龍驤がヤサグレるワンピース   作:HIRANOKORO

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お忙しい神は救わない

 上層遺跡で斬り結ぶ二人にも、立ち昇る爆炎は見えていた。

「賑やかなことだ」

 筋肉を積み上げた巨体が、穏やかに口にした。

「ああ、佳境だな」

 薙、逆袈裟、斬り上げ、正面と見せかけて後ろ。口調とは裏腹に、身体は激しく動いている。ゾロも同じだが、展開は一方的だ。二人の間合いが、明らかに違う。

「厄介だな」

 鞭のようにしなる雲の剣。捌き方を間違えると、伸びた剣先が、止めた場所から斬撃を放つ。かと言って、剣先だけに集中すれば、自ら遠のくことになる。

 また、止めたところで鞭は空気を切り裂く。起きた衝撃波が、ゾロの肌を少しずつ削いでいた。

「手詰まりか? 青海人」

「そうでもねえ、曲芸師」

 犬は寝ている。格闘術を使うのには驚いたが、邪魔なだけだ。蹴り飛ばしておいた。その過程で、幾つか罠を踏んだ。

 だから、それも同時に処理していかなければならない。

「強がりを」

「そうか?」

 二人の位置は離れている。オームが鉄雲を振った。ゾロに届く前に、幾つもの斬撃が作られる。あの振りからは、太刀筋を読めない。ゾロがどう捌くか、あらかじめ知っていたかのように、手が組み立てられていく。

 ゾロは檻に閉じ込められたように動けない。激しく剣を振り回すゾロは、そこから抜け出そうと暴れ回る猛獣のようだ。

 その横を、スイーと艦爆が通り過ぎる。笑ってやがる。

「手を出すなよ」

「誰に言っている」

 絶え間ないように思えた連撃に、わずかな隙間があった。ゾロは息を吐くと、雲の鞭を振り払う。大きく逸れた鞭は、なにもないところに当たり、オームの手元に戻った。

「その筋肉は飾りか? 軽いんだよ」

 まあ、雲だし。

 オームが言い返すより早く、ゾロは構えた。マントラにて察したオームが再び斬撃の嵐を作り出す頃には、ゾロの準備は終わっていた。

「三刀流、百八煩悩鳳!!」

 檻は消えた。剣を弾かれたオームは無防備を晒す。その身体に、三本の傷が刻まれた。かすり傷だった。

「貴様ッ」

 マントラでわかった。手加減された。わかっていても、不意を突かれた。

「さあ、次だ。次」

 ゾロが間合いを近づけた。鞭の強さは、先っぽにある。そして、到達はどうしても振りよりも遅くなる。切っ先の速さを生かせなくなれば、鞭は弱い。

 自然、オームの剣は間合いに合わせて縮む。だが、変幻自在の剣が手札を失くしたわけではない。

「アイゼンファン!!」

「うおッ!!」

「フォーク!!」

「よいしょ」

「フルーレ!!」

「退屈しねえな!! コノヤロー!!」

 間合いを離そうと繰り出される多様な突きを避けて、避けて、避けたついでに毒づいた。

「鷹、波!?」

 やっと自分の間合いだと剣を繰り出せば、目の前には真っ白な雲の壁。

「しつこいな。アイゼンバック」

「お前にゃ言われたくねえんだよ!!」

 剣の形が違うだけで、全部突き。これまでの鞭の軽さでは考えられない重みに戸惑い、間合いでなく、幅に慌てて、捌きが疎かになり、それでも押し通った先で、鼻をつぶされた。

 意趣返しではないが、バカにされた気がする。

「そうだ」

「心を読むな!!」

 でも、鳥にされるよりは怒りが湧かない。なんなら慣れている。バカにされるのも、読まれるのも。ゾロは今、楽しんでいる。

「哀しいな。修羅の生き様は」

「人の生き方を決めつけんじゃねえよ」

 笑顔が溢れてくる。強い。魁偉な容貌に驕らず、武器の特性に逆らわず、技を駆使して、ゾロを退かせた。

 ゾロの剣は、剛剣だ。白ひげの幹部と競い、七武海の一角と研鑽を積み、異世界の戦艦を真っ二つにしようと日々、企んでいる。多少、太刀筋が読めたところでどうにかなるようなものではない。マントラなど、小手先だ。

