら【ディアンケヒト・ファミリア】に行きましょう。アミッドなら虫歯の治療もできるでしょ」

「虫歯の治療は速い方がいいと聞きます。私達も付き添いますよ、アイズさん!」

「……うん」

 

 自分のためを想っている仲間達の笑顔を無下にはできず、アイズは幼少期の虫歯に関する記憶(トラウマ)の蓋を押さえ付けながら頷いた。

 

 そんなこんなでやって来た光玉と薬草のエンブレムが掲げられた【ディアンケヒト・ファミリア】治療院。友人のアミッドがいる治療院の扉を勝手知ったる他人の家の如く無遠慮にティオナが開き、その後ろを窘めるティオネと苦笑するレフィーヤが続き、最後にアイズが入る。

 

 精緻な人形のように美しく、心優しい治療師(ヒーラー)の少女に出迎えられると思っていた彼女達は――次の瞬間、時を止めた。

 

「いらっしゃい。強く、逞しく、それでいて美しい娘達」

 

 長台(カウンター)で出迎えたのは柔和に微笑む女性だった。肩にかかる髪は黄金のように輝いており、目尻の下がった紅蒼妖瞳(ヘテロクロミア)は思わず目が引き付けられるほど美しい。一六〇半ばの身体は貫頭衣によって肌の露出がまるでないものの、それがより女性の神秘性を高めている。

 

 レフィーヤはもし『天使』がいるなら彼女のような容姿をしているのではないかと思った。ティオナは王族妖精(リヴェリア)並の美女にほえーっと間抜けな声を漏らした。ティオネもティオナとほとんど同じ状態だったが、頭の片隅で誰だろうかと考えていた。

 

 そしてアイズは、

 

「……(ガタガタガタガタ)」

 

 治療施術を受けた九割以上の者から『感謝以上に怒りが湧くけど、それ以上にトラウマだから二度と会いたくない』と言われる彼女に治療された過去(トラウマ)を思い出し、部屋の隅で存在感を限界まで消しながら膝を抱えて震えていた。

 

「皆さん、お久しぶりです。本日はどのようなご用件で?」

「あっ、アミッド。実はアイズが虫歯になっちゃって……」

 

 治療院の奥から出てきたアミッドにはっと意識を取り戻したティオネは、そこでようやくアイズの姿が見えないことに気が付いた。ティオナとレフィーヤも一拍遅れて辺りを見渡し始めたことで、『アイズが虫歯』という言葉に女性が反応したことに気付かなかった。

 

 アイズを探す傍ら、詳しい事情を聞いたアミッドが手を合わせながら微笑む。

 

「実にいい所に来ましたね皆さん。神々の言葉で言うなら時期(タイミング)が良いというべきでしょうか」

「どういうこと?」

「それはですね……」

「エルフの娘。虫歯になったのはこいつで間違いないか?」

「そ、そうです! ……あれ、アイズさん、どうしてこの世の終わりみたいな顔に――」

 

 レフィーヤの声に反応して顔を向けると、女性に首根っこを掴まれたアイズが治療設備のある棟に繋がる扉の奥に消えていくところだった。彼女の顔はそのまま額縁に入れたら『アイズの叫び』なんてタイトルになりそうなくらい絶望に彩られていた。

 

 アミッドが警戒していなかった故に善人と思っていたティオネ達だが、心の中に生じた危機感が気のせいであるかどうかを確かめるべく尋ねる。

 

「ねぇ、アミッド……あの人って誰なの?」

 

 するとアミッドはとびっきりの笑顔を浮かべた。あれ? こんなにいい笑顔初めて見るゾ? 

 

「あの方はですね、どんな病や怪我でも技術のみで治し、同時に二度とこんな怪我をしないと患者に誓わせるくらいの痛みも与える私の知る限り世界最高の治療師(ヒーラー)――」

 

 

 

「【ディアンケヒト・ファミリア】の元団長、Lv.6の【医療の悪魔(セイント・デビル)】サルスさんです」

 

 その後、治療院からは【剣姫】の断末魔が響いた。

 

 

 

 ♦♦♦

 

 

 

 サルス・アピオス。

 

 いつもニコニコ、見た目は天使、だけど治療行為は悪魔のように精密で拷問と言われるヒューマンの女性。年齢は五十代後半だが、二十代前半の容姿である。

 

