龍驤がヤサグレるワンピース   作:HIRANOKORO

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麦わらの一味結成
渦潮でゴム人間拾った


 龍驤はいつの間にやら海にいて、とりあえず航行していた。なんで空母の自分がこんなちんまい女の子になっているかよくわからんが、なんとなく知識がドロップだと告げている。

 そして、多分だが、落ちるとこ間違えた。

 ちょっとうっかりさんやったな、とか軽く考えようとしているが、明らかに地球に存在しない生物が海や空にいて、なんなら食べようとしてくるに至っては、テヘペロとかやってられない。

 そこが太平洋であるなら海図ぐらい頭に叩き込んであるが、この広い海で海流が循環するでなく、混線しているとなればもはや理解不能の領域である。

 よって、とりあえず全ての流れに逆らってみたら、あらゆる陸地から遠ざかった。なんでだろう。

 もう意地である。

 文明やら人やらの気配はあるが無視した。どうせ一度は沈んだ身。自由気ままに旅をするのも乙なもの。

 実際はコミュニケーションが可能かとか、色々怖かった。これでも人間とは別のなにかである自覚はある。気にはなったので艦載機を飛ばしたりもしたところ、コズミックな人類世界ではないようではあるが。

 頭のてっぺんから爪の先どころか、取り巻く世界までが不思議。龍驤の心は急速にヤサグレた。

 唯一、味方と思えるのは艦載機や艤装に住み着くやはり不思議生物である妖精さんだが、信頼や信用以前に、こう、油断してはならないなんらかの気配を感じる。

 具体的には、加賀とか赤城辺りの無自覚にやらかす系な。

 生まれたばっかりなハズなのに苦労した記憶があるのは、なんや筋金入りか、と黄昏た。

 変わってほしい、そんな運命。

 物心がついてホンの三時間ばかりの出来事である。

 張っていた意地も腹が減った今では、下らないことに思える。陸地を探して、人に会おう。

 女は度胸と拳を握り、自然な動作で不自然な波から遠ざかる。

 こんな沖でどういうわけだか、渦潮が発生しているらしい。

 どんな速さの海流がぶつかっているのか。はたまた足元でたまに感じるとんでもない大きさのなにかが暴れているのか。

 安全第一とばかりに離れて行く進路を取り、チラッとそちらに目をやった。

 いい加減、現実から目をそらしたい。

「なんか、手漕ぎボートがおる。そんなバカな、あり得へん。夢でも見とるんや」

 自分の境遇を忘れた。軍艦で空母だった自分が幼気な少女らしきものになっていることも、異世界らしき場所にいることも、なんかファンシーな生き物が住み着いた機械を操れることも、全部吹っ飛んだ。

 なんで海のど真ん中に手漕ぎボート。お池の遊覧ではないのだ。

 あのデタラメな海流をあのオール一本で越えたのか。わけのわからん海洋生物はどうした。疑問が次々に湧くが、もはやどれが何やらわからない。

 とりあえず、後ろ向きに進んでいるせいで渦潮に真っ直ぐだ。

「どこへ行こうというのかね?」

 海底かな、とも思うが、例えそうでなかったとしてもそのボートで本当にどこへ行くつもりなのか。

 間違いない。アレは遭難している。でなければ自殺だ。

「待て待て待て!! そのボート待てやぁッ!!」

 歴戦の経験が腹から声を出させた。ピーカンの空と海を、龍驤の怒声が揺らす。

 かなり離れてはいたが、その声はボートの主に届いた。能天気にオールを漕ぎながら、キョトンと首を傾げる。

「後ろ後ろ後ろ!! 後ろ見んかい、このボケっ!!」

 麦わら帽子がクルっと振り返る。事態を飲み込むのに数秒、慌てて向きを変えて脱出を図る。オールでかき分けられた海水が、冗談のように噴き上がった。

 しかし時既に遅く、少しずつ吸い込まれていく。

「ロープでもないんかい!? さっさと投げぇ!!」

 麦わらはポンと手を打つと立ち上がり、何故かなにも持たずに振りかぶった。

「なにを……?」

 全速力で海面を疾走る龍驤が問う間もなく、何もないまま振った右手が、ビョーンとこちらに伸びてくる。

「なんやソレぇッ!!」

 拳の方は思わず避けたが、腕はしっかり掴んだ。意味がわからんが、とにかく助けようと力を込めたら、それを支点に腕が巻き付き始める。

「待て待て待て待て!! 体格差考えぇ!?」

 少年とはいえ、引き締まった男。こちとら朝潮型航空駆逐艦である。しがみつくよりヒドい状態にされたら、立っていられない。というか、伸びた腕が縮んで体が飛んで来ている。