 それでも、やりたいことをやらせてもらえない。再び間合いは、鞭の距離となる。

「どこぞのバカと一緒にするな。俺の人生を決めるのは、俺だけだ」

「それが祈らない理由か? ならば、救おう。貴様の人生」

「だから、勝手に決めんな」

 鞭が飛ぶ。斬撃が檻を作る。だが、青海の魔獣を閉じ込めるには至らなかった。三歩で、先ほどの突きの間合いとなる。

「アイゼンフルーレ!!」

「そいつはさっき見た」

 二歩。懐に入った。体格差がある。まだ遠い。だが、あと一歩。

 ゾロの剣も届く。

「歓迎しよう」

 だが、曲芸師だからと言って、剣士でないわけではない。近づいてのしかかる圧力は、体格差だけでは説明出来ない。

 鞭の鋭さとは違う。斧というより、もはやハンマーの重さで降り注ぐ斬撃の豪雨。三本の刀と言うが、手に持てるのは一振りだけ。三本目は首である。

 いかに怪力のゾロでも、それを上回る筋肉を相手に、少ない手数で対抗出来るはずもない。

 だが、問題ない。ゾロは伸びないし、パチンコも大砲もない。剣はミサイルではなく、それを届かせるためには、自分の足で運ばなければならない。

 まったく、問題ない。踏みしめた場所が自分の道だ。そこが海だろうが、空だろうが、剣の降り注ぐ戦場だろうが、関係はない。

 そもそも、三刀流とは、剣を三本使うことではない。三本を一体として使うことなのだ。

 だったら、一本より強いに決まっている。

 ゾロはついに、一歩を刻む。

「祈れよ、グラサン入道」

 返事は唐竹割りだった。ゾロは正面から突っ込んだ。

「鬼斬り!!」

 通り過ぎた。オームの巨体は背後だ。振り下ろした鉄雲は、地面へ着く前に力を失った。崩れ落ち、膝で止まり、しかし、耐えられなかった。

「神、よ」

「へっ」

 ゾロは唇を上げて、刀を納めた。一瞥もせず、そのまま上層遺跡の端まで歩く。

「あれか? 空飛ぶ船ってのは」

 眼下に、なんか趣味の悪い金ピカがある。

「神を見下ろすってのも、乙なもんだな」

 ゾロはそう言って、へへへと笑った。

 

 

