合体を解いた二人は、遠く見えるジャイアントジャックを見渡した。樹冠の頂点にいる。不必要に偉そうである。
「まあ、ハンデはこれくらいにしたる」
「拭けよ、冷や汗」
遠い。
なんでこうなったのか。二人はビリッけつである。機動力なら麦わら最強コンビだ。
ちょっと楽しみ過ぎた。
「お前、楽しくないのか? 空」
なのに、こんなことを言う船長。遊び友達といっしょにいて、こんなこと言い出すやつ、ダメだろう。龍驤の顔は渋い。
言わせる方も、大概だ。
「いっしょにするんやないわ。いくらでも飛ばして来たんや。ウチの子供らは、世界で一番、自由に空を飛んだ」
諸説ある。多分、どの国のやつらもそう言う。誰よりも上手く空を飛んだのは、自分の国のエースだと。
龍驤にとって、空なんか珍しくもない。旅する場所じゃない。仕事場です。
「軍人なんだろ?」
「やりたいことやって死んだ。誰がなんと言おうとな。文句を言われる筋合いはない」
翻弄される時代の中で、出来る限りのことをした。だから、人外だと言われるような成果を残した。やらされて出来ることじゃない。
彼らは人として生きて、人として死んだ。尊厳を蔑ろにされた被害者ではない。殺されたのではなく、そのように生きただけだ。自由だった。
「悪い」
「つまらんと言うより、なんやろな。気が重いっちゅうか」
龍驤は額を押さえる。
空は地獄である。
雲上という、見た目に騙されたらいけない。非常に厳しい、まるで砂漠な自然環境。水も、腐葉土も保持出来ない。
そして、曖昧な先住権。それを、外部から来たやつが仕切るクソ仕様。
宗教的というか、文化的対立。ガン・フォールさんがあれでも、やっぱり天竜人的な意識みたいなのは残っているだろうし、シャンディアも排他的だし。
スカイピアの住人には、青海の人々のようなバイタリティがない。これはありえない。
彼らがゴミを拾って生きているからだ。普通ならば、狩猟採集民、漁師である。生活が戦いのはずだ。
なのに、戦わない。誤魔化して、騙されて、見ないフリをする。
そして、なにも生み出さない。
彼らは農民ですらない。商人でもない。ほとんど、働いてない。住んでる島を切り崩して、なんとか生きている。
ノックアップストリームで打ち上げられた漂流物に頼るだけの、変な生き方をしている。
実に天竜人っぽい。
「言うてなんやけど、グレイターミナル? と変わらんのやないかな」
「そうか?」
ルフィは首を傾げた。それはパガヤ親子を筆頭に、自分を犠牲にしている面々としか会っていないからだ。
多分、ルフィはスカイピアの住人、嫌いである。
例えば、植民地時代。一次大戦で、どれだけドイツが叩かれたと。
逆に、他がどれだけ勝ったか。
でも二度目では負けちゃうのだ。生産手段を他所にやって、消費するだけになった国は。
その当時のヨーロッパとスカイピアが同じと考えれば、多分、みんな嫌いだと思う。ヨーロッパの人も、お互い嫌いあってた。
「どんなんだ、ヨーロッパ」
「負けたのに、勝つやつ」
反則である。ルフィは嫌そうな顔で、両手を上げる。龍驤はその身体に、秘密兵器を着付けていく。
第二次大戦で誰が勝ったのか。明らかなはずが、日本だとか強弁する人がいる。それも間違いではない。
なぜなら、アメリカが勝ってないからだ。
冷静に振り返ってみよう。アメリカがあの大戦でなにを得た。
金以外ない。
マジでない。
覇権とか言うが、世界征服したわけでもない。なのに、戦力を世界中に張り付けなきゃいけなくなったの、損でしかないじゃない。金で命が買えるかよ。土地は、土地。
逆にヨーロッパよ。
なぜ君たちは戦勝国に名を連ねているのだね。
