龍驤がヤサグレるワンピース   作:HIRANOKORO

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空島は赤く燃えている

「ヒッャホーイ!!」

 船長は飛んだ。東の海で負け知らずに相応しい姿で。

 眼下の光景のアッパーヤードが、小さく見える。昨日も今日も、あれだけ彷徨っていた島なのに。

 ルフィは目をキラキラさせて、ゴムの身体を回転させた。眺めも、感覚も最高だった。

 あちこちで爆炎が咲いている。龍驤も楽しんでいるようだ。へへっと笑って、ジャイアントジャックを見上げる。

 まだまだ、先っぽは遠い。だが、あれだけ巻いたゴムの弾性が失われた。ルフィは人間に戻った。しかし、慌てない。

「もういっちょ!!」

 今度は反対側に、自分を捻り上げる。空中でなんの疑いもなく、ただ振り回す両手の勢いだけで、船長の全身はゴム紐のようになった。

「待ってろよッ、鐘!!」

 満面の笑みで、地上の光景を置き去りにする。

 空を飛んだ麦わらの船長は、誰よりも自由だ。

 

 

 龍驤はヤサグレていた。もう、なんにもわからない。

 とりあえず、エンジェル島と隠れ里は爆破だ。みんなちゃんと避難しているはずだから、なんにも支障はない。ちょうど、迷いの森とやらが大きな窪地になっていて、安全だ。

 シャンディアもスカイピアの住民も、そこへ集めた。多分、今頃、びっくりしている。

 グダグダしてないで一緒に暮らせ、馬鹿野郎。別居でも問題ないぐらい広いわ、アッパーヤード。仲良くケンカしろ。

 後はお任せだ。放ってはおけないが、首も突っ込みたくない。一味と善人たちがいいようにするだろう。こんな地獄に連れて来ておいて、出来ないとは言わせない。

 その一味はいいのだ。冒険出来て、援護も出来て、敵はいるし、両手に花でデートもした。お宝は見つけたし、医者やって、考古学者やって、みんな満足だろう。

 だが、龍驤は違う。

 雲海なんか富士山じゃなくても登れば見れるし、巨大な木の森なら屋久島にでも行くし、元祖黄金郷のジパングなので、金閣寺にでも参ったらいい。

 神代の神器がリアルに残る日本を舐めるんじゃない。

 命なんかかけなくたって、観光出来る神秘はいくらでもある。

 雲に乗れるという以外、空に価値はないのだ。

 金なんていくらあったって、メリーにゃ載せられないし、遺跡にはゴミがない。

 一人暮らしでもゴミの処理は大変なのに、シャンドラは都市なのだ。

 古代の村でも、貝塚が出来る。現代なら海を埋め立てて、夢の島が出来てしまう。人が生活して必ず出るゴミだからこそ、情報を得るには適している。

 ところが、実にキレイなものだ。今で言う、値札とか伝票である木簡とか、そうしたものが全然見つからない。

 未来文明っぽいから、ゴミは出ないってか。戦争してたのに。

 そんなわけなかろうが。

 残ったシャンディアが、鐘と都市しか祀ってない以上、本当にちゃんと片付けたらしい。

 仏舎利だとか、聖遺物だとか大層なものでなくとも、ご先祖様が大事なら、遺してくれたものだって大事にする。

 ゴミだと思ってた倉庫の片隅にあるなにかが、凄い歴史的資料だったなんて、ありふれた話なのだ。