 そこで龍驤のスイッチが入った。いい加減、理不尽かつ理解不能な出来事に飽きたのだ。つまり、キレた。

「ええ加減にせぇ!!」

 巻き付いた腕をそのまま半身になって肘で迎え、浮き落としに投げる。麦わらが吹き飛んで、少年そのものは海に叩き込んだ。

 あまりに見事に決まったのでドヤポーズを決めたが、浮いて来ない。ただ、腕は巻き付いているし、ちょっとずつ縮んでいるようなので、それを解きつつ待った。

「ブフォあ!!」

 海面から出てきた少年は、顔中を海水以外のものでグチャグチャにしながら息を吸った。

「助けてくれ!! オレ、泳げねぇんだ!!」

「ああ、まあ、まずは落ちついて力抜いたらええ。人間、浮くもんや」

「カナヅチだから、浮かねぇんだ!!」

「なまじそうだとしても、掴んどるから」

 必死なのだろう。握られた腕がめちゃくちゃ痛い。それでも一応、手は添えてやってる。龍驤ちゃん優しい、と自画自賛。

「あ、ああ、ありがとう」

「礼を言えるのはいいことやな。かまへんで。海は助け合いや」

「変な喋り方だな」

「素直やな。でも、それが美徳とは限らんで?」

 海の上で寝っ転がる少年と、その傍らにしゃがみ込む少女。よくわからない光景だ。少女が少年の頬を抓っている辺りが特に。

「よー伸びるな」

「効かねぇ。ゴムだから」

「なるほど。不思議体質か」

「悪魔の実だ」

「へー、そんなもんが」

 もう、多少の不思議では驚かない。むしろ、全て受け入れる。だって、現実だもの。世知辛い世の中である。

「こうか?」

「いや、ネジっても」

「こうやな」

「痛ぇ!!」

 こちらも不思議では負けない。言葉ではない妖精さんからのアドバイスで、とりあえず目的は達した。コロンビア。

「なんでだ? オレ、ゴムなのに」

「世の中不思議だらけや」

 実感のこもった言葉である。

「あ、そうだ!! 船は?!」

「一応、まだ浮いとるな」

 完全に渦潮に呑まれている。もう助からないだろう。同じ船として、合掌しておく。

「往生せいよ。迷い出てもええことないで」

「あれないと航海出来ねぇぞ!!」

「大丈夫。最初からしてへん、キミは」

「ちょっと、ゴメン!!」

「ちょっ?! だから、体格差考えぇって!!」

 龍驤の小さな体を登り、足を胴に巻き付けた少年。まるで、猿である。いきなり、青年一人をおんぶするハメになったが、体格はともかく空母である。文句をいいつつ、支えてやる。龍驤ちゃん優しいと、ため息。

「ゴムゴムのぉ、一本釣り!!」

「ウチにボート一隻分支ええってか?! やったろやないか!! 無茶振りは通常任務です!!」

 前世の誇りを叫び、海面に踏ん張る。突然過ぎる行動にも余裕で対応出来るのが、龍驤たるゆえんである。他の誰かならもろともに沈没していた。

「ウオオォォ!!」

「雰囲気出すな!! 頑張っとるのはウチや!!」

 小舟といえど腕一本で渦潮から引き上げるのはスゴいが、その負担は土台である龍驤に思いっきりのしかかっている。なんなら少年の体重込みで。

「ああ、もう!! 覚えとけよ、どアホがぁ!!」

 よくわからん、ゴムの反動とそれに引き上げられるボートの遠心力をキレイにいなして、とりあえず海面に立ってはいる。フィギュアスケートばりの航跡だが、誰も見ていないし気にしていない。

