鬼神と呼ばれた男 作:鬼人
「な……なんだ、あのガキは……!?」
巨大なゴミの山へと勢いよくたたきつけられた大男を見て、荒くれ者たちが一斉にたじろいだ。
ほんの一瞬前まで、仲間として自分たちの先頭に立っていた男だ。それが今や、頭から血を流し、何が起きたかも理解できていない顔でピクリとも動かずに泡を吹いて倒れている。
「おい、てめぇ! どこのガキだ!? ブルージャム海賊団の俺たちに逆らって、タダで済むと思ってんのか!」
大きな手斧を握りしめた男が、顔を真っ赤にして声を荒らげ、俺を激しくにらみつけてくる。
だが、凄んでいるその男の膝は、微かに、しかし確実に小刻みに震えていた。
「ブルージャム……か」
俺は腰のベルトに指をかけ、二本の鋼鉄製トンファーを軽く旋回させながら、冷やややかにつぶやいた。
グレイ・ターミナルを裏から支配し、ゴミ山で暮らす住人たちを脅かしている無法者たちの海賊団。そしていずれ、ゴア王国の愚かな貴族どもに金で利用され、この広大なゴミの山に火を放つことになる連中だ。
「消えろって言ったはずだぞ。耳まで腐って聞こえねぇのか?」
「このクソガキが調子に乗りやがってぇ!!」
侮辱されたことで頭に血が上った男たちが、理性を失って一斉に俺に向かって襲いかかってきた。
錆びついた大刀が上空から容赦なく振り下ろされ、右からは太い鉄パイプが、左からはナイフを持った男が同時に肉薄してくる。
(遅い……遅すぎる)
半年間、毎日毎日、自分の命を脅かす予測不能な鉄球の動きを避けて血反吐を吐きながら鍛え上げてきた俺の目には、奴らの捨て身の攻撃すら、まるで静止画のコマ送りのように見えていた。
身をわずかにひねって頭上からの大刀を紙一重でかわすと同時に、右足の踏み込みで地面のゴミを強く蹴り上げる。
全身の連動によって加速した体重のすべてを乗せ、左のトンファーの先端にある鋼鉄の球体を、大刀を振るった男のあご下へ向かって下から突き上げた。
ガツンッ――!
「ぶふっ!?」
骨が砕ける重苦しい鈍音とともに、男の巨体がまるで人形のように軽々と宙に浮き上がる。
間髪入れずに軸足を反転させ、右から迫っていた鉄パイプの振り下ろしをトンファーの柄で受け流す。そのまま遠心力を殺さずに一回転し、左から迫るナイフ持ちの胸板へ、重密な鉄球を叩きたたき込んだ。
ドゴォンッ――!!
「がはっ……ごほっ……!?」
二人目の男の肋骨が嫌な音を立てて砕け、そのまま後方へ吹っ飛び、積み上げられたガラクタの山を豪快に崩しながら倒れ込んだ。
わずか数秒。襲いかかってきた無法者たちは、だれ一人として俺の皮膚に触れることすらできず、地面に転がって悶絶しながら血とうめき声を吐き出していた。
「ひ……ひぃぃぃっ! 化け物だ! なんだあのガキの強さは! 逃げろーっ!」
残っていた数人の男たちは、もはや戦意を完全に喪失し、仲間を見捨てて蜘蛛の子を散らすように脱兎の勢いで逃げ出していった。
「ふぅ……」
俺は深く息を静かに吐き出し、トンファーの先端に付着した血汚れを布でぬぐい取り、腰のベルトへと収めた。
実戦だとどうしても無駄な力が入ってしまう。まだ手首の返しが甘く、鉄球の重さに振り回されている部分がある……と己の未熟さを振り返っていると、背後から突き刺さるような強い視線を感じた。
ゆっくりと振り返ると、そこには二人の少年が佇んでいた。
背丈ほどもある大きなワニの肉の塊を肩に担いだ、黒髪の少年――ポートガス・D・エース。
そして、黒いシルクハットを深くかぶり、大きな鉄パイプを両手で強く握りしめた金髪の少年――サボ。
二人は足元に転がるブルージャムの部下たちと、俺の姿を交互に見比べながら、警戒と驚きが入り混じった複雑な瞳で俺を見つめていた。
「おい……お前、なにもんだ?」
静寂を破り、先に口を開いたのはエースだった。
十二歳という幼さでありながら、その目つきは傷ついた野犬のように恐ろしく鋭い。いつでも飛びかかれるように全身の筋肉を張り詰めさせ、異様な威圧感を放っている。
「俺か? 俺はただの通りすがりだ。ここで今後の予定について考え事をしてたら、あいつらが鬱陶しく邪魔してきたから追い払っただけだ」
「うそつけ! あんな強い奴が、ただの通りすがりなわけねぇだろ!」
サボがパイプをギュッと握り直しながら、分析するように言葉を重ねた。
「あいつらはこの辺りを仕切ってるブルージャムの部下たちだぞ? 大人だって恐れて近づかない連中なのに、あんなにあっさり倒しちまうなんて……お前、どこから来たんだ? 年だって俺たちとそんなに変わらないはずなのに」
サボの観察力と頭の回転の速さはさすがだな、と俺は心の中で感心した。
俺はふっと口元を和らげ、二人に向かってゆっくりと歩み寄った。
「俺の名前はギンだ。自分の海賊団を立ち上げて、この東の海で名を上げるために旅をしている」
「海賊……!?」
その言葉を聞いた瞬間、二人の表情が一変した。
「なんだ、お前も海賊になりたいのか! 俺だって将来、絶対に海賊になって大海原へ出るんだ!」
エースが負けじと胸を張り、ギラギラとした野生的な光を宿した目を俺へ向けてくる。
「だけどな、お前がどれだけ強かろうが関係ねぇ! このあたりの獲物も、ゴミ山の縄張りも全部俺たちのものだ! 横取りしようってんなら、お前が相手でも容赦なく叩きのめすぞ!」
子供らしく突っ張るエースの威勢の良い言葉に、俺は思わず苦笑した。
どれほど強がって見せても、まだサボという親友を失う前のこの時期のエースには、どこか年相応の無邪気さと人間らしい温かみが残っている。
(この青臭くも眩しい顔を……絶対に絶望と炎で塗りつぶさせはしない)
俺は表情を引き締め、二人の目を真っ直ぐに見つめ返した。
「安心しろ。お前たちの獲物を横取りするつもりなんて最初からないさ。……ただ、しばらくこの近くで身体を絞り直させてもらう。このゴア王国には、近いうちに恐ろしく巨大な『嵐』が来る気がしてな」
「嵐……?」
サボが怪訝そうに眉をひそめた。聡明な彼は、俺の口にした言葉の裏にある、目に見えない不穏な気配を過敏に察知したようだった。
「ああ。胸がむかつくような、胸糞悪い匂いがするんだよ。この国の上の連中からな」
俺は高台の上に聳え立つ、太陽の光を浴びて白く輝く巨大な隔離壁を見上げた。
「俺の名はギンだ。覚えておけ、エース、サボ。いつか大海原で、俺の名を嫌でも耳にすることになるはずだからな」
己の名を強く刻みつけ、俺は二人に向かって背を向けた。
十五歳の鬼人と、十二歳のエース、そしてサボ。
歴史の表舞台には決して残らない小さな出会いだが、運命の歯車は、静かに、そして確実に回り始めていた。