 そんな、壺や掛け軸みたいな物品でなくとも、ちょっとした技術や習俗に連続性があるはずだけど、ない。なんにもない。

 どんな経緯で、黄金だけ残して空っぽになったか知らないが、この島で龍驤が得られる情報はない。それをさせないためじゃないかぐらい、本当になにもない。

 専門家に任せないと。

 いや、空に来て追い出されたから失われたとかじゃなく、ノーランドさんの資料を見ても、それらしいのがなんにもないんだよな。

 蛇の腹にも、他所で生産されただろう、装飾品ぐらいしか見当たらないし。

 唯一、それらしいのは、半裸でジャングル育ちのくせに、石材建築に住んでいることぐらいか。

 島で部族規模な割に、やってることがインカやアステカ、またはアンコールワットである。

 イースター島並に、謎。龍驤の出番はない。

 そして、これらの存在は400年も前に、世界政府へ報告されている。

 バカなんじゃないかと。

 消せって、だから。

 都合が悪いんだろが、歴史。

 しかし、ちょっと冷静になって考えた。ノーランドさんに再調査の許可が下りたのが、五年。

 世界政府がもし、やることをちゃんとやってたとしたら、十分な期間だ。ノーランドさんでさえ、二年かかった。倍ちょっとは不自然ではない。

 見つけて、安心しただろう。なんらかの災害で、島が半分、失くなっていたのだから。

 安心して、ノーランドさんへ許可を出しただろう。レッドポートを使用するわけだし、黄金郷の収益から一部を納めるよう、約束もさせただろう。

 欲に眩んだ王様は、安いものだと喜んで、どんな犠牲を払ってでも辿り着こうとした。

 しかし、ジャヤはなかった。

 王国には莫大な損失が発生しただろう。船の一隻、交易がダメになれば、どんな富豪も一文無しになる。黄金郷探索は国家事業だ。一気に、国が傾いたはずだ。

 王様だけでなく、ノーランドさんは国民からも憎しみを向けられただろう。

 で、うそつきになった。

 世界政府はほくそ笑んだだろう。隠したい歴史は運良く、この世から消え、高名な冒険家を貶めることも出来た。優れた航海技術、造船技術、外海への意欲を持った国も潰せた。

 黄金郷は、空にあったんだが。

 仮にも龍驤が、クリケットさんの話を聞いて空島を予測出来たのは、島雲の性質を知らなかったからだ。

 島雲が土や大地を保持出来ないのだと知っていたら、打ち上げられたとしても、また落ちてくるはずだ。まさか、ジャイアントジャックにぶっ刺さってるかもなんて、検討すらしない。

 そんなわけがないからだ。

 そうか。そうなのか。世界政府ってそうだったのか。

 龍驤は気づいてしまった。

 ルフィやビビのように、理不尽な幸運の持ち主がいる裏で、そんなレベルの偶然で、企みが失敗しちゃう不運な人間がいるのか。

 積帝雲の通過と、ノックアップストリームの発生が被る。かつ、瞬時に高空へ到達するソニックブームがシャンドラの都市を傷つけずに、岩盤を切り離す。かつ、メリーが無事に打ち上げられたように、都市の乗る岩盤が保護される。かつ、メリーでも無理だった勢いで、ジャイアントジャック上空まで島ごと飛ぶ。かつ、ジャイアントジャックにドンピシャで刺さる。世界政府が消しに来る前に。