「捕ったどー!!」

「もう一個!! もう片っぽはどこだ!?」

「ゲダツは!?」

 騒がしい。怪我人が増えたので、チョッパーは黙々と治療していた。戦場はすぐそばまで来ていたが、動かせないので仕方がない。

 みんな、催眠ガスでよく眠っている。ラキはなんて言ったらいいかわからない。

 助けてもらってはいるはずだが、なんかこう、問答無用なのだ。戦士の意志が、蔑ろにされている気がする。ワイパーを庇ったカマキリが、白目を剥いている。

 落ちて来た彼を、チョッパーはこれ幸いと拉致した。拉致だ。ガスマスク被って、玉を投げつけていた。カマキリは抵抗したが、あえなく意識を失って、包帯を巻かれている。

 感謝するべきだろう。

 でも、口から出てこない。

「あった!! あそこに突き刺さってる!!」

「靴を奪え!! 脱がせろ!!」

 あっちもあっちで、よくわからない。なにをやっているんだろう。で、ウソップが当たり前に交じっているの、なんでだろう。そいつ、青海の海賊なんだが。

 声に従って、一斉に走り出す。シュールだ。ゲダツはジタバタしている。みんな急いだ。その目の前で、突き刺さったゲダツの下半身は、雲の中へ消えた。

「ものすごい沈んだ!?」

「どうすんだ、ワイパー!? あれで飛ぶんだろ!?」

 殺し合いを、していた、はずなんだが。

 なんだろう。

 どうしてこうなった。

「大丈夫だよ。ウソップに任しておけば」

 ただの廃材から、上舵コプターを作った男である。多少、不足があっても、なんとかしてしまうだろう。

 それは大丈夫ではない。

 チョッパーの言う通り、取り出した黒板になにか書きつつ、ワイパーたちへ説明を始めた。

 終わったら、みんな散り散りになった。心配だ。

 さっきから、あちこちで爆弾が落ちている。

 ラキにはどうしていいか、わからない。

「フライング〜っ!!」

 途方に暮れていたら、大きな声がした。そちらを見たら、なんかでっかいのが飛んでいた。

「マウンテン!!」

 そして、爆発した。微妙に逃げ切れていない感じで、焼け焦げながらゴロゴロと転がっていった。

「神兵長ヤマ!?」

 突然の敵に、ラキは動揺した。チョッパーはスッと立ち上がり、ラキにガスマスクをくれた。受け取った。受け取ったからには、被らなければ。

 ラキにはもう、流れに抗う戦意がなかった。

 チョッパーがガス玉を投げた。

「ぬうっ!? メりゃ〜ッ!!」

 しかし、蹴り返された。ガスが広がって、煙につつまれたが、二人に影響はない。患者の眠りが、深くなっただけだ。

「しまったな。もう、催眠ガスないぞ」

「そうなのかい」

 どうでもいい。煙が晴れても、マスクを取る気になれない。

「貴様は? シャンディア!? これは? 青海の海賊か!? なるほど、上手くいかぬわけだ!!」

 なにか知らないが、ラキと並んだチョッパーや、あちこちで寝かされている戦士たちを見て、色々と推察したようだ。

 説明が省けて助かる。ラキには、この状況を誰かに教えられる自信がない。

「お前、怪我をしてるのか?」

 もう、このタヌキ怖い。なんだって治療するじゃん。

「おや? 治療してくれるのかね?」

「大人しくするならな」

 ヤマは不自然な恵比寿顔で頷く。

「もちろん、暴れたりしないとも」

 ニコニコと寄ってくる。これはと、直感が働いたが、動けなかった。ラキの心は、とっくに折れていた。

「ドロップマウンテン!!」

 大変にふくよかな外見をしている割に、身軽で怖い。

「メェ〜!!」

 よく考えたら、敵が変態で本当に怖い。神兵も神官も、みんなめちゃくちゃだ。

 なんでこんな奴らと戦ってたんだろう。

「アームポイント」

 そしたら、タヌキが急に腕ムキムキになって、その巨体を撃ち返した。顔も鹿になった。左右のバランスも悪く、化け物に見えた。

「やっぱり、安定しないな」

 その変化は一瞬で、すぐにタヌキへ戻った。ラキはやっとマスクを捨てた。

「あんた、なんなんだい?」

「俺はトニー・トニー・チョッパー。海賊で、医者で、トナカイだ」

 タヌキじゃなかった。トナカイは前へ進み出た。

「大人しくしないなら、腕づくだぞ?」

「バカめ!! 敵が無防備にこれほど揃っているのだ!! まだ逆転出来る!! 神はわたしを選んだのだ!!」

「言ってる意味がわからねえ」

「誰もわからん!! わたしが得るはずだった地位も!! 権力も!! なにもかも、貴様らが奪ったのだ!!」

「お前、実は錯乱してるな?」

 錯乱してても、筋金入りの性根は変わらない。

 そうした症例には慣れてしまったチョッパーである。例え冷静に見えても、油断してはいけない。常識を、信じるものを崩された人間は、わけのわからないことをし始める。

 それに、空から爆弾を落とされるというのは、思った以上に精神を蝕む。龍驤の演習に付き合わされたチョッパーは、それをよく知っている。

「いなくなれ!! みんな!! わたしを認めない者などいらない!!」

「ランブル」

 もはや、コミュニケーションは不可能だ。チョッパーは本気で制圧を決めた。切り札にしていた丸薬を噛む。

 それは口内の粘膜から直ちに吸収され、血流に乗って、薬効を発揮し始める。

 悪魔の実の能力で変形するとき、波長が出るというのは重大な研究だ。肉体を変形させるというなら、ゾオンだけでなく、ロギアもそうだ。ルフィやオカマやカミソリハゲだって、変形はする。

 悪魔の実の秘密を解明するきっかけになるかも知れない。

 しかし、チョッパーが龍驤と出会った当初は、サンプルが少なかった。二人は出来ることを探した。

 では、変形点とはなにか。

 変形点とは、変形が安定する波長だ。その点に達すると、能力を変形に割かずとも良くなる。五感や五体といった、人間が本来持っているプログラムやハードとは違う、後付けされた能力というアプリの、さらに複雑な変形という工程を制御する手間を省ける。肉体として安定する。