そりゃ日本も大変な目にあったが、ヨーロッパは塹壕戦の舞台になってたのだ。アメリカが硫黄島やって、沖縄やって、まだ日本列島と満州あるって絶望した、そのまんまをヨーロッパ全土でやったはずだ。助けてもらわなければ、どうにもならなかった。
なんでアメリカと対等みたいな顔をしている。
謎だ。意味わかんない。
アジアの復興が奇跡ならば、ヨーロッパの復権は魔術である。
怖い。
「魔術か。使ってみてえな」
「おすすめはせん」
一の太刀は武術の奥義であるだけでなく、重要な戦略でもある。
要は致命の一撃を安全に叩き込めばいいのだ。
つまり、先制核攻撃である。
とりあえず、人類の投擲能力が、国家滅亡まで届いた。一の太刀は、都市を丸ごと焼くまでになった。
恐ろしいことだ。圧倒的軍事力であり、人類の進化、その頂点である。
よって陣営はわかれて、スパイ合戦へ突入した。お互いに、先制の先制の先制を狙ったからだ。
外交は二の次だ。意図まで隠さなければならないので、お付き合いは最低限になった。お得意が封じられたヨーロッパは困った。
繰り出したのが、核確証破壊戦略である。
核、確証、破壊、戦略である。
提唱者はアメリカだが、ちょっと待って欲しい。理由はソ連に対する、通常戦力の不足だ。
なんで大西洋の向こうにいるアメリカが、通常戦力が不足したからって世界の半分を滅ぼさなきゃなんないのか。当事者であるヨーロッパが用意しろよ。
出来ないよな。資源も生産も植民地頼りじゃ。
そして、イギリスが核開発を行う。本土が焦土に変わっても、最後の領地、鉄の棺桶、原子力潜水艦から報復を絶対に行う。そう決めた。
これはとんでもないことだった。
勝ち負けどころではない。もう全世界、道連れにした。
安全が第一のはずが、危険を通り越して、滅亡を前提に抑止が成り立ってしまった。
そんなわけないので、核は禁じ手になった。
よく考えると、確証破壊が抑止するのは、核保有国への核攻撃だけである。それなのに、世界戦略にしてしまったもんだから、足りなかった通常戦力を世界へ貼り付ける羽目になった。
アメリカが。
握ったのは本当に覇権でしょうか。
確証破壊戦略って、自分の国だけは確実に守りながら、アメリカへ厄介を押しつける陰謀かなんかでは。
わからないけれども、冷戦時代のヨーロッパの大学の卒業生って、物騒だよね。
余談と笑いたい。
「裏でコソコソする?」
「あんま性に合わねえな」
ルフィの胴に巻いたベルトを固定し、さらにサスペンダーを締める。ゴムの身体でも、外れないように。
魔術の正体を、理性と言う。
人間が、石と同じく手にした外部装置。技術的に言い換えると、神やAIのことである。
プログラムというのは、計算器であるコンピューターの上で動く。ならば、計算が出来る全ての媒体で出来る。
例えば、暦。様々な祭祀は、農業を始めとして人々の行動を定めた。朝起きて祈り、休息日を設け、ハレだのケだので、人はやることを決めた。プログラムしたのだ。
生物が行動を決めるために判断をする機能を、感情と言う。腹が減るだけでは、生き物は動かない。自己保存という目的に沿って、我慢するという行動も取れる。
それは感情が、危険に対して恐怖や不快感を生物に与えるからだ。
そして、そのような不快感があろうと、子供のためには立ち向かう。
感情は、センチメンタルで不合理なものではない。遺伝的アルゴリズムによって研磨された、総合的な機能である。
同じように、人類は宗教を始めとした、文化や学問によって様々な判断を行ってきた。人類は進歩した。
で、そうした人類独自のアルゴリズムで研磨された理性が出した結論が、確証破壊戦略だ。
人類は悩んだ。