 すげぇや。

 そいつ、不老不死だろ。

 いくらなんでも、ルフィやビビを越える悪運の持ち主が、800年続けて生まれてこないと思う。千年に一人でいい。爺孫の三代とか許し難い。

 こんな運のない失敗を繰り返して、アラバスタやあれやこれやのポーネグリフなりなんなりを残して、世界政府を存続させ続けられたとか、もう奇跡でしかない。

 でも、ロジャー辺りからその悪運も尽きて、過去のあれこれが一気に噴出し始めた、というのが大海賊時代の裏の真相なんではなかろうか。

 世界政府、運が悪いのか。

 頑張ってるのか、世界政府。

 でも、思いもよらない偶然で失敗しちゃうのか、世界政府。

 それに気づいてすらいないのか。

 不憫だ。涙が出ちゃう。だからって、潰すけど。

 龍驤はヤサグレている。

 運が悪い。空軍もない。航海技術も失われて、島一つ探すのも一苦労。でも、逆らえない。

 じゃあ、世界政府って本当に並外れた実力組織なんだねと、認めるしかない。そんなんに、デフォルトでケンカを売る海賊稼業が、今世の人生である。

 なんて不幸な。いつか自慢してやろう。

 龍驤は異世界で、神にケンカを売ったのだと。

 で、空の神だが、なんでああなったのか。

 いや、わかるけど。

 エネルは直接、メリーまで赴いて、要はつまり、あーそーぼーした。エラー猫吐いて、メンテナンス中だよってしたにも関わらず、直接メリーへ、妖精さんに手を出した。

 挙げ句、みんなが鐘を目指しているにも関わらず、一人だけ月か宇宙を目的にしている。

 だから、ああなったのだろう。なにがだからなのか、よくわからないけど。

 戦争すら遊びだと思ってるような本物に、下手なセリフを吐いてはいけない。なにをされるか、わかったものではない。

 つまり、神にケンカを売ってはいけない、と。

 龍驤はヤサグレている。

 もう、売っちゃったよ。

 しかも、妖精さんすら不思議に思うような不思議の転がってる世界で。

「海軍に所属すべきやったか」

 今さら手遅れである。争いの匂いを嗅ぎつけて、まだ起こってもいない悲劇を防ぐために、こうやって島ごと爆撃するような艦娘には、不可能である。

 というか、大海賊時代がロジャーじゃなくて、ガープのせいな疑惑が生まれた。

 始めから、龍驤に逃げ場はなかった。

「あれ? なんか、エースを応援したなったな」

 黒ひげを囮にして、エース包囲網を作らせた女である。

 その包囲網が邪魔して、なんの因果か、空まで飛んだ。

 追いかけてたはずのスモーカーは、なにをしているだろう。

 とりあえず、ルフィよりエースが中心になった方が、常識的に世界が回りそう。

 そして、非常識に回っているのが、エネルの黄金船である。プロペラで岩を砕きながら上昇しやがる。

「元気な黄金やなあ」

 龍驤はヤサグレている。

「試金石砕いたら、もう偽もんでええよな?」

 柔らかい金属が一体、なにをしてくれているのか。

 掘削用ブレードには普通、金剛石を使う。岩盤はそれほど硬いのだ。

 ノックアップストリームとジャイアントジャックの串刺しに耐えるアッパーヤードの岩盤を、黄金程度があんな易々と。

「趣味ワッル!!」

 なんかデカデカと、顔がついている。気持ち悪い。

 だが、まあ、それはそれとして、龍驤はニヤニヤと見守った。巨大な船が、岩盤を押しのけて発進する。

 なんというロマンだろう。装甲、出力、規模。わかりやすく、その船が強大であると伝えてくる光景だ。大地という軛から自由になり、どんな障害にもビクともしないという象徴だ。

 山を押しのけて進む船など、どうやって押し止めよう。それで傷つかない装甲に、なにが出来るだろう。そんなものが空を飛び、頭上に影を作ったら、どんなに雄大だろう。

 味方ならなによりも頼もしく、敵であったなら絶望だった。

 ところが、あれは神を名乗るなにかが乗った祠だ。

 龍驤は知っている。あんなバカげた船より、立派な仲間たちといた。大和も加賀も赤城も、みんな、みんな沈んだ。

 龍驤もだ。

 不沈艦は存在しない。

 船であるなら、なんだって沈めてみせる。バチ当たりに壊してやる。

「ほら、注意し」

 上昇していくその鼻先へ、艦爆が急降下していく。黄金船より遥か高くから急襲する。支配者が誰か見せつける。

 雷が迸った。龍驤は背後に、巻物を展開する。

「無駄だ」

「そうかな?」

 甲板上にあった艦載機は、紙のまま全て焼き切れた。だが、吹き出した雲が雷を散らす。

「ダイアル!?」

 龍驤は樹冠から落ちて、エネルを見上げて哄笑する。

「ウチなんか放っときゃええのに。アホやなぁ、ああ!?」

「貴様を!! 貴様さえッ!!」

 マクシムから一瞬で移動したエネルは、落ちていく龍驤を見下ろして、恐怖という座から叩き落された無念を謳う。

「おやおや。ウチがなにしたかなぁ? 心当たりが多すぎてわからへんわ」

 龍驤はそれを、楽しそうに聞いた。

 

 