 わずか数分の間に、転覆の危機が入れ代わり立ち代わりである。

「ナッハハハ!! よっしゃ!!」

「疲れたわ、ウチ」

 もはや制裁する気力も湧かない。徹頭徹尾、お気楽で能天気である。ボートに近づくと少年は身軽に飛び移り、龍驤は船縁に垂れた。

「いや、ホントにありがとうな!! オレはモンキー・D・ルフィ!! 海賊王になる男だ!!」

「あっそ。ウチは龍驤。南海の覇者や」

「スゲェな!!」

「素直は美徳とは限らんて」

「ウソなのか?」

「今はただの女の子やから」

「ああ、ウソか」

「どっちや? どっちをウソと判断した?」

 ルフィにも黙るだけの知恵はある。

「海賊王がなんや知らんが、こんな船でどこ行くねん?」

「グランドラインだ!! まあ、その前に仲間も探す」

「海底で? タコか貝でも仲間にするんかいな」

「それもいいな!!」

「ダメや、コイツ」

 言動がいちいちポジティブである。なんなら、仲間に出来そうな世界なのが怖い。知らんけど。

 それでも、やっていることはヤケを起こした自殺志願者と変わらない。アホではあると思うが白痴ではない。下らん自信だけの傲慢さもない。アンバランスな少年である。

「まあ、袖すり合うも他生の縁や。近くの陸地まで送ってこ」

「ワリぃな。オレ、航海術を持ってねぇんだ」

「なんやそれ」

 腹が立ったので殴った。

「海を舐めるんやない。ここは貴様のようなゴミの捨て場所やないで? 腐るなら陸で腐れ」

「いや、オレは」

「言い訳すな。死んでも構わんちゅうのは、死んでも許されん」

「む、難しいな」

「ま、若いウチはそういうこともある。無鉄砲の代償は、今日、ウチが肩代わりした。次は知らんで?」

「覚えとく」

「素直なんはええことや」

 ボートの床に頬を押さえて転がる少年と、それを睥睨する少女。金色夜叉ではないが、役どころが逆である。

「さ、さっさと漕ぎ?」

「お、おう」

 ボートに乗り込んで偉そうに指図する。ルフィはとりあえず、漕ぎ出した。向かいあって座るが、龍驤はボートを漁り始める。

「マジでロープも何も積んどらんで、樽一個。舐め腐っとるな」

「飯は食っちまった。島なんか二、三日もあればどっかに着くって話だから」

「帆船でやろ? なんで手漕ぎやねん」

「航海術は持ってねぇって。それなら手漕ぎの方がマシだろ? ウチのじいちゃんは泳いで行けるって言ってた」

「そんなでもないぞ? いや、ウソて決めつけるのは早計か。キミも、ずいぶん力持ちのようやし」

 龍驤が支えたとはいえ、ボートを腕力で渦潮から引っこ抜いたのだ。よくわからん体質を加味しても、人間離れしている。

「鍛えたからな! まあ、あんな渦潮はそうていがいではあった」

「難しい言葉を使えてエライ。まあ、ウチからしてもあの渦潮はわけわからん。つまり、舐めとるのは間違いないが、教育が悪いな」

「じいちゃんならあんな渦潮も大丈夫だろうけどな!! オレもまだまだだ」

「なるほど。わかってきたで」

 どうやらこの少年には常識がないようである。身内が非常識の塊なせいで、現実への認識が狂っている。

 本気で手漕ぎボートで海を渡れる算段だったのだろう。

「海賊なんぞに憧れるのはわからんが、ちっとも勉強せえへんのか?」

「勉強とかわかんねぇ。ずっと山賊に預けられてたし、じいちゃんは反対してたから教えてくれねぇし」