これまで合理的だとか思ってた理性が、実は矛盾を越えた、なにか狂気のようなものだったからだ。
積み上げたもの、ぶっ壊れた。
わかっていたのに、イギリスめ。フランスが真似しちゃっただろうが。
厳密ではないにしろ、核開発以降、世界は物理学より別の学問へ目を向ける。
経済学だ。なぜかと言えば、相対性理論とかあったからだ。
物事を点で捉えて、それぞれを繋いでいくという考え方、因果律では、限界が見えた。物質の数は星より多い。繋ぐのはアホのやることだ。人類も滅亡するし。
連続性、つまり時間軸という概念はもちろん、世の中は実験室と違って、無数の不確定要素が互いに影響を与えながら現象を起こしている現実に気づいた。
爆弾や銃の、点を撃つ能力をいつでも展開することで、面となる地域を制圧をする。基地や空母で支える。それを、さらに後方の生産拠点で支える。補給で繋ぐ。
縦深戦略による、制圧圏の構築。
ところが、同じ点である量子や電子なんかは、確率論的に存在しているわけだ。あるかどうかもわからない点を繋ぐことは出来ない。
つまり、空間の方が先にないとおかしい。
だけど、どれだけアメリカが頑張っても、安全な空間は戦力、つまり点を撃つ能力でしか支えられなかった。
どちらも、同じ数学で構成された理論である。
どうやら、戦場の霧と同じものが、物理学にはあるのだ。こうした無数の相互作用との関わりの中から、一定の法則を見出すのに、経済学はとても都合がよかった。因果関係ではなく、相関関係から世界を解き明かしていった。
イギリスの力の源である金融や貿易から、理性を再構築したのだ。
結果、量子の世界にも地形と言えるものがあるのだとわかった。重力や電荷である。
となれば、話は簡単だ。地形がわかれば、どこを爆撃したり、占領すればいいのかもわかるようになる。確率論的であったはずの量子の動きが、ある程度読めるようになる。
そして、重力や電荷といったエネルギーがあることで、物質の座標が決まるなら、空間の発生はそうした相互作用、つまり時間からだとわかる。
らしい。知らない。
まだ研究途中ではあるが、こうなると宇宙開闢への理解が一歩進む。おそらく、ゼロの概念にも変化が起こるだろう。つまり、神やAIもより進化する。
進化してくれるといい。
人類が滅亡しないように。
「え? 滅亡すんのか? この国」
「うん。はっきり言って、エネルとかどうでもええ」
神なのに。
いや、神だからだろうか。
生物は他者を殺せるように出来ている。なんなら、自殺すら可能な仕組みだ。そのような判断、もしくは選択は、感情が司る。
で、ほとんどの宗教がそうであるように、理性は殺さないように、死なないように作られたはずだった。
もし、例えば戦争などでそうせざるを得ないとしたら、それは理性の限界ではなく、人類の限界であり、いずれ解決出来るはずだった。
歴史上で起こった虐殺は、野蛮な感情が引き起こした、不合理なもののはずだった。
違うみたい。
理性はそもそも、殺人を肯定してやがるっぽい。
虐殺は合理的な帰結らしい。
「サイコパスも、野蛮人も、天竜人も、黄金とかも、なんも関係あらへん。ただただ、前世を思い出してな」
「あ、うん。ゴメン?」
ルフィの腕に羽をつける。しっかりと巻く。
悪者を倒せばいいと、最初は思っていた。ルフィたちに任せて、遊んでりゃいいと。
そんなことなかった。
要は、地政学的に虐殺が超起こりやすい環境が空島だ。中東よりはマシだが、ほとんど中東みたいなもんである。
少なくとも、シャンディアとスカイピアの住人が敵対してたらそうなる。
両者には過去に遺恨がある。そして、アッパーヤードを独占したい。