 だから、身長も体重も、手足の長さが違っても、すべて同じように動かせる。能力アプリが、そっちの調整にリソースを割けるから。

 逆に言えば、この波長を操作することで、ゾオンでもより自由な変形が可能になるのではないか。

 チョッパーと龍驤は、すぐに実験を始めた。チョッパーは禅に目覚めた。

「メ〜!! ハイ!! ハイ!! ハイ!! ハイ!!」

「キモ」

 ほら、なんの脈絡もなく、寝ている戦士たちへ向かって、アクロバットで突撃した。走った方が早い気もするが、あの体格だと転がった方が早いのかも知れない。手足はオマケ。

 どこに重心があるかもわからない不気味な動きに、ラキの本心がダダ漏れとなった。

 チョッパーは慌てる。

「待て!? ウォークポイント!!」

 肉体、つまり内宇宙との対話によって、チョッパーは波長の制御を可能にした。しかし、変形点まで辿り着くことは出来なかった。先ほども、形が歪なだけでなく、本来のアームポイントよりも弱い。

 だが、新たな可能性も見つけた。チョッパーは、悪魔の実の持つアドバンテージを、他の能力者よりも強力に安定して運用することが出来るだろう。

 だが、今は実験段階だ。

 チョッパーがヤマを蹴り飛ばす。変身しても、大きさの違いは明らかだったが、ヤマは鞠のように跳ねて木へぶつかった。

「邪魔をするなァァァ!!」

「痛みも感じないか」

「アックスマウンテン!!」

 ヤマはかわいそうな男である。運よくジャングルへ飛び込めたのに、重要人物だと判断されて、執拗に追われたのだ。

 朝からずっと、安心出来るタイミングなどなかった。身体が大き過ぎて、隠れられなかったのだ。

 おそらく、神の末裔だった男である。どう生き延びて、なぜ戻ってきたのか。ゴッド・エネルにさえ隠してきた野望が、誰にも知られることなく、潰えていく。

 この島が自分のものだと、強烈な自負だけ抱いて。

「勝手に!! おのれッ!! 貴様らのものではない!!」

「知らねえ。海賊だから」

 体格は恵まれても、身軽な身体能力があっても、それだけだ。文字通り、自身を押しつけるだけが戦術だ。

 麦わらの一味に揉まれて、龍驤に見守られた少年は、ほぼ一方的にヤマを叩きのめしながら、そんな状況を俯瞰して思った。

「俺も海賊らしくなってきたな」

 それが油断になったのかも知れない。冷静に相手のダメージを触診していたチョッパーは、ヤマが痛みを忘れた錯乱状態であることを忘れていた。

 立ち上がれないはずの一撃は、ただヤマに助走距離を与えるだけになった。

「アックスぅッマウンテン!!」

 ヤマが飛んだ。腕を強化していたチョッパーは、咄嗟に別の形態へと変身出来なかった。そして、その原因と対策に心を奪われてしまった。目の前の敵よりも、好奇心と向上心が勝った。

 実に麦わららしい失敗だった。チョッパーの全身を、アックスの斬撃が切り刻んだ。

「まったく」

 あまりにもわかりやすく、未熟なやらかしに、やる気のなかったラキはライフルを手にとった。

 ケンカと殺し合いは違うのだ。ケンカには止め時があるが、殺し合いにはない。認めあうことがなく、否定しあうしかないからそうなる。

 そうなったまま、400年が過ぎた。

 そんな厳しさを教えてくれた人たちが、かつていた。ずっと、自分たちで終わりにしようと、それだけを考えていたから、忘れていた。

 終わりなんかではなく、自分たちの番が来たのだと、なぜか思えた。ラキは引き金を引いた。

「グワッぁ!!」

 最初は手のひら。アックスダイアルを連ねた帯が、宙を舞った。次に足。痛みはなくとも、物理的に支えられなくなった身体が崩れた。そして、胸。

 トドメのつもりだったが、肉に阻まれたのが、手応えでわかった。一応、もう一発撃つと、ヤマは静かになった。ちょっと、地面が揺れた。

「借りは返したよ」

 自分の失敗だとか、なんだとかで、頭が一杯だったチョッパーは、膝をついたままラキを見上げた。思ったより軽傷である。

 ナミやサンジや、龍驤から、真っ当な経済観念を植えつけられたチョッパーは、振り返ってたくさん並んだシャンディアの戦士たちを見た。

 そして、ルフィやゾロや、ウソップから漢気やなんかを学んだチョッパーは、転がってるヤマを見た。

「うん!! そうだな!! 気にするな!!」

 にぱっと笑う、この正直なトナカイを、ラキは思わず撫でていた。

 

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