 オラリオには【ロキ・ファミリア】結成より先におり、ゼウスやヘラとも付き合いがあった。言うことを聞かない患者、治療の逆恨みや邪魔をしようとする元患者や闇派閥(イヴィルス)、ゼウスやヘラに無理矢理付き合わされた『遠征』先のモンスターをぶちのめしていたらLv.6になっていた。

 

 発現している『魔法』はゴリゴリの『強化魔法』や『付与魔法』で『回復魔法』を持っていないため、治療は全て誰でもできる『科学』や『技術』で行っている。それでいて蘇生一歩手前どころか死後数分以内なら蘇生もできる腕前のため、アミッドに何をしても肯定されるくらい尊敬されている。

 

 優しい性格ではある。ただし、アミッドほど慈悲深くないし、治療に優しさは毛ほどもない。治す気がない馬鹿な患者は容赦なく見捨てる。その時間で他の患者を救いたいから。

 

『どんな怪我も病も呪いも治すよう頑張るのが治療師(ヒーラー)、どんな怪我も病も呪いも罹患しないように努力するのが患者』がポリシーなため、自分を舐めてくる患者や怪我の理由が馬鹿な患者には地獄を見せる。躾けに適しているのは痛みと考えており、完璧な治療を痛みとともに施す。患者が怪我をしたくなくなるようにする姿勢もアミッドに尊敬されている。

 

 幼少期、アイズはリヴェリアに治療院に連れてこられた際に『虫歯なんかどうでもいい、ダンジョンに行く!』と駄々をこね、サルスに容赦なく折檻(ちりょう)された。

 

 治療の恐怖がどれほどかというと、とある大男との飲み比べで肝臓をやったガレスはしばらく酒を見るだけで怯えるような禁酒をさせられ、ベートは生意気な口をきいても耳は折れて尻尾を足で挟み、ブラックな労働環境に疲れたヘイズの応援で向かった『戦いの野(フォールクヴァング)』から殺し合いの音が一日消えるレベル。ゼウスやヘラの眷属でも逆らえるものは極僅かだった。でもゼウスだけはセクハラを続けた。そしてヘラにチクられてた。

 

 スキルに癒しの鉄拳【活性拳撃(メディカル・パンチ)】というものがある。拳で与えたダメージがそのまま治癒力に代わるというレアスキルで、当時のオラリオでは「死の淵から甦れ!」と叫びながら瀕死の者にトドメを刺すように胸や腹を殴りまくる女の狂気に満ちた光景がしばしば見られた。普通に痛みはある。愛の拳と称してグーパンをかまし、傷を負わせても治して痛みだけ与えることもあった。ちなみに殴られ過ぎた場所は過剰回復となって壊死して二度と治らなくなる。

 

 滅多なことでは怒らない彼女が怒るのは年齢に触れた時くらいだが、心の底から『ぶち殺してやるゴミカス』と言わせたのは【ゼウス・ファミリア】のサポーターただ一人である。

 

 何をしたかというと、不治の病に犯されながら生きることの大切さを忘れなかった親友を十年単位の治療で苦痛を取り払って体調も初期と比べれば雲泥の差になるほど改善し、更に時間をかけたら完全に治せるといった段階まで来たのをいいことに孕ませたのである。妊婦となったことで今までの治療法が使えなくなるどころか手の施しようがなくなり、子供を産めば確実に死ぬことになった親友が止めなければ殺していたくらい怒り狂った。

 

 追い打ちをかけるように治療していた親友の姉や大男がオラリオを襲撃し、意図を理解していても自分が救った命を捨てようとする連中に嫌気がさしてオラリオを離れた。

 

 しばらくは世界を回って治療師(ヒーラー)を求める所に駆け付けていたが、『学区』でとある神に諭されてオラリオに戻る決意をする。

 

 英雄の素質があったはずの彼女が何故治療師(ヒーラー)となったのか……それを知っているのは今は亡き親友のみである。




次回予告(予定)

「「「「(ボク)達……入れ替わってるー!?」」」」

 入れ替わりの意味がまるでないガリバー兄妹。

「我が闇の腕に抱かれて永劫の眠りに付くがいい……!」

 厨二な言動がいつもよりキレキレなヘグニ。

「……」

 やたらと目が泳ぎブサイクな笑みを浮かべるヘディン。

「……チッ」

 舌打ちをかますオッタル。

「……どうすればいい」

『長生き喉自慢大会』なる横断幕の下でマイクを握るアーニャを見つめるアレン。

 お楽しみに!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。