 龍驤がルフィに拉致される前。

 見たこともないような海賊に乗せられて、住む場所を捨てる人間なんていない。

 避難はまったく進んでいなかった。エンジェル島には、朝の段階で、住民のほとんどが残っていた。

 ホワイトベレーは頑張っていたし、準備はしてくれたが、いざ船に乗り込む前に、不満が爆発した。

「本当に家を捨てなきゃならんのか!? 海賊など、神が追い払ってくれるはずだ!!」

「聖地へ!? ガン・フォールだと!? 神の座を投げ出した男じゃないか!?」

「落ち着いて!! 落ち着いて下さい!!」

 マッキンリー隊長は見たのだ。神の力に、正面から抗う若者たちを。

 そして、知っている。神の恐ろしさも、その故郷がどうなったかも。

 だが、それをどう伝えればいいのか。伝えたところで、誰も信じようとしないのに。

「話を聞いて下さい!!」

 実力行使もやむなしか、と思い詰めたとき、それは聞こえてきた。

 パラリラパラリラ。間抜けにも騒がしい、珍走団のラッパの音が。

 仮にも逃げ出そうという、アッパーヤードの方向から。

「あ、マッキンリー隊長。へそ!!」

「へ、へそ」

 忙しいのが見てわからんかと思いつつ、住民の思考が停止して、騒ぎが収まった。手が空いてしまった。

 感謝するべきか、わからない。

「こ、コニス? どうしたのかね?」

「みなさんこそ。早く逃げないと、死んでしまいますよ?」

 あまりにも当たり前を告げる口調だった。反駁は彼女に向かった。

「海賊がこの島を消し飛ばすとか、嘘だよな!? 神は、神はどうなさっているんだ!?」

「神が、わたしたちを助けてくれたことが、一度でもありましたか?」

 それだけで、住民はなにも言えなくなった。神など信じていないからだ。悪口を言ってはならない。それだけしかプログラムされていないからだ。

 信仰はかつての神へ向けられたもので、エネルへアップデートもインストールもされていない。それでは人は、動かない。

「あのひとは言いました。もう世界を変えたから、いずれ海賊が空を飛んで来ると。ゴッド・エネルなど、本物の海賊の前では、紙のようなものだと」

 コニスは視線を遠くに飛ばした。彼女について来た妖精さんが教えてくれたのだ。

「始まりました」

 雲が揺れた。コニスの視線の先。エンジェルビーチに、爆炎が上がった。

「なるほど。こんな気持ちなんですね」

「い、今のは?」

 住民が聞いた。その間にも、遠く爆炎が降り注ぐ。

 遠いからか、現実感はなかった。

「あそこには、わたしの家がありました」

 ぎょっとなる。その割に、彼女の表情は透明だ。じっと、次々と立ち昇る爆煙を見ていた。

「な、なにを」

 コニスは振り返った。

「隊長。大きめのダイアル船を回して下さい。神隊の方々を見つけました」

「なんだと!?」

「助けます。必ず、お届けします。みなさんも、早く避難して下さい」

「ちょっと待ってくれ!!」

 住民たちが悲鳴を上げた。しかし、コニスは一瞥するだけだ。

「世界は広いんです。エネルにだけ怯えてはいられません。わたしたちは、わたしたちで立ち上がらないと。うずくまっていても、誰も助けてはくれません」

 まして、神など。そう言いたげに、コニスは隊長と去った。

 住民たちは、まだ遠い爆炎がだんだん近づいていると知って、やっと避難に本腰を入れた。

 それを振り返りつつ、マッキンリー隊長は聞いた。

「どういうことだ? 君の家? 大丈夫なのか?」

「悲しいですね。胸が張り裂けそうです。こんな気持ちで、でも戦わなきゃいけないんですね」

「なにを言っているんだ!?」

 顔がマッキンリー隊長へ向いた。ガラスのような表情だった。コニスの目に貫かれて、胃が重くなる。

「シャンディアの方々ですよ。彼らは、こんな風に、住む場所を奪われたんです。本当に、わかってはいても、怒りが込み上げてきますね」

 この子、危ないんじゃなかろうか。

 マッキンリー隊長は青褪めつつ、コニスの指示に従った。

 

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