「そりゃ反対するやろと言いたいが、山賊? しかし、字は読めんのか?」

「読めるぞ? でもわかんなくて寝ちまうんだよな」

「はっはーん。さては航海術って甲板仕事やのうて、方位、測量含めた航法の話やな?」

「そう、それ」

「んなもん、基礎学力ないやつに修められるかい。人類の叡智やぞ」

「へー、やっぱスゴいんだな」

「水夫はおらんかったか?」

「漁師のおっちゃんはいた。でも、村長も反対だったし、カナヅチだからダメだったんだ」

「泳ぎの練習は?」

 ルフィは自分の頬を摘んでビヨーンと伸ばす。

「オレは悪魔の実を食ったゴム人間だ。海に呪われてるから無理なんだ」

「けったいなものがあるんやな」

「海にはこういうのがいっぱいあるんだ。オレはそれが見たい」

「ほな、冒険家でええやん?」

「海賊は自由なんだぞ?」

「陸は不自由か?」

「そうだな。うん、そうだ」

 ボリボリと頭を掻く。

「ちょっと右や。いや、そこでウチに合わせんでええ。反対」

 向きあっているため、ちょっとエラーがあったが、とりあえず協力して航海出来ていた。龍驤が海面に手を伸ばし、麦わらを拾う。

「あーッ!! 落としてたのか?!」

「なんや? 大事なもんか?」

「預かってんだよ。いつか、返しに行くんだ」

「それも海賊?」

「よくわかったな」

「濡れとるがちょうどええ。日差し強いから被っとき」

「ありがとう!!」

「ええ子や」

 余計にわからないが、世界が違えば常識も違うのだろう。そもそも、海賊にしろ山賊にしろ、単に通行料を勝手に徴収するだけのチンピラがほとんどだ。それはコストにはなっても、ストッパーにはならない。殺しは外道働きとして、忌避された歴史もある。なんなら、地理に詳しいので有難い存在だ。

 治安の悪さを前提とするなら、普通に生きる人にとって脅威でもないのだ。そもそも奪われるような財産もない。遠くの警察、近くのヤクザという時代もあった。

 つまり、この世界はそういう世界だということで、龍驤はやる気を失いつつある。

 多少ファンタジーな部分は、人のことを言える立場ではないので構わない。むしろ、違和感を持つ自身に疑問がある。

 だが、賊というものが未成熟な社会での馴れ合いに過ぎないのに、なんらかの野望には手漕ぎボートで海に飛び出すような無謀が必要だとしたら、この世界は詰んでいる。

 決定的な格差や分断。あるいはどうにもならない自然環境。これらが発展どころか、基本的な代謝すら阻害している可能性がある。

 彼女の時代と同じか、それ以上に。

 どうして生まれ変わって、便利で若い肉体を得たのに、前と似たような世界に生きなければならないのか。

 だんだんと目に見えてヤサグレを深めていく龍驤に、ルフィはドン引きした。

「大丈夫か?」

「大丈夫やない。大問題や」

「相談に乗ろうか?」

「放っといて。それよか、殴ったんはやり過ぎたわ。しゃーないな、こんな世界じゃ。命でもかけんと好きには生きれんか」

「そうだな。死にたくないなら、海になんか出なかった」

「そうか。難儀やな」

 どうやら能天気なだけの少年ではないらしい。学問はともかく、教育の方もキチンとなされているようだ。少なくとも、ちょっと聞いただけで龍驤がうんざりするような現実に相対して、前向きに立ち向かえる程度には。

