鬼神と呼ばれた男 作:鬼人
パールが仲間に加わってから、一年。
16歳となったギンの体躯は、いよいよ大人の男と遜色ないほどに逞しく引き締まり、その眼光には東の海の荒くれどもを怯ませる圧倒的な威圧感が宿り始めていた。
一方、15歳で敗北を知ったパールもまた、ギンのスパルタ教育によって激変していた。
ただ防具を着込んで威張っていただけの「鉄くず」は影を潜め、血反吐を吐くような筋肉鍛錬と激痛への耐性を叩き込まれたことで、より重厚で隙のない「本物の盾」へと進化を遂げつつある。
だが、二人が手に入れた小型の船で海を進む中で、明確な壁にぶち当たっていた。
「おいギン……また時化だぞ! このままじゃ船が岩礁に激突して露と消えちまう!」
「黙って舵を固定しろ、パール! 潮の流れを力任せに押さえ込め!」
荒れ狂う東の海の海域。
荒波に翻弄されながら、ギンは歯噛みした。
どれだけ個人の戦闘力が高かろうと、海を知る
「……まともな人間じゃダメだ。この海域の死線をかいくぐり、俺たちの地獄のような修行に付いてこられる、骨のある奴じゃなきゃな」
数日後。二人が辿り着いたのは、東の海の裏社会で「闇の治外法権」と呼ばれる無法の港町・ログタウン近郊の群島。
そこには、賞金首の海賊たちから暴利を貪り、闇の医療行為と裏の海図取引で荒稼ぎをしている一癖も二癖もある二人の人間がいた。
一人目は、元・海軍の測量士でありながら、上官の腐敗を殴り倒して脱走した懸賞金稼ぎ兼航海士の男――カルロス。
精密な海図の知識を持ちながら、粗暴で酒と金を何より愛する無法者だ。
二人目は、正規の医師免許を奪われ、毒と薬の実験に狂った闇医者――Dr.ガルシア。
怪我人を治す腕は確実だが、「生きている人間を解剖して人体構造を調べたい」という危険な思想を持つ狂医であった。
港の廃倉庫。カルロスとガルシアの二人は、海賊たちに囲まれながら冷や汗を流していた。
「おいカルロス! 貴様の描いた海図の通りに進んだら、海獣の巣に突っ込んじまったぞ!」
「ガルシア! お前の渡した薬のせいで、うちのアニキが一日中泡吹いて倒れてんだよ!」
激怒した賞金首・「血振り」のハンス(懸賞金600万ベリー)率いる一団が、武器を構えて二人を追い詰めていた。
「チッ、風の読みが外れただけだろーが! 下手くそな操舵を俺のせいにすんじゃねぇ!」
「フフフ、泡を吹いた? 素晴らしい! 抗体が作られている証拠ですよ、感謝しなさい!」
開き直る二人に対し、ハンスは剣を振り上げた。
「問答無用! ぶっ殺して海に叩き込め!」
ドスッ! と剣が振り下ろされた瞬間――
ドゴォン……ッ!!
廃倉庫の天井が豪快に吹き飛び、巨大な鉄の塊と、禍々しい圧力を纏った一人の少年が舞い降りた。
「ぎゃあああッ!?」
天井の崩落とともに、パールが巨大な鉄盾を振り回して海賊たちを弾き飛ばす。そして、舞い散る粉塵の中から、二本の鉄球トンファーを携えたギンが静かに歩み出た。
ハンスが血相を変えて叫ぶ。
「な、なんだお前らは!? 俺の邪魔をする気か!」
ギンはハンスなど視界に入れてもいない様子で、地に這いつくばるカルロスとガルシアを見下ろした。
「元海軍の脱走航海士と、毒を扱う狂医か。……噂通り、まともなツラはしてねぇな」
「あァ……? なんだお前、ガキの癖に生意気なツラしやがって……」
「フフ、若くて引き締まった素晴らしい肉体ですねぇ。解剖させてくれますか?」
カルロスとガルシアが毒づく中、ハンスが怒り狂ってギンへ斬りかかった。
「ガキがナメやがって! 死ねぇッ!」
ギンは振り返りもせず、右腕の鉄球トンファーを背後へ一閃させた。
「――
ドズン……ッ!
ハンスの持っていた大剣の上から、鉄球が直撃する。
剣は折れることなく、表面の傷すら僅か。だが、ハンスの目と口から血が噴き出し、内臓を破裂させてそのまま白目を剥いて卒倒した。
「……は!?」
残りの海賊たちが言葉を失う。懸賞金600万の首領が、一撃で内側から打ち砕かれたのだ。
カルロスとガルシアの顔から余裕が消え、冷や汗が吹き出した。
ギンは二人に向き直り、静かにトンファーを構え直した。
「お前らの生き様や噂は聞いた。まともな海じゃ生きられねぇ不適合者どもだ。……だが、俺の船にはちょうどいい」
「……何だと?」
「航海士、お前の知識で俺たちをどんな荒海へも導け。医者、お前の毒と薬で俺たちの死線を支えろ。拒否権はねぇ。断るなら、今ここでその頭蓋骨を
ギンの放つ、圧倒的な「暴力」と「死」の気配。
パールの巨体が背後でニヤリと不敵に笑う。
「おいおい、ギンの誘いを断る奴は、この鉄壁のパール様が直々に叩き潰してやるぜ?」
カルロスは唾を呑み込み、腹を抱えて笑い出した。
「ハハハ……狂ってやがる! 16歳のガキが放つ圧じゃねぇぞ! ……いいぜ、どうせ退屈な泥船暮らしだ。お前みたいなバケモノの船で東の海を飛び越えてみるのも悪くねぇ!」
ガルシアも怪しく目を輝かせた。
「フフフ、絶え間なく死線にくぐり抜ける船なら、私の実験体……いや、患者には困りませんね。乗らせていただきましょう」
こうして、荒々しくも絶対の技術を持つ
数日後。新調された中型帆船の甲板。
抜けるような青空の下、ギン、パール、カルロス、ガルシアの四人が集っていた。
ギンは手に持った漆黒の布を解き、船のメインマストへとゆっくりと引き揚げていく。
風に煽られて広がる、一枚の
そこに描かれているのは、十字に交差した二本の鉄球トンファーと、鬼の角を模した凄まじい威圧感を放つ髑髏マーク。
「鬼神海賊団」
「ついに掲げたな……俺たちの旗をよ!」
パールが感慨深そうに胸を張る。
カルロスが酒瓶を煽り、ガルシアが怪しく微笑む中で、ギンは風に揺れる海賊旗を見上げ、その瞳に黒い野望の炎を宿らせた。
「ここからだ。仲間を集め、死線を潜り、この東の海で誰もが恐れる『鬼神』となって……偉大なる航路へ進む」
16歳のギン率いる「鬼神海賊団」が、ついにその産声を上げたのだった。