現在はシャンディアが優勢だが、人口的にスカイピアがいずれは上回る。なんなら、神隊とやらが助け出された時点で、シャンディアは詰む。
将来の禍根を絶つなら、シャンディアはスカイピアの人口を最低でも同じにしないといけない。
それを防ぐために、スカイピアがシャンディアへ従属したとしても、シャンディアにとっての危険性は変わらないから、弾圧は起こるだろう。それはスカイピアという文化が消滅するまで続く。
当然だが、消滅はしない。同化する。アルゴリズムに組み入れる。便利だからだ。
消滅しなければ、ずっと不安定だ。上手くいかない。
不満が積もって、なのに誰がシャンディアでスカイピアだったのかわからなくなっても、禍根と結びついて大義に化ける。反乱でも起こったら、いよいよお互いを滅ぼすしかなくなる。
これ、全部合理的。善人がなにを頑張っても、なんにもならない。それ以外の予測は成り立たないし、防ぐ術もない。
「放っときゃいいんじゃないか?」
「いや、自分でも全然、しっくりきてへんやん」
龍驤は捩じる。船長を容赦なく、捻っていく。ルフィも自分の言ったことで、首を捻る。
放置して、シャンディアもガン・フォールさんも勝たない場合、サイコパスな独裁者か、共産主義みたいな机上の空論がまかり通る政治が残る。
現在でもヤバいのに、それがさらに過激化する。
エネル倒してもダメ。裏にいる小物を倒してもダメ。シャンディアの味方してもダメだし、スカイピアの味方してもダメ。
唯一の方法は、第三者が真っ平らにして全てをリセットすることだ。
なんで異世界人がこんな、アメリカより損な役割を。
流石、戦後最大の友好国。
クソっきり頭が痛い。
「放っといたら、この先楽しないやろ」
「そうか。じゃあ、好きにしろ」
ルフィはネジネジになった姿でキメ顔をした。龍驤が親指を立てる。
ウソップ謹製、上舵コプター。青海で、麦わらの一味を恐怖に陥れた逸品だ。
飛びそうである。むしろ、間違いなく飛ぶ。ニワトリより確実に。
ただ飛ぶだけで、絶対に制御は出来ない。船長の全身を、これでもかと捩じるからだ。ゴムだからと言って、不安になるレベルだ。
内臓とかどうなってんだろ。
「手は打ったんだろ?」
「まあな」
二人は気にしない。一応、頑張って狙いらしきものをつける。ジャイアントジャックを見る。
シャンディアには、ノーランドさんの遺産を渡した。ガン・フォールさんには、猿山連合の船上農法を与えた。
初めて見つけたバイオ技術らしきなにかだった。
小型船しかないスカイピアだが、エネルのおかげでより大きな造船ノウハウも得られただろう。パガヤさんにも、造船に関する資料は渡してある。
最悪、スカイピアの住人がアッパーヤードへ依存しなくても、どうにかなる算段はつけた。
ただ、雲は浮力が弱いので、浮かぶには表面積がいる。加工の技術より、木材そのものが大量にいる。
争いの種はゼロにはならない。卑劣なやり方だが、シャンディアを傭兵か、治安部隊として取り込めれば、上層部次第となる。一種の、外国人部隊的なものだ。
ちゃんとした指揮官なら、龍驤がバラティエでやったように、地域住民と友好を築くだろうし、行政も助けるだろう。
下手に純血とか言い出さない限り、大丈夫なはず。
それはつまり、アッパーヤードの支配権を、ガン・フォールさんに譲るということでもある。
シャンディアに、というか、ワイパーにそれが出来るか。
出来そうな気もするが、ダメな気もする。
「というわけで、キミが鐘を鳴らして来い。主導権を握れ」
「お前はなにすんだ?」
「グッチャグチャにする」
「へえ? 楽しそうじゃん」
二人は笑う。海賊らしく。
「やっちまえ」
「引き受けた」
船長の許可が出た。
空が動き出す。