 余計に落ち込む。

「いや、本当にスマンかった」

「心配してもらっただけだからいいんだけどよ。それより、龍驤も能力者なのか?」

 手漕ぎボートも大概だが、龍驤とて生身一つで海を渡っている。その疑問はもっともだった。

「ウチは不思議生物や」

「ふしぎなまもの」

「実は前世が戦艦でな」

「せんかん」

「こういう、飛行機を運ぶ船やってん」

「ひこうき?!」

 札を出して飛ばして見せる。

「あと、大砲撃ったり」

 実際に撃つ。

「大砲?!」

「撃ったり」

 また撃つ。

「ええ?!」

「撃ちまくったり」

「撃ち過ぎだ!!」

「せやねん」

 前世を含めて、実際そう。不本意である。

「いや、撃つのやめろよ?!」

「ボカチン漁や。あっちに漕いで?」

「お前、めちゃくちゃだな」

「せやねん」

 どうやら理解してもらえたと、龍驤は満足した。誤魔化したとも言う。

「うわぁ。魚が浮いてる」

「腹が空いては戦は出来ん。拾え。ウチが料理したる」

「えー? どっから出した?」

 いつの間にかボートの底に七輪と、龍驤の手に包丁とまな板がある。

「ウチ、不思議生物やねん」

「不思議なら仕方ないな」

 世界平和のため、互いに考えることをやめた。龍驤も説明出来ない。多分、妖精さんのノリ。

 さっと締めて、海水で洗う。開いて内臓を取り、七輪で焼いた。残りも開いて、干しておく。

「出来るかな?」

「スゲェ便利だな」

「適当なだけや」

 理屈がないのだ。使っておいて、途方に暮れる。

「味付けは海水だけやで」

「食えるだけで充分だ」

 ヒラリと飛んでいた艦載機が戻る。

「あっちになんかの停泊地があるな。行くか?」

「人がいるのか?」

「まあ、おるな」

「仲間が見つかるかな? そこ行こう!」

「ヨシ!! ええ度胸や。案内したる」

 なかなかに脂の乗ったいい魚だ。かわりに煙がスゴい。

「やめろ!! 扇ぐな!! 目が開けれねぇ!!」

「体倒せ。甘えた漕ぎ方しとるからや」

「こんなオール一本じゃどうにもなんねぇよ!!」

「その通りやと思うが、自業自得やないか?」

「そうだけど!!」

「ウチの仲間はな、もっと悲惨やってんで? その名も焼き鳥製造機」

「人殺しか?! お前の仲間!!」

「よー知っとるな。ちなみに、風向き変わったらウチがそうなる」

「お前のせいじゃないのかよ!!」

「油断するな? ウチかてキミに負けんぐらいには適当やで?」

「わかった!! 反省する!!」

 ゲッホゲッホ言いながら、なんとか煙から顔を出す。律儀に漕いでいるため、首が長くなっていた。

「伸び縮みは結構、自由なんやな」

「ちょっと力がいるけどな。おうようは利くぞ」

 多少七輪をズラしてみたが、やはり煙の量が多すぎて互いに船の中に居場所がなくなってきた。

「干物やのうて、燻製になりそ」

「どっちが?! オレら?! 魚?!」

「両方?」

 焼けた魚は仲良く食べた。ルフィが顔をしかめながら、鼻を引くつかせる。

「魚くせぇ」

「ま、このようにやな。旅とか航海を舐めると大変なことになるわけや」

「それも適当だろ?」

「でも事実やん」

「ちょっとイラっときたぞ」

「やーい」

 真顔で笑うという器用なことをするルフィを煽る。それに応じずに笑っている彼は、理性的ですらあった。

 その理性的な人間が、まるで感情やらに任せたような行動をしている。これがこの世界の住民が取る普通の態度だとは思えない。

 今まで食糧もなく遭難していたくせに、その食糧が手に入ったことで引き起こされた厄介を、ごく普通に嫌がっているのだ。

 もう死ぬのが前提で、余生を楽しく生きたいだけなのだろう。健康に問題がなく、悪魔の実とやらに致命的な副作用がない限り、死を覚悟した理由は自由である。

 これはルフィの気持ちに関わらず、古今東西、そういうものでこの世界も例外ではないという推測から導いた結論だが、だとしたらやはり厳しい世界だ。

「なあ、真っ当に生きるにはどないしたらええ?」

「海軍にでも入るか?」

「じいちゃんは海軍か?」

「なんでわかるんだ?」

「人を殺して殺されて、無駄飯食らって海の上。どこが真っ当や? それでもそうやと思えるってことは、多分、キミにとっての常識を形作った奴やろ。山賊と村長と、約束の海賊。束縛と憧れや。残った登場人物はじいちゃんやろ?」

「なんでわかるんだ?!」

「当てずっぽうや。お勉強して、経験して、考えるということはそういうことや。キミには無縁やろが」

「スゲェな」

「違う。怖いんや。覚えとき」

「怖いのか?」

「キミの身内がバレとんねん。力も見せたな? ウチは全員、皆殺しに出来る」

「いや、無理だろ」

「考えてないやろ? だが、ウチは考えるぞ? しかも、キミと違って、嫌なことでもちゃんとやるで?」

 ちょっと真剣になるルフィ。

「キミはウチ、という不思議生物を見て大丈夫と思うかもわからん。せやけど、たまたま出会った見知らぬ他人、でウチを括ってみぃ? ウチがたまたま大丈夫だとして、それはいつまで続く? これまでの会話を思い出せ。キミがなんでかわからんうちに、ウチはキミの情報をこんだけ手に入れたで?」

