鬼神と呼ばれた男 作:鬼人
キャプテン・クロとの暗闇での遭遇から数日。
「
17歳となったギンは、断崖の上に仁王立ちし、眼下を見下ろしていた。
甲板や海岸線には、汗と血に塗れて倒れ伏す仲間の姿がある。16歳となり一層肥大化した「鉄壁」のパール、元海軍の
「おいおい……正気かよギン。海賊の修行っつうから、組手か何かかと思えば……こんな地獄みてぇなメニューを毎日やらせる気か?」
カルロスが砂浜に大の字になり、荒い息を吐きながら煙草に火をつけようとするが、震える指先ではライターの火すら上手く点かない。
「ハァ……ハァ……! 激しい筋肉の断裂、乳酸の異常蓄積! 素晴らしい、実に刺激的な臨床データが得られますが……私自身が死んでしまっては解剖も研究もできませんよ!」
ガルシアも青ざめた顔で白衣を乱し、地面に這いつくばっている。
二人ともただの裏社会の人間だ。普通の船員ならとっくに逃げ出しているレベルの負荷であった。だが、ギンは表情ひとつ変えず、二本の鉄球トンファーを背中に回して冷徹に言い放つ。
「東の海を飛び越え、
ギンの一言に、海岸の空気が凍りつく。
「あそこは『常識』が通用しねぇ海だ。銃弾一発で沈むような雑魚、気候の変化に対応できねぇ航海士、戦場で自分を守れねぇ船医……そんな奴らは、死線に踏み込んだ瞬間に肉片すら残さず消し飛ぶ。俺の船に乗る以上、生き残るための『最低限の強度』を身につけろ」
「ヘッ……! 言ってくれるじゃねぇか、ギンよぉ!」
ガツンッ! と凄まじい金属音を響かせ、重装甲を纏ったパールが膝を叩いて立ち上がった。全身から湯気のような汗を吹き出させながら、血走った眼光でギンを見上げる。
「カルロスもガルシアも、音を上げるのが早ぇんだよ! 俺はこの1年、ギンのスパルタで毎日死にかけてんだ! ……だがよギン、俺の『鉄壁』は確かに強くなったが、お前の
パールは15歳の頃、ギンの
ギンはパールの前に降り立ち、その分厚い胸甲を指先で弾いた。
「お前の『鉄壁』の欠点は二つだ、パール」
「……二つ……!?」
「一つは、衝撃の受け流しだ。いくら外側の鉄板を頑丈にしようが、衝撃波や内部破壊の波動をお前自身の筋肉と内臓で『固直して正面から受け止める』からダメージが突き抜ける。力を一点で受けるな。全身の筋肉をしならせ、受け止めた衝撃を『地面』と『背後』へ逃がす術を覚えろ」
「衝撃を……逃がす……!?」
「そしてもう一つ――『攻撃への転化』だ」
ギンはトンファーの柄を握り、低く身構えた。
「防御ってのはな、ただ耐えるためのもんじゃねぇ。相手が全力を叩き込んできた瞬間こそ、敵が最も無防備になる刻だ。お前のその体躯、その鉄具、そしてお前が感情を昂らせた時に放つ『炎』――それらを全て『カウンターの爆発』として叩き込む重装甲アタッカーになれ」
「重装甲……アタッカー……!」
パールの目が、興奮と熱量でカッと見開かれた。
ただ耐えて自慢するだけの防御ではない。相手の最大威力を受け止め、それを何倍もの火力として返り討ちにする戦術。
「行くぞパール! 太陽が沈むまで、俺の
「叩き込んで来いッ!! 俺の『鉄壁』を見せてやる!!」
ドーーンッ……!!
無人島に、地動を震わせる凄まじい衝突音が炸裂した。
ギンが放つ連撃の
「グガァッ……! つ、強く握り締めるな……! 衝撃を膝から……足裏へ……地面へ流す……!」
ズズズ……ッ!
パールの足元の岩盤が、逃がされた衝撃によって蜘蛛の巣状に砕け散る。
最初の10打までは、内部破壊の余波で血を吐いていたパールだったが、数十打、数千打と叩き込まれる中で、次第にその足腰と筋肉の使い方が変貌を開始していた。衝撃を一点に留めず、身に纏う鉄具全体へ振動を分散させ、地面へと打ち逃がす――感覚が、極限の死線の中で研ぎ澄まされていく。
「フハハハ! 見ろカルロス! ガルシア! 衝撃が逃げていくぞ! 俺の『鉄壁』が本物になっていく!!」
その凄惨な修行風景を、海岸で見ていたカルロスは煙草を吐き捨て、苦笑いを浮かべた。
「ハッ……イカれてやがる。17歳と16歳のガキがやる組手じゃねぇぞ」
「ですがカルロス、あのギンの打撃……外傷を与えずに内部を破壊するあの波動、解剖学的に見ても異常な域に達しています。そしてパールも……あの連撃に耐えることで、細胞レベルでの頑健さが向上している」
ガルシアは眼鏡の位置を直しながら、怪しく目を輝かせた。
「……カルロス、我々も『船の足』と『船員の命』を預かる身です。足手まといとしてあの二人に切り捨てられたくはありませんね?」
「チッ……言われなくても分かってんだよ! 元海軍の意地があるんでね、あの化け物船長に『航海士が倒れて船が進まねぇ』なんて言わせてたまるかよ!」
カルロスは落ちていた重い木箱を担ぎ上げ、走り出した。ガルシアもまた、自らが調合した強壮剤を口に含み、自身の肉体改造へと取り組む。
「そうだ、その意気だ」
連続打撃の手を緩めず、ギンは心の中で静かに笑った。
(悪魔の実の能力を持たない我が『鬼神海賊団』が、グランドライン、そして新世界で四皇や海軍大将と渡り合うには、基礎肉体と戦術の融合が絶対だ)
パールの「鉄壁+衝撃逃がし+炎カウンター」。
カルロスの「東の海の荒波すらねじ伏せる操舵術と体術」。
ガルシアの「毒・薬物を用いた戦闘補助と死線からの即時蘇生」。
そしてギン自身――二本の鉄球トンファーによる
「まだまだ甘ぇぞパール! 衝撃を逃がしたら、間髪入れずに炎を纏って殴り返して来い!」
「オォォォォッ!! 『鉄壁のファイヤー・アタック』だぁぁッ!!」
ゴオオォォッ!!
無人島に巨大な炎の渦が巻き起こり、二人の死闘は夜が明けるまで延々と続くのであった。