「お前がそんなことするとは思えないけど、確かにちょっと怖いな」

「これが騙し合いの世界。賊の生き方や。ちなみに、ウチは元海軍やで?」

「ウソだろ?」

「本当やねん。残念なことに。海賊は自由や言うたな? でも、どうせキミのじいちゃんやから自由なんやないか?」

「でも、そばにいてくんねぇもん」

「実は面倒か、キミ」

 龍驤はやる気を失くした。バカなだけで境遇以上に育ちのいい少年である。ありがちな特大の反抗かと思って祖父の方に同情したが、めちゃくちゃ慕われているようだ。

 それに、いきなり体を投げ出した彼女を笑っているところからは想像もつかないが、本当の意味でちゃんと考えているらしい。

 少なくとも、龍驤が諭す必要がない。無駄な説教とか、とんでもなく恥ずかしい徒労だ。

 考えて、足りないとわかっても、それでもとりあえず踏み出して走り始める。そういうスタンスの男のようだ。

 あと、寂しがり。

 それはもう、海賊と海軍を並べて海賊を選ぶぐらい筋金入りに。

「ホント、キミ、じいちゃんに感謝せなアカンぞ?」

「お、おう」

 頼ることを知らないから、こんな装備で海に出たのだ。それが仲間がいる、必要だ、という意識を、寂しい以外のモチベーションで持たせたのは奇跡だ。

 いや、待て、しかしと龍驤は混乱する。

「海賊って何やんの?」

「オレは船長」

 行為でなく、役職。つまり、夢見るのは関係性。冒険とか言っていたが、そこになんの具体性もない。つまり、どっかの秘宝やら埋蔵金やらは、目的ではない。未知に対しての興味も、観光レベルである。

「海賊王って?」

「海で一番、自由なヤツ」

 自由でいるためなら死を前提にした人生を選ぶくせに、人間関係に縛られないとダメで、社会が窮屈過ぎてなんの価値も見い出せないと。

 どこに野望があるのか。言ってることはお友達と好き勝手に生きていたいと、それだけである。富はもちろん、名声も、なんなら力さえいらない。

 こんな日常生活レベルのことを、後ろめたさなしに実現出来ないのだ。権力なのか暴力なのかで、理不尽に頭を下げざるを得ない生活は、我慢するしかないとしても心に影を落とす。

 それが許せない正義感なり義侠心なり、反骨精神というのは人間なら当たり前に持っているものである。

 なんなら、それを最初に折るのが軍人を作るコツである。代わりに大義名分を与えるのだ。

 それはもう、文句のつけようもない強力なものを用意しているはずだ。こんな挨拶も礼も言える普通の少年が、賊を目指す社会である。ただ、正義と言うだけで充分だ。

 それが多分、暴走しているか、腐っている。じいちゃんを慕いながら、敵対を選ぶ時点で間違いない。

 なら、国も、政府も、全部そうなのだ。

 ダメなのは経済だけかと思ったが、これはもう詰んでいるとか言う状況ではない。一度崩壊した後の、戦国時代かなにかだ。

 若さの一言ですむ話ではなくなった。諦めない人間というのは、一定数生まれるものなのだ。そこに年齢は関係ない。

 つまり、こんなのが海で鎬を削っているわけである。

「さっきからどうしたんだ?」

「現実に押し潰されそうや」

「笑うといいぞ。無理矢理でも、泣くよりずっといい」

「闇すぎる」

 全然、能天気じゃないかも知れない。異世界なだけでもひっくり返るのに、初めて出会った人間の印象までひっくり返らないでもらいたい。

 なにせ、それは、世界大戦を駆け抜けた彼女と同じ結論だ。

「どうやったら、海賊王になれる?」

「世界を一周したらかな? ワンピースって宝があるらしい」

「ハンッ、一繋ぎか。世界を統一でもするんか?」

「知らねぇ。だから、見たいんだ」

「笑える」

「だろ?」

「楽しいなぁ」

「ああ、きっと楽しいぞ」

「ウチが保証したる。楽しいで」

「そうなのか?」

「信用しぃ。これでも世界の半分を焼いた女やで」

 龍驤はケタケタ笑った。

 異世界転生した現実を見据えて、錯乱している。

「そのケンカ買ったるわ。戦争じゃ」

「誰とだよ。オレはヤダぞ」

「ツレナイこと言うなや」

「巻き込むな。ヤベぇもん拾った」

「拾ったのはウチじゃ」

「ありがとう。でも、ごめんなさい」

「離さへんで?」

「落ち着こう、な?」

「こんな世界滅ぼそ?」

「ヤダよ」

「船長やん。ウチの面倒みてぇ」

「仲間はほしいけど、今のお前はなんかヤダ!!」

「女ってのは厄介なぐらいが丁度ええ」

「そんなことない!!」

 二人は楽しく航海した。

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